1971年にリリースされた『Booker T. & Priscilla』は、ソウル/R&B界の巨匠ブッカー・T・ジョーンズと、実力派シンガーのプリシラ・ジョーンズ(プリシラ・クーリッジ)による夫婦デュオのデビューアルバムである。本作は、当時隆盛を極めていたスワンプ・ロックの芳醇な香りを現代に伝える、音楽的価値の極めて高い作品として知られている。
Booker T. & Priscilla

本作の背景には、当時のロックシーンの人間模様が色濃く反映された興味深いエピソードが存在する。のちにブッカー・Tとプリシラが発表するサードアルバム『Chronicles』には、名曲『いとしのレイラ(Layla)』の後半のピアノパートの原曲となった楽曲『TIME』が収録されている。この曲は、プリシラの妹であるリタ・クーリッジと、当時の恋人ジム・ゴードンが共作したものだった。しかし『いとしのレイラ』発表時、リタの名前はクレジットされなかった。この仕打ちに憤慨したブッカー・Tとプリシラが、自らのアルバムで『TIME』をレコーディングしたという経緯がある。こうしたエリック・クラプトン周辺のスワンプ・ロック人脈やゴシップとも深く結びついている点が、本作を語る上での大きなポイントとなっている。
アーティストの背景:ブッカー・T・ジョーンズとプリシラ・ジョーンズ
ブッカー・T・ジョーンズは、STAXレコードの看板インストゥルメンタル・グループ「ブッカー・T&ザ・MG's」のリーダーとして、1960年代のサザン・ソウルを牽引した天才オルガン奏者でありマルチプレイヤーである。彼が紡ぐグルーヴは、数々のソウル・クラシックの土台となった。
一方のプリシラ・ジョーンズは、女性シンガーとして高い実力誇り、妹のリタ・クーリッジとともにスワンプ・ロックやゴスペル・シーンで強烈な存在感を放っていた。この2人の才能が融合したことで、ソウルとルーツ・ロックが理想的な形で融合したマスターピースとなったのである。
『Booker T. & Priscilla』の音楽的特徴
本作の最大の魅力は、南部特有の泥臭さと洗練されたソウル・フィーリングが同居した「スワンプ・ロック」のサウンドにある。アルバム全体に立ち込めるアーシーな空気感を決定づけているのが、計3曲に参加している名ギタリスト、ジェシ・エド・デイヴィスの存在である。彼のスライド・ギターが加わることで、楽曲のレイドバックしたフィーリングはさらに深まりをみせる。
また、当時のアナログレコードの仕様としても非常にユニークな特徴を持っていた。オートチェンジャー付きのレコードプレーヤーでの演奏を前提としてカッティングされており、1面の裏が4面、2面の裏が3面という変則的な構成になっている点も、コレクター心をくすぐる要素である。
主要楽曲の分析
1. オープニングを飾るスワンプ・ロック・ナンバー『The Wedding Song』
アルバムの幕開けは、ブッカー・Tの代名詞ともいえるハモンドオルガンと、彼の渋く味わい深いボーカルが冴えわたるアップテンポなナンバーである。ルーツィな泥臭さの中に、STAXで培われたファンキーなグルーヴが息づいており、リスナーを一気にアルバムの世界観へと引き込む。
2. 『SHE』:グラム・パーソンズの大名曲をデュエット
カントリー・ロックの先駆者であるグラム・パーソンズが残した大名曲『SHE』を、ブッカー・Tとプリシラのデュエットでカバーしている。プリシラのゴスペル色豊かな力強い歌唱と、ブッカー・Tの素朴な温かみのある声が重なり合うことで、原曲とはまた異なるソウルフルなエモーションが表現されている。
3. ゴスペルの精神が宿るプリシラのメイン楽曲群
アルバム後半にかけては、プリシラの圧倒的な歌唱力が主導するゴスペル色の強い楽曲が並ぶ。彼女のソウルフルなシャウトとディープな表現力は、バックのタイトな演奏と相まって、当時のアメリカン・ルーツ・ミュージックが持っていた純粋な熱量をそのまま現代に伝えている。
スワンプ・ロックという「沼」への入り口
『Booker T. & Priscilla』は、ソウル、カントリー、ロック、ゴスペルといったアメリカの豊潤なルーツ・ミュージックが交差する交差点のようなアルバムである。
ジェシ・エド・デイヴィスのギターワークや、リタ・クーリッジ周辺の歴史的エピソードも含め、聴けば聴くほど深みにハマる「沼」のような魅力を秘めている。
クラプトンや70年代アメリカン・ロックのファンであれば、絶対に素通りできない隠れた名盤である。