2023年1月31日火曜日

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / SONGS IN THE ATTIC』

1981年リリースのライヴアルバム『ソングズ・イン・ジ・アティック』は、80年のアメリカツアーを収録したものだが、いわゆるライブ実況盤とはいささか趣を異にしている。

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ここには、彼のキャリアのターニング・ポイントとなった大ヒットアルバム『ストレンジャー』以降の曲は一つも収録されていない。
このアルバムコンセプトについて、その転回点を作り出した張本人であるプロデューサー、フィル・ラモーンがライナーに寄せた一言を引用しておく。

いくつかの曲は時の流れを超え、常に変わらぬ美しさとインパクトを持ち続ける。一夜にしてスターになることをまだ夢見る人たちへ、これが「ストレンジャー」が私達のレコードコレクションに加わる遥か昔に書かれたビリーのソングライターそしてミュージシャンとしての力量を示すサンプルなのだ。

Billy Joel / Songs in the Attic ライナーノーツより

フィル・ラモーンが書いた通り、このアルバムはもっと広範な人にとっての「サンプル」となり、埋もれた名曲であった『シーズ・ガット・ア・ウェイ』をラジオに乗せ、幻となっていたフォースト・アルバムの再リリースに結びつけた。

また『Say Goodbye to Hollywood』も、このライブアルバムをきっかけに再度シングルカットされ、今度はヒットしている。

ビリー・ジョエルのライブをテレビで観た事がある。
弦も切れよとばかりに鍵盤を叩き、ピアノの上に乗ってハンドマイクで熱唱するビリーの姿は「吟遊詩人」のイメージを覆す、ロックンロール・エンターテイナーそのものだった。
そんな彼を支えるバンドとの信頼関係がそのステージを作り上げていたことは疑いようがなく、このバンドを篤く遇した事がフィル・ラモーンプロデュースの第一の功績であったことがよくわかる。



2023年1月30日月曜日

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / GLASS HOUSES』

1980年発表の7th『GRASS HOUSES』は、ロック寄りのアプローチで、とてもよく売れたアルバムとなった。

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タイトルの『グラス・ハウス』は、「People who live in glass houses should not throw stones.」という慣用句から発想されたそうだが、この警句は、「自分が完璧でない(完全な人間などいない)なら、他人を批判すべきでない」という意味。
ビリー自身を取り巻く環境に対しての何らかの異議申し立てではないかと推察されるが、具体的な事案はわからない。

この寓意を表現した、ジャケットのガラスの家に石を投げつける過激なヴィジュアルは、自身初の全米シングルチャート1位となった『ロックン・ロールが最高さ』の楽曲イメージと合わせて、タフなロックアルバムの佇まいを纏っている。

とはいえ、本来のスタイルである吟遊詩人的アプローチも健在で『ドント・アスク・ミー・ホワイ』などの佳曲も収録しているし、スケールの大きな『レイナ』は個人的には愛聴の一曲だ。

そして名曲『ガラスのニューヨーク(YOU MAY BE RIGHT)』は、『SAY GOODBYE TO HOLLYWOOD』とともに、桑田佳祐が嘉門雄三名義で発表した『嘉門雄三 & VICTOR WHEELS LIVE!』でカバーされている。

2023年1月28日土曜日

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / 52ND STREET』

大ヒットとなった『THE STRANGER』に続き、フィル・ラモーンとタッグを組んだ78年の6thアルバム。

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昔ボーカルスクールに通っていた頃、最初の課題曲が『オネスティ』だった。
自信たっぷりに派手な抑揚をつけて「If you search for tenderness・・・」と歌いだした僕を制して先生は、「優しさを探しているような人に向けて歌っていることを意識して」と言った。
<歌う>ということを根本的に問われた衝撃。
生涯忘れることない教訓だ。

そういう意味でも自分にとってこの『52ND STREET』は完全に『オネスティ』のアルバムで、日本のヒットチャートでもそのように受け止められていると思うが、本国アメリカでは『マイ・ライフ』の評価の方が圧倒的に高いようだ。
アルバム『THE STRANGER』における『素顔のままで』とシングル『ストレンジャー』のような逆転現象が、このアルバムでも起こっていて興味深い。


本稿を起こすにあたって、再度聴いてみて驚いたのが、当時はまったく気づかなかったフレディ・ハバート(tp)の存在感だ。
なんと言ってもジャズ入門のために何度聴いたかわからないオリヴァー・ネルソン『Blues & The Abstract Truth』収録の名曲『Stolen Moments』におけるハバートの劇的に空気感を変えてしまうソロプレイ(そしてそれに続くエリック・ドルフィーのフルートったら!)は心に深く刻まれている。
そしてその空気感は本アルバムの参加曲『ザンジバル』でも再現されている。

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / THE STRANGER』

フィル・ラモーンをプロデューサーに迎えて制作された5thアルバム『ストレンジャー』
知らぬもののない大名盤の登場だ。

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友人から譲り受けたこの盤はCBSソニーの高音質規格「マスターサウンド」盤であった。
複数の規格を持つマスターサウンドだが、この盤はマスターテープとカッティング・ターンテーブルのスピードを半分に落としてカッティングする「ハーフ・スピード・カッティング」規格のもの。
高音域の再現に有利だという。

それにしてもこの印象的なジャケットはどうだ。
ベッドで見つめる仮面は、タイトルトラック『ストレンジャー』に言及される「もうひとつの顔」、そして仮面を取り去ってありのままの君でいてくれと歌われる『素顔のままで』のメタファーだろう。
そして壁にかかったグローブで彼は何と戦っているのか。
リリースの前年公開の『ロッキー』を連想させるのは、家系にビリーと同じ、アシュケナジム系の血を持つスタローンへのシンパシーを感じるからだろうか。

このアルバムからは『素顔のままで』が、本国で大ヒットし、日本では『ストレンジャー』が大ヒット。
『素顔のままで』はつんくさんや杉山清貴さん、変わったところでは高中正義さんなんかがカバーしているが、『ストレンジャー』のカバーには聞き覚えがない。
サウンド、口笛、あの歌唱。
『ストレンジャー』には、この曲はこの演奏でなくてはという、カバーを寄せ付けない完成度があるのだと思う。

2023年1月25日水曜日

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / TURNSTILES』

ビリー・ジョエル、1976年の4thアルバム『ニューヨーク物語』。
邦題の通り、ロスからニュー・ヨークに拠点を移しての制作となった。

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原題のTurntstilesは改札などに使われる回転式のゲートのことで、ジャケットにも写っている。
ジャケットの人々はアルバム収録曲の登場人物で、ビリーの吟遊詩人趣味が反映されている。

ビリー自身も『Say Goodbye to Hollywood』がロネッツの『ビー・マイ・ベイビー』の影響下にあることに言及しているが、フィル・スペクターも自身のバンドで『Say Goodbye to Hollywood』のカバーをしている。
日本でも嘉門雄三(桑田佳祐)がカバーしており、誰もが認める名曲と思うし、事実二度もシングルカットされているが、これが不思議なほどに売れない。

 

この曲が正当に評価されたのは、ライブ盤で紹介されてからで、ファーストアルバムの『シーズ・ガット・ア・ウェイ』もそうだった。

吟遊詩人的に良いアルバムを作ることを指向していて、演奏活動はどちらかというと活動の原資や生活のためと考えていたと、ビリー自身もインタビューに応えて語っていたが、皮肉なことにそのライブが掛け値なしに良かったのだろう。
何度か映像作品でビリーのライブを観た事があるが、ピアノに登って熱唱するビリーは実に熱く、説得力があった。

そしていよいよビリー・ジョエル真の出世作『ストレンジャー』が作られる。

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / Streetlife Serenade』

974年のビリー・ジョエルのサード・アルバム、と言って今回も迷いが生じる。
今回聴いている日本盤は、『ストレンジャー』の大成功を受けて1978年に発売されたものだからだ。

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『ピアノマン』程度の成功では、日本のレコード会社には確信が持てなかったということなのだろうか。

本国ではこのアルバムから『エンターテイナー』がヒットしている。
印象的なシンセの音から始まる一聴陽気なこの曲は、「僕のレコードなんて、豆の缶詰みたいに、すぐディスカウントの棚に入っちまうさ」と歌って、売れてナンボのミュージシャン稼業の悲哀を歌っている。
それがなんとも皮肉だ。

ビリー・ジョエルのアルバム制作は、いつもコンセプチュアルだが、このアルバムには2曲のインストゥルメンタル曲が含まれ、その色がいっそう濃い。
長くライブを締めくくる曲に使われた『スーベニア』からインストゥルメンタルの『メキシカン・コネクション』で幕を下ろす流れは、このアルバムを聴くという体験を特別なものにしている。

ヒット曲がナンボのもんじゃいと言わんばかりのビリーのフラストレーションが、活動の場をロスから移すきっかけになったのだろうか。
次作からビリーのニューヨーク時代が始まる。

 

2023年1月19日木曜日

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / Piano Man』

デビュー作『コールド・スプリング・ハーバー』はセールス的には振るわず、ツアーも打ち切り。ビリーは、また弾き語りで糊口を凌ぐ日々となった。

しかし、やはり世界は彼の才能を放っておかなかった。
フィラデルフィアで演奏した『キャプテン・ジャック』という曲のライブ録音が地元のFMで放送され、それがきっかけで再デビューのチャンスを得る。
コロンビアレコードと契約し、ラリー・カールトンを招いて録音したのが、本盤『ピアノ・マン』となる。

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苦しかった弾き語りの日々を描いたタイトルトラック『ピアノ・マン』は大ヒットとなり、快進撃は始まった。

ところで、再デビューのきっかけとなった『キャプテン・ジャック』だが、思わぬ偶然からアメリカの政治論争に巻き込まれ、注目を集めることとなった。
2000年のアメリカ上院議員選挙で、ヒラリー・クリントンのスピーチ中に『キャプテン・ジャック』が誤って(本当は『ニューヨークの想い』をかけるはずだったらしい)流れ、その歌詞「今夜キャプテンジャックとハイになろう」を採って、対立候補が、「あなたはドラッグを肯定するのか」と批判したのだそうだ。
ドラッグにでも頼りたくなるようなクソッタレの世界を作り上げた政治の責任には目を背けて、それでも誰かのせいにするのはやめて、こんな生活にはおさらばしようぜと歌うこの歌を「ドラッグの肯定」と言った候補の見識を疑わざるを得ないが、政治の世界に特有のキリトリ案件のまことに見事な事例として、ビリーの歌と共に長く記憶に残るだろう。

 

2023年1月18日水曜日

レコード棚を総浚い :『Billy Joel / Cold Spring Harbor』

これを書き始めた今この瞬間も、ビリー・ジョエルのデビュー盤を最初に紹介していいのか迷う。
手元にあるレコードは'83年にコロンビアから再発売された物だからだ。

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'81年発表のライブ盤『ソングズ・イン・ジ・アティック』からシングルカットされた『シーズ・ゴット・ア・ウェイ』が全米23位のヒットとなり、絶盤になっていた『コールド・スプリング・ハーバー』を'83年に再発したという経緯がある。
その際、テープの回転数を上げてマスタリングされたものをオリジナルのピッチに戻したり、バックトラックの編集、曲の長さの変更など、ビリーが元々意図していたイメージに沿う大きな改変が施されている。

それでも、いやだからこそビリー・ジョエルという才能が、あるべき姿で世に出た証という意味で、やはりこの盤はデビュー盤として扱うべきなのだろう。

そしてこの盤と最初に出会ったのはミュージックテープだった。
1984年、親元を離れて予備校に通う僕に、母が持たせてくれた何本かのミュージックテープの中に、この『コールド・スプリング・ハーバー』はあった。

住み慣れた故郷や、家族の愛情に守られて過ごした日々から、少しづつ大人になっていく節目の一年間に、毎夜僕を慰めてくれたこのアルバムのすべての曲が、今でも僕の中に染み付いている。

2023年1月17日火曜日

レコード棚を総浚い :『Bertie Higgins / Just Another Day in Paradice(カサブランカ)』

郷ひろみがカバーした『哀愁のカサブランカ』のオリジナルが収録されたアルバム。

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『カサブランカ』はハンフリー・ボガートの映画『カサブランカ('42)』を題材としたもの。A4収録の『キー・ラーゴ〜遙かなる青い海』もボギー主演の映画『キー・ラーゴ('48)』から着想された曲。

郷ひろみのカバーは82年発売で、このアルバムが発売されてすぐのことだった。3年前の79年、沢田研二の『カサブランカ・ダンディ』(阿久悠、大野克夫!)で「ボギー、あんたの時代はよかった」と歌われ、地ならしはできていた。
wikiによれば、本盤のラフテスト盤でヒットを確信したプロデューサが、ラジオの企画で、訳詞と誰に歌って欲しいかを募集して郷ひろみが選ばれたという。

2023年1月16日月曜日

永遠のラスト・アルバム『Let It Be』徹底解説:フィル・スペクターと「Naked」が示す真実

ザ・ビートルズが解散した1970年にリリースされたアルバム『Let It Be』。この作品は、バンドが崩壊へと向かう混沌とした空気の中で生まれ、後にリマスターならぬ、リエンジニアリングとでも言うべき改変盤が作られるという、ロック史上稀に見る経緯をたどった。

今回は、当時の音楽シーンを振り返りながら、オリジナル版と『Let It Be... Naked(レット・イット・ビー...ネイキッド)』の決定的な違いについて深掘りする。



1. 「ゲット・バック・セッション」の挫折と再生


1969年初頭、ビートルズは「原点回帰」を掲げ、オーバーダビングに頼らない生演奏を記録するプロジェクトを開始した。しかし、メンバー間の不和によりセッションは難航。膨大なテープは一度お蔵入りとなってしまう。

この「バラバラになりかけたバンドの記録」を、華やかなサウンドでコーティングして世に送り出したのが、当時の鬼才プロデューサー、フィル・スペクターなのであった。

2. フィル・スペクターの「ウォール・オブ・サウンド」


フィル・スペクターは、未完成の状態だった音源に、彼の代名詞である「ウォール・オブ・サウンド(音の壁)」を施した。これはまさに「作為によって音楽の素晴らしさを追求した」アプローチと言える。

ポールの意図とは異なったが、この装飾があったからこそ、アルバムは1970年のミュージックシーンに適合する「商品」として完成したという側面もあると思う。

3. 『Let It Be... Naked』:剥ぎ取られた装飾と「演奏の原初的な楽しさ」



2003年にリリースされた『Let It Be... Naked』は、フィル・スペクターによる一切の装飾を剥ぎ取った「本来の姿」を追求した一枚。

ここで浮き彫りになるのは、オーケストラに隠されていた「4人の生の演奏」の熱量だ。

特に注目したいのが、『I've Got A Feeling』のような楽曲。ジョンとポールの別々の楽曲が繋ぎ合わされ、後半で二人のメロディが重なっていく瞬間、そこには作為のない「音楽を奏でることの原初的な楽しさ」が溢れている。


4. 歴史的コンプレックスを超えて:After2009年リマスターBOX


多くのファンにとって、ビートルズは「高価な中古レコード」か、あるいは「リマスターされていない古いCD」という時期が長く続いた。2009年の全アルバム・リマスターCDボックスは、まさに新旧のファンを繋ぐ転換点となった。

この際、フィル・スペクターの重厚な魔法も、Naked版の生々しい感触も、どちらが良い・悪いと言うより、「ビートルズという物語の二つの側面」として、それぞれのバージョンに込められた物語を噛みしめるのが吉、と言うものだろう。


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哀悼、高橋幸宏:サラヴァ!ユキヒロ!

高橋幸宏の訃報が流れてきた。
闘病中とは聞いていたが、70歳とは早すぎる。残念でならない。

彼の名を初めて聞いたのはサディスティック・ミカ・バンドではなくイエロー・マジック・オーケストラであった。
中学で仲良くしていた友人がこのアルバムを貸してくれた。

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そして修学旅行の余興で、彼と一緒にB-2収録の『DAY TRIPPER』を歌った。本家The Beatlesのそれとは随分違う、高橋幸宏のオシャレな歌唱がとても新鮮だった。
アツさ以外の音楽の魅力を知った瞬間だったと思う。

その後、鈴木慶一とのユニット、ザ・ビートニクスで高橋幸宏のボーカルに再度痺れることになる。
2ndアルバム『EXITENTIALIST A GO GO ビートで行こう』だった。

高橋幸宏作のジャジーな佳曲『初夏の日の弔い』を、冬の日に逝ったユキヒロに捧げる。

ザ・ビーチ・ボーイズ復活の軌跡:アルバム『The Beach Boys』に刻まれた80年代の輝き

1985年に発表されたセルフタイトル・アルバム『The Beach Boys』は、初期のサーフ・サウンドでも、60年代後半のサイケデリックな実験でもなく、80年代という新しい時代に彼らがどう向き合ったのか、その軌跡が刻まれた作品だと思う。



1. 悲劇を乗り越えて:デニス・ウィルソン亡き後の再始動

本作を語る上で欠かせないのが、1983年のオリジナル・メンバー、デニス・ウィルソンの急逝。バンドの精神的支柱の一人を失い、存続すら危ぶまれる中で制作されたのがこのアルバムだった。

また、本作は彼らにとって「初のCDリリース作品」としても知られている。アナログからデジタルへ、メディアの変革期であったこともこの作品に影響を与えているのだろう。

2. 80年代サウンドとの融合:豪華プロデューサーとゲスト陣

アルバムのサウンド面を決定づけたのは、当時の最先端ポップ・シーンで活躍していたプロデューサー、スティーヴ・レヴィンの起用だった。

カルチャー・クラブなどを手掛けていた彼の采配により、伝統的なコーラスワークとエレクトリックなゲートリバーブ・ドラムが融合した「80年代流ビーチ・ボーイズ」が提示された。ゲストミュージシャンが参加していることも、今までのビーチボーイズのイメージを一新している。

  • ゲイリー・ムーア

ハードなギター・ソロで楽曲にエッジを加味。

  • スティーヴィー・ワンダー

楽曲提供(I Hope Love Has't Gone Away)に加え、演奏にも参加。

  • ボーイ・ジョージ

ソングライティングに参加し、当時のニューロマンティックの香りを注入。


3. 「これぞビーチ・ボーイズ」という安心感と革新

冒頭の「Getcha Back」のイントロが「新しい」ビーチボーイズをサプライズとともに幕開けするが、一瞬の戸惑いの後には、あの唯一無二の極上ハーモニーが重なり、聴き手を「ビーチ・ボーイズの世界」へと一気に引き戻す。

特に「California Calling」では、リンゴ・スターのドラムが、オールドファンをも納得させる懐かしい空気感を見事に再現している。

4.『Pet Sounds』からの長い旅路

60年代に『Pet Sounds』でポピュラー音楽の頂点を極めた彼ら。その後、ブライアン・ウィルソンの不調やメンバー間の不和など、長い低迷期や混乱を経験した。

1985年の本作は、そんな彼らが「今一度、現代(当時)のポップ・バンドとして戦う」という意志を示した作品なんだと思う。

当時の最先端技術を使いながらも、届けてくれたのは少年時代にラジオから流れてきたようなワクワクするポップ・ミュージックの魔法だった。


The Beach Boys - Sealed
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Requiescat In Pace , Mr.Jeff Beck.

けいおん!で広く世に知られた「ロックギタリストには、2種類しかいない。ジェフ・ベックとジェフベック以外だ」と言うフレーズは誰が考案したのか知らない(ポール・ロジャース説、ジョン・ポール・ジョーンズ説などあるが、日本でしか流布してない説も有力)が、蓋し名言と思う。

そのジェフ・ベックの訃報が流れてきた。
ジョニー・デップとの共作アルバム『18』 に大変感心して、まだまだジェフの音楽は進化しているな、と思った矢先であっただけにとても残念だ。

そして、若い頃に自分の音楽観の一部を作ってくれた音楽家が亡くなったことは純粋にとても悲しい。

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カントリーアルバム『クレイジー・レッグス』の後、久しぶりに出た『フー・エルス!』を聴いた時、ジェフの新しい時代が始まったんだと思った。
デジタライズされたビートに乗って、まさにジェフ・ベックとしか言いようのないリフが、そしてあのどうやって弾いているのかわからないほど融通無碍なフレーズが展開される。
『ユー・ハド・イット・カミング』『ジェフ』と精力的に発表され続けたジェフの新しい音楽は、もう壮年期に入りかけていた自分を鼓舞し続けた。
ありがとうジェフ!

そして、タル・ウィルケンフェルドという素晴らしいベーシストを世に出してくれたことにも大いに謝意を捧げるものである。
もう一度ありがとう、ジェフ!

どうぞ安らかにお眠りください。

2023年1月12日木曜日

ロック史に燦然と輝く最高傑作『Pet Sounds』 | ザ・ビーチ・ボーイズが到達した至高の芸術

音楽ファンなら一度はその名を耳にする、ザ・ビーチ・ボーイズの代表作『Pet Sounds(ペット・サウンズ)』。1966年にリリースされたこのアルバムは、「サーフ・ミュージック」の枠を超え、現代に至るまで「ポピュラー音楽史上最高のアルバム」の一つとして語り継がれている。



1. ビーチ・ボーイズの転換点:ブライアン・ウィルソンの孤独な挑戦

1960年代初頭、「サーフィン・U.S.A.」などのヒットで太陽と海、若者の代名詞だったザ・ビーチ・ボーイズ。

しかし、天才作曲家ブライアン・ウィルソンの関心は、次第に複雑なハーモニーと革新的なサウンド・プロダクションへと向かっていった。

ツアー生活から離れ、スタジオに籠もることを決意したブライアン。彼が目指したのは、当時のライバルであったザ・ビートルズの『ラバー・ソウル』を超える「一分の隙もない完璧なアルバム」だった。

2. 当時のミュージックシーンと「ウォール・オブ・サウンド」

1966年頃の音楽シーンは、ザ・ビートルズという「事件」が生み出した激動の時代だった。イギリスから押し寄せたブリティッシュ・インヴェイジョンの波に対抗すべく、ブライアンは伝説的プロデューサー、フィル・スペクターが確立した「ウォール・オブ・サウンド(音の壁)」を独自に解釈、今までロックでは使われなかった楽器なども投入して、カラフルな音を幾重にも重ねた。

当時の多重録音技術の限界に挑んだサウンドは、まさに「魔法」のような響きを実現したのだった。

3. モノラル録音へのこだわりと「音の色彩」

本作の大きな特徴は、モノラル録音の最高峰と称される音像。ブライアン・ウィルソンの聴覚の特性(右耳がほとんど聞こえなかったと言われている)もあり、音の分離よりも「すべての音が渾然一体となった一つの響き」が追求された。

故・中山康樹氏が著書『ビートルズから始まるロック名盤』で記したように、そこには「この世に存在しない色彩のグラデーション」が収められている。「God Only Knows」や「Wouldn't It Be Nice」に聴かれる、天国的なコーラスワークと切ないメロディの融合は、まさにここにしかない音楽であった。

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4. 評価と影響:ビートルズへの逆襲

リリース直後、アメリカでのセールスは当初芳しいものではなかった。しかし、イギリスを中心にその芸術性は高く評価され、ポール・マッカートニーは「『God Only Knows』は世界で最も美しい曲だ」と絶賛したと聞く。

この『Pet Sounds』を契機として、ビートルズが後に『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を作り上げたというエピソードはあまりにも有名。


今こそ聴きたい『Pet Sounds』の魔法

『Pet Sounds』は、単なる「名盤」ではなく、一人の天才が抱えた孤独と音楽への執念が刻み込まれた、時を超える芸術作品と言うべきだろう。

この芸術作品を鑑賞するために、自宅には重量盤アナログレコードや、より高音質なSACD(スーパーオーディオCD)などを揃えているが、ここでは50周年記念のデラックス・エディションをご紹介しておく。


ペット・サウンズ<50> - ビーチ・ボーイズ
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2023年1月11日水曜日

ベイ・シティ・ローラーズ『恋のゲーム』解説|ブームの終焉と音楽的野心の狭間で



1970年代中盤、世界中に「タータン・ハリケーン」を巻き起こしたベイ・シティ・ローラーズ。その熱狂がピークを過ぎ、急速に沈静化へと向かう過渡期にリリースされたのが、1977年発表のアルバム『恋のゲーム(It's a Game)』である。

本作は、単なるアイドルグループからの脱却を試みたメンバーたちの「音楽的野心」が詰まった一枚として、今こそ再評価されるべき内容となっている。

タータン・ハリケーンの変遷と「予兆」

ベイ・シティ・ローラーズは、スコットランドのエディンバラ出身のポップ・ロック・バンド。1974年から1976年にかけて、『サタデー・ナイト』などのヒット曲で世界を席巻した。

しかし、前作『青春に捧げるメロディー(Dedication)』に収録された楽曲『イエスタデイズ・ヒーロー』(ジョージ・ヤング&ハリー・ヴァンダー作)で、「過去のヒーローになりたくない」と切実に歌い上げたことは、皮肉にもその後のブーム失速を予兆する形となった。


音楽的中心人物、エリック・フォークナーの執念

ブームが萎み始めたことが契機になったのだろう、バンドは自分たちの本当にやりたい音楽を模索し始めることとなる。

特に音楽的リーダーであったエリック・フォークナーは、以前からグラムロックへの傾倒を隠していなかった。そのエリックの意向を反映し、本作ではデヴィッド・ボウイを手がけたことで知られる名プロデューサー、ハリー・マスリンが起用されている。

デヴィッド・ボウイへのオマージュ

アルバム内では、ボウイのグラムロック期を代表する名曲『Rebel Rebel(反逆のアイドル)』のカバーを披露している。これまでの甘いアイドル歌謡路線とは一線を画す、ソリッドでエッジの効いたサウンドへの転換を試みていたことが伺える。


アルバム『恋のゲーム』の特徴と聴きどころ

本作は、従来のバブルガム・ポップ路線を維持しつつも、より洗練されたロック・アルバムとしての完成度を求めた作品である。

  • ハリー・マスリンによる緻密なプロデュース

ボウイの音楽を作っていたのは伊達じゃない。音の厚みが増し、従来の作品よりも「ロックバンド」としてのダイナミズムが感じられる録音となっていると思う。

  • オリジナル楽曲の充実

エリック・フォークナーやウッディ(スチュアート・ウッド)による自作曲の比重が高まり、アーティストとしての自我が強く反映されている。

  • タイトル曲「恋のゲーム」

ストリングスを多用したドラマチックな展開は、それまでの「ティーン向けアイドル」の枠を超えた音楽性を体現できたと言えるのではないか。


アイドルから「アーティスト」への脱皮

『恋のゲーム』は、爆発的なローラーズ・ブームが去りゆく中で、彼らが「自分たちの音楽」を鳴らそうと足掻き、そして輝いた瞬間を記録したドキュメントだと言っても大袈裟じゃないだろう。

その「足掻き」こそが、意外なほど長くこのアルバムを聴き続けるリスナーを少なくとも一人(はい私です)獲得している。なんか身につまされる思いである。



恋のゲーム(紙ジャケット仕様)
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2023年1月10日火曜日

【不朽の名盤】ベイ・シティ・ローラーズ『青春に捧げるメロディー(Dedication)』を徹底解説



70年代、世界中に「タータン・ハリケーン」を巻き起こしたスコットランド出身のポップ・ロック・グループ、ベイ・シティ・ローラーズ(Bay City Rollers)。

アイドルとしての熱狂的な人気の陰で、彼らの音楽的評価は正当に下されてこなかった側面がある。しかし、1976年に発表された4thアルバム『青春に捧げるメロディー(原題:Dedication)』こそは、誰が何と言おうと「名盤」と呼ぶに相応しい一枚である。

音楽的転換点となったジミー・イエナーの起用

本作のクオリティを決定づけたのは、プロデューサーにジミー・イエナーを迎えたことだ。イエナーは、エリック・カルメン率いるラズベリーズを育て上げた、パワー・ポップの真髄を知る人物である。

この起用により、単なるティーン・アイドル歌謡の枠を超え、厚みのあるプロダクションと洗練されたアレンジが施された。アルバムの幕開けを飾るのが、ラズベリーズの名曲「レッツ・プリテンド(Let's Pretend)」のカヴァーである点からも、制作陣の明確な意図が読み取れる。


卓越した選曲センス:カヴァー曲の妙味

本作を語る上で欠かせないのが、ジミー・イエナーのセンスが光るカヴァー曲の選曲である。

  • 「二人だけのデート(I Only Want to Be with You)」

ダスティ・スプリングフィールドのヒット曲を、瑞々しいギター・ポップへと昇華させた。

  • 「イエスタデイズ・ヒーロー(Yesterday's Hero)」

オーストラリアのジョン・ポール・ヤングの楽曲。この渋い選曲がアルバムに絶妙なアクセントを加えている。

  • 「ドント・ウォーリー・ベイビー(Don't Worry Baby)」

山下達郎氏をはじめ、多くの音楽家をも魅了するビーチ・ボーイズの名曲。彼らの卓越したコーラスワークが存分に発揮された素晴らしい仕上がりだ。


メンバーの個性が光るオリジナル楽曲

カヴァー曲が脚光を浴びがちだが、オリジナル曲の質も極めて高い。

特に、バンドの音楽的支柱であるエリック・フォークナーの資質が爆発した「ロックン・ローラー(Rock 'n' Roller)」は白眉である。彼のグラム・ロック的な趣味性が存分に反映されており、アイドルという虚像の裏にある、彼らの「ロック・バンド」としての本能を感じさせる。


色褪せないパワー・ポップの結晶

当時の熱狂を知る世代はもちろん、パワー・ポップや70sロックを愛する若いリスナーにも、先入観を捨てて聴いてほしい一枚だ。

彼らがこの『青春に捧げるメロディー』に刻んだ音は、半世紀近い時を経た今もなお、鮮やかな輝きを放ち続けている。

そう思う。



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2023年1月9日月曜日

ベイ・シティ・ローラーズ『ニュー・ベスト』解説|日本独自企画盤の魅力と音楽的背景


少年時代の記憶を呼び覚ます1枚のレコード

1970年代、世界中で「ローラーマニア」と呼ばれる熱狂的なファンを生み出し、社会現象を巻き起こしたスコットランド出身のポップ・ロック・バンド、ベイ・シティ・ローラーズ(Bay City Rollers)。

彼らがリリースしたアルバムの中でも、1976年に日本でリリースされた企画盤『ニュー・ベスト(Rock and Roll Love Letter)』は、当時の日本のリスナーにとって特別な意味を持つ1枚。本稿では、この日本独自企画盤の内容と、彼らの音楽的ルーツについて紐解いていきたい。


日本独自企画盤『ニュー・ベスト』の特殊性

本作を語る上で避けて通れないのが、同名の米国盤との違いである。アメリカでも1976年に『Rock and Roll Love Letter』というタイトルのアルバムが発売されているが、日本盤の『ニュー・ベスト』とは収録曲が全く異なる別物である点に注意が必要だ。

日本の中古レコード店のエサ箱を浚えば必ずと言っていいほど見つかるこの盤は、当時の日本における彼らの爆発的な人気を象徴するアイテムであり、多くのファンにとって「最初に手にしたLP」としての記念碑的な意味合いを持っている。


プロデューサー、フィル・ウェインマンが提示した音楽性

ベイ・シティ・ローラーズといえば、誰もが知るメガヒット曲「サタディ・ナイト(Saturday Night)」のイメージが強い。しかし、初期の彼らを支えたプロデューサー、フィル・ウェインマンが彼らに与えた音楽的スパイスは、より深い音楽的系譜に基づいていた。

1. ブルー・アイド・ソウルへの傾倒

ウェインマンは、メンバーに60年代のブルー・アイド・ソウルの名曲をカバーさせることを好んだ。その代表例が、フォー・シーズンズのカバーである「バイ・バイ・ベイビー(Bye Bye Baby)」である。この選曲センスが、単なるアイドル・バンドに留まらないアルバムアーティストとしての「価値」を担保していた。

2. オリジナル楽曲のクオリティ

ウェインマン自身が書き下ろした「恋をちょっぴり(Give a Little Love)」もまた、その路線を汲む名曲である。甘酸っぱいメロディと軽快なリズムは、数十年経った今でも色褪せることなく、針を落とした瞬間に聴き手を当時の空気感へと引き戻す力を持っている。


時代を超えて愛される「タータン・チェック」の旋律

ベイ・シティ・ローラーズの経歴を振り返ると、メンバーチェンジや権利関係のトラブルなど多難な時期もあった。しかし、彼らが残した音楽——特にこの『ニュー・ベスト』に収められたような楽曲群——は、今なお良質なポップ・ミュージックとして機能している。

自分自身の話をすれば、「釧路」という北国の静かな街で過ごした幼少期も、大都市の喧騒の中で過ごした青春時代も、彼らの音楽は等しく寄り添ってくれた。僕にとって彼らの歌声は、「記憶の再生装置」だった。


ROCK AND ROLL LOVE LETTER ニュー・ベスト [12" Analog LP Record]
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2023年1月7日土曜日

ザ・バンド『The Last Waltz』徹底解説:伝説の解散コンサートが刻んだロックの終焉と再生

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はじめに:ロック史上最も豪華で孤独な「終わりの始まり」

マーティン・スコセッシ監督による映画でも知られる『The Last Waltz(ラスト・ワルツ)』は、ロック史上最高のライブ・ドキュメンタリーとの呼び声が高い。本作は1976年11月25日、サンフランシスコのウィンターランド・ボールルームで開催されたザ・バンド(The Band)の解散記念コンサートを収録したサントラ盤である。

しかし、その実態は単なる祝典ではなかった。長年のツアー生活に疲弊したロビー・ロバートソンが、ライブ活動に終止符を打つべく主導した「区切り」の儀式だったのである。


ザ・バンドの歩みと音楽性:北米ルーツ・ミュージックの結晶

ザ・バンドは、ロニー・ホーキンスのバックバンド「ザ・ホークス」を前身とする。カナダ人4名(ロビー・ロバートソン、リック・ダンコ、リチャード・マニュエル、ガース・ハドソン)とアメリカ人1名(リヴォン・ヘルム)で構成され、ボブ・ディランのバックを務めたことで一躍注目を浴びた。

彼らの音楽性は、ロックンロール、ブルース、カントリー、フォーク、R&Bを渾然一体とした「アメリカーナ(ルーツ・ロック)」の完成形といえる。

  • 鉄壁のアンサンブル

各メンバーが複数の楽器を操り、主役が入れ替わる緻密な構成。

  • 唯一無二の歌声

リヴォン、リック、リチャードという不世出のボーカリストが、縦横無尽にリードボーカルを披露し、さらにはその三声のコーラスたるや、ロック史に並ぶもののない唯一無二の響きと言っていいだろう。


『The Last Waltz』の聴きどころ:豪華ゲストと奇跡の瞬間

本作の魅力は、ザ・バンドを敬愛する超大物ゲストたちとの共演にある。

  • 泥臭くも美しい「ブルースとフォーク」の継承

アルバムを聴き進めると、ポール・バターフィールドによる「Mystery Train」で新しいブルースの幕開けを感じ、直後のマディ・ウォーターズ登場に膝を打つことになる。 また、ニール・ヤングが歌う「Helpless」は奇跡のように美しく、ジョニ・ミッチェルの「Coyote」では、彼女特有の融通無碍な演奏がザ・バンドのアンサンブルと溶け合い、異彩を放っている。

  • ボブ・ディランとの魂の共演

終盤、いよいよかつてのボス、ボブ・ディランが登場する。アルバム『Planet Waves』のバージョンを凌駕する熱量で演奏される「Forever Young」では、ロビー・ロバートソンのギターがいっそう激しく火を吹き、ディランの歌唱も熱を帯びる。さらに、リチャード・マニュエルとのデュエットが胸を打つ「I Shall Be Released」は、まさに心揺さぶられる名演である。


確執と哀愁:名曲「The Weight」に込められた温度差

素晴らしい演奏の裏側で、メンバー間の溝は深まっていた。中心人物であるロビー・ロバートソンと、ライブ活動の継続を望んだリヴォン・ヘルムとの間の確執は、このコンサートを機に決定的なものとなる。

本作における代表曲「The Weight」は、いつもの熱量を押し殺したかのような静謐な響きを湛えている。それは、すべてを投げ出そうとするロビーに対し、「どうしてすべてを投げ出してしまうんだ」と嘆いたリヴォンの寂しさが、音の端々に滲み出ているからかもしれない。


結論:今こそ聴くべき、ロック黄金時代の総決算

『The Last Waltz』は、単なるライブ盤の枠を超えた「ひとつの時代の終焉」の記録である。 映画的な演出や後日のスタジオ録音による修正(オーバーダブ)については古くから議論があるが、ここで鳴らされている音の一体感は本物だ。仲違いしていたとは思えないほどの高い完成度は、彼らが共有した時間の濃密さを証明している。

ロックがまだ「神話」であった時代の熱気と、その背後に潜む孤独。この二面性を併せ持つ本作は、時代を超えてレコード棚の特等席に置かれるべき名盤である。


2023年1月6日金曜日

ザ・バンド『南十字星』再考:混迷期に産み落とされた至高のラスト・ステイトメント

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1975年にリリースされたザ・バンド(The Band)の7thアルバム『南十字星(Northern Lights - Southern Cross)』は、彼らのディスコグラフィにおいて「最後の輝き」とも評される傑作である。

メンバー間の確執が深刻化していた時期にありながら、なぜこれほどまでに純度の高い音楽が生まれたのか。本稿では、当時の時代背景と各楽曲の聴きどころから、その唯一無二の魅力に迫る。


1. 混迷の時代背景:再生を賭けた「ホームグラウンド」での録音

本作がリリースされるまで、ザ・バンドは一つの転換期を迎えていた。 圧倒的なライブ盤『Rock Of Ages』、カバーアルバム『Moondog Matinee』、そしてボブ・ディランとの共演作『Before The Flood(偉大なる復活)』への参加。精力的な活動の裏で、創作面では停滞感が漂っていたことも事実である。

しかし、ロサンゼルスのマリブに建設された彼ら自身のスタジオ「シャングリラ」での録音は、バンドに再び魔法をかけた。全曲がロビー・ロバートソンによる書き下ろしであり、外部のプレッシャーから解放された環境が、バンドとしての結束力を一瞬の奇跡のように呼び戻したのかもしれない。


2. 楽曲解説:三人の歌い手と唯一無二のアンサンブル

ザ・バンドの真骨頂は、個性豊かな3人のボーカリスト(リヴォン・ヘルム、リック・ダンコ、リチャード・マニュエル)の歌い分けと、それを支える職人技にある。

  • 「禁断の木の実(Forbidden Fruit)」 

アルバムの幕開けを飾るこの曲で、まず耳を引くのがロビー・ロバートソンのギターだ。独特のアーミングを駆使したトーンは、アルバム全体の「唯一性」を冒頭から決定付けている。

  • 「ホーボー・ジャングル(Hobo Jungle)」 

リチャード・マニュエルの滋味深い歌声が際立つ名唱である。彼の繊細で震えるような声は、放浪者の哀愁を見事に描き出している。

  • 「オフェリア(Ophelia)」 

リヴォン・ヘルムのダイナミックな歌唱が弾ける一曲。音楽を楽しむ喜びを体現したこの演奏は、彼らの代表曲「ザ・ウェイト(The Weight)」の名演すら凌駕するほどの躍動感に満ちている。

  • 「同じことさ!(It Makes No Difference)」 

リック・ダンコの情熱的なボーカルが胸を打つ、本作のハイライトの一つだ。彼の切実な歌声の集大成とも言えるこの曲は、聴く者の涙を禁じ得ない。


3. ガース・ハドソンがもたらした「独自性」

本作を語る上で欠かせないのが、ガース・ハドソンによる変幻自在のキーボードプレイである。 特に「ジュピターの谷(Jupiter Hollow)」で見せる多彩でポップなサウンドアプローチは、彼らのルーツ・ミュージック志向を単なる懐古趣味に留めず、時代を超越した「ザ・バンド独自の現代音楽」へと昇華させている。


4. 結論:ルーツ・ロックの到達点として

『南十字星』は、その後に続く解散劇(ラスト・ワルツ)への序曲でありながら、純粋に「5人のアンサンブル」が最高潮に達した瞬間を捉えた記録でもある。

緻密なソングライティング、唯一無二のギターワーク、そして三声のコーラス。ルーツ・ロックという枠組みを超え、今なお色褪せない輝きを放つこのアルバムは、全ロックファンが一度は針を落とすべき聖典と言えるだろう。


2023年1月5日木曜日

ザ・バンド『カフーツ(Cahoots)』再考:混迷期が生んだ「共謀」という名の実験作

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1971年にリリースされたThe Band(ザ・バンド)の4thアルバム『カフーツ(Cahoots)』。 

前3作で築き上げた「アメリカのルーツを体現するバンド」という揺るぎない評価の裏側で、彼らが新たな方向性を模索し、作り上げたのが本作である。

「共謀」というタイトルが示す意味

アルバムタイトルの「Cahoots」には、俗語で「共謀」「結託」(特に不正な目的のためのもの)という意味がある。 ボブ・ディランのバックバンドとして活動し、ウッドストックの地下室からアメリカ音楽の深淵を掘り起こしてきた彼らが、本作でどのような「共謀」を企てたのか。そのヒントはゲスト陣との化学反応に隠されている。

豪華なゲストと音楽的実験

本作の大きな特徴は、外部の才能を積極的に取り入れたサウンドメイクにある。

アラン・トゥーサンとの邂逅 オープニングを飾る「Life is a Carnival」では、ニューオーリンズの巨匠アラン・トゥーサンをホーン・アレンジに迎えている。これまでのザ・バンドにはなかった、華やかでファンキーなホーンセクションの導入は、ファンを驚かせた。このタッグは、後のライブ名盤『ロック・オブ・エイジス』へと昇華されていく。

ヴァン・モリソンとの共作 「4% Pantomime」では、稀代のボーカリスト、ヴァン・モリソンが参加。リチャード・マニュエルとの魂を削り合うようなデュエットは、まさにプロフェッショナル同士の「共謀」が生んだ奇跡的な瞬間といえる。

ボブ・ディランの楽曲解釈 ディランによる「When I Paint My Masterpiece(傑作をかくとき)」のカバーも収録されている。この楽曲における彼らの解釈こそ、ルーツ・ロックの真骨頂であり、アルバムにタイムレスな輝きを与えている。

混迷から名盤へ:『南十字星』への道標

リリース当時、前作までの完璧な構築美に比べ「散漫である」との批判を受けることもあった本作だが、後年その評価は見直されている。

1968年の『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』でロック界に衝撃を与えた彼らも、70年代初頭にはメンバー間の距離や創作の行き詰まりに直面していた。しかし、本作で見せた実験精神や外部との繋がりは、1975年の傑作『南十字星(Northern Lights - Southern Cross)』へと続く重要なプロセスであったと解釈できる。

総評:今こそ聴き直すべき一枚

『カフーツ』は、単なる過渡期の作品ではない。 キャピトル・レコードからリリースされた本作には、古き良きアメリカへの郷愁と、変化を求めるバンドの野心が同居している。

緻密に計算されたアンサンブルから、少しずつ崩れゆく美学へ。ザ・バンドという類まれなる集団が、時代の波の中で見せた一瞬の「共謀」を、ぜひアナログレコードの温かみのある音で体感してほしい。