2022年11月27日日曜日

【ジャケ買いレコード】渡辺美里『eyes』が告げた新時代の到来と、傑作『Lovin' you』への軌跡

大学一年生の時、街のレンタルレコード店で一枚のアルバムに出会った。 アーティスト名は「渡辺美里」。当時の私にはまったく未知の存在であり、それが彼女のデビューアルバムだということすら知らなかった。

しかし、LPジャケットに写る彼女の眼差し、そしてアルバムに冠された『eyes』というタイトルを見た瞬間、直感的に悟った。 「このアルバムは、聴く前から良いに決まっている」 そう確信させるだけの、圧倒的な「顔」をしていたのだ。


予想を遥かに超えた「時代を画す」歌唱力

期待を胸に針を落としてみると、そこに広がっていたのは予想を遥かに超える衝撃だった。瑞々しくも力強い、まさに「時代を画す」歌唱がスピーカーから溢れ出してきたのである。

当時は白井貴子が切り開いた女性ロックシンガーの系譜が注目を集めていた時代。しかし、渡辺美里の登場はそれまでの枠組みを完全に飛び越えていた。「可愛い」や「歌が上手い」といった従来のアイドル・歌手評では収まりきらない、新しい時代の「スタイル」そのものがそこにはあった。

1985年5月にシングル『I'm Free』でデビューした彼女は、まだ10代。にもかかわらず、その圧倒的な声量と表現力は一躍音楽シーンの注目を集めることになる。

岡村靖幸の早すぎる才能を封じ込めた名盤『eyes』

1985年10月にリリースされたデビューアルバム『eyes』の凄みは、彼女の歌唱力だけではない。特筆すべきは、参加したソングライター陣の豪華さと、その先見性だ。

特に、当時まだデビュー前だった岡村靖幸が作曲を手掛けた楽曲(『Out of Blue』のプロトタイプとも言えるエッセンスなど)には目を見張るものがある。彼の早すぎる時代感覚やファンキーなポップセンスが、渡辺美里という卓越したシンガーのフィルターを通すことで、極上のポップソングとして見事に封じ込められている。

ほかにも大江千里や木根尚登らが楽曲を提供しており、若き才能たちが火花を散らすような熱量がこの一枚に凝縮されている。まさに、1980年代後半のJ-POPの夜明けを告げる傑作と呼ぶにふさわしい。

eyes -30th Anniversary Edition- - 渡辺 美里
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2ndアルバム『Lovin' You』で小室哲哉と共につかんだ王座

しかし、驚くのはまだ早かった。デビュー盤『eyes』の衝撃からわずか翌年(1986年)、彼女はセカンドアルバムにして2枚組の大作『Lovin' You』を発表する。

このアルバムで渡辺美里は、後に日本の音楽シーンを席巻する小室哲哉の才能を完全に覚醒させ、巻き込んでいく。先行シングルとして大ヒットを記録していた『My Revolution』は、彼女の代表曲となっただけでなく、80年代のユースカルチャーを象徴するアンセムとなった。

  • 10代ソロアーティスト初の2枚組オリジナルアルバム

  • オリコンチャート1位獲得

デビューからわずか1年足らずで、彼女はマイナーな存在から、堂々と日本のポップス界の王道を歩むトップランナーへと駆け上がったのだ。

Lovin' you -30th Anniversary Edition-
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変化の時代に、あのジャケットに出会えた幸運

振り返れば、あのレンタルレコード店で『eyes』のジャケットを直感的に手に取った瞬間から、すべては始まっていた。

1980年代半ばという音楽の変革期に、リアルタイムで彼女の歌声に出会い、その後の『Lovin' You』に続く熱狂を体感できたことは、音楽ファンとしてこの上ない幸運であった。デジタル配信で手軽に音楽が聴ける現代だからこそ、あの時代に放たれたアナログレコードの放つ輝きと、彼女の「眼差し(eyes)」のインパクトを、今一度噛み締めたい。

「ジャケ買い」の誘惑|小泉今日子のアルバムを彩る80年代ポップアート

レコードやCDを選ぶとき、針を落とす前から「これは絶対に名盤だ」と確信させてくれるジャケットに出会うことがある。

いわゆる「ジャケ買い」。

あらかじめアーティストの魅力を知っている場合、それを「純粋なジャケ買い」と呼んでいいのかは些か議論の余地があるかもしれない。しかし、そんな理屈がどうでも良くなる作品が、1980年代の小泉今日子のアルバムには存在する。

同時代のアイドル作品群の中でも一味違う輝きを放つ、小泉今日子さんの秀逸なジャケット2品をご紹介してみる。

1. 時代の空気をハダカにする快作『HIPPIES』

まず外せないのが、1987年にリリースされたアルバム『HIPPIES』。

サイケデリックでありながらどこか洗練された、この『HIPPIES』のジャケット。一度目にしただけで網膜に焼き付くようなポップさと、80年代後半の尖ったストリートの空気感が絶妙に同居しています。



なぜ、キョンキョンのジャケットは「一味違う」のか?

当時の女性アイドルのジャケットといえば、本人のバストアップ写真に綺麗なフォントでタイトルを添えるような、いわゆる「タレント写真」としての側面が強いものが主流だったと思う。

この『HIPPIES』は、小泉にとって初のハーフ・セルフプロデュース作品。そしてジャケットデザインは、当時新鋭の最先端音楽カルチャー誌だった『PATi PATi』(CBS・ソニー出版)のデザイナーチームへ直々に依頼されたものだった。

アイドルという枠組みを自ら飛び越え、第一線のクリエイターたちと「おもしろいアートを作ろう」と企むタフな姿勢。それこそが、単なるアイドル歌謡の枠に収まらない、時代をリードするエッジの効いたデザインを生み出した理由なのだろう。


Hippies +2(紙ジャケット仕様)
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2. 有名作家たちをも魅了した、静謐な名ジャケット『Ballad Classics』

もう一枚、小泉今日子さんのジャケットデザインの卓越性を語る上で外せないのが、1987年のバラードベストアルバム『Ballad Classics』。

シックで絵画のような陰影、そして大人の女性へと変貌していく小泉の表情を捉えたこのジャケットは、まさに「飾っておきたくなるアート」そのもの。この美意識に射抜かれたのは、市井のファンだけではなかった。



村上龍と村上春樹を繋いだカセットテープのエピソード

1980年代半ば、作家の村上龍さんが、イタリア・ローマに滞在していた村上春樹さんを訪ねる際のこと。春樹さんから「日本語の歌のカセットテープを持ってきてほしい」と頼まれた龍さんが、お土産として選んだのがまさにこの小泉今日子さんの作品だったそうだ。

村上龍という日本の文学界を代表する知性が選ぶ記号的魅力とクオリティが、このジャケットと音楽には確かに宿っていたんだろう。

つまりジャケ買いだったんだよね、きっと。

Ballad Classics [通常盤] - 小泉今日子 [CD]
B0D9Y6LMD9

2022年11月25日金曜日

ジャケ買いレコード『SHINING HOUR/Denny Zeitlin』

ダニー・ザイトリンなら『CATHEXIS(カセクシス)』という初リーダー作が一番という人が多いと思う。

 

確かにエヴァンスを彷彿とさせるリリカルなプレイが素晴らしい名盤だが、ジャケ買いレコードの観点からは、こちらの『SHINING HOUR』の方に軍配が上がるだろう。

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ライブで聴くザイトリンのピアノなら、エヴァンスと聴き間違うことはない。エヴァンスのピアノは、その静かな「狂気」にこそ本質があり、精神科医でもあるザイトリンの身上は、初リーダー作に冠した「カセクシス」の名の通り、対象にのめり込む熱狂にあるからだ。

ジャケ買いレコード『go man! it's "sonny criss" and modern jazz』

Sonny Rollins、Sonny Stittと来て、本日はSonny Crissでございます。
あくまでも偶然です。

なんと見事なジャケット!
ジャケ買いレコードに相応しい美女の登場だ。

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Sonny Stittと同時期に、やはりチャーリー・パーカーの亡霊に苦しめられたアルト奏者だが、やはりプレイもちゃんと似ていると思う。Sonny Crissのアルトに「哀愁」があるかないかで、Amazonのレビュー欄で論争があったが、僕も哀愁ではなく、軽妙な洒脱さが身上のプレイヤーと見た。
確かに必殺の『Memories Of You』(ベニー・グッドマン!)では哀愁たっぷりのプレイを見せてはいるが。

ピアノはSonny Clark(またSonnyだ!)で、この人の『COOL STRUTTIN'』こそはジャズにおける元祖ジャケ買いレコードだろう。

 

そして、このアルバムでのSonny Clarkのプレイは実に抑えめなのに、気がつくと耳はピアノを追っている。

ジャケ買いレコード『Sonny Stitt Plays Arrangements From The Pen Of Quincy Jones』

よく行く中古レコード店でいつものようにレコードを漁っていると、見知らぬジャケットにクインシー・ジョーンズの名前を見つけて手に取った。

 

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なんてことはないモノクロームのジャケットだが、なぜかサキソフォンを吹く顔にただならぬ迫力のようなものを感じて、連れ帰った。

クインシー・ジョーンズの完成度の高いスコアに乗せて、変幻自在に飛び回るサキソフォンには、そのスピードに似合わぬ安心感があった。
そのジェットコースターに乗っているのに、ちっとも怖くない感じがチャーリー・パーカーによく似ているな、と思った。

ソニー・スティットの名前は知らなかった。
調べてみると昔のジャズミュージシャンには珍しい事ではないものの、彼も壮絶な薬物との戦いをギリギリのところで潜り抜け、最後の最後までステージに立ち続けた人だった。
薬物使用の過去のために、なかなか入国できなかった日本で、旭川のファンで一曲だけ吹いたのが最後の演奏になったという。

ここまでの覚悟と気迫があってこその、あの演奏だったのだな、とレコードを聴きながら感じて、音楽というものの不思議さを思った。

 

2022年11月14日月曜日

ジャケ買いレコード『Sonny Rollins and the Contemporary Leaders』

 ソニー・ロリンズと言えば、『サキソフォン・コロッサス』でもちろん間違いないが、ことジャケットに関しては本盤に軍配を上げざるを得ない。
何と言っても凛々しいロリンズの表情と立ち姿に痺れるね。

 

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そして美ジャケが取り柄のこのアルバムには、なぜか別バージョンのジャケットがいくつか存在する。この盤が一番だと思うのだが・・

 

そしてコンテンポラリー盤は、何と言ってもレーベル面がカッコいいのである!

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まあ、とは言え、内容に関しては『サキソフォン・コロッサス』が一枚も二枚も上手ということで、(なにしろピアノがトミー・フラナガンで、ドラムスがマックス・ローチというんだから!)大方異論はないだろうが、本盤にも、Contemporary Leadersのタイトル通り、大物演奏家が揃っている。


殊にギタリストのバーニー・ケッセルが参加しているのが大きい。サキソフォンとギターが絡んで、どちらかと言うと緩やかだが芳醇な音空間が広がる。味わい深いのだ。




ジャケ買いレコード『A NEW CONCEPTION/Sam Rivers』

 純粋にジャケットに惹かれてレコードを買ってしまうことがある。
このサム・リヴァースのアルバムもそうだった。

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陰影だけで表現されたモノクロームの美しさ。
見事なタイポグラフィ。
BLUE NOTEレーベルらしいこのデザインが、音楽の確かさを保証しているような気がした。

サム・リヴァースといえばフリージャズの人で、少し敷居が高いが、このアルバムはスタンダード集なので、聴き覚えのあるメロディが、優しくリスナーを導入してくれる。
そしてそれがまったく異なる旋律に置換され続け、調性も破壊されかけているなと思うと、またもとのメロディに戻ってくる。
ここで調性は破壊されたのではなく、拡大されたのだ、と認識させられる。
よくできたアルバムだと思う。

しかし、このアルバム。サム・リヴァースの諸作の中では決して評価の高い作品ではなく、CD化は2014年までかかっている。

 

 

こんなにいいジャケットなのになあ。

冷たさと真摯さの物語:米澤穂信『王とサーカス』

妙なことだが、自分で自分のここが嫌いだと思っていることについて言及している小説に出会った時、僕はとても慰められる。

とても嫌なこの自分は、本当はこのように悩むべきだったのだ、と教えられたような気がするから。
米澤穂信の「王とサーカス」もそういう小説だった。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
自分の心のすごく奥の方に隠れていて、できるだけ意識しないようにしている「冷たさ」のようなものを、この小説はストレートに抉ってくる。
読んでいて、そのストレートさに何度も慌てて本を閉じた。
 
 
最後のページを読み、本を閉じた時、「真摯さ」がそれを救うのだと教わったような気がした。
 
 
簡単なことではないと思うけど、せめて明日一日だけでもできるだけ真摯に生きてみよう、と今は思っている。

2022年11月12日土曜日

或る<喪失>の物語:『すずめの戸締まり』

 2022年11月11日、『天気の子』と同じように封切りの日に『すずめの戸締まり』を観にいった。

本作では、封切り前にノベライズが発売されていた。僕は読まずに映画を観た方がいいだろうと判断したが、観終わった時、その判断は間違っていなかったと思った。

この物語は一言でいうなら<喪失>についての物語だ。その<喪失>の要因が、物語後半に明かされる。その時自分自身の中に生じた深い喪失感で、僕はこの映画の中に飲み込まれた。映画の一部になって駆け抜けた。そして映画は自身の<経験>となった。

その「要因」こそが、新海監督にこの映画を作らせたものであるから、 この映画を語るときに避けることはできないのだろう。家に帰って広げた夕刊に掲載された新海監督のインタビューに、その「要因」がデカデカと見出しになっていたから、本当に封切り日に観て良かったと思う。

そして何より、この映画は音楽が素晴らしい。

『君の名は。』で始まったRADWINPSとのコラボレーションも、最初はミュージカル的不自然さを感じることもあったが、陣内一真氏の参戦で極めて完成度の高い劇伴になっているし、主題歌を歌う十明(とあか)さんの声が本当に素晴らしい。