1. はじめに:バンドの運命を変えた6thアルバム
1976年にリリースされたThe Doobie Brothers(ドゥービー・ブラザーズ)の6作目のスタジオ・アルバム『Takin' It To The Streets(邦題:ドゥービー・ストリート)』は、彼らのキャリアにおける最大の転換点となった作品である。
それまでの彼らといえば、トム・ジョンストン(Tom Johnston)の力強いギターカッティングとボーカルを前面に押し出した、爽快なサザン・ロックやブルース・ロックの旗手として絶大な人気を誇っていた。しかし、本作はこれまでの泥臭いギターロックから、洗練されたAOR(Acoustic Oriented Rock / Adult Contemporary)やソウル/R&B色の強いサウンドへとドラスティックな変貌を遂げている。
Takin It to the Streets
2. トムの病気療養とマイケル・マクドナルドの加入劇
この劇的なサウンドの進化の背景には、バンドを襲った最大の危機と、それに伴うメンバー交代のドラマがあった。
前作『Stampede(スタンピード)』のツアー中、中心人物であったトム・ジョンストンが重い潰瘍を患い、緊急入院を余儀なくされる。フロントマンを失ったバンドは、ツアーの継続はおろか、次作の方向性すら見失う危機に瀕していた。
この窮地を救ったのが、ギタリストのジェフ・バクスター(Jeff Baxter)の提案である。バクスターは、かつて自身が在籍していたSteely Dan(スティーリー・ダン)のツアーサポートメンバーであり、類まれな鍵盤の技術と唯一無二のスモーキーな歌声を持つマイケル・マクドナルド(Michael McDonald)をバンドに紹介した。
本作の制作にあたり、無事に復帰を果たしたトム・ジョンストンもレコーディングに参加はしているものの、アルバム全体を支配しているのは、新加入のマイケル・マクドナルドと、彼を強く推したジェフ・バクスターの色彩である。
3. 『Takin' It To The Streets』の音楽的特徴と「曖昧さ」の魅力
本作の最大の音楽的特徴は、それまでの「ツイン・ギターによる豪快なドライブ感」から、「洗練されたキーボードのコードワークと、洗練された16ビートのファンク・グルーヴ」へのシフトである。
マイケル・マクドナルドが持ち込んだブルー・アイド・ソウル(白人が演奏するソウル・ミュージック)のセンスは、バンドに都会的でモダンな洗練さをもたらした。
しかし、一見すると完全に生まれ変わったかのように思える本作だが、実は「ドゥービー・ブラザーズとしてのアイデンティティ」が完全に失われたわけではない。土台を支えるパトリック・シモンズのフォーキーな感覚や、バンドが培ってきたアーシーなグルーヴの残響が、マイケルの洗練されたアーバン・サウンドの裏側に確かに息づいている。この「新旧の要素が完全に混ざりきらずに共存している絶妙な曖昧さ」こそが、過渡期である本作ならではの独特な深みと魅力を生み出している。
4. 主要楽曲の徹底分析
「Takin' It To The Streets」 マイケル・マクドナルドが作詞・作曲を手掛けた、新生ドゥービーを象徴するタイトル曲である。ゴスペル調のピアノのイントロから始まり、マイケルのハスキーでソウルフルなボーカルが炸裂する。従来の彼らにはなかった、都会的なR&Bグルーヴが心地よい名曲である。
「8th Avenue Shuffle」 パトリック・シモンズの手によるナンバー。従来のドゥービーらしい軽快なカッティングやアコースティックな手触りを残しつつも、アルバム全体のトーンに合わせたジャジーで洗練されたアレンジが施されており、バンドの柔軟な対応力が光る楽曲である。
「It Keeps You Runnin'」 こちらもマイケル作のミディアム・テンポのメロウ・グルーヴ。シンセサイザーの印象的なリフと、うねるようなベースラインが絡み合う、AORの先駆けとも言える完成度を誇る。後にカーリー・サイモンにカバーされたことでも知られている。
5. まとめ:新たな黄金期への扉を開いた名盤
『Takin' It To The Streets』は、トム・ジョンストン時代の泥臭いロックを愛するリスナーにとっては、最初は戸惑いを覚えるアルバムかもしれない。しかし、結果として本作は全米アルバムチャートでトップ10入りを果たし、プラチナディスクを獲得した。
危機のなかで新たな才能を迎え入れ、自らの音楽性をアップデートさせたドゥービー・ブラザーズは、この後にグラミー賞を総なめにする歴史的大傑作『Minute by Minute』(1978年)へと突き進むことになる。まさに、彼らの第2の黄金期を切り拓いた、音楽史的にも極めて重要な一枚である。
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