2023年10月28日土曜日

スクリャービンを聴く夜 | ピアニスト尾城杏奈が描く、SACDで聴く美と熱の音世界

訳もなく「本当に良い音」に浸りたくなる夜がある。
そんな時手が伸びるのは、クラシック、それもピアノでなくてはならないが、スクリャービンとなるとちょっと敷居が高くなる。

1. 「現代のスクリャービン弾き」尾城杏奈という才能

そこで今回ご紹介するのは、新進気鋭のピアニスト、尾城杏奈さんによる『スクリャービン・リサイタル I & II & III 』(TRITONレーベル)です。





はい。ジャケ買いですね。

それが聴いてびっくり、なんとも新しいスクリャービンなんだなあ。

 スクリャービンの楽曲は、過去の巨匠の名演があるが故に、技巧的な難解さ、独特の「法悦感」や「神秘性」を求められますよね。

しかーし、尾城さんのアプローチは、曲の深淵にある「叫び」をも「美」に寄せていく現代の表現だったのです。

  • TRITONレーベルによる極上の録音

本作はSACD(Super Audio CD)としてリリースされており、空間の広がりや残響の消え際まで、鳥肌が立つほどのリアリティで収められています。

  • 「ジャケ買い」を裏切らない美学

ブックレットの写真がモノクロなのが唯一の心残り(!)と言えるほど、彼女自身の美しさと音楽性の対比が、このアルバムの価値をさらに高めています。

2. 没入を誘う作曲家、アレクサンドル・スクリャービンの魔力

スクリャービンはロシアの作曲家・ピアニストですが、その音楽はショパンの流れを汲む初期のロマンティックな作風から、後期の「神秘和音」を用いた独自の宗教的・宇宙的な世界観へもアプローチしていたようです。

  • ホロヴィッツとの対比で聴く楽しみ

スクリャービンのピアノ曲といえば、まず伝説的なホロヴィッツの名盤が思い浮かぶでしょう。しかし、あえて現代の録音、それも尾城さんのような次世代の解釈で聴くことで、スクリャービンが譜面に込めた「現代性」や「色彩感」が、ハイレゾの音像として鮮明に立ち上がります。

  • 「難解さと繊細さ」のコール&レスポンス 

スクリャービンの音楽には難解さ故の壁がありますが、尾城さんの指先から放たれる繊細な一音一音が、異世界にあるような世界観を引き寄せているようです。

3. オーディオファンこそ聴くべき「音」と「美」の融合

オーディオを趣味とする者にとって、良い演奏と良い録音の出会いは、まさに至福の瞬間です。

部屋の照明を落としてSACDを再生すれば、そこには美しきピアニストが紡ぐスクリャービンの情熱が現出しているはずです。

関連リンク

スクリャービン・リサイタルI〉 ピアノ・ソナタ全集 Vol.1 尾城 杏奈(ピアノ)

スクリャービン・リサイタルI〉 ピアノ・ソナタ全集 Vol.2 尾城 杏奈(ピアノ)

スクリャービン・リサイタルI〉 ピアノ・ソナタ全集 Vol.3 尾城 杏奈(ピアノ)


真実と喪失の対価 / ジェイムズ・ケストレル『真珠湾の冬』

 亡くなった原尞さんに導かれてポケミス版の『そして夜は蘇る』を読んだら、すっかりポケミスの装丁に夢中になってしまった。

幸い僕が住む街には、大きな書店があり、最近こんな書店も珍しいがそこにはいまだにポケミスのコーナーがあって、旧刊も含め割と充実した在庫がある。

行くたびに、眺めてニヤニヤしているだけというのもなんなので、ジャケ買いでこれを買った。

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真珠湾となれば、日本に生まれた自分にとってはまったく人ごとではない。
一度シンガポールに行った時、そうとは知らず入った博物館で、展示された大戦時の日本の所業に不意を打たれて、深く恥いったことは生涯忘れない教訓だ。

この物語からも同じような感慨を受けるが、それ以上に主人公の生き様が示す、自らを奉じた職業への、その身と分かち難いほど強い使命感に考えさせるものがある。
そして、だからこそ背負ってしまった重い喪失がどこまでもやるせない。

作者は、この重厚な物語に、これ以上ないほどふさわしいラストを用意した。
読み進めるにつれて、我がことのように救いを求めるようになった自分自身にも、それは福音だった。

心底この本に出会えてよかった、と思った。

逃げ場のない読書体験をもたらす本だが、この国に生きるすべての人に読んでほしい本だと思う。


2023年5月27日土曜日

追悼:原尞 ポケミス版『そして夜は甦る』

孤高のハードボイルド作家 原尞さんが亡くなった。

最初に読んだのは、直木賞を獲った『私が殺した少女』だった。
 
その「いかにも」なハードボイルドの語り口を理解できるほど、僕はレイモンド・チャンドラーを読めていなかった。
 
村上春樹がチャンドラーの全長編を翻訳してくれたことで、 僕はやっと『ロング・グッドバイ』の魅力にアクセスすることができたんだと思う。

今回の訃報を受けて、処女作の『そして夜は甦る』を再読した時、初読時にはわからなかったその文体の魅力に気づくことができた。

そして今回買った『そして夜は甦る』は、あの「ポケミス版」なんである。
黄色い小口に、あのビニールのカバー。
古風なイラストが添えられた表紙も、ポケミスの雰囲気にピッタリあっていて素晴らしい。
 
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それにしても寡作の人であった。
しかし残された作品はどれも再読に堪える魅力と底深さを備えている。
この素晴らしい作品たちを、チャンドラーのそれらと一緒に僕は何度も読み返していくだろう。
 
 原尞さん、お疲れ様でした。
どうぞ安らかにお休みください。
 
 

2023年4月12日水曜日

カフカ『掟の門前』とChatGPTが突きつけたもの

少し前に、北海道新聞のコラムでカフカの『掟の門前』が紹介されていた。

読んだことがなかったので、光文社古典新訳文庫で買ってみた。

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タイトルは『掟の前で』となっていた。

読めば、門前の方が内容に相応しい気がしたが、門自体が「思い込み」のメタファーであることを考えれば、『掟の前で』の翻訳意図も理解できる。

併録されている『アカデミーで報告する』も多様な解釈を許す短編で、『掟の前で』と併せて読むことで、カフカの人間あるいは社会に対しての基本的姿勢のようなものを、ぼんやりと形作っているように感じられた。

そしてその2篇を膠のように『変身』と繋ぎ止める『判決』。

この4篇でこの本は構成されている。

最も長い『変身』は何度も読んだ作品だが、今回もまた、以前とは全く異なる印象を残した。

 

直前、直後の読書、それまでの人生の経験。そういうもので本から感じ取る風景は全く異なるものになる。それが読書というものだと思う。

ところで、最近ニュースを騒がせているChatGPT。この優れたAIを使って読書感想文を書いた学生を処罰するというニュースが流れた。

カフカを読んで、しみじみとした人生の奥深さを覗き込んだ直後にこのようなニュースに接すると、まことにどうでも良いことに思える。

感想文に点数をつけて評価をすることが目的になっているからAIなんぞに書かれては困るのであって、教育の場での本当の目的は、読書感想文をクラスで共有して、人間の感性のしなやかさや、環境の違いによる考え方の相違を受け止める柔らかさを学ぶことだろう。

教育の世界にChatGPTが突きつけたのは、「評価」ができるような成果物はもうコンピュータで作れてしまう、ということだ。

そしてそのような「評価」を前提とした設問は、すでにビジネスの社会には存在せず、誰もみたことのない課題に、どんなものの力でも借りながら挑んでいくことが求められている。

そして、まさにその壁を、はるか1910年代に描いたのがカフカであった。本当に大切なことは、どのようにしてでも学べるものだ。初等・中等教育はそのための成功体験を人工的に体験できるシミュレーションの場として機能させて欲しいものだ。


2023年4月9日日曜日

ジョン・ディクスン・カー『火刑法廷』

これたぶん三回目の再読なんだけど、今回も今回もとっても新鮮な不思議さのまま、最後まで連れて行かれた。

ジョン・ディクスン・カーの『火刑法廷』 

謎解きも複雑で、簡単には飲み込めない。

作者もそう思ってるんだろう、嘘だと思うならXページを見ろ、との注釈まで入っている。そして読んでも、納得するにはよくよく考えなければならず、時間がかかる。

カーの頭の中は一体どうなってるんだろう。

そしてラスト数ページの大仕掛けも、巻末の豊崎さんの解説を読んで、あっと気づいて、読み直して、寒気が走って、前回読んだ時も同じステップ踏んだな、と思い出す始末。

俺の頭の中もどうなってんだよ。 

※ハヤカワの新訳版、表紙変わってますね。

2023年3月29日水曜日

俺とG&L #4

G&L ASAT Classicの改造記、第4回です!
 
最終回の今回は、回路周りです。
 










まずはプレートですが、よく見ていただくとピックアップの切り替えスイッチが斜めにスラントしているでしょう。

こんな小さな工夫で、ものすごく弾きやすくなるんです。おすすめの改造ですね!


いよいよ回路(サーキット)ですが、今回はフロントとリア、それぞれのシングルコイルを直列してハムバッカーのようなサウンドも出る4wayのサーキットを付けてみました。
 
エマーソンカスタムというブランドの配線キットで、レビューなども参考に250kΩの抵抗が入っているものをチョイスしました。
 
 
直列モードでは、確かに音圧が上がり歪みのノリが変わります。僕はテレキャスターしか持っていないので、もしかしたら使えるシーンがあるかもですが、ホンモノのハムバッカーとはちょっと違う気はします。
 
そしてそのピックアップを切り替える「ノブ」にもご注目ください。
 

 












通常のものより、かなり小ぶりで質感が高いモデルです。
HATAという工房のもので、ボリューム・トーンのノブも同じブランドでセットで販売されています。















このノブセット、通常はブラス製のところをアルミで作られていて、非常に軽いのです。
私にはこの軽さ、ちょうど良いのですが、好みが分かれるところかもしれません。

2023年3月28日火曜日

俺とG&L #3

G&Lギターの改造記第3回です。

今日は、ピックアップとブリッジ周りを。



G&LのASAT Classicにはオリジナル設計のMFDピックアップがついていて、ポールピースが各弦で調整できるようになっていました。

が、それゆえにテレキャスらしからぬナイーブなルックスになっていました。

今回の改造では、よりオリジナルに近い、FENDER社製 Pure Vintage '64 Telecaster Pickup Setをセレクトして、搭載しました。

 

お次はブリッジ。

テレキャスターの欠点として挙げられることが多い、3分割タイプのブリッジですが、逆に、それがテレキャスターらしいリジッドなサウンドを生み出していることもまた事実なわけで、今回各弦でオクターブ調整できる6分割タイプから、わざわざオリジナルに近い3分割タイプに戻しました。

信頼のGOTOH社製、BS-TC1 Chromeです。

なぜ GOTOHを選ぶかというと、もう一本のテレキャスターVanzandtのブリッジについていた芋ネジが長すぎて、弾くたびに右手の腹に引っかかって不快だったのです。

イライラに耐えかねて、自分でGOTOHのブリッジを買ってきて交換。スッキリ解決したため、今回もGOTOHさんを選びましたら。

そしたらなんと!G&Lはネックのジョイント位置がフェンダー系のテレキャスと少し違っていて、互換製品を使うと弦高調整との兼ね合いで、やっぱり芋ネジの頭が出てしまうのでした。

で、まあ芋ねじなんで探せばサイズはあるもので、Amazonでこれを見つけて、見事解決。

次回最終回は回路系です!

2023年3月16日木曜日

俺とG&L #2

G&Lギターの改造記の第2回です。第1回はこちらから→『俺とG&L #1』

まずはペグ。


GOTOH ( ゴトー ) 社製のマグナムロックのペグ。

型番はSGS510Z-MG-A07-L6-Chrome

ポストに弦をくるくる何度も巻かなくても良いという優れものである。 


裏面にはgotohを数字化した「510」の文字が。




弦交換は、作業としては楽になるが、弦のロックが甘いとチューニングが合わない。取説には書かれていないが、交換してくれた楽器屋の兄ちゃんが、コインで上のネジ締め込むと一発で合うよ、と教えてくれた。

お悩みの方、ぜひお試しを。

2023年3月15日水曜日

俺とG&L #1

G&Lギターとの出会いは、Mr.Childrenの1997年のシングル『Everything (it's you)』だった。

この曲では、レコーディングもライブでも田原くんと桜井和寿が掛け合いでギターソロを弾いている。

桜井はこのMVで印象的なシルバーラメのテレキャスターを弾いているが、よく見かけるフェンダーのそれではないことにはすぐに気がついた。

桜井和寿のギターソロは、スムースな田原のソロを受けて、不器用ながらも熱くてドラマティックに燃え上がっていく。そして何よりギター自体が、その熱さを受け止め得るクールさを持っていた。

まだインターネット黎明期のこと、ググればわかる時代はまだきていなかったが、雑誌などですぐにそれがG&Lのギターであることは調べがついた。

G&Lというブランドは、桑田佳祐氏がソロ活動で、やはりテレキャスタータイプの 『ジョージ・フラートン・モデル』を使用していたことで認知していた。

ジョージ・フラートンという人が、楽器を弾けないラジオ技術者のレオ・フェンダーと共にフェンダー・ギターの立ち上げを行った人だとは、その時に知った。

レオがミュージックマンをアーニーボールに売却した後に立ち上げたのがG&Lと知って、やはり一度は弾いてみたいものだと思っていた。

 そんなある日、営業をサボって渋谷をブラブラしていて、イケベ楽器で白いG&Lが吊るされているのを見つけた。

もう値段も忘れてしまったが、15〜20万くらいだったと思う。

衝動買いをするには高価なものだ。いったん落ち着こうと店を出たが、それが一目惚れであったことにはすぐに気がついた。

気がつくと店に戻り、スーツのまま試し弾きをさせてもらって、クレジットカードを差し出していた。 


長いこと、それをメインギターにして弾いていたが、2006年に会社を早期退職した時、今度は第4期ARBの内藤幸也が弾いていたフェンダーのテレキャスターが気になって、よく似た仕様のVan Vandtを買った。

このVan Vandtのテレキャスは、ネックが薄くて指板のRがほとんどないタイプで、これが非常に弾きやすく、しばらくこればかりを使っていた。

そんなわけで、しばらくケースの中で眠っていたG&Lがすっかりゴキゲンナナメになっているのに気づくのが2021年。

3年半ほどお世話になった職場を辞めて少し時間ができたので、本格的にメンテナンスに乗り出した次第だ。

結局ほとんどのパーツを入れ替えることになった。

その記録をここに残しておこうと思う。

これが改造を終えた姿だ。


次回以降、入れ替えたパーツを紹介していこうと思う。

2023年3月14日火曜日

zoomよ、お前もか

すごーく久しぶりにzoomでミーティング。

自分がホストなので、動作チェックしておくか、と思ったらアップデートに失敗しました、と言われて先に進まない。

いろいろ調べて、古いバージョンを先に削除しておく必要があるとわかったんだけどさー。

そんなバカな。

いや、あるよ。そういうこと。でもさー、zoomってそういうダッセー企業じゃないと思ってたからショックだわー。


 

まあ、やってみたらできた。

うん、新しいアイコン、かっこいいじゃん。

いやもしかしたらzoomだけのせいではないのかもしれん。OSとの関係もあるもんね。

使ってるのはMacだから、こっちもだいぶ怪しい。

MacOSもiOSも、勝手にインターフェイス変えて、情弱ユーザー戸惑わせるの得意だけどさー、創業者のジョブスさんは、ユーザーは信用できないからマウスのボタンは絶対一個じゃなきゃダメだっていう人だったんだよ。

だからこそ、アップルはComputer For Rest Of Usだったんだし、シンプルでビューティフルだったんだよ。

まあ、素人のオイラには、難しいことはわからんけどさ、時代を変えてきた皆さんには、いつまでもカッコいい企業でいて欲しいよな。

2023年3月13日月曜日

追悼、デヴィッド・リンドレー

2023.3.3、鬼才デヴィッド・リンドレー逝く。

それにしても今年は、世代のヒーローたちがどんどん逝ってしまうね。ジェフ・ベック、高橋幸宏、デヴィッド・クロスビー、鮎川誠、バート・バカラック・・

ジャクソン・ブラウンの名盤の影に必ずデヴィッド・リンドレーがいたよね。弾けるのがギターだけではなかったゆえに、ギターヒーローとは呼ばれなかったけど、明らかに弦楽器マスターの方が希少だと思う。

その稀有な才能を堪能できるライブアルバムを残してくれたことが、せめてもの僥倖かな。

ジャクソン・ブラウンの2006年スペインライブを収録したもの。リンドレー自身も歌ってますね。
 

2023年3月12日日曜日

異世界おじさん、ついに最終回

 最終回の放送が延期されるという、視聴者にとってはなんともツラい仕打ちをしてくれた『異世界おじさん』

待った甲斐のある素晴らしい最終回でしたねー。

 

17年間異世界にいて、現実世界に帰ってくるという設定の妙。それだけのことなら他にも同じ設定の作品はなくはないですが、帰ってきた現代の日本こそが「異世界」に感じられるというところがこの物語の凄さではないでしょうか。

今年58歳になる自分にとっても、まるで価値観の異なる父親世代と、これまたまったく違う価値観を持った子供世代との間にいて、「世界」とは何かと考えることがよくあります。

世界はたぶん、自分だけもので、情報のようなものにあまり振り回されない方がいいんだろうなー、と今は思います。

最後の出張

一年間やってきた高校訪問ツアーですが、いよいよ最後の出張となりました。

帯広です。

帯広生まれなんだけど、0歳の時に一年間いただけなんで、まったく思い出とかはないのです。

千歳あたりから高速に乗って、車で行くことが多いですが、アップダウンの大きな道東道では、時々絶景ポイントがあります。


おお!と思って写真を撮って、後で見ると「あれ、こんなだったかなあ」と思うことが多いです。

あと、今度こそ「インデアンカレー」に行こうと思うのですが、なんとなくああいう地元のソウルフードのお店って、お作法がありそうで腰が引けちゃうんですよね。

つい勝手知ったるチェーン店に入ってしまいます。

臆病者です。

2023年3月6日月曜日

オリオンビールみーつけた!

オリオンビールが好きだ。

いつもはサッポロの苦めのビールを愛飲しているが、どこか異国情緒のあるオリオンの佇まいを見つけると、つい買ってしまう。

昨日もスーパーで見かけて迷わず買った。


 エール系で、非常に複雑な味わいを持つビール。美味でした。

2023年3月5日日曜日

確定申告のDX

昨年度の確定申告を終えた。

『弥生』アプリケーションを導入してからの確定申告は毎年この上なくスムーズだが、e-Taxに移行してからは苦難の道のりだった。

特に昨年は、e-Taxの利用申し込みとマイナンバーカードの折り合いが悪く、何度も何度も申請をやり直しさせられた。

ネットリテラシーが低いせいといえばその通りで一言もないが、今年のシステムでは実にスムーズ。『弥生』でほとんどの操作ができたことが大きいと思う。

スマートフォンでのマイナンバーカードの読み取りと弥生の専用アプリの組み合わせで、あっという間にデータの送信が完了。あっけないくらいだった。


 

昨年のことを思い起こすと、弥生の専用アプリが果たしていた役割をマイナポータルでやろうとして、ぐるぐると堂々巡りになった記憶がある。

そういえば、現在メインバンクで使っている北洋銀行が、最近、ATMの振り込みシークエンスを変更し、これが大変煩雑で、ATMの列が伸び、月末なんかだと1時間近く店内にすら入れない事態となっている。 


なぜシステム開発は「すべりがち」なのか。

きっと客の言うことを聞きすぎるんだろう。

素人さんにプロのサービスを提供しているからお金がもらえるのであって、素人さんの言う通りやるなら誰にだってできる。

ジョブスがマウスにボタンを一つしか設けなかったのは、ユーザーを信用していなかったからだ。そんな制約条件の中でMacOSのインターフェイスは洗練された。

ゲイツは、Windowsの開発に際して、「DOS/Vで動くMac」が欲しいんだ!と怒鳴ったという逸話があるが、当たり前の感性で新しい洗練は作れない。 

老舗の『弥生』さんの見事なDXには本当に感心した。願わくば、このような洗練がこの国に満ちますように。

2023年3月4日土曜日

山下達郎札幌公演に行ってきた。

2023年2月7日、札幌文化芸術劇場hitaruにて開催された山下達郎札幌公演に行ってきた。本来は昨年実施されるはずだったが、ご本人のコロナ感染で延期になっていたものだ。 

山下達郎は公式に映像作品を発売していない。コンサートに行きたくても、なかなか抽選には当たらなかった。

2012年に映画館で、シアターライブが公開された時には喜び勇んで観に行った。演奏巧者の猛者揃いのライブは素晴らしく、中でも達郎本人のギターに圧倒された。ラストシーンに選ばれた北海道のフェス。圧巻の『さよなら夏の日』にスクリーンの中の観客たちが涙を流していて、映画館の僕らももらい泣きした。

そんな公演を生で経験できるのだからと、とても楽しみにしていた。 

幕が開き、一曲目『スパークル』のあのイントロで、すでに僕の興奮はマックスだった。

しかし、演奏が終わった後、ラジオ『サンデーソングブック』と同じトーンで、達郎はこのように話し始めた。


「よかった。最初から総立ちになったりしたら帰るところだった。このコンサートには作法があるから初めての人は、お馴染みさんのやる通りやってください」と。

郷にいれば郷に従え。特に異論はない。

しかし、僕が長い間山下達郎の音楽から受け続けていた感銘と、完成されたエンタテインメントショーとしてのライブの間には、大きな溝があった。

最後まで、僕はそのライブの流れに乗り切れず、総立ちの会場の中で一人座って彼の歌を聴いていた。

佐野元春のコンサートで彼が叫ぶ「自由がなければ意味がないのさ、そうだろう」という言葉が僕の頭の中でずっと鳴っていた。

ぼくのポルシェ

小学4年生のとき、おばあちゃんにおねだりしてタミヤ製のプラモデル『PORSCHE 934RSR』を買ってもらった。5000円くらいしたと思う。

当時の自分の技量ではうまく作れず、いろんなところを誤魔化してなんとか形にした。

それが気にかかって、高校生くらいまで手を入れ続けたが、そのことで却って傷は広がり、 長い時間をかけてそのプラモデルは僕に深くてリアルな教訓を与えた。

大学に行くため実家を出る時、諦めがついてそのプラモデルを捨てたが、その教訓は僕の中に残り続けた。ビジネスマン時代、周囲が焦れるほど完全な準備ができているかを見極め、慎重すぎるほど慎重にことを運び、時にはそれでチャンスを逃すこともあった。それでも対症療法を重ねて傷が残り続けるよりはマシだと思い続けた。

そして僕は『PORSCHE 934RSR』自体のことも忘れていなかった。

会社を辞めてセミリタイア時代に入る時、僕が真っ先に手に入れたのは、あの『PORSCHE 934RSR』だった。時を経てその商品は12,000円ほどになっていた。

長い時間をかけて、頭の中でシミュレーションし続けたプラモ製作。生来の不器用さゆえ、今回も完璧とはいかなかったが、2回目の製作は、その後の修正を要求しなかった。

 

完成させてから今年で16年になるが、今でも机の真横に鎮座している。時々磨いてあげるが、色褪せない魅力がある。

フェルディナンド・ポルシェ博士が、ヒトラーのために作った国民車をルーツに持ち、現在のラインナップにも面影を残す永遠のデザイン。

おそらく実車を入手する機会は一生あるまいが、僕の心をデザインした大切な一部として、一生残り続けるだろう。

2023年2月21日火曜日

寒い夜に聴くジャズの深淵|パトリシア・バーバー『NIGHTCLUB』がもたらす極上の孤独

夜に聴くジャズは、時に落ち着いたリラクゼーションをもたらし、時に静かに心をざわつかせる。とりわけ冬の凍てつくような夜、部屋にこもって所在なさを感じるときに針を落としたくなる(あるいは音源を再生したくなる)のが、パトリシア・バーバー(Patricia Barber)の音楽だ。



彼女の2000年の名盤『Nightclub』を久しぶりに聴き、中盤に収録された名曲「アルフィー(Alfie)」が流れた瞬間、ハッとした。希代のポップ・マエストロ、バート・バカラックが亡くなった際、自宅にある「アルフィー」の別バージョンを際限なく探し集めた記憶が蘇ったからだ。

パトリシア・バーバーがこの曲を歌っていたという盲点。その不意打ちのような感覚こそ、彼女の音楽が持つ最大の魅力であり、現代ジャズシーンにおける彼女の唯一無二の立ち位置を証明している。

現代ジャズシーンの異端にして至高。パトリシア・バーバーとは?

ジャズ・ピアニストであり、シンガーソングライターでもあるパトリシア・バーバーは、現代ジャズ界において極めて独特な光を放つ存在である。

シカゴを拠点に活動を続ける彼女は、単なる「スタンダードを綺麗に歌うジャズボーカリスト」ではない。その音楽性は、冷徹なまでにコントロールされたピアノタッチ、低音で呟くようなクールなアルトボイス、そして文学的でシニカルなオリジナル曲の歌詞に特徴づけられる。

知性派としての立ち位置と評価

バーバーは、ジャズミュージシャンとしては異例の「グッゲンハイム・フェロー(創造的な芸術家に贈られる権威ある賞)」を奨励金として授与されるなど、その高い芸術性と知性が多方面から評価されてきた。伝統的なスイングやボサノヴァの語法を解体し、現代音楽やポップスの要素を独自の美学で再構築する手腕は、目の肥えたジャズファンやオーディオマニアからも絶大な支持を得ている。

感情に侵入してこない「極上のディスタンス」


パトリシア・バーバーの音楽を聴いて感じるのは、聴き手との間にある「絶妙な距離感」だ。

一般的なジャズボーカルは、聴き手の感情に寄り添ったり、エモーショナルに訴えかけてきたりすることが多い。しかし、バーバーの歌声はどこまでもクールで、過度な感情移入を拒むかのような静けさを湛えている。

「心に勝手に入ってこない音楽」

これこそが、彼女の音楽が持つ貴重な価値だ。押し付けがましさが一切ないからこそ、聴き手は自分の孤独や思考をその音楽の隙間に滑り込ませることができる。特に、寒さで心が内向的になりがちな夜には、この「ベタつかない温度感」が最高に心地よい。


<Nightclub>
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2023年2月20日月曜日

扁桃腺で寝込んで、エラリイ・クイーン『靴に棲む老婆』を読む

何年かぶりに、扁桃腺が腫れて高熱が出た。
一週間ほどベッドに寝たきりだったから、読書が捗る。
せっかくの機会を活かして、出版されて間もないエラリイ・クイーン『靴に棲む老婆』を読む。
 
まったく知らない作品だったが、とても面白かった。
最近、『災厄の町』以降の作品が、越前敏弥による新訳で再発されているが、これはその中でも群を抜いて面白かったなー。

2023年2月6日月曜日

DIANA KRALLとCOPLANDの夜

先週、昔の仲間が札幌を訪れて来た。
懐かしいなと二日続けて痛いほど飲んだ。 
 
夢があったから、定年まで勤め上げるような生き方が出来なかった。
それなりに面白い人生だったが、ここにきて少し疲れを感じる日もある。

そいつもまあ、色々あった奴だ。
気がつけば、お互い自分の話ばかりしてうまく噛み合わない会話が続いた。

なんとなく疲れが取れないまま、無為な週末を過ごして月曜日が来た。
そんな僕のために妻がトンカツを揚げてくれた。
ビールとトンカツの後、部屋に戻ってCDラックのダイアナ・クラールが呼んでいるような気がして、『Night and Day』の入ったこのアルバムを選んだ。
 

 
プリアンプが不調で、COPLANDの真空管プリメインで鳴らしているからか、いつもより少し音像が小さく、ステージからではなく、この部屋で歌っているような音がする。
 
 
そんなこともあるさ、とやっと思えるようになった。
音楽に救われるなんてしょっちゅうだが、 歳をとると有り難みが増すね。


2023年2月1日水曜日

朝6時のレコードから始まる、心豊かな一日のデザイン


一流の男たちが「朝のレコード」を愛する理由

忙しい現代人にとって、朝は戦場のような時間かもしれません。しかし、世界的なファッションデザイナーのポール・スミス氏は、毎朝6時に出社し、まずオフィスでLPレコードに針を落とすといいます。

また、作家の村上春樹氏も、翌朝に聴くレコードを前夜のうちに選んでおくという習慣を明かしています。

なぜ、研ぎ澄まされた感性を持つ彼らは、あえて手間のかかる「レコード」を朝の習慣に取り入れているのでしょうか。

心にスイッチを入れるルーティン


スマホひとつで瞬時に音楽が流れる時代、ジャケットから盤を取り出し、慎重に針を落とすという行為。
このルーティンこそが、心地よい覚醒に繋がるのかもしれません。
  • ジャケットの美しさを愛でる
  • 盤面の埃を払う静かな時間
  • 針が溝に触れる瞬間の期待感
こんな数分の儀式が、慌ただしい日常から切り離された「自分だけの聖域」を作ってくれるのです。

「次に聴く一枚」を夜に選ぶ楽しみ


村上春樹氏のスタイルを真似て、夜のうちに「明日の朝の一枚」を決めておく。これが意外なほど生活にリズムを与えてくれます。

「明日は少し早起きして、あのジャズのヴォーカルを聴こう」 そう思うだけで、夜の過ごし方や、翌朝の目覚めの質が少しだけ変わるから不思議です。

今日をデザインする、朝の30分


600枚ほどになった私のコレクションも、アルファベット順に一枚ずつ聴き直す「総浚い(そうざらい)」を始めてから、新たな発見の連続です。
まだ何も抱えていない、まだ何にも縛られていない、そんな朝の時間だからこそ、音楽に向き合う心を持てるのかもしれません。

(『レコード棚を総浚い』のインデックスをnoteで整備中です。下記からご覧ください)



2023年1月31日火曜日

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / SONGS IN THE ATTIC』

1981年リリースのライヴアルバム『ソングズ・イン・ジ・アティック』は、80年のアメリカツアーを収録したものだが、いわゆるライブ実況盤とはいささか趣を異にしている。

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ここには、彼のキャリアのターニング・ポイントとなった大ヒットアルバム『ストレンジャー』以降の曲は一つも収録されていない。
このアルバムコンセプトについて、その転回点を作り出した張本人であるプロデューサー、フィル・ラモーンがライナーに寄せた一言を引用しておく。

いくつかの曲は時の流れを超え、常に変わらぬ美しさとインパクトを持ち続ける。一夜にしてスターになることをまだ夢見る人たちへ、これが「ストレンジャー」が私達のレコードコレクションに加わる遥か昔に書かれたビリーのソングライターそしてミュージシャンとしての力量を示すサンプルなのだ。

Billy Joel / Songs in the Attic ライナーノーツより

フィル・ラモーンが書いた通り、このアルバムはもっと広範な人にとっての「サンプル」となり、埋もれた名曲であった『シーズ・ガット・ア・ウェイ』をラジオに乗せ、幻となっていたフォースト・アルバムの再リリースに結びつけた。

また『Say Goodbye to Hollywood』も、このライブアルバムをきっかけに再度シングルカットされ、今度はヒットしている。

ビリー・ジョエルのライブをテレビで観た事がある。
弦も切れよとばかりに鍵盤を叩き、ピアノの上に乗ってハンドマイクで熱唱するビリーの姿は「吟遊詩人」のイメージを覆す、ロックンロール・エンターテイナーそのものだった。
そんな彼を支えるバンドとの信頼関係がそのステージを作り上げていたことは疑いようがなく、このバンドを篤く遇した事がフィル・ラモーンプロデュースの第一の功績であったことがよくわかる。



2023年1月30日月曜日

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / GLASS HOUSES』

1980年発表の7th『GRASS HOUSES』は、ロック寄りのアプローチで、とてもよく売れたアルバムとなった。

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タイトルの『グラス・ハウス』は、「People who live in glass houses should not throw stones.」という慣用句から発想されたそうだが、この警句は、「自分が完璧でない(完全な人間などいない)なら、他人を批判すべきでない」という意味。
ビリー自身を取り巻く環境に対しての何らかの異議申し立てではないかと推察されるが、具体的な事案はわからない。

この寓意を表現した、ジャケットのガラスの家に石を投げつける過激なヴィジュアルは、自身初の全米シングルチャート1位となった『ロックン・ロールが最高さ』の楽曲イメージと合わせて、タフなロックアルバムの佇まいを纏っている。

とはいえ、本来のスタイルである吟遊詩人的アプローチも健在で『ドント・アスク・ミー・ホワイ』などの佳曲も収録しているし、スケールの大きな『レイナ』は個人的には愛聴の一曲だ。

そして名曲『ガラスのニューヨーク(YOU MAY BE RIGHT)』は、『SAY GOODBYE TO HOLLYWOOD』とともに、桑田佳祐が嘉門雄三名義で発表した『嘉門雄三 & VICTOR WHEELS LIVE!』でカバーされている。

2023年1月28日土曜日

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / 52ND STREET』

大ヒットとなった『THE STRANGER』に続き、フィル・ラモーンとタッグを組んだ78年の6thアルバム。

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昔ボーカルスクールに通っていた頃、最初の課題曲が『オネスティ』だった。
自信たっぷりに派手な抑揚をつけて「If you search for tenderness・・・」と歌いだした僕を制して先生は、「優しさを探しているような人に向けて歌っていることを意識して」と言った。
<歌う>ということを根本的に問われた衝撃。
生涯忘れることない教訓だ。

そういう意味でも自分にとってこの『52ND STREET』は完全に『オネスティ』のアルバムで、日本のヒットチャートでもそのように受け止められていると思うが、本国アメリカでは『マイ・ライフ』の評価の方が圧倒的に高いようだ。
アルバム『THE STRANGER』における『素顔のままで』とシングル『ストレンジャー』のような逆転現象が、このアルバムでも起こっていて興味深い。


本稿を起こすにあたって、再度聴いてみて驚いたのが、当時はまったく気づかなかったフレディ・ハバート(tp)の存在感だ。
なんと言ってもジャズ入門のために何度聴いたかわからないオリヴァー・ネルソン『Blues & The Abstract Truth』収録の名曲『Stolen Moments』におけるハバートの劇的に空気感を変えてしまうソロプレイ(そしてそれに続くエリック・ドルフィーのフルートったら!)は心に深く刻まれている。
そしてその空気感は本アルバムの参加曲『ザンジバル』でも再現されている。

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / THE STRANGER』

フィル・ラモーンをプロデューサーに迎えて制作された5thアルバム『ストレンジャー』
知らぬもののない大名盤の登場だ。

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友人から譲り受けたこの盤はCBSソニーの高音質規格「マスターサウンド」盤であった。
複数の規格を持つマスターサウンドだが、この盤はマスターテープとカッティング・ターンテーブルのスピードを半分に落としてカッティングする「ハーフ・スピード・カッティング」規格のもの。
高音域の再現に有利だという。

それにしてもこの印象的なジャケットはどうだ。
ベッドで見つめる仮面は、タイトルトラック『ストレンジャー』に言及される「もうひとつの顔」、そして仮面を取り去ってありのままの君でいてくれと歌われる『素顔のままで』のメタファーだろう。
そして壁にかかったグローブで彼は何と戦っているのか。
リリースの前年公開の『ロッキー』を連想させるのは、家系にビリーと同じ、アシュケナジム系の血を持つスタローンへのシンパシーを感じるからだろうか。

このアルバムからは『素顔のままで』が、本国で大ヒットし、日本では『ストレンジャー』が大ヒット。
『素顔のままで』はつんくさんや杉山清貴さん、変わったところでは高中正義さんなんかがカバーしているが、『ストレンジャー』のカバーには聞き覚えがない。
サウンド、口笛、あの歌唱。
『ストレンジャー』には、この曲はこの演奏でなくてはという、カバーを寄せ付けない完成度があるのだと思う。

2023年1月25日水曜日

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / TURNSTILES』

ビリー・ジョエル、1976年の4thアルバム『ニューヨーク物語』。
邦題の通り、ロスからニュー・ヨークに拠点を移しての制作となった。

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原題のTurntstilesは改札などに使われる回転式のゲートのことで、ジャケットにも写っている。
ジャケットの人々はアルバム収録曲の登場人物で、ビリーの吟遊詩人趣味が反映されている。

ビリー自身も『Say Goodbye to Hollywood』がロネッツの『ビー・マイ・ベイビー』の影響下にあることに言及しているが、フィル・スペクターも自身のバンドで『Say Goodbye to Hollywood』のカバーをしている。
日本でも嘉門雄三(桑田佳祐)がカバーしており、誰もが認める名曲と思うし、事実二度もシングルカットされているが、これが不思議なほどに売れない。

 

この曲が正当に評価されたのは、ライブ盤で紹介されてからで、ファーストアルバムの『シーズ・ガット・ア・ウェイ』もそうだった。

吟遊詩人的に良いアルバムを作ることを指向していて、演奏活動はどちらかというと活動の原資や生活のためと考えていたと、ビリー自身もインタビューに応えて語っていたが、皮肉なことにそのライブが掛け値なしに良かったのだろう。
何度か映像作品でビリーのライブを観た事があるが、ピアノに登って熱唱するビリーは実に熱く、説得力があった。

そしていよいよビリー・ジョエル真の出世作『ストレンジャー』が作られる。

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / Streetlife Serenade』

974年のビリー・ジョエルのサード・アルバム、と言って今回も迷いが生じる。
今回聴いている日本盤は、『ストレンジャー』の大成功を受けて1978年に発売されたものだからだ。

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『ピアノマン』程度の成功では、日本のレコード会社には確信が持てなかったということなのだろうか。

本国ではこのアルバムから『エンターテイナー』がヒットしている。
印象的なシンセの音から始まる一聴陽気なこの曲は、「僕のレコードなんて、豆の缶詰みたいに、すぐディスカウントの棚に入っちまうさ」と歌って、売れてナンボのミュージシャン稼業の悲哀を歌っている。
それがなんとも皮肉だ。

ビリー・ジョエルのアルバム制作は、いつもコンセプチュアルだが、このアルバムには2曲のインストゥルメンタル曲が含まれ、その色がいっそう濃い。
長くライブを締めくくる曲に使われた『スーベニア』からインストゥルメンタルの『メキシカン・コネクション』で幕を下ろす流れは、このアルバムを聴くという体験を特別なものにしている。

ヒット曲がナンボのもんじゃいと言わんばかりのビリーのフラストレーションが、活動の場をロスから移すきっかけになったのだろうか。
次作からビリーのニューヨーク時代が始まる。

 

2023年1月19日木曜日

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / Piano Man』

デビュー作『コールド・スプリング・ハーバー』はセールス的には振るわず、ツアーも打ち切り。ビリーは、また弾き語りで糊口を凌ぐ日々となった。

しかし、やはり世界は彼の才能を放っておかなかった。
フィラデルフィアで演奏した『キャプテン・ジャック』という曲のライブ録音が地元のFMで放送され、それがきっかけで再デビューのチャンスを得る。
コロンビアレコードと契約し、ラリー・カールトンを招いて録音したのが、本盤『ピアノ・マン』となる。

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苦しかった弾き語りの日々を描いたタイトルトラック『ピアノ・マン』は大ヒットとなり、快進撃は始まった。

ところで、再デビューのきっかけとなった『キャプテン・ジャック』だが、思わぬ偶然からアメリカの政治論争に巻き込まれ、注目を集めることとなった。
2000年のアメリカ上院議員選挙で、ヒラリー・クリントンのスピーチ中に『キャプテン・ジャック』が誤って(本当は『ニューヨークの想い』をかけるはずだったらしい)流れ、その歌詞「今夜キャプテンジャックとハイになろう」を採って、対立候補が、「あなたはドラッグを肯定するのか」と批判したのだそうだ。
ドラッグにでも頼りたくなるようなクソッタレの世界を作り上げた政治の責任には目を背けて、それでも誰かのせいにするのはやめて、こんな生活にはおさらばしようぜと歌うこの歌を「ドラッグの肯定」と言った候補の見識を疑わざるを得ないが、政治の世界に特有のキリトリ案件のまことに見事な事例として、ビリーの歌と共に長く記憶に残るだろう。

 

2023年1月18日水曜日

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / Cold Spring Harbor』

これを書き始めた今この瞬間も、ビリー・ジョエルのデビュー盤を最初に紹介していいのか迷う。
手元にあるレコードは'83年にコロンビアから再発売された物だからだ。

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'81年発表のライブ盤『ソングズ・イン・ジ・アティック』からシングルカットされた『シーズ・ゴット・ア・ウェイ』が全米23位のヒットとなり、絶盤になっていた『コールド・スプリング・ハーバー』を'83年に再発したという経緯がある。
その際、テープの回転数を上げてマスタリングされたものをオリジナルのピッチに戻したり、バックトラックの編集、曲の長さの変更など、ビリーが元々意図していたイメージに沿う大きな改変が施されている。

それでも、いやだからこそビリー・ジョエルという才能が、あるべき姿で世に出た証という意味で、やはりこの盤はデビュー盤として扱うべきなのだろう。

そしてこの盤と最初に出会ったのはミュージックテープだった。
1984年、親元を離れて予備校に通う僕に、母が持たせてくれた何本かのミュージックテープの中に、この『コールド・スプリング・ハーバー』はあった。

住み慣れた故郷や、家族の愛情に守られて過ごした日々から、少しづつ大人になっていく節目の一年間に、毎夜僕を慰めてくれたこのアルバムのすべての曲が、今でも僕の中に染み付いている。

2023年1月17日火曜日

【名盤考察】バーティー・ヒギンズ『カサブランカ』が放つタイムレスな魅力|AOR/ヨットロックの視点から紐解くトロピカル・ロマンティシズム

1980年代初頭、日本のポップス界に多大な影響を与えた名曲がある。郷ひろみが1982年に発表し大ヒットを記録した『哀愁のカサブランカ』だ。





そのオリジナルを収録したアルバムこそが、アメリカのシンガーソングライター、バーティー・ヒギンズ(Bertie Higgins)のデビュー作『Just Another Day in Paradise(邦題:カサブランカ)』である。


日本では「哀愁の歌謡ポップス」のイメージが強い本作だが、本国アメリカの評価や音楽的系譜を紐解くと、当時の音楽シーンを象徴する「AOR」「ヨットロック(Yacht Rock)」の傑作としての異なる素顔が見えてくる。本稿では、このアルバムの多角的な魅力と、ヒギンズというアーティストの音楽性に迫る。


本国アメリカでの評価:映画へのオマージュと「キー・ラーゴ」の成功


日本においてアルバムタイトルにもなった『Casablanca(カサブランカ)』は、本国アメリカではシングルカットされておらず、実はシングルとしてのヒットには至っていない。しかし、アルバム自体は全米ビルボード200で38位を記録し、確固たる成功を収めた。その原動力となったのが、先行シングル『Key Largo(キー・ラーゴ〜遙かなる青い海)』である。

『Key Largo』は、全米シングルチャート(Billboard Hot 100)で最高8位、アダルト・コンテンポラリー・チャートでは第1位を獲得する大ヒットを記録した。


ハリウッド黄金期への郷愁


『Key Largo』も『Casablanca』も、ハンフリー・ボガート(ボギー)とローレン・バコールが主演した往年の名作映画(『キー・ラーゴ(1948)』『カサブランカ(1942)』)を直接的なモチーフにしている。ヒギンズの書く歌詞は、単なる恋愛模様ではなく「深夜テレビの古い映画を寄り添って観たあの冬」といった、ノスタルジーとシネマティックな情景描写が特徴である。この「古き良きアメリカへの憧憬」が、当時の米成人の心に深く突き刺さった。


『Just Another Day in Paradise』が持つ音楽的二面性


本作は、爽快な海岸線を連想させる「ヨットロック」や、都会的で洗練された「AOR」の文脈で語られることが多い。アルバム冒頭を飾るタイトル曲『Just Another Day in Paradise』の鳥のさえずりや波の音、軽快なピアノアレンジは、まさにその象徴と言える。

しかし、アルバム全体を聴き込むと、単なる「お洒落なリゾート・ミュージック」に留まらない、男臭くアーシーなロックのダイナミズムが存在することに気づかされる。


トロピカル・ロックと裏社会の影

ジミー・バフェットに代表される「トロピカル・ロック」の流れを汲みつつも、アルバム後半に収録された『White Line Fever』では当時のコカイン密輸といったダークな時代の影(初期のグレン・フライを彷彿とさせる世界観)を描き、『Down at the Blue Moon』では荒々しい酒場での喧嘩を泥臭く歌い上げている。


洗練された南部サウンド

本作はジョージア州やアトランタのスタジオで録音されており、美しいストリングスを配したAORマナーを守りながらも、南部の土着的なポップ・ロックの力強さが絶妙なバランスで同居している。


日本における「カサブランカ現象」の時代背景


日本において本盤がオリコンの洋楽チャートで1982年間売上2位を記録するほどの社会現象となった背景には、完璧に地ならしされた「ボギー(ハンフリー・ボガート)ブーム」があった。

1979年、沢田研二が『カサブランカ・ダンディ』で「ボギー、あんたの時代はよかった」と歌い、大衆にそのアイコンを再認識させていた。そこへ、本国からラフテスト盤を聴いてヒットを確信した日本のプロデューサー陣が、ラジオ企画を通じて訳詞と歌い手を募集し、郷ひろみのカバーへと繋げた。

バーティー・ヒギンズが紡いだ哀愁を帯びたマイナーコードのメロディは、アメリカの乾いたトロピカル・サウンドでありながら、日本人の琴線(歌謡曲的メンタリティ)に驚くほど合致していたのである。


異国への旅路:ヒギンズのその後の作品と音楽的足跡


『Just Another Day in Paradise』で一躍スターダムにのし上がったヒギンズだが、その後のキャリアも一貫して「旅」と「映画」、そして「ロマンティシズム」を追い求め続けた。


1983年のセカンドアルバム『Pirates and Poets』では、さらにジミー・バフェット的な「カリブ海の海賊」の世界観へと傾倒。その後もコンスタントにリリースを続け、2000年代以降も『Trop Rock』(トロピカル・ロックの意)と呼ばれるジャンルのパイオニアの一人として、現在に至るまで根強い支持を集めている。


彼は一発屋(ワン・ヒット・ワンダー)と評されることもあるが、その本質は「日常から離れた楽園の物語」を生涯歌い続ける、極めてコンセプチュアルなストーリーテラーなのである。


色褪せない「楽園の白昼夢」として


バーティー・ヒギンズの『カサブランカ』は、80年代初頭というポップ・ミュージックの黄金期が生んだ、奇跡的なマイルストーンである。


J-POP/歌謡曲の歴史的ルーツとして聴くもよし、クリストファー・クロスやパブロ・クルーズらと並ぶヨットロックの名盤として心地よい風に吹かれるもよし。針を落とした瞬間に、部屋の空気を南国のプライベート・ビーチへと変えてしまうこのアルバムの魔力は、発売から40年以上が経過した今なお、全く色褪せていない。

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2023年1月16日月曜日

永遠のラスト・アルバム『Let It Be』徹底解説:フィル・スペクターと「Naked」が示す真実

ザ・ビートルズが解散した1970年にリリースされたアルバム『Let It Be』。この作品は、バンドが崩壊へと向かう混沌とした空気の中で生まれ、後にリマスターならぬ、リエンジニアリングとでも言うべき改変盤が作られるという、ロック史上稀に見る経緯をたどった。

今回は、当時の音楽シーンを振り返りながら、オリジナル版と『Let It Be... Naked(レット・イット・ビー...ネイキッド)』の決定的な違いについて深掘りする。



1. 「ゲット・バック・セッション」の挫折と再生


1969年初頭、ビートルズは「原点回帰」を掲げ、オーバーダビングに頼らない生演奏を記録するプロジェクトを開始した。しかし、メンバー間の不和によりセッションは難航。膨大なテープは一度お蔵入りとなってしまう。

この「バラバラになりかけたバンドの記録」を、華やかなサウンドでコーティングして世に送り出したのが、当時の鬼才プロデューサー、フィル・スペクターなのであった。

2. フィル・スペクターの「ウォール・オブ・サウンド」


フィル・スペクターは、未完成の状態だった音源に、彼の代名詞である「ウォール・オブ・サウンド(音の壁)」を施した。これはまさに「作為によって音楽の素晴らしさを追求した」アプローチと言える。

ポールの意図とは異なったが、この装飾があったからこそ、アルバムは1970年のミュージックシーンに適合する「商品」として完成したという側面もあると思う。

3. 『Let It Be... Naked』:剥ぎ取られた装飾と「演奏の原初的な楽しさ」



2003年にリリースされた『Let It Be... Naked』は、フィル・スペクターによる一切の装飾を剥ぎ取った「本来の姿」を追求した一枚。

ここで浮き彫りになるのは、オーケストラに隠されていた「4人の生の演奏」の熱量だ。

特に注目したいのが、『I've Got A Feeling』のような楽曲。ジョンとポールの別々の楽曲が繋ぎ合わされ、後半で二人のメロディが重なっていく瞬間、そこには作為のない「音楽を奏でることの原初的な楽しさ」が溢れている。


4. 歴史的コンプレックスを超えて:After2009年リマスターBOX


多くのファンにとって、ビートルズは「高価な中古レコード」か、あるいは「リマスターされていない古いCD」という時期が長く続いた。2009年の全アルバム・リマスターCDボックスは、まさに新旧のファンを繋ぐ転換点となった。

この際、フィル・スペクターの重厚な魔法も、Naked版の生々しい感触も、どちらが良い・悪いと言うより、「ビートルズという物語の二つの側面」として、それぞれのバージョンに込められた物語を噛みしめるのが吉、と言うものだろう。


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