前作『Beautiful Feelings』は、70年代後半の未発表テイクに80年代中期のきらびやかなお色直しを施した、ある種の「過渡期」を捉えた企画盤であった。その翌年1985年にリリースされたスタジオ・アルバム『Tao(タオ:道)』は、リック・スプリングフィールドがそのキャリアにおいて最も野心的に、そして最も深く自身の精神世界と向き合った、文字通りの金字塔である。


タイトルに東洋哲学の「道(タオ)」を冠した本作は、これまでの路線を踏襲して、全米を席巻していたシンセ・ポップの最先端テクノロジーに目配りしながらも、生老病死や自己のアイデンティティといった重厚なテーマに切り込んだ、きわめてパーソナルで濃密な作品に仕上がっている。
絶頂期のリック・スプリングフィールドが抱えていた苦悩と精神的進化
1980年代前半のリック・スプリングフィールドは、グラミー賞歌手としての栄光と、人気俳優としての狂騒の渦中にいた。しかし、誰もが羨む絶頂期の裏側で、彼は深刻な精神的疲弊と闘っていた。偶像(アイドル)として消費され続けることへの苛立ち、そして最愛の父親の死という耐え難い喪失感が、彼のソングライティングをより内省的で深い場所へと向かわせることになる。
そのような状況下で彼が救いを求めたのが、東洋の哲学や精神世界であった。自分自身の生きるべき「道」を模索するプロセスそのものが、本作『Tao』の核となっているのだ。
音楽的特徴:パワーポップの枠組みを破壊した近未来型デジタル・ロック
本作のサウンドスケープは、当時の最先端を行くハイテク・アレンジによって支配されている。ギター・オリエンテッドなパワーポップの代名詞だったリックが、本作では過激なサンプリング・サウンド、クールなリズムマシンによるビート、うねるような重低音シンセサイザーを大胆に導入した。
特筆すべきは、共同プロデューサーに迎えたビル・ドレッシャーとの緻密なスタジオ・ワークだろう。生楽器とデジタル音響を高次元で融合させ、インダストリアル・ロックの一歩手前とも言える、硬質で緊迫感のある「近未来型デジタル・ポップ・ロック」を構築することに成功している。リックのハスキーで感情豊かなボーカルが、この無機質で冷たいエレクトロニック・ビートと衝突することで、かつてないほどのエモーショナルなダイナミズムが生み出されているのだ。
主要楽曲の分析:生と死、そして自己探求のアンセム
「Celebrate Youth」
アルバムの方向性を決定づける、先行シングルとしても大ヒットを記録したエネルギッシュなナンバーである。きらびやかで重量感のあるシンセ・リフと疾走するエレクトロ・ビートに乗せて、若さの尊さと一瞬の輝きを力強く肯定する。きわめてポップでありながら、背後には「過ぎ去る時間」への焦燥感が見え隠れする、リックならではの深みを持ったアップテンポ・アンセムである。
「State of the Heart」
オーストラリアのバンド、モンド・ロックのカバーでありながら、完全にリック自身のカラーに染め上げられた名曲である。シンセサイザーによる空間的な広がりと、情感豊かなメロディラインが見事に調和している。都会の孤独と愛の不確かさを描いた内省的な歌詞が、エフェクトを効かせたドラマチックなボーカルによってより一層際立ち、アルバム中盤のハイライトを飾っている。
「My Father's Chair」
アルバムの最後を締めくくる、本作において最も重要かつ涙を誘うバラードである。逝去した父親への思慕と、主を失った書斎の椅子を見つめる遺族の計り知れない喪失感が、静謐なシンセの音色に乗せて淡々と、しかし痛切に歌い上げられる。虚飾を剥ぎ取ったリックの生々しい歌声は、聴く者の心を激しく揺さぶり、本作が彼の魂を救う作品であったことを雄弁に物語っている。
80sポップ・ロックの極北にして、キャリア屈指の意欲作
『Tao』は、リリース当時、そのあまりに激しいデジタル・サウンドへの変貌とシリアスなテーマ性から、従来のライトなファンを戸惑わせた側面もあったかもしれない。しかし、時代が流れた今改めて聴き返すと、80年代中期という時代が生んだ最先端テクノロジーと、極めてエモーショナルな音楽表現が高次元にバランスした、現代まで続くポップミュージック群の、これが嚆矢の作品であったのかもしれない。
時代の最先端技術を掌握して己の深淵を描き切った『Tao』。それはリック・スプリングフィールドという稀代のメロディメーカーが残した、今なお色褪せないポップ・ロックの極北であり、彼のキャリアにおける最高傑作と呼ぶにふさわしい一作である。



