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2026年6月26日金曜日

映画『ジョン・カーター』が残した功罪|『火星のプリンセス』実写化に見るスペースオペラの難しさ

 『火星のプリンセス』待望の実写化とその不安

SF小説の金字塔『火星のプリンセス』が実写映画化されると聞いた時、往年のスペースオペラファンで胸を熱くしなかった者はいないだろう。

ジョン・カーター DVD+ブルーレイセット
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魅力的な主人公ジョン・カーター、SF史に燦然と輝くヒロインのデジャー・ソリス、そして醜悪な外見ながら圧倒的な忠誠心を持つ火星犬ウーラ。

これらが最新の映像技術でどう描かれるのか、期待が高まるのは当然であった。

しかし同時に、ファンは一抹の不安も抱えていた。製作がディズニーであり、予算2億5000万ドルを投じた「ウォルト・ディズニー生誕110周年記念作」として大々的に打たれたからである。

そもそもスペースオペラというジャンルは、科学的根拠を度外視した荒唐無稽さや、B級映画的な愛すべき「安っぽさ」、グロテスクなクリーチャーといった要素こそが魅力である。万人に受けるファミリー向けのクオリティを目指せば、作品の持つ尖った魅力が薄まり、中途半端なものになりかねない。興行的にも歴史的大失敗になるのではないかという懸念は、公開前から少なからず囁かれていた。

随所に散りばめられた「バロウズへの愛」

実際に完成した映画『ジョン・カーター』を観ると、その不安は半分当たり、半分は嬉しい裏切りとなって返ってきた。

メガホンを取ったアンドリュー・スタントン監督(ピクサー)の、原作者エドガー・ライス・バロウズに対する敬意と愛情は本物であった。それが顕著に現れているのが、物語序盤の小粋な洒落である。ジョン・カーターが店主に黄金を突きつけ、「豆(beans)を出せ」と怒鳴るシーンがある。これは、バロウズが処女作の突飛さゆえに「Normal Bean(正気の男)」というペンネームでデビューしようとした有名な逸話に引っ掛けたオマージュである。これだけで、古参のファンは思わずニヤリとさせられる。

さらに、スペースオペラのヒロインにありがちな「ハリウッド的な超有名美人女優」をあえて起用せず、作品が持つ良い意味での「キッチュさ」を残したキャスティングにも、監督のジャンルに対する理解とこだわりが垣間見える。

ピクサーの方程式という「枷」

しかし、本作が「ディズニーの記念大作」である以上、ニッチなファン向けの仕上がりのままスポンサーが納得するはずもなかった。ここで機能し(てしまっ)たのが、スタントン監督が所属するピクサー特有の「集団による緻密なストーリー構築」である。

結果として、物語は美しく整理され、科学的な整合性が与えられた。非常に安定感のある万人向けのハリウッド映画へと昇華されたのである。だが、スペースオペラにおいてはこの「安定感」こそが仇となった。

原作では、ジョン・カーターが火星へ移動する原理は語られず「不思議なことに」の一言で片付けられている。映画ではここへ納得のいく科学的な説明や新たな登場人物を足したことで、かえって普通のSF映画の枠に収まってしまった。

さらに、原作におけるカーターの最大の魅力は「重力の差による驚異的なジャンプ力」という単純明快な優位性だった。物語にリアリティを持たせようとすると、なぜ彼がそこまで大活躍できるのかという根幹の構造に無理が生じる。その辻褄を合わせるため、映画ではカーターの人物造形に深みを持たせようとし、「地球に妻子がいた」という設定を追加した。しかし、これがピクサーの「ヒットの方程式」に無理に当てはめたような唐突感を醸し出し、描き込み不足の印象を与えてしまう結果となった。

映画が提示した新しい可能性と、残された課題

一方で、ストーリーの再構築がもたらした功績もある。原作では後半の続編に登場する、不思議な力を持つ民族「サーン」を地球往復のエピソードに前倒しで組み込んだ点だ。これにより物語に新たな奥行きが生まれ、続編への自然な布石として機能させられるかもしれない。

本作は、生前にピクサーとも深く関わりのあった故スティーブ・ジョブズ氏に捧げられている。ジョブズ氏は周囲に何と言われようとも、唯我独尊で我が道を貫き通した人物であった。

もし本作の続編が作られる機会があるならば、万人受けの安定感に逃げるのではなく、ジョブズ氏の精神に倣い「この映画は一体誰のためにあるべきなのか」を今一度突き詰めてほしい。それこそが、スペースオペラという愛すべきジャンルを本当に活かす道ではないだろうか。


2026年6月18日木曜日

【火星シリーズ完結】さらば赤き惑星!『第4集』が描くバルスーム最後の奇跡と、幻の怪奇SF(古代帝国/巨人ジョーグ/モンスター13号)

伝説のスペースオペラ、堂々の大団円!『火星シリーズ・第4集』全体の概要

100年以上にわたり世界中のSFファンを魅了し、数々の名作に影響を与え続けてきた偉大な冒険絵巻。その伝説のフィナーレを飾るのが、創元SF文庫の『合本版・火星シリーズ〈第4集〉』です。


最終集となる本作には、火星(バルスーム)を舞台にした最後の長編『火星の古代帝国』、そして中編・短編をまとめた『火星の巨人ジョーグ(木星の骸骨人間を含む)』が収録されています。さらに、合本版だけの特別なファンサービスとして、バローズが火星シリーズと同時期に執筆したマッドサイエンス・ホラーの傑作単発作『モンスター13号』までもが併載されている贅沢なボリュームです。

もちろん、武部本一郎氏の描く伝説的なカバーアートと挿絵が、最終巻の物語をこれ以上ないほど美しく、ドラマチックに彩ります。野田昌宏氏による火星地図やバローズ小伝といった解説陣も充実。ジョン・カーターたちの旅路の果てと、巨匠が遺したイマジネーションの総決算を、1作ずつ紐解いていきましょう。


第10作:『火星の古代帝国』~時をかける孫娘と黒色人帝国の罠~

【あらすじ】

ジョン・カーターの愛娘ターラの血を引き、類まれな美貌と勝気な性格を持つ孫娘、ラナ・オブ・ガソール。彼女は謎の暴漢たちに拉致され、火星の過酷な辺境へと連れ去られてしまう。

孫娘の危機を察知した大元帥ジョン・カーターは、再び愛剣を手に取り、バルスームの未踏の地へと愛機を駆る。彼が迷い込んだのは、何万年も前に滅び去ったはずの古代火星の文明を色濃く残す、狂気と忘却の帝国だった。強大な黒色人たちの陰謀を打ち破り、カーターは再び一族の絆と火星の平和を取り戻すことができるのか!


第11作:『火星の巨人ジョーグ』~130メートルの脅威と、木星からの不気味な影~

【あらすじ】

本作は、バローズの遺稿や別名義作品を含む、バルスームの「その後」を描いた中・短編集。

表題作『火星の巨人ジョーグ』では、狂科学者が造り出した身長130メートルを超える粘土の超巨大怪獣「ジョーグ」がヘリウム帝国を襲撃!カーターは愛するデジャー・ソリスを救うため、前代未聞の巨大生物に立ち向かう。

さらに、続く『木星の骸骨人間』では、舞台は火星をも飛び出し、なんと巨大惑星・木星へ!不気味な「骸骨人間」たちに囚われたカーターが、未知の重力と生態系が支配する木星で繰り広げる、シリーズ最終作にふさわしい奇想天外なサバイバルが描かれる。


特別併載:『モンスター13号』~火星の系譜を継ぐ、狂気の人造人間ホラー~

【あらすじ】

太平洋に浮かぶ孤島。そこでは、狂気の天才科学者フォン・ホルン教授が、生命をゼロから培養する禁断の実験を繰り返していた。これまでに造り出された12体の「人造人間」たちは、どれも醜悪で知性のない失敗作ばかり。しかし、13番目に生み出された「モンスター13号」は、完璧な肉体と恐るべき戦闘能力、そして美しい心を持っていた。

島に漂着した美しい令嬢を巡り、教授の野心と、暴走する実験体たちの反乱が巻き起こる。バローズが『火星の交換頭脳』や『火星の合成人間』に先駆けて描いた、怪奇とロマンが融合した傑作SFホラー!


ここが面白い!第4集の圧倒的な見どころ

1. ジョン・カーターが魅せる「最強の祖父」としての意地

初期3部作で無敵の英雄として君臨したジョン・カーター。第4集の『古代帝国』では、なんと「孫娘を救うために戦うおじいちゃん」として大活躍します。どれだけ世代が移り変わろうとも、デジャー・ソリスを愛し、家族のために剣を振るう彼の強さと気高さは衰えるどころか、ベテランの凄みを増して読者の胸を熱くさせます。

2. 火星から木星へ!限界突破のコズミック・スケール

第11作の『木星の骸骨人間』は、バローズが文字通り「宇宙(コズミック)」へイマジネーションを解き放った怪作です。火星とは全く異なる過酷な環境の木星、そしてそこに住む異形の住人たちとの攻防は、もしバローズがもっと長く書き続けていたら……という、さらなる壮大なSF世界の広がりを予感させてくれます。

3. 『モンスター13号』に見るバローズの「もう一つの原点」

ファン必見の併載作『モンスター13号』は、火星シリーズの「合成人間」のプロトタイプとも言える作品です。ジャングルでのサバイバル(ターザン映画の源流)と、マッドサイエンス(火星シリーズの超科学)が見事に融合しており、バローズという作家の持つ引き出しの多さと、怪奇ロマンへの深い愛を再発見できます。


総評:100年の時を超えて語り継がれる、冒険SFの記念碑

初期3部作の爽快なチャンバラから始まり、第2集・第3集の次世代への血統と超科学の爆発を経て、ついに幕を閉じた火星シリーズ。『合本版・火星シリーズ〈第4集〉』は、まさにバルスームというひとつの宇宙が完成を迎えた瞬間を見届けられる、記念碑的な一冊です。

バローズが描いた「赤く乾燥した、しかしどこまでもエキゾチックで情熱的な火星」は、現在のリアルな宇宙探査によって明かされた火星の姿とは異なります。しかし、だからこそ、この100年前の人間が夢見た「何でもありのワンダーランド」は、今なお私たちの乾いた想像力を極彩色に染め上げてくれるのです。

大元帥ジョン・カーターの最後の勇姿、そして巨匠バローズが遺した奇想の数々を、ぜひその目で確かめてみてください。バルスームの風は、本を閉じた後も、あなたの心の中で永遠に吹き続けるはずです!


2026年6月17日水曜日

【火星シリーズ徹底解説】超科学の嵐がバルスームを襲う|イマジネーションが極限に達した『第3集』の驚異(秘密兵器/透明人間/合成人間)

 超科学のアイデアが爆発!『火星シリーズ・第3集』全体の概要

初期3部作の王道冒険、第2集の次世代への血統と奇想を経て、赤き惑星「バルスーム」の物語はいよいよ佳境へと突入します!『合本版・火星シリーズ〈第3集〉』に収録されている3作品は、これまでの「剣と肉体による格闘」から一歩進み、異想天外な「超科学・ガジェット」が物語の主軸として大活躍する、シリーズ屈指のダイナミックな展開が魅力です。

創元SF文庫のページを飾る武部本一郎氏の美麗な挿絵は本作でも健在。おなじみの壮絶なチャンバラ劇に、SFマインドを刺激する狂気の科学技術が融合し、ページをめくる手が止まらなくなる極上のスペースオペラが展開されます。

異国の軍人が手にする未知の兵器、姿を消すテクノロジー、そして禁忌の生命創造――。巨匠エドガー・ライス・バローズの想像力が限界を突破した、中・後期の傑作3作品を網羅していきましょう。

火星の秘密兵器 (創元SF文庫 ハ 3-41 合本版・火星シリーズ 第 3集)
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第7作:『火星の秘密兵器』~不可視の翼と絶望の光線~

【あらすじ】

ヘリウム帝国の若き青年軍人タナ・ハドロンは、密かに想いを寄せていた傲慢な美女サンコーマが何者かに誘拐されたことを知る。彼女を救うため、愛機を駆ってバルスームの未踏の地へと飛び立った彼は、恐怖の「金属分解光線」を操り火星全土の征服を企てる狂気の帝国ジャハールへと行き着く。

敵の圧倒的な科学力を前に、タナ・ハドロンは天才科学者が開発した「自らの姿を完全に消すことができる不可視の飛行艇」を手に入れ、たった一人で巨大な陰謀に立ち向かう!


第8作:『火星の透明人間』~暗殺者ギルドの闇と月への飛翔~

【あらすじ】

バルスームの大元帥ジョン・カーターの前に、火星の治安を脅かす最凶の組織「暗殺者ギルド」が立ちはだかる。誘拐された愛妻デジャー・ソリスを奪還するため、カーターは変装して敵の拠点へと単身潜入を試みる。

そこで彼を待ち受けていたのは、精神を集中させることで自らの肉体を他人の目から見えなくする「透明人間」たちの奇妙な術策だった。新開発された最先端の宇宙船に乗り込んだカーターは、ついに人知を超えた火星の衛星(月)へと舞台を移し、宇宙規模の死闘を繰り広げる!


第9作:『火星の合成人間』~生命の禁忌を侵す狂気の人造人間~

【あらすじ】

かつて『火星の交換頭脳』でその狂気を見せた天才外科医ラサーム・ケン。彼の弟子を自称する新たな狂科学者が、生体組織を培養して生命をゼロから造り出す禁断の技術を完成させていた。

しかし、その実験室から生まれた醜悪にして強靭な「人造人間(合成人間)」たちが反乱を起こし、独自の独立王国を樹立してしまう。この怪奇極まる事態に巻き込まれた新たな英雄と、かつてないバルスームの危機。肉体と生命の神秘を冒涜する異形の軍団との、おぞましくも熱い戦いが幕を開ける。


ここが面白い!第3集の圧倒的な見どころ

1. 現代SFの源流を見る「超科学ガジェット」の数々

第3集最大の魅力は、バローズのパルプSFとしての本領が発揮されたガジェットの数々です。触れた金属を瞬時に塵に換える「金属分解光線」の脅威、男のロマンを体現した「透明になる飛行艇」、そして現代のクローン技術やバイオホラーを先取りしたような「合成人間」の描写など、現代のSFやアニメ、ゲームに多大な影響を与えたアイデアの引き出しに圧倒されます。

2. 舞台はついに宇宙へ!スケールアップする冒険の舞台

これまで赤き惑星の砂漠や死の海、地下世界を巡ってきた冒険は、第8作『火星の透明人間』でついに火星を飛び出し、その衛星(月)へと到達します。スペースオペラとしてのスケール感が一気に拡大し、未知の天体でのエキゾチックなサバイバルが読者のイマジネーションを激しく刺激します。

3. 「剣戟」と「ホラー・サスペンス」の奇跡的な融合

バローズのお家芸である、名誉と美女のために命をかける熱いソード・アクションはそのままに、第3集では「姿の見えない敵との心理戦」や「不気味な人造人間の怪奇」といったホラー・サスペンス要素が色濃く絡み合います。一筋縄ではいかないピンチの連続に、ハラハラドキドキが止まりません。


総評:スペースオペラの限界を押し広げた、贅沢すぎる三本立て

偉大な英雄ジョン・カーターの活躍はもちろん、彼に憧れる若き戦士たちの視点を通して描かれるバルスームは、回を追うごとにその奥深さを増していきます。

『合本版・火星シリーズ〈第3集〉』に詰め込まれた「透明化」「光線兵器」「人造人間」というモチーフは、まさに100年後の私たちが読んでも色褪せないロマンの塊。バローズの筆力は、異世界のルールをただ説明するのではなく、血湧き肉躍る活劇の中にそれらを最高の調味料として組み込む天才的な冴えを見せています。

異星の空を翔ける不可視の翼、月面での決闘、そして生命の禁忌。スペースオペラの歴史にその名を刻む、最も贅沢で最もスリリングな興奮をぜひ体験してください!


2026年6月16日火曜日

【火星シリーズ徹底解説】次世代へ受け継がれる赤き惑星の血統|バルスームを翔ける新たな英雄たち(第2集:幻兵団/チェス人間/交換頭脳)

 英雄の遺伝子とさらなる奇想!『火星シリーズ・第2集』全体の概要

初期3部作で地球人ジョン・カーターの戦いはひとつの大団円を迎えましたが、赤き惑星「バルスーム」の伝説はそこでは終わりません!『合本版・火星シリーズ〈第2集〉』に収録されている中期の3作品は、カーターの息子や娘、そして新たなる地球人が主人公となり、火星のさらに深い秘境へと読者を誘うエキゾチックな冒険絵巻です。

もちろん、創元SF文庫版のページをめくれば、武部本一郎氏によるあの溜息が出るほど美しい挿絵が健在。第1集でデジャー・ソリス派に魂を奪われたファンたちを、今度は彼女の血を引く娘ターラや、数々の美女たちが再び惑わせにやってきます。

第2集の最大の魅力は、前作以上に「奇想天外なアイデア」が爆発している点です。思考を具現化する幻兵、人間を駒に見立てた命がけのチェス、そして恐るべきマッドサイエンスによる脳の交換――。バローズの想像力がさらに研ぎ澄まされた、中期の3作品を1作ずつ紐解いていきましょう。



第4作:『火星の幻兵団』~観念が紡ぐ悪夢と若き王子の試練~

【あらすじ】

ジョン・カーターとデジャー・ソリスの息子であり、偉大な父の血を受け継いだ若き王子カーソリス。彼は、かつてカーターに救われたプータスの王女スビアに密かに恋心を抱いていた。しかし、スビアが何者かに誘拐される事件が発生し、カーソリスにその疑いがかけられてしまう。

身の潔白を証明し、愛する彼女を救うため、カーソリスは火星の未踏の地へと飛び立つ。彼が迷い込んだのは、古代火星の栄華を今に伝える幻影の帝国「ロサール」。そこは、念じるだけで数十万の「幻の戦士」を現実に出現させる、恐るべき精神力を持った怪人たちが支配する悪夢の世界だった――。

第5作:『火星のチェス人間』~命を賭けた盤上の死闘~

【あらすじ】

ジョン・カーターの愛娘であり、母譲りの絶世の美女であるターラ王女。彼女は勝気な性格が災いし、飛行艇での遠乗り中に巨大な嵐に巻き込まれ、未開の秘境へと不時着してしまう。そこで彼女を待ち受けていたのは、頭部だけの奇怪な精神生命体「カルド」と、その乗り物として支配される肉体「リカル」という、歪んだ生態系を持つ恐怖の種族だった。

ガソールの若き王ガハンに助けられ、辛くも脱出したターラだったが、次に迷い込んだ都市では、火星の伝統的なチェスに似たゲーム「ジェタン」を、本物の人間を駒にして戦わせる狂気の闘技が行われていた。敗北は即「死」を意味する命がけの盤上で、彼女を賭けた究極のゲームが始まる!

第6作:『火星の交換頭脳』~マッドサイエンスが迫る肉体の神秘~

【あらすじ】

戦傷によって瀕死の重傷を負った地球人の若き大尉ユリシーズ・パックス。彼は前世の記憶を保ったまま、精神のみが火星へと転移し、奇跡の復活を遂げる。しかし、彼が目覚めたのは、火星最高峰の天才でありながら、倫理観を完全に喪失した老科学者ラサーム・ケンの実験室だった。

ラサーム・ケンが確立していたのは、生きた人間の「脳」を別の肉体へと移植する恐るべき『交換頭脳』の技術。富豪の醜い老女に、美しき王女ババ・リサの若々しい肉体を移植する非道な実験を目の当たりにしたパックスは、王女の心を救うため、自らも怪しき医術の世界へと身を投じ、狂気の科学者に立ち向かう!


ここが面白い!第2集の圧倒的な見どころ

1. 「知略と奇想」がパワーアップした世界観

第1集が「圧倒的な身体能力による肉弾戦」だったとすれば、第2集は「心理戦やSF的ガジェット」が前面に押し出されています。『幻兵団』の思考具現化や、『交換頭脳』のグロテスクでありながらワクワクさせる外科手術の描写など、現代のダークファンタジーやSFサスペンスの先駆けとも言えるアイデアが詰め込まれています。

2. 生き生きと躍動する「次世代のヒロインたち」

デジャー・ソリスの気高さを受け継いだ娘ターラをはじめ、第2集のヒロインたちは一筋縄ではいかない魅力を持っています。特に『チェス人間』でのターラは、囚われの身でありながらも誇り高く、男たちを翻弄する強さを持っており、バローズの描く女性像の進化を感じさせます。

3. 新たな地球人主人公の登場

第6作『交換頭脳』では、ついにジョン・カーター以外の地球人「ユリシーズ・パックス」が主人公として登場します。カーターが「無敵の戦士」だったのに対し、パックスはマッドサイエンティストの弟子として知恵と技術を武器に戦うため、シリーズに全く新しい風を吹き込んでいます。


総評:バローズの想像力が頂点に達した、珠玉の冒険ワンダーランド

偉大な英雄ジョン・カーターの物語を引き継ぎつつも、それを単なる二番煎じに終わらせないバローズの筆力には脱帽するほかありません。

親から子へと受け継がれるバルスームの血統、そして「チェス人間」に代表される、異文化のルールに命がけで挑むプロットの巧みさは、今読んでもページをめくる手が止まらなくなる極上のエンターテインメントです。

リアルな宇宙探査が進んだ現代だからこそ、この「脳内移植も幻兵も何でもあり」な大らかでエキゾチックな火星の姿が、私たちの乾いたイマジネーションを極彩色に染め上げてくれます。

第1集を読み終えたなら、迷わずこの第2集の扉を開けてみてください。そこには、まだまだ私たちが知らないバルスームの深淵な魅力が広がっています!


火星の幻兵団 (創元SF文庫 ハ 3-40 合本版・火星シリーズ 第2集)
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2026年6月15日月曜日

【火星シリーズ徹底解説】SF冒険小説の原点|ジョン・カーターが駆ける赤き惑星の伝説(初期3部作:プリンセス/女神イサス/大元帥カーター)

 スペース・オペラの原点!『火星シリーズ』全体の概要

『火星シリーズ』は、地球人ジョン・カーターが、未知の生態系と高度な文明、そして荒々しい部族抗争が渦巻く赤き惑星「バルスーム(火星)」へと転移し、縦横無尽に駆け巡る壮大な惑星冒険ファンタジー(惑星ロマンス)です。

創元SF文庫からは、武部本一郎氏によるあまりにも美しい伝説的な挿絵とともに長年親しまれてきました。

SF少年たちの初恋はデジャー・ソリスかジョオン・ランドールかに相場が決まっていましたが、この挿絵のおかげでデジャー派が一歩リード、ジョオン派の私はちょっと悔しかったのを覚えています。その後鶴田謙二版のジョオンが創元SF文庫に現れ、互角の勝負になったことは、まことに嬉しい出来事でした。



本作の最大の魅力は、20世紀初頭に書かれたとは思えないほどの圧倒的な世界観の構築にあります。重力が地球より軽いため超人的な跳躍力を発揮する設定や、緑色人・赤色人といった多様な火星人類の生態、奇妙な火星生物たち。緻密でエキゾチックな設定が、読者を一瞬にして異世界へと引き込みます。

今回はシリーズの幕開けであり、ひとつの巨大な大河ドラマとして完結する「初期3部作」を1作ずつ紐解いていきましょう。


第1作:『火星のプリンセス』~運命の出会いと赤き惑星の衝撃~

【あらすじ】

南北戦争の退役軍人であるジョン・カーターは、アリゾナの洞窟で先住民に追われ、奇妙なガスに包まれて意識を失う。目が覚めると、そこは重力が地球の数分の一しかない、滅びかけの衰退した惑星・火星(バルスーム)だった。

並外れた身体能力を見初められ、好戦的な「緑色火星人」の捕虜となったカーターだったが、やがて高度な文明を持つ「赤色火星人」の都市国家ヘリウムの王女、デジャー・ソリスが捕らえられてくる。彼女の気高く美しい姿に心を奪われたカーターは、彼女を救うために命がけの脱出を試みるが――。


第2作:『火星の女神イサス』~偽りの宗教と地底世界の闇~

【あらすじ】

前作の衝撃的な結末から10年後、ふたたび火星へと戻ることに成功したジョン・カーター。しかし、彼が降り立ったのは、火星の人々から「天国」と信じられている、伝説のイサス川が流れ込む南極の「ドール谷」だった。

だが、そこは天国などではなく、謎の植物人間や「白黒の火星人」が支配し、巡礼に訪れた人々を奴隷として貪り食う恐るべき地獄だった。さらに、火星全土で全知全能の神として崇められている「女神イサス」の狂気と残酷な正体を暴いてしまったカーターは、火星の古い信仰そのものを敵に回す、あまりにも危険な戦いへと身を投じていく。


第3作:『火星の大元帥カーター』~宿敵との決戦、そして伝説の英雄へ~

【あらすじ】

偽りの神イサスを打倒したものの、最愛の妻デジャー・ソリスは、1年に1度しか開かない太陽寺院の暗黒の監獄へと閉じ込められてしまう。妻を救い出すため、カーターは火星に残された未知の領域、氷に閉ざされた「北極地方(黄色火星人の国)」へと追跡を開始する。

あらゆる部族の陰謀が渦巻き、絶体絶命の危機が連続するなか、カーターは火星の全種族を巻き込む未曽有の大決戦へと突き進む。愛する人を奪還し、火星に真の平和をもたらすため、地球人ジョン・カーターの最後の死闘が始まる!


ここが面白い!初期3部作の圧倒的な見どころ

1. 100年経っても色褪せない「ノンストップの躍動感」

バローズの筆致は、とにかくスピーディーでエネルギッシュです。1ページ先では包囲され、次のページでは決闘が始まり、その次には新たな怪物が襲いかかってくる。この過剰なまでのイベントの連続とテンポの良さは、現代のエンタメ小説やライトノベルの源流そのものです。

2. 「異文化交流」と友情のドラマ

単なる勧善退治の冒険譚にとどまらず、価値観の全く異なる種族との交流が深く描かれています。特に、冷酷な緑色火星人の戦士タルス・タルカスと、地球人であるジョン・カーターとの間に芽生える、種族を超えた熱い友情のドラマは、シリーズを通しての屈指の涙腺崩壊ポイントです。

3. メディアに影響を与え続ける「ビジュアルの美しさ」

繰り返しにはなりますが、創元SF文庫版を語る上で外せないのが、武部本一郎氏によるカバーイラストと挿絵です。バローズが描いたエキゾチックで少しエロティックな火星のコスチュームや、美しき王女デジャー・ソリスの姿を見事に具現化したそのビジュアルは、文字通り日本のSFファンに決定的なイメージを植え付けました。本を開くだけで、異郷への郷愁を誘うアートとしても一級品です。


総評:全SFファンが一度は通るべき、幸福な冒険の旅

現代のリアルな科学的知見から見れば、この『火星シリーズ』に描かれる火星は「あり得ないファンタジー」かもしれません。

しかし、ここにあるのは、かつて人類が夜空を見上げて抱いた「あそこには、誰も見たことがない壮大な文明と、命をかけるに足る冒険が待っているかもしれない」という、純粋無垢なロマンそのものです。

500年の時を超える切なさを描いた『500年の恋人』とはまた一味違う、100年の時を超えて語り継がれる「人間の勇気と愛」のストレートな熱量を、ぜひ創元SF文庫のページをめくって体感してみてください。赤き惑星バルスームは、いつでもあなたを待っています!


火星のプリンセス―合本版・火星シリーズ〈第1集〉 (創元SF文庫) (創元SF文庫 ハ 3-39 合本版・火星シリーズ 第1集)
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2026年6月14日日曜日

『500年のトンネル』&『500年の恋人』2部作レビュー |「時を超えるロマンス」という幻想を、圧倒的なリアリズムで切り取った傑作

 【あらすじ】

21世紀の巨大企業FUP社は、16世紀のスコットランド国境地帯へと繋がる〈タイムトンネル〉の開発に成功。過去の世界から資源を搾取しようと企む。

交渉役として送り込まれた人類学者の女性アンドリアは、現地を支配する無法者「スターカーム一族」の長の息子・ピーア(メイ)と恋に落ちる。しかし、21世紀の「資本の論理」と、16世紀の「略奪の論理」は激しく衝突し、やがて血みどろの戦争へと発展していく――。




◆ 魅力1:「美化された過去」を全否定する、圧倒的な生々しさ

タイムトラベルものでありがちな「古き良き美しい過去の世界」という幻想を、著者は容赦なく踏みつぶします。

アンドリアが足を踏み入れた16世紀は、デザインも材質も奇妙な服、犬の匂いが染みついた人々、現代人には到底耐えられない強烈な悪臭とまずい食事に満ちています。

そして何より、16世紀の住人であるスターカーム一族は、決して「純朴な昔の人々」ではありません。「右手で握手をしながら、左手には短剣を握っている」と評されるほど狡猾で、自分たちの仲間を守るためには騙し討ちも略奪も平気で行う、獰猛で利己的な人間たちです。この「異文化・異時代」の生々しい描写が、物語に凄まじい説得力を与えています。

◆ 魅力2:コンプレックスを抱えるヒロインと、「エルフ」としての21世紀人

主人公のアンドリアは、21世紀社会では自分の容姿に強いコンプレックスを抱き、居心地の悪さを感じて生きている女性です。

しかし、16世紀の世界に行くと、彼女の「豊かな体つき」は健康と富の象徴として大絶賛され、スターカーム一族から熱烈に歓迎されます。さらに、21世紀の高度なテクノロジー(アスピリンなどの近代医薬品や衣服など)を持つアンドリアたちは、16世紀の人々から「エルフ(妖精族)」のようだと畏怖される存在になります。

自分の価値が時代によって180度変わるという皮肉と快感。これがアンドリアをこの時代、そして粗野だけれど生命力に満ちたピーアとの恋にのめり込ませる強力な推進力となっていきます。

◆ 魅力3:第2部『500年の恋人』で描かれる、タイムトラベルの最も残酷な真実

前作『500年のトンネル』の壮絶な結末を経て、物語は続編『500年の恋人』へと続きます。

プロジェクトが中止され、引き裂かれたはずのピーアがなぜか現代に現れたことで、アンドリアは再びFUP社の計画に加わり、16世紀へと向かいます。今度こそ最愛のピーアとやり直せる――そう期待したアンドリアを待っていたのは、「パラレルワールド(異なる時間軸)」というあまりにも残酷な壁でした。

新しく繋がった16世紀は、彼女が知る世界とよく似ているけれど、決定的に違う世界。そこにいるピーアや一族にとって、アンドリアは「初めて会う見知らぬ女」でしかないのです。

自分にとっては命がけで愛した記憶があるのに、相手にとってはゼロ。この「感情の非対称性」がもたらす切なさと泥沼の人間関係は、タイムトラベルSFのなかでも屈指の精神的サスペンスを生み出しています。


総評:私たちは「人間の本質」から逃れられない

ロマンスの皮をかぶったディストピアSFであり、「持てる者(21世紀の資本主義)」と「持たざる者(16世紀の略奪者)」の果てしないエゴの衝突を描いた社会派ドラマ

元々はイギリスで児童文学(ティーン向け)として発表され、J・K・ローリングの『ハリー・ポッター』を押さえてガーディアン賞を受賞した本作ですが、大人が読んでも(むしろ大人こそ)その容赦のなさに驚かされるはずです。

都合のいい理由をつけて自分たちの利益を守ろうとする21世紀の企業も、生き残るために平気で嘘をつく16世紀の戦士たちも、本質的には何も変わりません。500年の歳月を経ても変わらない「人間の利己主義と業」の深さに目眩を覚えつつも、ページをめくる手が止まらなくなる、タイムトラベルものの隠れた大傑作2部作です。


500年の恋人 (創元推理文庫) (創元推理文庫 F フ 7-3)
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2026年6月13日土曜日

【Mistborn】『ミストボーン』三部作を徹底解説|霧の落とし子ヴィンと師ケルシャー、灰の降る世界で紡がれる「絆」と希望の教訓

 ブランドン・サンダースン|『ミストボーン(Mistborn)』初代三部作

本作は、灰が降り注ぐ絶望のディストピアを舞台に、緻密極まる「金属魔術」、壮大な革命劇、そして神話の領域へと至る伏線回収が見事に融合した、21世紀のファンタジー金字塔です。著者のブランドン・サンダースンは、現代最高峰のストーリーテラーとして世界中に熱狂的なファンを持っています。

本稿では、シリーズの原点であり、最高傑作との呼び声も高い初代三部作(『ミストボーン』『ミスト・スピリット』『ミスト・クローク』)の魅力について、深く掘り下げてご紹介します。



独特すぎる世界観:太陽が赤く、灰の降るディストピア

舞台となるのは、絶対的な力を持つ「支配王」が千年間も君臨し続けるスカドリアルという世界。

この世界は、私たちが知るファンタジーとは一線を画す、極めて過酷な環境にあります。

  • 赤い太陽と、夜を覆う謎の「霧(ミスト)」
  • 空から絶え間なく降り注ぎ、大地を焦がす「灰」
  • 支配階級(貴族)と、奴隷階級(スカア)の過酷な格差社会

「もし、予言された救世主が敗北し、魔王が世界を支配して千年間が経過したら?」という、ダークで絶望的なバックボーンが、本作の唯一無二の空気感を生み出しています。


主人公:ヴィン(Vin)

物語は、過酷なストリートで泥泥になって生き延びてきた一人の少女、ヴィンの視点を中心に描かれます。

◾️「ミストボーン(霧の落とし子)」という宿命

ヴィンは奴隷階級(スカア)のストリート・ギャングに身を置いていましたが、ある特殊な才能を秘めていました。それが、特定の金属を体内に取り込み、それを「燃焼」させることで超常的な力を引き出す能力です。

通常の能力者は1種類の金属しか扱えませんが、ヴィンはすべての金属の力を引き出せる伝説的な存在――「ミストボーン(霧の落とし子)」だったのです。

◾️ストリート仕込みの「不信」と「知略」

裏切りが日常茶飯事の環境で育ったヴィンは、誰も信じないことで己の身を守ってきました。しかし、その鋭い観察眼とサバイバル能力は、のちに国家の命運を賭けた壮大な騙し合い(コン・ゲーム)において、最強の武器へと昇華されていきます。

◾️泥まみれの孤児から、世界の救世主へ

彼女は最初から気高い英雄ではありません。傷つき、怯える一人の少女が、仲間との絆を通して己の限界を突破し、やがて世界の運命をその肩に背負う「不屈のヒロイン」へと成長していく姿は、読者の胸を激しく揺さぶります。


三部作の構成とあらすじ

日本版は早川書房(ハヤカワ文庫FT)から翻訳出版されています。

1. 『ミストボーン――霧の落とし子――』

あらすじ: ストリートで孤独に生きていたヴィンは、カリスマ的な革命家ケルシャー率いる泥棒泥棒団にスカウトされます。彼らの目的は、前代未聞の「支配王の打倒と、帝国の財宝の強奪」。ヴィンはケルシャーから金属魔術(アロマンシー)の手ほどきを受け、貴族の社交界へと潜入、スパイとしての任務をこなしていきます。不可能性100%の革命劇が、圧倒的なスピード感で描かれる第1部。

ミストボーン 1: 霧の落とし子 (ハヤカワ文庫 FT サ 1-3)
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2. 『ミスト・スピリット――霧の遺産――』

あらすじ: 支配王を打倒し、ついに自由を手に入れたヴィンたち。しかし本当の地獄はそこからでした。理想主義の若き王エルレンドが率いる新政府は、国内外の敵から包囲され、政治的な崩壊の危機に瀕します。さらに、夜ごとに現れる「霧」が人々を襲い始め、世界そのものが寿命を迎えるかのように崩壊を始めます。「革命のその後」の凄惨な現実と、遺された謎に挑む第2部。

ミストスピリット 2試されし王 (ハヤカワ文庫 FT サ 1-7)
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3. 『ミスト・クローク――霧の終局――』

あらすじ: 世界の崩壊(終末)を止めるため、神話的な存在となったヴィンとエルレンドは、世界中に隠された「支配王の遺産」を探す最後の旅に出ます。神にも等しい絶対的な暗黒の意志が世界を滅ぼそうとする中、第1巻の1ページ目から散りばめられていたすべての伏線が恐ろしい精度で回収され、誰も予想できなかった衝撃の結末へと収束していく、圧巻の完結編。

ミストクローク―霧の羽衣― 2古からの声 (ハヤカワ文庫 FT サ 1-10)
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ここが面白い!見どころポイント

◾️「物理法則」のように緻密な金属魔術(アロマンシー)

本作の魔法システムは、ファンタジー史上最も完成度が高いと言われています。「鉄を燃やして金属を引き寄せる」「錫を燃やして五感を研ぎ澄ます」など、能力の作用・反作用が厳密にルール化されており、まるで超能力バトル漫画(『HUNTER×HUNTER』や『ジョジョ』など)を読んでいるかのような、ロジカルで興奮度MAXの戦闘描写が楽しめます。

◾️ヴィンとエルレンドの「身分を超えた絆」

心を閉ざしたストリートの暗殺少女ヴィンと、理想に燃える読書家の貴族青年エルレンド。

あまりにも不釣り合いな二人が、過酷な政治闘争の中で互いを理解し、支え合い、やがて世界の命運を託し合う対等なパートナーへと変わっていくロマンスは、重厚な物語のなかで一筋の美しい光として描かれます。

◾️「泥棒の計画(コンゲーム)」から「神話」への大跳躍

物語は「1つの都市を舞台にした泥棒たちの革命計画」から始まりますが、巻を追うごとにスケールが拡大。最終的には世界の創造と破滅を巡る「神々の戦い」へとスケールアップします。この騙し絵が裏返るようなカタルシスは、サンダースン作品でしか味わえません。


歴史絵巻として本作が残す「教訓」と深層テーマ

本作は、爽快なバトルアクションでありながら、読み終えたあとに「歴史の重み」を突きつけてくる深い教訓性を秘めています。

1. 「革命の成功」はゴールではなく、地獄の始まりである

多くの物語は「暴君を倒して平和が訪れた」で終わります。しかし本作は、そこからが本番です。

独裁者が消えたあとに待っていたのは、深刻な経済崩壊、他国からの侵略、そして「民主主義」の限界でした。正義感だけでは国は治せないという「政治の冷徹な現実」を描くことで、本作は単なる娯楽作を超えた重厚な歴史の教訓を私たちに示してくれます。

2. 「必要悪」の遺産と、真の真実を見抜く知性

千年間、世界を恐怖で支配した「支配王」。彼は絶対的な悪として描かれますが、物語が進むにつれ、彼が「なぜ独裁者として君臨し続けなければならなかったのか」という哀しい真実が明かされます。

歴史における「悪」の側面を一角から見るだけでなく、その裏にある構造や意図を読み解くことの重要性を、読者はヴィンたちの苦悩を通じて学ぶことになります。

3. 絶望のなかで歴史を動かすのは「信頼」という名の狂気

裏切りに満ちたディストピアで、歴史を動かしたのは圧倒的な武力ではありませんでした。

ケルシャーがヴィンに遺し、ヴィンがエルレンドや仲間たちと紡いだ「他者を信じる」という、あの世界においては狂気とも言える強い絆です。不信が支配する分断の時代において、「それでも他者を信頼すること」こそが、世界を変える唯一の希望であるという普遍的なテーマは、現代を生きる私たちの心に強く突き刺さります。


2026年6月12日金曜日

【Kushiel's Legacy】『クシエルの矢』三部作を徹底解説!主人公フェードルの魅力と「歴史絵巻」が語る教訓

ジャクリーン・ケアリー|『クシエルの遺産(Kushiel's Legacy)』

本作は、中世ヨーロッパに似た架空の世界を舞台に、官能(エロティシズム)、壮大な政治陰謀、そして超過酷な冒険が見事に融合した唯一無二の大河歴史ファンタジーです。ローカス賞の第一長編部門を受賞するなど、海外でも極めて高い評価を得ています。

本稿では、シリーズの第1部にあたる「フェードル三部作」(『クシエルの矢』『クシエルの使徒』『クシエルの啓示』)についてご紹介します。




独特すぎる世界観:神聖なる「愛」の国

舞台となるのは、実在のフランスに酷似した天使国「テールダンジュ」。

この国は、神の御子エルーアと彼を慕って天を捨てた8人の天使たちが築いたとされています。彼らが残した唯一の掟がこちら。

「汝、涸れるまで愛を尽くせ(Love as thou wilt)」

天使のひとり「ナーマー」が地上で自ら夜をひさいで(身を売って)仲間を支えたという神話から、この国では娼婦(神娼)の生業が極めて神聖なものとされています。宗教的なギルド(宮)が存在し、人々は誇りを持って愛と快楽を神に捧げているという、非常にユニークな文化的背景を持っています。


主人公:フェードル・ノ・デローネイ

物語のすべては、一人の少女フェードルの視点から語られます。

「アングィセット(痛みの信徒)」という宿命


フェードルは神娼の私生児として生まれますが、生まれつき左の瞳に「血の滴」のような赤い斑点がありました。これは、厳罰の天使クシエルに選ばれた者――「肉体的な痛み」を「至上の快楽」として感じる特殊な体質(真性マゾヒスト)である証「アングィセット」でした。

知略のスパイス


忌み嫌われかねない性質を見抜いた貴族アナフ・デローネイに買い取られた彼女は、超一流の「神娼」としての手ほどきを受けると同時に、歴史、言語、宮廷の裏側を読み解く「密偵(スパイ)」としての英才教育を施されます。

優雅にして不屈のヒロイン


彼女はただ守られる存在ではありません。己の性癖と美貌、そしてデローネイに仕込まれた圧倒的な知性を武器に、文字通り身を挺して国の存亡をかけた陰謀へ飛び込んでいきます。


三部作の構成とあらすじ

日本版は早川書房(ハヤカワ文庫FT)から各部3分冊(計9冊)で翻訳出版されています。

1. 『クシエルの矢』(原題:Kushiel's Dart)

あらすじ: 成長したフェードルは社交界へデビューし、密偵として貴族たちの秘密を集め始めます。しかし、彼女が掴んだのはテールダンジュ全土を揺るがす「王位簒奪」の巨大な陰謀でした。育ての親を失い、陰謀の黒幕によって北方の蛮族「スカルディア」へ奴隷として売られてしまったフェードル。彼女は、自身とは真逆の「純潔の誓い」を立てた厳格な守護騎士ジョスランと共に、極寒の地からの脱出と祖国の救国をかけた決死の逃避行に挑みます。

クシエルの矢〈1〉八天使の王国 (ハヤカワ文庫FT)
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2. 『クシエルの使徒』(原題:Kushiel's Chosen)

あらすじ: 前作の功績で伯爵夫人となったフェードルですが、宿敵である美しく冷酷な悪女メリザンドが海外へ逃亡し、再び不穏な影を落とします。フェードルは再び神娼としての仮面を被り、運河の都「ラ・セレニッシマ(実在のヴェネツィア風の国)」へと潜入。華やかな仮面舞踏会の裏で蠢く暗殺計画と魔術的な陰謀に、再びジョスランとの絆を試されながら立ち向かいます。

クシエルの使徒 1 (ハヤカワ文庫 FT ケ 2-4)
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3. 『クシエルの啓示』(原題:Kushiel's Avatar)

あらすじ: フェードル三部作の堂々たる完結編。数々の苦難を乗り越え平和を手に入れたフェードルですが、宿敵メリザンドから「行方不明になった私の息子イムリエルを捜してほしい」という依頼(そしてある取引)を受けます。フェードルとジョスランは、呪われた邪悪な魔術が支配する未知の暗黒大陸(アフリカがモチーフの地域)へと、命を賭した最後の過酷な旅へ出発します。

クシエルの啓示〈1〉流浪の王子 (ハヤカワ文庫FT)
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ここが面白い!見どころポイント


「官能」がプロットの必然になっている凄さ


単なる過激なエロティシズムではなく、「痛みが快楽になる」というフェードルの性質や「性を神聖視する文化」が、そのまま情報収集の手段、敵を欺く武器、神の導きを感知するアンテナとして物語の根幹に完璧に組み込まれています。

ジョスランとの「もどかしくも熱い」関係性


「性を武器にする快楽の信徒」であるフェードルと、「清廉潔白を美徳とするストイックな騎士」ジョスラン。最初は相容れない二人が、数々の修羅場をくぐり抜ける中で、誰よりも深く結ばれていく恋愛・相棒要素は胸が熱くなります。

圧倒的なスケールで描かれるトラベル・ファンタジー


宮廷のきらびやかな騙し合いから始まり、中世ヨーロッパ〜北欧〜地中海〜アフリカを想起させる世界を巡るため、歴史ロマンとしても読み応えが抜群です。


歴史絵巻として本作が残す「教訓」と深層テーマ


本作を読み進めると、単なる個人の冒険譚を超え、まるで実在した帝国の歴史を紐解いているかのような「重み」と「教訓」を感じさせられます。読者が本作から受け取る、3つの深い教訓について考察します。

1. 「絶対的な善悪」の不在と、狂信が招く亡国の危機


テールダンジュを揺るがす最大の危機は、分かりやすい「絶対悪」によってもたらされるわけではありません。むしろ、宿敵メリザンドをはじめとする反逆者たちは、それぞれが「己の正義」や「祖国の未来のための大義」を狂信した結果、国を未曾有の戦火に巻き込みます。
物語は私たちに、「盲目的な信仰や正義感こそが、最も美しく、そして最も残虐な牙を剥く」という歴史の真理を突きつけてきます。

2. 「汝、涸れるまで愛を尽くせ」という掟の光と影


エルーアの遺した「愛の掟」は一見、自由で理想的なユートピアの思想に思えます。しかし、歴史絵巻として描かれるのはその「代償」です。
愛が深すぎるがゆえに執着が生まれ、それが裏切りや国家間の戦争へと発展していく。フェードル自身も、神への愛、祖国への愛、ジョスランへの愛の狭間で、常に肉体的・精神的な犠牲を強いられます。「至高の理念(愛)であっても、人間が扱う以上は常に破滅の引き金になり得る」という、宗教やイデオロギーの持つ二面性を教訓として描いています。

3. 歴史を動かすのは「力」ではなく、「他者への理解と受容」である


中世ヨーロッパ風のテールダンジュ、武力に優れたスカルディア(北欧風)、魔術的な未知の大陸――。フェードルは旅路の中で、全く異なる文化や価値観を持つ人々と出会います。
彼女が最終的に危機を救うのは、圧倒的な武力でも強大な魔術でもありません。神娼として、そして密偵として「徹底的に相手の懐に入り、その心理や文化を理解し、受け入れる(あるいはそれを利用する)知性」です。

「異質な存在を排除するのではなく、いかに理解し交渉するか」という外交の本質、そして対話の重要性は、現代の私たちにも強く刺さる普遍的な教訓だと感じます。


2026年6月11日木曜日

【SF界の鬼才】ダン・シモンズ『ハイペリオン』4部作徹底レビュー|宇宙の命運を賭けた、壮大なる愛と巡礼の人間ドラマを紐解く

シモンズの作家性|圧倒的なスケールと、文学・宗教・SFの奇跡的な融合

「本格的なスペースオペラ」と聞くと、難解な宇宙物理学や政治劇を連想して身構えてしまう方もいるかもしれません。しかし、もしあなたが「魂を揺さぶる叙情的な人間ドラマ」や「予測不能な極上のミステリ」、そして「全宇宙の命運を賭けた壮大な愛の物語」を求めているなら、絶対に避けては通れない作品があります。

それが、ヒューゴー賞やローカス賞をはじめ、数々の文学賞を総なめにした巨匠ダン・シモンズ(Dan Simmons)の代表作『ハイペリオン・シリーズ』です。


今回は、前半2作(『ハイペリオン』『ハイペリオンの没落』)と、その地続きの未来を描く後半2作(『エンディミオン』『エンディミオンの覚醒』)のあらすじとレビューを通じ、今なお色褪せない本作の唯一無二の魅力に迫ります。


ダン・シモンズとは?:文学的素養とエンタメ性を両立させる天才

ダン・シモンズは、SF、ホラー、ファンタジー、ミステリなど、あらゆるジャンルで傑作を生み出してきたアメリカの鬼才です。本作における彼の特徴は、以下の3点に凝縮されています。

緻密で壮大な世界構築: 

数千の惑星からなる人類社会「覇王(ヘジモニー)」、謎の殺戮者「シュライク」、そして自意識を持ったAIのネットワーク。これらが絡み合う世界観の密度は圧倒的です。

古典文学への深いオマージュ: 

詩人ジョン・キーツの詩や、チョーサーの『カンタベリー物語』のプロットを大胆に取り入れ、SFでありながら最高峰の「文学」としての気品を纏っています。

感情の激しい揺さぶり: 

愛する者を失う絶望、理不尽な運命への怒り、そしてすべてを包み込む究極の愛。読者の心を容赦なく揺さぶるエモーショナルな筆力は唯一無二です。

それでは、宇宙の歴史に名を残す名作たちを具体的に見ていきましょう。


1. 宇宙の終わりで紡がれる、7人の巡礼者の物語『ハイペリオン』&『ハイペリオンの没落』

◆ あらすじ

人類社会が滅亡の危機に瀕する未来。辺境の惑星ハイペリオンにある謎の遺跡「時間の墓標」から、無差別虐殺を繰り返す鋼鉄の怪物「シュライク」が解き放たれようとしていた。世界が破滅へと向かう中、それぞれの思惑を胸に、最後の「シュライク巡礼」に選ばれた7人の男女。目的地へ向かう道中、彼らはなぜ自分がこの旅に選ばれたのか、その驚愕の過去(遍歴)を一人ずつ語り始める。

◆ レビュー

前半の『ハイペリオン』は、7人中6人の巡礼者が自らの過去を語るオムニバス形式(連作短編風)で進みます。この「語り」の一つひとつが、ハードSF、サイバーパンク、怪奇ホラー、濃厚な恋愛小説と、すべて異なるジャンルの最高峰のクオリティで描かれており、あまりの面白さに目眩がするほどです。特に、時間逆行の病にかかった愛娘を救おうとする学者のエピソードは、涙なしには読めません。

そして、物語がリアルタイムの宇宙戦争へと突入する『ハイペリオンの没落』。前半で散りばめられた無数の謎や伏線が、AIの陰謀や人類の存亡を賭けた大決戦の中で怒濤のごとく回収されていきます。すべてを読み終えた時、あまりのスケールの大きさに、しばらく放心状態になること間違いなしの超傑作です。




2. 少女と護衛の逃避行、そして「愛」の救済を描く『エンディミオン』&『エンディミオンの覚醒』

◆ あらすじ

前作の衝撃的な結末から約270年後。かつての高度なテクノロジーは失われ、宇宙は復活を遂げた強力な宗教組織「パクス」による、不死のテクノロジーを用いた絶対的な恐怖政治に支配されていた。そんな中、死刑囚の青年ロール・エンディミオンは、かつての英雄の孫であり、新時代をもたらす「救世主」とされる12歳の少女アイネイアスの護衛を命じられる。全宇宙の教会軍から追われる、青年と少女の果てしない逃避行が始まった――。

◆ レビュー

重厚な政治・宗教劇だった前作から一転、こちらはウィリスのコメディにも通じるような、テンポ抜群でどこか瑞々しい「ボーイ・ミーツ・ガール」の冒険活劇(スクリューボール・サスペンス)の装いで幕を開けます。カヌーに乗って様々な惑星の川を渡るロードムービー的な楽しさに満ち溢れています。

しかし、最終章『エンディミオンの覚醒』に至ると、物語は牙を剥きます。少女から大人の女性へと成長していくアイネイアスがもたらす「真実」と、パクス教会との最終決戦。前作『ハイペリオン』から続くすべての謎――シュライクの正体、時間の墓標の意味、そして人類が進化すべき本当の姿――が明かされるラストは、SF史上に残る「究極の愛の物語」へと昇華されます。涙が枯れるほどの感動と、圧倒的なハッピーエンド(あるいは切なくも美しい救済)があなたを待っています。




結論:これぞダン・シモンズ!作品を通じて見えてくる唯一無二の作家性

コニー・ウィリスの作品が「日常のすれ違い」から人間への信頼を描くのだとすれば、ダン・シモンズの『ハイペリオン』4部作は、「宇宙規模の孤独と絶望」から、それを超越する「愛の力」を描く物語です。

「共感(エンパシー)」が宇宙を動かす
シモンズの登場人物たちもまた、言葉の壁や政治の思惑、あるいは時間という絶対的な障害によって引き裂かれます。しかし、彼らが他者を想い、痛みを分かち合おうとする「共感」こそが、冷酷な宇宙の法則やAIの計算をも狂わせる奇跡を起こします。

圧倒的な人間への賛歌
神のような超存在や非情なテクノロジーに翻弄されながらも、キャラクターたちは自らの足で立ち、ユーモアや気高さを失わずに運命に立ち向かいます。この「人間の可能性への絶対的な信頼」があるからこそ、どれほど過酷な展開であっても、読後に深い感動と爽快感が残るのです。

知的な興奮と、胸が張り裂けるようなエモーション。その両方を極限まで味わいたいなら、ぜひこの『ハイペリオン』の壮大なる宇宙へ旅立ってみてください!


【SFの女王】コニー・ウィリス徹底レビュー|『航路』から『クロストーク』まで、笑いと涙の人間ドラマを紐解く

ウィリスの作家性|緻密な考証と圧倒的な人間ドラマの融合

「SF小説」と聞くと、宇宙船や未知のテクノロジー、難解な科学理論を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、もしあなたが「極上の人間ドラマ」や「息もつかせぬサスペンス」、「思わずクスッと笑えるスクリューボール・コメディ」を求めているなら、絶対に外せない作家がいます。

それが、SF界のノーベル賞とも言われるヒューゴー賞・ネビュラ賞を最多受賞している大御所、コニー・ウィリス(Connie Willis)です。

今回は、彼女の代表作である『航路』、時間旅行SFの金字塔『オックスフォード・シリーズ』、そして近作『クロストーク』のあらすじとレビューを通じ、世界中の読者を魅了し続ける「コニー・ウィリスの作家性」に迫ります。


コニー・ウィリスとは?:日常の延長線上にあるSFを描く名手

コニー・ウィリスは、アメリカを代表するSF作家です。彼女の最大の特徴は、高度なSFガジェット(タイムトラベルや最先端の脳科学など)を扱いながらも、物語の真ん中には常に「キャラクターたちの人間味あふれる右往左往」が描かれる点にあります。

徹底的なリサーチ: 

歴史や科学に対する異常なまでのこだわりと緻密なプロット

日常のリアルな描写: 

締め切りに追われる人々、繋がらない電話、お役所仕事のイライラといった、誰もが共感できる「日常のディテール」

感情のジェットコースター: 

笑えるコメディから、胸が締め付けられるような大悲劇までを1つの作品、あるいは地続きのシリーズで描き切る筆力

それでは、彼女の魂が宿る名作たちを具体的に見ていきましょう。


1. 生と死の境界線に挑む、圧倒的巨編『航路』

◆ あらすじ

臨死体験(NDE)の研究者であるジョアンナ・ランドン博士は、心臓内科医のリチャード・ライトと組み、死に瀕した人間が見る「幻覚」の正体を突き止めようとしていた。研究を進めるため、ジョアンナは自ら新薬を投与し、実験台として精神を「死の淵」へと送り込む。そこに見えたのは、なぜかかつて沈没した豪華客船「タイタニック号」のイメージだった。彼女が死の迷宮(パッセージ)で見た真実とは――?

◆ レビュー

上下巻に及ぶ重厚な作品ですが、ページをめくる手が止まらなくなります。

一見、医療SFやオカルトに思えるテーマですが、ウィリスの手にかかると「記憶と人間の尊厳」を巡る壮大なミステリへと変貌します。執拗に繰り返されるタイタニック号の描写、迫り来るタイムリミット、そして終盤に訪れる映画的なカタルシスと衝撃。読後にしばらく立ち上がれなくなるほどの感動を約束する傑作です。

航路(上) (ハヤカワ文庫SF)
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航路(下) (ハヤカワ文庫SF)
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2. 歴史の闇と人間の光を描く『オックスフォード・シリーズ』

コニー・ウィリスの代名詞とも言えるのが、21世紀半ばのオックスフォード大学の史学生たちが、タイムトラベルを使って過去の歴史を調査する「オックスフォード・シリーズ」です。今回はその中から、絶対に外せない2大巨編をご紹介します。

① 『ドゥームズデイ・ブック』:過去と現在、二つのパンデミック

あらすじ:
若き女性史学生キヴリンは、念願だった14世紀のイギリスへの時間旅行に旅立つ。しかし、手違いにより彼女が降り立ったのは、人類史最悪の災厄「黒死病(ペスト)」が猛威を振るう直前の時代だった。一方、彼女を送り出した21世紀のオックスフォードでも、未知の新型インフルエンザのアウトブレイクが発生し、隔離によって過去への連絡手段が断たれてしまう。

レビュー:
数あるタイムトラベル小説の中でも、最高峰の「泣けるSF」です。
中世に取り残されたキヴリンが、過酷な現実の中で人々を救おうと奮闘する姿と、現代で彼女を救おうと奔走する教授たちの姿が交互に描かれます。絶望的な状況のなかに灯る、人間の優しさと気高さに涙が止まりません。近年の現実世界の状況ともリンクする、今こそ読まれるべき一冊です。

直接の続編である『犬は勘定に入れません』もぜひ!

ドゥームズデイ・ブック(上) (ハヤカワ文庫 SF ウ 12-4)





ドゥームズデイ・ブック(下) (ハヤカワ文庫 SF ウ 12-5)

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② 『ブラックアウト』『オールクリア』:SF歴史サスペンスの傑作

あらすじ:
シリーズの集大成となる前後編。3人の史学生たちが、第二次世界大戦下のイギリス(ロンドン大空襲やダンケルクの戦い)へと旅立つ。しかし、現地で予定外の事態が次々と発生し、現代へ戻るための「ドロップ(帰還口)」が機能しなくなってしまう。自分たちの行動が「歴史を変えてしまったのではないか」という恐怖に怯えながら、彼らは戦火のロンドンを生き抜こうとする。

レビュー:
文庫版で計4冊に及ぶ超大作。特筆すべきは、戦時下という極限状態にあるロンドン市民の「普通の暮らし」の描写です。爆撃に怯えながらも、ユーモアを忘れず、お茶を飲み、芝居を観る人々。前半(ブラックアウト)で張り巡らされた無数の伏線が、後半(オールクリア)で怒涛のように回収されていく快感は鳥肌モノ。SFの枠を超えた歴史小説・人間ドラマの傑作です。

ブラックアウト
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オール・クリア2 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ) (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5010)
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3. 現代のネット社会を風刺したスクリューボール・コメディ『クロストーク』

◆ あらすじ

誰もがスマホやSNSで24時間「繋がっている」近未来。スマートフォンの大手企業に勤めるブライドルは、完璧な恋人トレントから、お互いの感情や思考をダイレクトに共有できる脳手術「EDD」を提案される。しかし、手術を受けたブライドルに繋がってしまったのは、恋人ではなく、社内でも変わり者として知られる天才エンジニアのC.B.だった。脳内に鳴り響く他人の声と、次々と巻き起こるお騒がせ騒動に、彼女の日常は大パニックに陥る。

◆ レビュー

重厚な歴史大作とは打って変わり、こちらはウィリスお得意のテンポ抜群なロマンチック・コメディ(スクリューボール・コメディ)です。

「他人の考えていることがすべて分かったら、本当に幸せなのか?」というテレパシーSFの古典的テーマを、現代の「情報過多・SNS疲れ」への風刺として見事にアップデートしています。息つく暇もないセリフの応酬と、ドタバタ劇の末に訪れる爽快なハッピーエンドは、読者を最高の笑顔にしてくれます。

クロストーク (新・ハヤカワ・SF・シリーズ)
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結論:これぞコニー・ウィリス!作品を通じて見えてくる唯一無二の作家性

コニー・ウィリスの作品を何冊か読むと、ある共通した「作家性」が見えてきます。

「コミュニケーションの障害」が物語を動かす
ウィリスの登場人物たちは、いつも「大事なときに電話が繋がらない」「お役所的な手続きに邪魔される」「誤解が誤解を生む」というトラブルに直面します。『ドゥームズデイ・ブック』での隔離も、『クロストーク』でのテレパシー過多も、本質は「人と人が正しく繋がることの難しさ」を描いています。

徹底的な人間への信頼
彼女の描く世界は過酷で、時に容赦ない悲劇が訪れます。しかし、どんなに絶望的な状況でも、キャラクターたちはユーモアを忘れず、誰かのために手を差し伸べます。この「人間の善性への信頼」こそが、読後に深い感動をもたらす理由です。

重厚な涙を流したい気分なら『ドゥームズデイ・ブック』や『航路』を、思い切り笑ってハッピーになりたいなら『クロストーク』を。

ぜひ、SFの女王が創り出す、愛おしい人間たちの物語に飛び込んでみてください!


2026年4月28日火曜日

【映画考察】『プロジェクト・ヘイル・メアリー』|原作ファンの私が思う魅力、見どころを語るよ!

2026年公開の映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、アンディ・ウィアー原作の大ヒットSF小説を映像化した話題作です。



TBSラジオ「アフター6ジャンクション」で宇多丸さん・宇垣美里さんが原作発刊時に絶賛しているのを聴いて、それ以来映画化をずっと待っていたわけで、いやが上にも盛り上がっておりました。

本記事では、

  • 映画としての完成度
  • 特に印象に残ったシーン
  • 音楽・演出の魅力

を、ネタバレ最小限で丁寧にレビューします。


映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』とは

原作はアンディ・ウィアーの傑作SF

原作小説は『オデッセイ』で知られるアンディ・ウィアーの作品で、科学的なリアリティと人間ドラマが高く評価されています。

映画化発表時から大きな注目を集め、公開前から「映像化困難」と言われていた作品でもあります。


映画版の制作背景

映画版はライアン・ゴズリング主演で制作され、原作の複雑な科学描写をどのように映像化するかが大きな焦点でした。


映画を観た感想(ネタバレなし)

原作ファンとしての満足度が高い

原作の“語り口”や主人公のユーモアが、ライアン・ゴズリングの演技によって見事に再現されていました。

特に、主人公の孤独・恐怖・希望が丁寧に描かれており、原作の魅力を損なわない仕上がりです。


映像化が難しい要素をSFXで見事に表現

原作では科学的な説明が多く、映像化が難しいとされていましたが、映画ではSFXを駆使して“理解しやすく、かつ美しい”形で表現されています。




印象に残ったシーンと演出

宇宙空間の孤独と緊張感

映画序盤の“孤独な宇宙空間”の描写は圧巻で、観客を一気に物語へ引き込みます。


葛藤と希望を描くクライマックス

鬼指揮官エヴァ・ストラット(サンドラ・ヒュラー)がハリー・スタイルズ(ワン・ダイレクション)の「Sign of the Times」を独唱するシーンは個人的ベストワンの名シーン。

現場でライアン・ゴズリングが思いついたという、このシーン。宇宙への旅立ちの前夜催された壮行会の中で人類のために非情を貫く指揮官が唄うその歌が、歌詞の意味もわからないのに胸に響く名演でした。

この映画は必ずBlu-rayでも入手するつもりで、それはこのシーンを何度でも観たいからなんです。

ハリー・スタイルズ
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まさに英雄を讃える歌。
この作品は栄誉の影にある犠牲についての物語でもある、と僕は思います。

原作の紹介(は、訳あってしていないのですが)はこちらです。

2026年4月22日水曜日

復刊ドットコムの大仕事『新・幻魔大戦<完全版>』がすごい!

 (たぶん)中学生の頃だったと思う。

小遣いを貰うと、近所にあった長内書店という小さな小さな書店に行って角川文庫の『幻魔大戦』(全20巻)を一冊づつ買うのが楽しみだった。

角川版が完結した後、徳間ノベルズおよび徳間文庫で『真幻魔大戦』として書き紡がれたものも、社会人になってからも引き続き読んでいた。
生活環境が幾度か変わるたびに、いろんなものをなくしてきたが、幻魔大戦の膨大なコレクションもその一つだった。
ふと思い出してAmazonを覗いてみると、『新・幻魔大戦<完全版>』と銘打って、何やら愛情たっぷりに編集されたものが出版されているではありませんか!

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1967年少年マガジン誌で連載開始された石ノ森版(当時は石森)の漫画はエンディングが描かれないまま突然の打ち切りとなり、別媒体で新規構想のもと続編が描かれていた。その続編パートと平井和正先生が別に書き続けた原作小説が時系列に沿って収録されているという資料性の高いもの。
当時の出版社事情も含め、興味深く読み進めている。




『DUNE/デューン 砂の惑星』映画で好きになった人、原作もぜひ!

 2021年、2024年と前後半に分けての映画公開となった『DUNE/デューン 砂の惑星』

この映画がヒットしたおかげで、入手困難だった続編『砂漠の救世主』が雰囲気のある装丁で復刊した。
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出版された23年に入手、多くの積読本に埋もれていたが、やっと順番が回ってきたぞ。
大学生の頃、古本屋で入手して読んでいたが、やはり今時の新訳はいい。
かつての直訳風のものは、それをやっているのが誰なのか迷子になることが多々あったが、充分に日本語の文脈に配慮された文体で、短い物語ではないがあっという間の読了となった。
新訳版では最終巻となる『砂丘の子供たち』も、もちろん入手済みである。


2022年12月18日日曜日

一筋縄でいかない恋の行方に翻弄されたい:『十二月の辞書 / 早瀬耕』

早瀬耕の新作『十二月の辞書』が出た。
 
 
『未必のマクベス』という作品が大好きで、SNSでベタ褒めしてたら、それがご縁で筆者と繋がり、同年代で予備校が一緒だとわかった。
それ以来追いかけるように著書を読んでいる。
 
本作はデビュー作『グリフォンズ・ガーデン』の世界の物語。
続編『プラネタリウムの外側』を読んでいた方が作中の人間関係が理解しやすいだろう。
 
 
 
早瀬作品の常だが、日常生活では滅多にお目にかからない難解な言葉が頻出するので、度々ネット検索しながら読むことになる。
 
そして、そのような読み方そのものが本書のメインギミックに直結していて、読者は筆者の掌で弄ばれるが、もちろんそれは主題ではない。
 
そんなことがまったく厭わしくないほど、一筋縄でいかない恋の行方に、おいおいと思ったり、こらこらと思ったりで翻弄される。
 
その翻弄がとても楽しい、不思議な読書体験だ。

2022年10月15日土曜日

一切の事前情報をシャットアウトしてただ読むべし!『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

 TBSラジオの『アフター6ジャンクション』は圧倒的に火曜日がおもしろい。

宇垣美里自身の熱量がライムスター宇多丸を加速するのだろう。

その日も、宇多丸はアツかった。とにかく『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は面白い、と連呼するのだが、内容については一言も言いたくない、と繰り返す頑なさが、それ絶対面白いやろ、という気分にさせた。




翌日街の大きな書店に行ってみたらもう在庫がなくなる寸前で、慌てて購入して、そのまま読んだ。

読み終わるまで置きたくない本、というのが本当にごく稀にあるが、これがそうだった。

宇多丸師匠の言に倣い、本稿でも『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の内容には一切触れない。 


ただ、感想の代わりに、下巻の後半マジで声を上げて泣いてしまったことだけを告白しておく。


プロジェクト・ヘイル・メアリー 上 (ハヤカワ文庫SF)
4150125066


プロジェクト・ヘイル・メアリー 下 (ハヤカワ文庫SF)
4150125074

2022年2月20日日曜日

『スノウ・クラッシュ』:(メタヴァースの元ネタというより)メタ文化人類史学サイバーパンク風味、かな

ベゾスやイーロン・マスクなど、テクノロジー系ベンチャーの創始者たちが牽引して、新しい世界への道筋が踏み固められつつあるが、そのヴィジョンの源泉としてスティーブンスンの名前をよく見かけるようになった。

ザッカーバーグが、Facebookの社名をMetaに変更してからこっち、メタヴァースという言葉の元ネタとしてあちらこちらで取り沙汰される『スノウ・クラッシュ』が復刊されたので読んでみたら、その理由が少しだけわかったような気がした。












国家というシステムも、資本主義というイデオロギーも、とっくに限界がきている。

でもその先が見えない中で、なんとなくコンピュータ・テクノロジーの行く末には光があるんじゃないか、というより、それ以外に頼りになりそうなものが見当たらないというところだろう。

確かに、なんらかの理由でお蔵入りにされた古い思考やイズムを掘り起こすよりはいいような気がする。


しかしチューリングマシンを嚆矢とするコンピュータそのものが、人間の思考を模倣したものであること(AIに対する本質的な不信感はそのあたりに深因があるのだろう)を考えれば、それを確かな道標とするために、そもそもこの遠大な人智の来し方の根源的なところに踏み込むほかない。

本書の主題はまさにそこにあるのだと思う。


古代シュメール史を遡行し、バベルの塔の神話を横目に見ながら、まるで現代のパンデミックを見透かしたようなウィルスと人類への言及。

そのすべてが、示唆に富んでいる。


古い権威主義をぶち壊すことが、本書が指し示す人類の未来に必須な前提条件であったのだろう。

それゆえに本書が纏ったサイバーパンク風味が、その種の隠語を頻発させ、ついつい読み飛ばし気味になるところがあって、せっかくの深い考察が勿体無い気もする。

せっかくこんなに魅力的に造形したキャラクターたちだからもう少し純粋に楽しめる形であってもいいかな、とは思う。 

映像化に際して多くの伝説を残した『砂の惑星』ですら、あんなに魅力的な映画になる現代である。 


動くヒロとY.Tが観たい! 

俳優さんは誰がいいだろう? 

Ngは?

レイヴンは?

エンゾは?

想像するだけで楽しい。

2021年1月2日土曜日

スター・キングの復刊

東京創元社という出版社は、わりとけっこうな頻度で、せまーい需要を捕まえる復刊をやらかしてくれる。
一般的な出版社にくらべて値付けが高めでも読者の忠誠心が高いのは、それが理由だろう。
私も早川書房とこの会社には誠を誓っている。
昨年末はエドモンド・ハミルトンの「スター・キング」を復刊しよった。




もちろん旧版も持っているし、翻訳者も同じ。すこーし訳文がリファインされている程度だが、鈴木康士氏の新イラストが素晴らしいし、堺三保氏の新しい解説がついているとあれば迷うべくもない。
そして今日朝から夕方までかけて一気に読んだ。

何度目か忘れたけど、やっぱり面白い。

バローズが1912年に発表した「火星のプリンセス」へのオマージュも感じられる1947年発刊の本作は、いまではライトノベルの世界に溢れかえる異世界ものの伝統を伝える一冊といえる。

そしてまた本作は、マーク・トウェインの「王子と乞食」を嚆矢とする「瓜二つ」テーマの古典、アンソニー・ホープの「ゼンダ城の虜」を下敷きにしているのだ。

荒唐無稽なスペースオペラの作者というイメージがハミルトンにはあるかもしれないが、彼は15歳で大学に飛び級で進学した天才である。
アメリカ文学の歴史に深い理解を持ち、大衆文学を愛した才人だったのだと僕は思う。

「ゼンダ城」には「ヘンツォ伯爵」という続編があり、本作もそれに倣って「スター・キングへの帰還」との二部構成となっている。
どうも私には二部構成にするために無理に書いたように思えてならないのは、リアンナとゴードンのメロメロのハッピーエンドを期待していたせいなんだろう。


2019年12月29日日曜日

2019年、今年の私的小説ベスト3

2019年も長く愛着を持ち続けられそうな小説にたくさん出会った。
まずはなんといっても、アメリカSFの女王コニー・ウィリスの新刊「クロストーク」でしょう。

クロストーク (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
早川書房 (2018-12-27)
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まことに所有欲をくすぐる装丁がまず素晴らしい。
そのせいもあってか、もしかしたらウィリス作品で初めてラブ要素に萌えたかもしれない。それにしても電車でこの本を読んでいる間中、もしかして僕の考えていることを、周囲にいる乗客に本当に覗かれていたらどうしよう、という考えに取り憑かれ、落ち着いて読めないのは実に困った。

そして、S.J.モーデンの「火星無期懲役」。

火星無期懲役 (ハヤカワ文庫SF)
SJ モーデン
早川書房
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大ヒットしたアンディ・ウィアー「火星の人」の二匹目のどじょう狙いたちの中では出色の出来と言えるでしょう。
二匹目のどじょう呼ばわりは個人的偏見ではなくて、実際に「火星の人を意識した作品を」との出版社のオーダーを受けて書いた作品とのこと。本国ではすでに続編が出版されているとのことなので楽しみに待つ。

嬉しいことに今年も島田荘司先生の健筆は止まらなかった。
しかも久しぶりの吉敷竹史シリーズ!
「盲剣楼奇譚」です。

盲剣楼奇譚
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島田 荘司
文藝春秋
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吉敷竹史シリーズで通子さんが出てくると言うだけですでに涙ぐんでしまう。 たかが小説の登場人物と思っても、幸せそうな通子さんとの再会は、やはり心に温かい光と人生への信頼を取り戻してくれる。
そして物語は、禅の思想に導かれる謙虚さと満ち足りることの喜びがリードしていって、ラストで謎解きと謎の解明を上回る感銘をクロスさせる構成になっているんだなあ。
こんな陳腐な言葉は使いたくないが、他に言葉が見当たらない。
大傑作です。


2020年も、買っておいた佐藤亜紀先生の「黄金列車」が、すでにテーブルに置かれた状態で読まれるのを待っている。
楽しみでしょうがない。

黄金列車
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佐藤 亜紀
KADOKAWA (2019-10-31)
売り上げランキング: 6,970

いやあ、小説って本当にいいもんですね。

【Anthologies #1】心に澱が積もる夜には|大貫妙子『ライブラリー』

 還暦を過ぎ、いつの間にか貪欲に新しい音楽を探すことはなくなった。 それでも、日々を生きていれば音楽に頼りたくなることはあるものだ。そんなとき聴きたくなるのは、アーティストたちの人生が垣間見える<アンソロジー>で、いくつか愛聴盤がある。 誰かの心無い言葉や、諍いに心に澱が募るよう...