2023年2月21日火曜日

寒い夜に聴くジャズの深淵|パトリシア・バーバー『NIGHTCLUB』がもたらす極上の孤独

夜に聴くジャズは、時に落ち着いたリラクゼーションをもたらし、時に静かに心をざわつかせる。とりわけ冬の凍てつくような夜、部屋にこもって所在なさを感じるときに針を落としたくなる(あるいは音源を再生したくなる)のが、パトリシア・バーバー(Patricia Barber)の音楽だ。



彼女の2000年の名盤『Nightclub』を久しぶりに聴き、中盤に収録された名曲「アルフィー(Alfie)」が流れた瞬間、ハッとした。希代のポップ・マエストロ、バート・バカラックが亡くなった際、自宅にある「アルフィー」の別バージョンを際限なく探し集めた記憶が蘇ったからだ。

パトリシア・バーバーがこの曲を歌っていたという盲点。その不意打ちのような感覚こそ、彼女の音楽が持つ最大の魅力であり、現代ジャズシーンにおける彼女の唯一無二の立ち位置を証明している。

現代ジャズシーンの異端にして至高。パトリシア・バーバーとは?

ジャズ・ピアニストであり、シンガーソングライターでもあるパトリシア・バーバーは、現代ジャズ界において極めて独特な光を放つ存在である。

シカゴを拠点に活動を続ける彼女は、単なる「スタンダードを綺麗に歌うジャズボーカリスト」ではない。その音楽性は、冷徹なまでにコントロールされたピアノタッチ、低音で呟くようなクールなアルトボイス、そして文学的でシニカルなオリジナル曲の歌詞に特徴づけられる。

知性派としての立ち位置と評価

バーバーは、ジャズミュージシャンとしては異例の「グッゲンハイム・フェロー(創造的な芸術家に贈られる権威ある賞)」を奨励金として授与されるなど、その高い芸術性と知性が多方面から評価されてきた。伝統的なスイングやボサノヴァの語法を解体し、現代音楽やポップスの要素を独自の美学で再構築する手腕は、目の肥えたジャズファンやオーディオマニアからも絶大な支持を得ている。

感情に侵入してこない「極上のディスタンス」


パトリシア・バーバーの音楽を聴いて感じるのは、聴き手との間にある「絶妙な距離感」だ。

一般的なジャズボーカルは、聴き手の感情に寄り添ったり、エモーショナルに訴えかけてきたりすることが多い。しかし、バーバーの歌声はどこまでもクールで、過度な感情移入を拒むかのような静けさを湛えている。

「心に勝手に入ってこない音楽」

これこそが、彼女の音楽が持つ貴重な価値だ。押し付けがましさが一切ないからこそ、聴き手は自分の孤独や思考をその音楽の隙間に滑り込ませることができる。特に、寒さで心が内向的になりがちな夜には、この「ベタつかない温度感」が最高に心地よい。


<Nightclub>
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2023年2月20日月曜日

扁桃腺で寝込んで、エラリイ・クイーン『靴に棲む老婆』を読む

何年かぶりに、扁桃腺が腫れて高熱が出た。
一週間ほどベッドに寝たきりだったから、読書が捗る。
せっかくの機会を活かして、出版されて間もないエラリイ・クイーン『靴に棲む老婆』を読む。
 
まったく知らない作品だったが、とても面白かった。
最近、『災厄の町』以降の作品が、越前敏弥による新訳で再発されているが、これはその中でも群を抜いて面白かったなー。

2023年2月6日月曜日

DIANA KRALLとCOPLANDの夜

先週、昔の仲間が札幌を訪れて来た。
懐かしいなと二日続けて痛いほど飲んだ。 
 
夢があったから、定年まで勤め上げるような生き方が出来なかった。
それなりに面白い人生だったが、ここにきて少し疲れを感じる日もある。

そいつもまあ、色々あった奴だ。
気がつけば、お互い自分の話ばかりしてうまく噛み合わない会話が続いた。

なんとなく疲れが取れないまま、無為な週末を過ごして月曜日が来た。
そんな僕のために妻がトンカツを揚げてくれた。
ビールとトンカツの後、部屋に戻ってCDラックのダイアナ・クラールが呼んでいるような気がして、『Night and Day』の入ったこのアルバムを選んだ。
 

 
プリアンプが不調で、COPLANDの真空管プリメインで鳴らしているからか、いつもより少し音像が小さく、ステージからではなく、この部屋で歌っているような音がする。
 
 
そんなこともあるさ、とやっと思えるようになった。
音楽に救われるなんてしょっちゅうだが、 歳をとると有り難みが増すね。


2023年2月1日水曜日

朝6時のレコードから始まる、心豊かな一日のデザイン


一流の男たちが「朝のレコード」を愛する理由

忙しい現代人にとって、朝は戦場のような時間かもしれません。しかし、世界的なファッションデザイナーのポール・スミス氏は、毎朝6時に出社し、まずオフィスでLPレコードに針を落とすといいます。

また、作家の村上春樹氏も、翌朝に聴くレコードを前夜のうちに選んでおくという習慣を明かしています。

なぜ、研ぎ澄まされた感性を持つ彼らは、あえて手間のかかる「レコード」を朝の習慣に取り入れているのでしょうか。

心にスイッチを入れるルーティン


スマホひとつで瞬時に音楽が流れる時代、ジャケットから盤を取り出し、慎重に針を落とすという行為。
このルーティンこそが、心地よい覚醒に繋がるのかもしれません。
  • ジャケットの美しさを愛でる
  • 盤面の埃を払う静かな時間
  • 針が溝に触れる瞬間の期待感
こんな数分の儀式が、慌ただしい日常から切り離された「自分だけの聖域」を作ってくれるのです。

「次に聴く一枚」を夜に選ぶ楽しみ


村上春樹氏のスタイルを真似て、夜のうちに「明日の朝の一枚」を決めておく。これが意外なほど生活にリズムを与えてくれます。

「明日は少し早起きして、あのジャズのヴォーカルを聴こう」 そう思うだけで、夜の過ごし方や、翌朝の目覚めの質が少しだけ変わるから不思議です。

今日をデザインする、朝の30分


600枚ほどになった私のコレクションも、アルファベット順に一枚ずつ聴き直す「総浚い(そうざらい)」を始めてから、新たな発見の連続です。
まだ何も抱えていない、まだ何にも縛られていない、そんな朝の時間だからこそ、音楽に向き合う心を持てるのかもしれません。

(『レコード棚を総浚い』のインデックスをnoteで整備中です。下記からご覧ください)