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2022年12月4日日曜日

高中正義のストラトとSG:『TAKANAKA SUPER LIVE 2022』

高中正義さんのライブに行ってきた。



 

81年の『虹伝説』は本当に素晴らしいプロダクトだと今でも思う。

 

当時何度も何度も繰り返し聴いた。

YAMAHAのSGというギターにも憧れた。

関心を持っていると頻繁に目に入るものだが、ボブ・マーリーが日本公演の際ヤマハから受け取ったSGを弾くモノクロ写真は、最も印象に残るSGの勇姿だ。

他にもカルロス・サンタナのブッダSGや、もちろん我らがイースタン・ユース吉野氏のSG-1000など、時々検索してはうっとりしている。

だから、今回は日本の代表的なSG奏者である高中氏の生SGを堪能するつもりで出かけた。

ところが、圧倒的な主役はブラウンサンバーストのストラトだった。

レコーディングのメイン器として知られる六文銭原茂から譲り受けた58年のストラトなのか、後に同仕様でカスタムメイドされたモデルなのかはわからなかったが、とにかくなんて凄い音!

これぞストラトという枯れたトーンが適切な歪みを伴って空間を切り裂いていく。

後半は写真にも掲げたSGの高中モデルが登場。この辺りから観客の熱狂もピークに達し、いつもの有名曲たちが登場すると、いいおっさんたちがタオルを振り回して会場に強い一体感を作り出していた。

バンドも最高で、生AMAZONSにも感激したし、生斉藤ノブ観れてよかった!

2018年11月25日日曜日

佐野元春 2018禅BEATツアー最終公演、Zepp札幌に行ってきた!

行ってきましたよ。
佐野元春 2018禅BEATツアー最終公演、Zepp札幌に!

思い返せば、会社を辞めて札幌に帰ってきた2007年の教育文化会館。
もう声が出なくなっていたはずの元春が、ロックンロール・ナイトで驚異のシャウトを聴かせてくれたあの日から、彼の札幌ライブには毎回奇跡が起きていた。

今回の目玉はなんといっても藤田顕!
前回参戦したのは2015年の『35周年記念ツアー』で、ギターは深沼元昭一人だった(長田進が参加予定だったが、来なかった)から、初生藤田顕でした。

いやー、まいった。
際立った長身で細身の体でピョンピョン跳ねながら、大きなアクションでノリノリのカッティングを聴かせたかと思ったら、そのアクションのまま音数の多い激しいソロを弾きこなす。
アームとエフェクトを使ったトリッキーなプレイもカッコいい。
もう彼のプレイから目が離せない。
これがコヨーテバンドの本当の音か!
すごいギタリストがいたもんだ。
このギターを聴くためなら毎回ライブに参戦したいと思わせる出来でした。

今回のツアーでは、あくまでもコヨーテバンドで作ってきた楽曲が中心で、最後の方に少し古い曲が配置されている程度。
で、コヨーテバンドの音はやっぱりドラムス小松シゲルのリズムが鍵を握ってるんですな。
古田たかしとも小田原豊とも違う、沈み込むようなリズム。
そこに突然曲を爆発させるような激しいフィルを叩き込む感じ。
静と動の共存する不思議なドラムに、今日は何度もハッとさせられました。

ラスト近くに数曲昔の曲をやったけど、小松シゲルのドラムだとやはり記憶にある音像と少し違うんですよね。
ハートランド・バージョンの『インディビジュアリスト』がバッチリハマってたけど他の曲はちょっと違和感があって乗りきれなかったかな。
しかしラストの『アンジェリーナ』は元春自身のギターが先導して、さすがの盛り上がりでした。
やはりデビュー曲ってのは特別ですね。

今回の禅BEATツアーは、会場にちらほらと若い人たちの姿が見られました。
マニジュアルバムのマーケティングに工夫を凝らした結果なんでしょう。
我々中年ファンにとっても、これは嬉しい変化ではあります。
来年は40周年になる佐野元春。
おそらくオールタイム・ベスト的なコンサートも企画されるでしょう。
ここで獲得した若いファン層に、その魅力をぜひ見せてあげて欲しいと思います。
もちろん僕もとても楽しみにしています。

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竹内まりやさんの40周年記念映画を観てきたよ

竹内まりやさんのデビュー40周年を記念して制作された映画を、公開初日の今日観てきましたよ。
いやー、本当に素晴らしかった!

『SEPTEMBER』のリードフレーズ「辛子色のシャツ、追いかけて」を聴いて以来、僕はずっと辛子色のシャツを着こなせる自分を夢見ていたのです。
でもそんな男になれずじまいでごめんなさい、と岡村靖幸のフレーズを心でリフレインしながら今日の映画を観ていました。

それにしてもこの山下達郎の存在感は何なんでしょうか。
バックグラウンド・ボーカルで世界観を示してしまうなんて。

それも含め、もう少し大きな音で上映してくれてもいいくらいだったかなあ。
それでも映画館の音響でまりやさんの歌を聴いていると、彼女の歌に時折にじみ出る、人生をナチュラルに、そしてポジティブに生きていくことの素敵さが、むしろそのように生きられなかった瞬間の多かった自分のこれまでを否応なく振り返 らされる羽目になり、感動と悔悟の入り混じった涙が後から後から流れてきて、真っ赤な目でエンドロールを観終えたのでした。

音楽を映画館で観る(聴く)と、たいていそれは特別な経験になって、だから今回も迷わずパンフレットを買い求めたが、お値段何と3500円。映画も特別上映で2800円だったから、今日は相当まりやさんに貢いだことになるが、まったく後悔はないです。


なにしろこのパンフレット70ページ以上あって、まりやさんの若いころの写真にも4ページを割いてかなり収録されてます。
子供の頃密かに憧れてたご同輩の皆様には大変オススメの一冊であります。

2017年1月23日月曜日

中島みゆき 2015-2016Concert「一会」劇場版を観てきたよ

中島みゆきさんのコンサート「一会」の映像を劇場版にしたものを観てきました。



コンサート映像の前に、リハーサルのドキュメンタリーが30分もあって、素顔のみゆきさんの飾らない感じがなんとも可愛らしくて嬉しかった!
舞台は音楽監督の瀬尾一三さんが組み上げていて、みゆきさんはシンガーとして参加しているという感じ。
むしろ衣装や演出のほうに注力しているように見えました。

コンサート本編では、「糸」も「地上の星」も、「悪女」も「時代」もやらない。
そのとき伝えたいことを軸にコンサートを組み立てているんですね。
沢田研二さんもそういうコンサートをやっていると聞いたことがあります。

セトリは事前に見ていったんですが、ほとんど知らない曲でした。
アルバムも4枚ほど持っているんですが、今回はまったく収録曲はありませんでした。
というわけで、けっこう気合を入れて歌を聴いたんですが、そのせいか不覚にも何度も泣かされてしまいましたよ。


3曲めにやった「ピアニシモ」では、おそらくストリートで歌うシンガーが、恋人らしき人に「ピアニシモ」で歌ってくださいと言われ、それでは道行く人たちの耳に届かない、と不満を覚えています。
しかし、ピアニシモで歌ったおかげで、聴いてくれた人の幽かな声が聴こえた、というくだりで、なぜか涙が・・・
きっと声なき声をあげて、恵まれない場所で日々をがんばっている人たちへの優しいまなざしを感じたせいなのでしょう。

10曲目の「ベッドルーム」では、
庇護なき人を選び 踏み石にする技があなたの国にはまさか ないですよね

と歌われてハッとするが、その後に、
あなたがあなたの国の王であるように、他人も他人の国の王であり続けられますように
と歌われる。
権力を批判するのではない。
あくまでも人としてのありようを問うている。
その視線に僕は強さに裏打ちされた優しさを感じるのです。

12曲めの「友情」では、
自由に歩いてゆくのならひとりがいい そのくせ今夜もひとの戸口で眠る 頼れるものはどこにある 頼られるのが嫌いな獣たち 背中にかくした ナイフの意味を問わないことが友情だろうか
という歌詞に、何気なく依存し合う薄い繋がりに、こんなにも時間を費やしている今の生活に、すこし疑問を感じたり。

そうやって心が揺さぶられぐずぐずになったところに、
14曲目の「命の別名」が直撃するという見事な構成。
命に付く名前を「心」と呼ぶ
という一見何気ない歌詞が、発達障害をテーマに作られた曲であるという背景を超えて、過ちを犯しがちな人の心の弱さへの絶対的な赦しとして響くのです。
そして僕の涙腺はここで完全に崩壊してしまいました。

泣かせればいいというものではありませんが、歌の一つ一つに物語や世界が感じられて、知っている歌を一緒に歌って楽しかった、というコンサートとは違うものでした。

2016年1月18日月曜日

【ライブレポート】佐野元春&THE COYOTE GRAND ROCKESTRA 2016/1/17 札幌市教育文化会館

佐野元春が2015年にリリースした「Blood Moon」が本当に素晴らしかったので、久しぶりにライブに出かけてみようという気になっていた。

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首尾よくチケットも入手できて、当日会場に行ってみると、前回入りが悪くてテレビ局の友人から招待券をもらって行ったコヨーテ・ツアーの時とは打って変わっての盛況。
満席に近い入りだった。
聴衆は正直だ。
やはり作品の出来が動員に大きく影響する。


前回は不意打ちの「グッドタイムス・バッドタイムス」でのオープニングで会場にいたすべてのオールドファンを泣かせたが、今回もやられた。
一曲目は「シュガータイム」

何かが間違ってるんだぜ、いつの頃からか
という印象的なブリッジが、この歌が書かれた80年代とは違う意味を持って立ち現れる。
そしてその変化が、僕らがここまでいろんなものに晒されて生きてきたんだ、ということを否応なく意識させて、やっぱりすっかり弱くなった涙腺が少し緩む。

そして歌は二曲目の「優しい闇」に進んでいく。


沖縄の基地問題に触れ、それを「柔らかいファシズムの元に生きる恋人たちの唄」(佐野元春Facebookより)に昇華したものだという。
デビュー以来一貫して、都会というしがらみに絡めとられながらも闊達に生きる恋人たちを描いてきた姿勢が、30年の時を超えたふたつの歌のメッセージを結び合わせる。
35周年の記念ツアーに相応しいセットリストの開幕だ。

中盤、最新アルバム「Blood Moon」からの曲を挟んで、35周年にあたっての言葉があった。
「みんなも35年の時を超えて、サバイブしてここにいる」と。
聴衆のそれぞれが、本当にいろんなことのあった自分の半生を振り返った瞬間だった。
そして「ジャスミンガール」

それはヤバイでしょ。
泣いちゃうでしょ。
と溢れてくる涙を拭っていると、隣から嗚咽の声が・・
けっこうみんな泣いてたと思う。

曲が終わると元春から「みんな、しんみりしちゃってるんじゃないの」と声がかかり、怒涛の80年代名曲シリーズへ。
かなりシンガロングしちゃったけど、他のコンサートのように気にならない。
だって凄いんだよ。客席のノリが。
久しぶりに手拍子が大きすぎてステージモニタが利かなくなっているのを見た。

ずい分昔、甲斐バンドの武道館の時、やっぱり手拍子が凄すぎてモニターが聞こえなくなって、甲斐さんが「みんな、ごめん、もう少し静かにしてくれる?」って言った時以来かな。


バンドのリズムというものは、誰かが主導権を持っている。
リズムだからといってドラマーが持っているとは限らない。
山下達郎さんのステージなら、達郎さんのギター(もし弾いていなくても)が。
ミスチルなら底抜けに明るくてパワフルなジェンのドラムが。
スピッツならシンプルなメロディの隙間をうねるように駆け抜けるアキヒロさんのベースが。

そして佐野元春のライブでは、明らかに「オーディエンス」がそのイニシアチブを持っている。
もちろんステージサイドでの音楽的リーダーシップというものはある。
佐野元春バンドでは代々、ギタリストがその役割を担って、オーケストラのコンマスのようにバンドをリードしてきた。
伊藤銀次さん、横内タケ、長田進、佐橋佳幸。
そして今回の深沼元昭も本当に素晴らしい演奏でバンドを引っ張っていた。(長田さんは札幌には来てくれませんでした)
ことにゴールドトップのレスポールを構えた時のあの無敵感はなんなんだろう。ホント聞き惚れるほどのいい音が出てた。

それでもホールを埋め尽くしたオーディエンスの熱量には敵わない。
僕の近くの席で周囲をリードしていたベテラン・ファンはもう手拍子のプロと言ってもいいだろう。
打ち姿の楽しそうな感じにほだされて、みんなその人に付いていってた。
たぶん随所にそういうベテランがいて、会場全体をアツくしていたんだろう。
みんなでこのステージの「演奏」を作っているという実感がとにかく楽しい。
来てよかった、と心の底から思えるコンサートでした。

2015年11月21日土曜日

露崎春女&鳥山雄司ライブを観てきたよ!

いつものようにラジオを聴きながら娘と朝食を食べていた。
番組はいつものTuck's Morning Radio。
タックさんの選曲がいつもツボで、よく聴いている。
もし叶うなら、あの変なラジオショッピングのコーナーが無ければなあ、とは思うけど、まあ貴重な広告収入源なんだろう。

時々、来札したアーティストがゲストに出てくるが、その日はなんと露崎春女さんがゲストに出てきた!
おお!と思わず声が出たが、なんとその日札幌で鳥山雄司(!)さんと一緒にライブをやるという。


その場で二人でホール&オーツのプライベート・アイズを演奏してくれた。
相も変わらずソウルフルな歌声で、朝なんで爽やかにやりま~す、と言いながら最初の一声で場を「夜」な感じにしてしまう。
いいなあ、聴きにいっちゃおうかなー、と思っていたら、なんと二名様をご招待というではないか!

さっそくメッセージをしたためる。
タワレコの岡村靖幸トリビュートカバー集で、最も印象的なLion Heartを歌っていたのがリリコ名義の露崎さんで、その曲は今に至るも僕のプレイリストから外れたことがない。
それから初期のアルバムを入手して聴いていたが、後に来る女性R&Bシンガー・ブームのまさに先駆けだったと思う。
そんな露崎さんの思い出を書き連ねて送信した。

番組の最後に当選者を発表します、と言っていたので息を詰めて聴いていたら、思いが届いたか当選してしまった。

そして夜、露崎春女&鳥山雄司ライブ観てきました!

最初に最後の話で恐縮ですが、僕はあんなに切実なアンコールを求める拍手を聴いたことはきっとなかったと思うんだ。
素晴らしい歌だった。

ラジオでは曲芸的な部分を楽しんで欲しいと言っていたが、なんのことはない、ルーパーを使った即興演奏のことで、確かに面白かったが、最近は使っている人も多いし、何より最近秦基博くんが札幌でやってくれた一人ルーパーは本当に素晴らしかったので、そこにはあまり音楽的感興はなかった。

むしろ素直にカバーされた前半ラストのマイケル・ジャクソンに、本当に感心した。
マイケル・ジャクソンの曲を、マイケル以外の人が歌うのはとても難しい。
どうやっても物真似になってしまうから。
「今なら自分なりのマイケル・ジャクソンが歌えるかもしれない」という露崎さんの言葉通りの名唱であった。

さらに圧巻だったのはラストにやった、不朽のジャズ・スタンダード「チュニジアの夜」
この曲に歌詞がついているのは知らなかった。
チャカ・カーンのカバーだそうだ。



僕はこの曲が嫌いでアート・ブレイキー聴く時は必ずこれを飛ばすんだけど、露崎さんの歌は本当に素晴らしかった。
これを聴かされたら、誰だってもっと聴きたいと思うだろう。
そして冒頭に申し上げた「切実な」アンコールの拍手が間髪おかずに続いたのだ。


その拍手に応えてアンコールに出てきた二人はなんと、こんどはチック・コリアの「スペイン」をやったんだ。
スペインにも歌詞があるのか!と驚いたが、こちらはアル・ジャロウが作詞してます。
さもありなん、という感じですな。



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鳥山さんはアランフェスのメロディをイントロ替わりにスペインをスタートさせた。
そして露崎さんは、あの断裂したリズムを激しくアップダウンするメロディに歌詞を乗せて歌う、歌う、歌う。
でも張り上げないんだな。

音楽的に登りつめても、技術的に処理されてるんですよ。
だから彼女の一番いい声がいつも響いてる。
そして僕はその声が、本当に好きだったんだって思い出した。今度こそ。

聞くと毎年札幌に来てたっていうじゃない。
まいったなあ。
本当に今日のことを教えてくれたタックさんのラジオに感謝だなあ。
これからも毎日聴くよ。

2015年8月24日月曜日

Mr.Children 2015「未完ツアー」を札幌ドームで観てきたよ【ちょいネタバレ】

Mr.Children 2015未完ツアーを札幌ドームで観てきた。
相変わらず最高のパフォーマンスだった。
新作「REFLECTION」からの楽曲を中心に据えながらも、重要な言葉をもった曲を随所に配置して、まるで物語を構成するようにステージが進行していく。

いつもそうだが、映像がそれを完璧にサポートしている。
演奏の様子を追うだけでなく、楽曲の持つメッセージを写真やアニメーション、そして言葉そのもので補っていく。
今回はエフェクティブな仕掛けも用意されており思わず見入ってしまった。
これからコンサートに参加される方はお楽しみに。

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はじめてMr.Childrenのライブを観たのは、95年のレグレス・プログレス・ツアーで、東京ドームで観た。


まだ電話がつながるかどうかがチケット確保の決定的な分水嶺だった時代。幸運にも電話がつながり、チケットを取ることができた。
アルバム「深海」全曲を曲順通り演奏し、その前後をヒットシングルで埋めるという意欲的なコンサート構成で、本当に素晴らしいステージだった。

その後、どうやってもチケットは取れなくなり、2001年のポップ・ザウルス・ツアーの時、福岡の同僚がチケットを取ってくれて福岡で観ることができた。
それまで、完成度の高いアレンジをステージでも再現するタイプのバンドだったが、この時は柔軟なアレンジで楽曲の新しい側面を見せてくれる成熟が感じられた。

彼らのライブは、本当に完成度の高いエンターテインメント性を備えながら、しかしロックバンドとしてのスポンテニアスな躍動感を失わない演奏力が保たれていて、いつも心打たれるものだから、チケットが取れない時も映像商品を買って彼らのステージを堪能していた。


しかしアルバム「HOME」以降の彼らの音楽には、僕には強い閉塞感とその中で弛緩していく感覚のようなものが感じられた。
ディスカバリー・アルバムからQアルバムにかけて、新しいギターサウンドの構築を土台にして、デジロックというカテゴリーの創造を目論んでいるような、そんな気概が感じられたが、シフクノオトでそれを完成させて以降、少しづつだがその「緩み」が彼らの音楽を侵食していたように感じられた。

それが、ある日ネットで流れてきた新曲「足音」のPVを観た時、なにかそういう緩みが払拭されて、本来彼らが持っていた「バンド」の音が聴こえてきたように思った。
現在の彼らの音を聴いてみたいと思った。


しかしそう思って簡単にチケットが取れるほど甘くはない。
最初のリフレクションツアーのチケット争奪戦に5秒で敗れた僕は、またDVD買うかと諦めていたが、東京の友人が抽選に当たったから一緒に行こうと言ってくれて今回の「未完ツアー」参戦となった。

ここ2年位はツアービデオも買っていなかったので、昔のDVDを見なおして懐かしいなあ、イノセント・ワールドみんなで歌うんだよなあ、とか思い出していた。

で、ここからちょっとだけ【ネタバレ】だが、終わりなき旅がシンガロングだった。
会場全体に響く大合唱。
ゾクッとした。
札幌も捨てたもんじゃない。

こりゃイノセントもすごいぞ、と思っていたら豈図らんや、桜井くんが一番の頭から歌い出すではないか。
おお、今回は歌ってくれるんだな、と油断していたら、最後のリフレインで、
「お待たせ、札幌!」とキタ!
でも油断してるから憶えてたはずの歌詞が出てこない。
まいったなあ。せっかく準備してきたのに。
しかし、やはりこの曲の最後の畳み掛けていくところの創意に富んだメロディの変形はやはり見事で、この曲の紹介で桜井くんが「バンドの歴史をこめて」と言った意味がよくわかる。
名曲は他にもたくさんあるが、やはり音楽的に見た時の代表曲はこのイノセント・ワールドということになるだろう。

2015年1月25日日曜日

ラリー・カールトンとスティーブ・ルカサーの札幌公演を観に行ってきた。

今日はラリー・カールトンとスティーブ・ルカサーの札幌公演を観に行ってきた。
昨年も冬にラリーの札幌公演を観に行った。
こんな記事を書いている。

前回はデヴィッド・T・ウォーカーとの共演で、演奏は素晴らしかったが、前半PAに強い「不足」を感じたライブだった。

で、今日のPAは凄かった。
これはZEPPの音なのか(前回は札幌市民ホール)、それとも共演者スティーブ・ルカサーの趣味なのか。

ドラムスのキックがドン!と会場に響いた瞬間、僕の中の時計が70年代に戻った。
まだロック・コンサートが耳が痛くなるほどの音を出していた頃の音圧が出ていた。
リミッターで堅く締められた音もあの頃の音色によく似ている。
ベードラで心臓がバクバクいわなきゃロックじゃないと思っていた、忘れかけていたあの頃の音だ。

今日の主役はラリーでもスティーブでもなく、間違いなくこのドラマーだったと思う。
あの場にいた演奏者も含む全員に異論がないと思うが、後半の長いドラムソロが、今日一番の盛り上がりどころだった。

でもステージをリードするバンマスは、やはりスティーブ・ルカサーだった。
生で観たのは初めてだが、明るい。とにかく陽気だ。
MCはほとんどスティーブ・ルカサーがとっていた。
誰かのソロが終わると、観客の拍手を促す。
うまいよね。ステージ慣れしてる。コンサートっていうエンタメ空間をプロデュースしてる。

メンバー紹介もやってたけど、ラリーの紹介の時、「マイ・センセイ!」って紹介して笑いも取ってたな。

で、スティーブ・ルカサーは歌も歌う。歌う時は、MCで「もう俺、歌っちゃうぜ」と言う。歌うの好きなんだろうなあ、って感じ。
今日は3曲。
クリームのカバーでクロスロード。ジミヘンのリトル・ウィング。これは確かTOTOでもやってますね。
そしてアンコールでジョージのホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス。
全部、クラプトンがらみだけど、ルカサーとクラプトンって接点なさそうだよね。

ルカサーのアンプは今日はボグナーが二台。
たぶん、歪用とクリーン用を切り替えて使ってたんだと思う。
曲によって音が前に出てこなくなることがあって、しきりに足元でなんかいろいろ踏んでた。

でー、肝心のラリー・カールトンのギターですが、なんか今日はジョン・スコフィールド的とも言える、不思議な浮遊感のあるフレーズを弾いてて面白かった。
ルーム335も、前回はちょっと冴えない感じだったけど、今日はルカサーが弾きまくってたから、ラリーがバッキングに注力出来た分、この曲の素晴らしく凝ってるのにウルトラポップな本性がうまく表現されていてとても良かった。

昨年ルーム335を演奏するラリー・カールトンを観て、自分でも弾いてみようと練習をはじめたんだった。
けっこう難しくて頓挫してたんだけど、この動画を見つけて、メインのテーマはなんとなく弾けるようになった。



いい曲だよね。
練習した成果か、ラリーが何をやっているのか聴いていてよくわかった。
あー、そういえば後ろの席の人がみんなが異様に盛り上がってるのを見て隣の人に「これなんて曲?」「これ、あれですよ、ルームさんろくまる」って部屋番号違うよー、って突っ込みたくなったけど、そんなことも含めて楽しいライブだったと思う。
これでもう少し長く演奏してくれればなあ。
正味1時間50分くらいだったろうか。
やっぱりちょっと短いよね。
アンコールも一曲だったし。

気になることがあると言えばある。
途中、昨年9月に亡くなったジョー・サンプルに捧ぐという趣向でクルセイダーズの曲をやったんだけど、ラリーが亡くなってしまったジョー・サンプルのために、っていうしんみりしたMCをとってるのに、クルセイダーズの曲をやってくれるのがうれしかったのか一部の観客が、拍手したりイエイ!とか、ちょっと場違いな反応してて空気がすうっと薄くなる瞬間があったんだよね。
気を悪くして、なんてことないよね。
まさかね。

2014年5月12日月曜日

秦基博の札幌公演、GREEN MIND2014に行ってきた

先日、札幌市民ホールでラリー・カールトンとデヴィッド・T・ウォーカーの公演を観たら、非常に音響の良いホールだったので、秦基博くんのアコースティック・ライブ・シリーズであるGREEN MINDには大いに期待して出かけた。

10年以上も前、ブルース・スプリングスティーンのゴースト・オブ・トム・ジョード・ツアー、東京国際フォーラム公演を観た時は、正直単調なセットリストに退屈してしまったが、今回の秦基博くんは、非常に緻密に計算されたセットリストと、いろいろな音楽的創意に溢れ、実に充実した公演だったと思う。

公演は彼の弾き語りから始まる。
綺麗なフィンガーピッキングに、抑えた声のバラード。
曲が変わると、ギターを持ち替える。
フィンガーピッキングにはギブソン、ゆったりしたストロークには、昨年作ったオーストラリア、メイトン社のシグニチャー・モデルを使っているようだ。
このブラウンカラーのメイトンは、少し低音が膨らんでバランスが悪いように思えた。
ご本人も少し不満があったのだろう。
後半、今年このツアー用に同じメイトン社で作ったという新しいシグニチャー・モデルを投入してきた。
ナチュラルカラーのこちらは、非常に歯切れのよい輪郭のはっきりした音の出るギターで、アップテンポの曲で活躍していた。

しかし中盤最初の盛り上がりを演出したのはブラウンのメイトンだった。
ミュートしたマイナー・コードのカッティングを始めると、それをその場でループマシンに録音し、どんどんそこにフレーズを重ねていく。
ボディを叩く音をパーカッション代わりにしてあっという間に即席のバックトラックを作ってしまった。
近年この演出はギターの上手いシンガー・ソングライター系アーティストの定番になりつつあるが、今回秦くんもボディのパーカッション音をうまく使って実にいいループを作っていた。
僕もこのループマシンを使ったパフォーマンスがかっこいいな、と思って8年ほど前にシンプルなマシンを買ってみたのだが、うまく使いこなせず手放してしまったという経緯があり、ああこうやって使うのかと感心した次第だ。

このパフォーマンスの後、ステージにはパーカッショニストが呼び込まれ、ウォーター・ドラムという大きな鉢に水を入れて、それに浮かべた発音体を叩くという珍しいパーカッションとのセッションとなった。
このパーカッションは、他の打楽器に較べ音程がはっきり出てしまうタイプだったが、楽曲とのチューニングがうまく取れておらず、少々居心地の悪いセッションのように感じた。ただ深く響く音がとても綺麗なパーカッションだったので、いい状態でまた聴いてみたいと思った。

その後、ベーシストを加え、さらにピアニストが加わってくる。

ピアニストが入ったところで、まさかの「アルタイル」
大好きな曲だが、自身の作曲でないコラボ作品だったので、これをライブで聴くことはないだろうと思っていたのでとてもうれしい。

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秦 基博 meets 坂道のアポロン
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途中、観客の質問に答えるコーナーなどもあり、当意即妙のナイス・トークも披露していた。真面目そうに見えたけどなかなか面白い人のようです。

この後、新しいメイトンのギターに持ち替えて、アップテンポ特集に突入。
パーカッションも通常のものに替わり、大活躍だった。
アコースティック・ライブだが、ベースだけはエレキベースでもうフルバンド構成と変わらない。
会場は総立ちの手拍子。

でもいつも気になるんだなあ。
タンタンタンタンという表拍を刻む手拍子に、直立して動かない体幹。
今回二階席から観ていたのだが、体が音楽にノッている人は、本当に数人しかいない。
恥ずかしいのかな。
楽しめばいいのに。

とか、思ってるうちにリリースされたばかりのシングルのカップリング「五月の天の河」など新しい名曲たちが演奏されてあっという間に終演。それまでの定番曲「シンクロ」「虹が消えた日」「僕らをつなぐもの」などは演奏されなかったが、これが今の秦基博なんだな、と感じさせる充分な満足感を与えてくれた。

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秦くんがステージから去った後、しばらくその満足感に浸っていたいが、今日も演者がステージからいなくなるやいなや、足早に会場から出て行くお客さんがけっこういる。広い北海道の他地区から来ていらっしゃるのだろうか。札幌に来てから、アンコールを観ないで帰るお客さんが多いのにはいつも驚かされる。

で、これも毎度のことだが、札幌の観客のアンコールを促す「気のない」拍手にはいつもちょっとがっかりしてしまう。
今回は特に顕著で、一階席ではほとんどの人が拍手をしていなかったように見えた。
僕は本当に感動していたので、いつもより10%増しくらいの大きな拍手をした。周りの皆さんもつられて大きな拍手をしてくれた。
そんなことをしなくても出てきてくれたのかもしれないが、今日の演奏にはその価値があると思った。

アンコールに出てきた秦くんは、「たまには中央じゃないところで歌おうかな」と言って僕らのいた右サイドに椅子を移して、ドラえもんの新しい映画の主題歌として作られたほやほやの新曲を歌ってくれた。これがまたいい曲!

最後まで良いライブだった。
札幌市民ホールという、いいハコがあることも、このライブの実現におおいに貢献していると思う。また良き観客として参加して、より多くのアーティストが札幌に来たいと思ってもらえるようにがんばりたい。うん。

2013年9月13日金曜日

佐野元春のドキュメンタリー・フィルム「Film No Damage」を観てきた

佐野元春のドキュメンタリー・フィルム「Film No Damage」を観てきた。

何度か観たことのある映像だが、映画館の大画面とサラウンド音響で聴くと、実際にライブに参加しているような特別な感覚がある。
特に、80年代に特有なドラムスの硬いリヴァーヴの感じは、部屋のオーディオのボリュームをいくら上げてもなかなか再現できないものだ。
素晴らしかった。

初期の佐野元春サウンドは、ギターの歪を抑えサキソフォンをフィーチャーしたジャズ・オリエンテッドなものだが、ライブ映像をあらためてじっくりみるとギタリスト伊藤銀次の存在感が凄い。

今回ディジタル・リマスタされた音源は分離も良く、それまで埋もれていたリズム・ギターの音が良く聴こえてくる。
本来バンドを下から支えるのがドラムスの役割だが、原田真二&クライシスから移籍してきた古田たかしのドラムスはどちらかというと、スネアの連打でバンドを鼓舞する役割を担って、どんどん先に走って行く元春と歩調を合わせて先行していく。
そこをぐっと抑えたリズムで支えていたのがプロデューサーでもあった伊藤銀次さんのギターだったのだ。


それにしても佐野元春というのは不思議なミュージシャンだ。
観ている方が気恥ずかしくなってしまうような仕草や語りが、いつの間にか自分が忘れてしまったピュアネスだったと信じさせてしまうような無垢な存在感がある。

そうかと思うと、以前NHKでやっていたSONG WRITERSという企画で桜井和寿くんに「嫌いな言葉は?」と質問して「難しい」ですかね、と返答を得た時、即座に「ああ、逃げてる感じね」と、現実に対処する人間の弱さのようなものにも的確な理解を示したりする。


佐野元春のライブでは、そんな彼の信念のようなものが表出されるイベントが、今でも必ず演奏される。
ロス・ロボスのラ・バンバのリズムに合わせての長いロックン・ロール・ショウ。
ステージ狭しと走り回るバンドメンバー。
興奮がピークまで高まると、突然「ストップ!」という声が聴こえ、元春にスポットが当たる。
そして、静かに続いたビートに合わせて彼はこう歌い出す。

「そして、本当に自由でなければ意味が無いのさ、そうだろう?」と。

僕らは、その元春の問いかけに本当にそうだと頷いて片手を突き上げるのだ。

僕らがその時頷いた本当の自由って何だろうか。
混みあった電車の中で大きく股を開いて席に座ること?
喫茶店で空いている席に荷物を置いて、心地良い空間を確保すること?
車を運転しながら、通話をすること?
自転車を法律で定められたのとは逆向きに走らせること?
ヘッドフォンで耳をふさいで、道路の中央を歩くこと?

自由とはもっと内面的なもののはずだ。
自分の頭で考えて、自分で判断すること。
そしてそれに責任を持つこと。
それこそが「自由」の内実であるはずだ。

僕らの生活は便利になりすぎて「自由」という言葉は矮小化され、自分の自由と隣人の自由との間に境界線があることを忘れてしまいそうになる。
この境界線を「公共」というのだ。

このことは憲法の13条にちゃんと書いてある。
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すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
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そして今、ルソーの「社会契約説」に起源を持つ、この重要な民主主義の基本原則が侵されようとしている。
自民党の憲法改正草案では、この「公共の福祉」が「公の秩序」という言葉に置き換えられている。
他人の自由と自分の自由を勘案して生きていこうとする「本当の自由」は、押し付けられた秩序のもとでの偽物の自由に成り果てようとしている。

この危険な時代に、元春がこの映像作品をリメイクしたのが偶然な筈がない。
僕は映画を観終わって、元春の無言のメッセージに、心で片手を挙げて応えた。

2013年9月12日木曜日

ジョルディ・サヴァール、ヴィオラ・ダ・ガンバ リサイタルに行ってきた

昨夜、札幌コンサートホールKitaraにて開催された、ジョルディ・サヴァール氏によるヴィオラ・ダ・ガンバ リサイタルに行ってきた。


ヴィオラ・ダ・ガンバというのは、もう今は使われなくなった古い楽器で、大きさからして見た目はチェロのように見えるが、細部が随分違った仕様になっていて、もちろん出てくる音も随分違う。

まず、地面との接点となる「ピン」がついていないため、楽器を両足に挟んで弾く。
ダ・ガンバ=脚の、と呼ばれる所以である。

そしてチェロが4弦であるのに対して、ヴィオラ・ダ・ガンバは7弦。
重低音からかなりの高音までカバーしている。

そしてクラシックの楽器には珍しくネックにフレットが打ってある。
このおかげで、ギターのようにフォームで押さえっぱなしのまま(つまり各弦の音が伸びたまま)アルペジオ=分散和音が弾ける。

そういう意味で、この楽器は今日のピアノが果たしている役割をよく担っている。
広い音域で、単体で広範な楽曲を弾きこなせるし、フレッテッドの気安さで娯楽のための器楽演奏に興じることができるわけだ。
この楽器が盛んに使われたのは16~18世紀というからバロック期の民衆の音楽の担い手だったのではないだろうか。

それを証明するように、昨夜ジョルディ・サヴァールが弾いてくれた楽曲は、どれも素朴で、アメリカの農家で弾かれたフィドルによるカントリーソングの源流のような楽曲ばかりだった。
珍しい楽器だからということで出かけたが、古いヨーロッパの音楽が長い旅をして、現代のポピュラー・ミュージックの源流となった感覚を肌で感じることができ、非常に有意義な一夜だったと思う。

【Anthologies #1】心に澱が積もる夜には|大貫妙子『ライブラリー』

 還暦を過ぎ、いつの間にか貪欲に新しい音楽を探すことはなくなった。 それでも、日々を生きていれば音楽に頼りたくなることはあるものだ。そんなとき聴きたくなるのは、アーティストたちの人生が垣間見える<アンソロジー>で、いくつか愛聴盤がある。 誰かの心無い言葉や、諍いに心に澱が募るよう...