ポップ・アイコンの頂点:プリンスという孤高の天才と「革命」の始まり
1984年、映画および同名アルバム『Purple Rain(パープル・レイン)』の世界的な大ヒットにより、プリンスは一躍ロック/ポップス界の頂点へと登り詰めた。その絶頂期において、彼が自身のバンド「ザ・レヴォリューション(The Revolution)」を率い、次なる一歩として1985年に世に送り出した作品が、通算7作目のスタジオ・アルバム『Around The World In a Day(アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ)』である。
世界中が『パープル・レイン』の続編を期待する中でリリースされた本作は、前作のパブリック・イメージを鮮やかに裏切るものであった。商業的な成功の方程式に安住することなく、常に前衛であり続けようとする彼の飽くなき冒険精神と、バンドとしての確固たるアイデンティティが証明されたマイルストーン的な名盤である。
音楽的特徴:スタジアム・ロックからの脱却と万華鏡のごときサイケデリア
本作の最大の音楽的特徴は、前作を支配していたエッジの効いたギター・サウンドや、きらびやかな1980年代風のシンセ・ポップから一転し、1960年代のサイケデリック・ロックやオリエンタルな民族音楽の要素を大胆に取り入れた点にある。
フィンガー・シンバル、タブラ、ウドゥといったパーカッションや、変幻自在なストリングス・アレンジが随所に施され、オーガニックでありながらもどこかエキゾチックな音響空間が構築されている。プリンスのトレードマークである官能的なファンクネスは通底しつつも、まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのような、カラフルでドリーミーなポップ・センスが全編を彩っている。前作の狂騒からあえて距離を置き、自身の精神世界(インナースペース)へと深く潜り込んだ結果、時代を超越した独自の音響美が生み出されることとなった。
主要楽曲の分析:サイケデリック・ファンクが織りなす万華鏡のスペクタクル
「Around The World In a Day」
アルバムの幕開けを飾るタイトル曲である。ウドゥやフルートの音色を思わせるフレーズが交錯する、極めてオリエンタルなムードに満ちたナンバーである。リスナーを異郷の旅へと誘うようなサイケデリックな空気感があり、お仕着せのポップ・スターという枠枠から脱却し、新たな音楽的冒険へ漕ぎ出すというバンドの強い決意が、その瑞々しいサウンドから伝わってくる。
「Raspberry Beret(ラズベリー・ベレー)」
アルバムからファースト・シングルとしてカットされ、全米2位の大ヒットを記録した珠玉のポップ・ソングである。軽快なアコースティック・ギターのストラムと、美しく弾けるようなストリングスが印象的な、極上のサイケ・ポップに仕上がっている。甘酸っぱくノスタルジックなメロディの裏で、極めて緻密に計算された音響レイヤーが重ねられており、プリンスの比類なきメロディ・メイカーとしての手腕が遺憾なく発揮された名曲である。
「Paisley Park(ペイズリー・パーク)」
のちにプリンス自身の巨大レコーディング・スタジオおよびレーベルの名称ともなる、彼の精神的ユートピアを歌った重要曲である。浮遊感のあるギターのエフェクトとコーラスが心地よく響き、リスナーを優しく包み込むようなドーム状の音響空間が創出されている。混沌とした現実世界の中に、愛と平和が溢れる「ペイズリー・パーク」という名の場所を見出そうとする、当時の彼のピュアな精神性が美しく昇華されている。
「Pop Life(ポップ・ライフ)」
アルバムからのセカンド・シングルであり、ファンキーなベース・ラインと独特の浮遊感のあるシンセサイザーが絡み合う、ミドル・テンポのファンク・ナンバーである。歌詞では有名税の苦悩や現代社会の虚無感をアイロニカルに描きつつも、楽曲自体は非常にキャッチーなポップネスを保っている。楽曲の終盤に挿入される、ボクシング会場の歓声のようなSEなどの実験的な仕掛けも、当時の彼の鋭いストリート感覚を物語っている。
結論:『パープル・レイン』の呪縛を解いた、ポップ魔術の到達点
『Around The World In a Day』という作品が持つ特別な価値は、巨大な商業的成功の直後でありながら、自らの芸術的直感だけを信じてジャンルの境界線を軽々と飛び越えたその姿勢にある。一見すると風変わりなサイケデリックの実験室のようでありながら、卓越したソングライティングによって、驚くほど高い大衆性と芸術性のバランスが保たれている。前作の余韻を鮮やかに裏切り、深遠なるプリンス・ワールドの拡大を告げたこの不滅の名盤は、時代やトレンドを超越して、今なお世界中のリスナーを魅了し続けている。
アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ : デラックス・エディション <2SHM-CD> - プリンス&ザ・レヴォリューション (特典なし)





















