2018年12月9日日曜日

平成のエラリー・クイーンは健在でありました。

平成のエラリー・クイーンとまで呼ばれた青崎有吾のデビュー作『体育館の殺人』は、その呼び名に恥じぬ傑作ではあったが、頻繁に引用される賞味期限の短いサブカルネタが気になったものだった。

平成のエラリー・クイーンとサブカルチャーの賞味期限~「体育館の殺人」青崎有吾

その後、このシリーズが続刊されているのは知っていたのだが、なんとなく手が伸びずにいたが、思いがけず出先で時間があいて、飛び込んだ書店に食指の伸びる本が見当たらず、青崎の短篇集『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』が目についたので買ってみた。

相変わらずのサブカルネタ引用が多いが、今回はわかっているので気にならない。
もともと探偵役の少年の性格描写以外には引用そのものには大した意味がなかったのだ。それなら気にならないように書けばいいだけの話で、どんどん書き方もうまくなってるんだろう。

作品そのものも面白かったんだが、デビュー作『体育館の殺人』と、この短篇集の間には『水族館の殺人』が発刊されており、どうやら登場人物たちの過去についての記述があることがわかって、むしろそこが気になる。
シリーズもののミステリで登場人物の過去が気になるってのは、人物が書けているってことなんだろう。
それにその恋、どうなるのよ、ってのも気になるよね。

こりゃシリーズ追いかけるか、と思い直すきっかけになった。
というわけで、『水族館』とシリーズ最新刊にあたる『図書館の殺人』を一気読みしたのだった。

実は『水族館』を読み渋っていたのにはある訳があった。
帯に「今度は容疑者が11人」と書いてあったのだ。
告白すると、エラリー・クイーンの少しクドすぎる推理描写が僕は苦手なのだ。
読者への挑戦、フェアプレイのエラリーだからしょうがないんだが、ちょっとアレ、メンドくさいよね?

しかし今回読んでみて、平成のエラリー・クイーンはたいしたもんだ、丁寧に謎解きの道筋を書き込んでいるが、ちっとも面倒な感じがなかった。
いいね。

そして最新刊の『図書館の殺人』は、過去最大のボリュームを費やして、わりと大掛かりな殺人事件を構成してみせた意欲作となった。
謎解きも、天才的な洞察を見せながらも、だからこそ真相にたどり着く道筋が平坦でなく、悩み、発見していく過程が共有され、面白い。

現在は違うシリーズも手がけ始めたようだが、あの恋の行方も過去のいきさつもヒッジョーに気になるので、続刊を期待しております。

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2018年11月25日日曜日

佐野元春 2018禅BEATツアー最終公演、Zepp札幌に行ってきた!

行ってきましたよ。
佐野元春 2018禅BEATツアー最終公演、Zepp札幌に!

思い返せば、会社を辞めて札幌に帰ってきた2007年の教育文化会館。
もう声が出なくなっていたはずの元春が、ロックンロール・ナイトで驚異のシャウトを聴かせてくれたあの日から、彼の札幌ライブには毎回奇跡が起きていた。

今回の目玉はなんといっても藤田顕!
前回参戦したのは2015年の『35周年記念ツアー』で、ギターは深沼元昭一人だった(長田進が参加予定だったが、来なかった)から、初生藤田顕でした。

いやー、まいった。
際立った長身で細身の体でピョンピョン跳ねながら、大きなアクションでノリノリのカッティングを聴かせたかと思ったら、そのアクションのまま音数の多い激しいソロを弾きこなす。
アームとエフェクトを使ったトリッキーなプレイもカッコいい。
もう彼のプレイから目が離せない。
これがコヨーテバンドの本当の音か!
すごいギタリストがいたもんだ。
このギターを聴くためなら毎回ライブに参戦したいと思わせる出来でした。

今回のツアーでは、あくまでもコヨーテバンドで作ってきた楽曲が中心で、最後の方に少し古い曲が配置されている程度。
で、コヨーテバンドの音はやっぱりドラムス小松シゲルのリズムが鍵を握ってるんですな。
古田たかしとも小田原豊とも違う、沈み込むようなリズム。
そこに突然曲を爆発させるような激しいフィルを叩き込む感じ。
静と動の共存する不思議なドラムに、今日は何度もハッとさせられました。

ラスト近くに数曲昔の曲をやったけど、小松シゲルのドラムだとやはり記憶にある音像と少し違うんですよね。
ハートランド・バージョンの『インディビジュアリスト』がバッチリハマってたけど他の曲はちょっと違和感があって乗りきれなかったかな。
しかしラストの『アンジェリーナ』は元春自身のギターが先導して、さすがの盛り上がりでした。
やはりデビュー曲ってのは特別ですね。

今回の禅BEATツアーは、会場にちらほらと若い人たちの姿が見られました。
マニジュアルバムのマーケティングに工夫を凝らした結果なんでしょう。
我々中年ファンにとっても、これは嬉しい変化ではあります。
来年は40周年になる佐野元春。
おそらくオールタイム・ベスト的なコンサートも企画されるでしょう。
ここで獲得した若いファン層に、その魅力をぜひ見せてあげて欲しいと思います。
もちろん僕もとても楽しみにしています。

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映画『いぬやしき』を救った、二階堂ふみの存在感を写真で振り返ってみる

原作未読ですが、映画館で観た予告編が面白そうだったので、佐藤健、木梨憲武主演の『いぬやしき』をDVDで借りてきました。

いろんな意味でそこそこな出来の映画ではありましたが、だからこそ渡辺しおん役の二階堂ふみの存在感が映えるわけであります。

クラスの片隅にいる、大人しく目立たない娘、の設定を見事に演じながらも、この存在感ですわ。
ほとんど顔が見えないようなカットが多いのですが、どうやってこの存在感を演技しているのでしょうか。

獅子神への告白のシーンでも、別に可愛らしい表情は見せませんが、「ずっと前から、すきでした」の語尾の「た」を持ち上げて、「これ言っていいこと(または、とこ)だった?」のニュアンスを加えたところに震えましたな。


 笑顔に至っては、たぶんこの横顔のカットだけ。


しかしだからこそ、決定的に印象に残るのです。
そしてこれね。


なんかもう説明いらないね。
この娘を失ったら、そりゃ全国民滅ぼしたろか、という気にもなりますわ。
うん、獅子神は悪くないと思うよ。




竹内まりやさんの40周年記念映画を観てきたよ

竹内まりやさんのデビュー40周年を記念して制作された映画を、公開初日の今日観てきましたよ。
いやー、本当に素晴らしかった!

『SEPTEMBER』のリードフレーズ「辛子色のシャツ、追いかけて」を聴いて以来、僕はずっと辛子色のシャツを着こなせる自分を夢見ていたのです。
でもそんな男になれずじまいでごめんなさい、と岡村靖幸のフレーズを心でリフレインしながら今日の映画を観ていました。

それにしてもこの山下達郎の存在感は何なんでしょうか。
バックグラウンド・ボーカルで世界観を示してしまうなんて。

それも含め、もう少し大きな音で上映してくれてもいいくらいだったかなあ。
それでも映画館の音響でまりやさんの歌を聴いていると、彼女の歌に時折にじみ出る、人生をナチュラルに、そしてポジティブに生きていくことの素敵さが、むしろそのように生きられなかった瞬間の多かった自分のこれまでを否応なく振り返 らされる羽目になり、感動と悔悟の入り混じった涙が後から後から流れてきて、真っ赤な目でエンドロールを観終えたのでした。

音楽を映画館で観る(聴く)と、たいていそれは特別な経験になって、だから今回も迷わずパンフレットを買い求めたが、お値段何と3500円。映画も特別上映で2800円だったから、今日は相当まりやさんに貢いだことになるが、まったく後悔はないです。


なにしろこのパンフレット70ページ以上あって、まりやさんの若いころの写真にも4ページを割いてかなり収録されてます。
子供の頃密かに憧れてたご同輩の皆様には大変オススメの一冊であります。

2018年10月29日月曜日

村治佳織の新作『CINEMA』はグッとボリュームを上げて聴こう

みんな大好き村治佳織さんの新譜は、映画音楽特集。


ありがちな企画ではあるが、ネタに詰まってやったわけじゃない。
舌腫瘍での長期休業からの復帰作が、吉永小百合の強い希望で自らが企画・主演した映画『ふしぎな岬の物語』のサウンドトラックだったのである。
出世作でもある『カヴァティーナ』も『ディア・ハンター』のテーマ曲であったことを考え合わせると、自身の転機になる曲がいつも映画音楽であったことに特別な意味を感じているのだろう。

今回ギターは、愛器ロマニリョスでなく、1859年製のヴィンテージ・ギターを使用している。
そのせいか、いつもの響きと少し違う。
このギターの深い音色は、思い切ってグッと音量を上げた時にこそ胸に届く音だと思う。
デッカは、このアルバムにこそ、デヴィッド・ボウイが名盤『ジギー・スターダスト』の裏ジャケに掲げた"TO BE PLAYED AT MAXIMUM VOLUME"を書き込むべきだった。

そして錚々たるスタンダード・ナンバーに並んで、よくぞこれを収録してくれたと思うマーク・ノップラーの映画音楽初進出作『ローカル・ヒーロー』をフルボリュームで聴こう。


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2018年10月21日日曜日

Mr.Children『重力と呼吸』:苛立ちのチケットボード

Mr.Childrenのニューアルバム『重力と呼吸』が届いたので聴いている。


安定のミスチル節だが、前作『リフレクション』に比べると少し小ぶりな、でも親しみやすい音楽を指向しているようだ。
ちなみに早期購入特典のステッカーは価格差ほどの価値はないように思う(個人的な感想です)ので、下記リンクには通常版をリンクしておきました。

このニューアルバム発売のニュースは、全国ツアーのお知らせメールで知った。
実はしばらく彼らのアルバムを買っていなかったのだが、前作の『リフレクション』はライブに参戦できたので、久しぶりに買い、今回もチケットが入手できたのでアルバムを購入した。

95年の東京ドーム以来、申し込んでも申し込んでも彼らのライブチケットは入手できなかったが、前回の全国ドームツアーは東京の友人が家族分の席を取ってくれて久しぶりの生ミスチルを楽しむことができた。
とても素晴らしい演奏だったので、今回もダメだろうとは思ったが、申し込むだけ申し込んでおこうとメールからリンクを開くと、なにやらチケットボードというサイトから申し込む仕組みになったという。

まあそういう時代だよね、ということで会員登録を始めたが、なんて幼稚なユーザー・インターフェイス!
デザインも古臭いし、今どき全角系・半角系を認識しないサイトなんて・・
同行者にはチケット分配をする方式で、複数枚の購入はできないシステムなのに、枚数を入力するフェーズがあったりして、イライラを募らせながらも会員登録を完了。
しかし、購入したいチケットがどうしても候補に現れず、もう忍耐の限界に達して、そのまま退会してしまった。

食事の時に、家内にそう言うと、ホントにあんたは短気なんだから、と言いながら自分でも会員登録を始め、何事もなかったように、チケットを探し当て、しかも抽選に当たりやがった!!
どうしてそうなったのか今でもよくわからないが、まあともかくライブには行けることになったのだった。
めでたしめでたし。

しかし思うに、まだデジタル系の技術は「再現性のないエラー」すら完全には排除できていない。
印刷できたり出来なかったりするうちのウィンドウズに僕はだいたいいつも苛立っている。
調べてみると、チケットボードのエラーで入場できなかった人の話なんかがけっこう出てくる。
こんなに簡単に、商取引が不調になるリスクを、手軽さなんかと引き換えにしていいものなんだろうか。

最近どんどんキャッシュレスになっていく世の中にも、だからちょっと懐疑的だ。
貨幣経済は、「国家の信頼」という、抽象ではあるがそれが無くては生活も成立しない必然を前提に置いて運用されている。
失敗する動物である人間の運用が前提になっているからこそ進化し続けたフェイルセーフが、そして何より、我々は失敗するものだ、という認識そのものが、その安全を担保している。
いろんなものをスマートフォンに集約していく流れに抗うことは、もう出来ないのかもしれないからこそ、僕はこの苛立ちを忘れないでおこうと思うのだ。


重力と呼吸
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2018年10月20日土曜日

ポジティヴ・フォース・フィーチャリング・デニス・ヴァリン:全AORファン必聴のレア復刻です

価値観なんてもとから多様なものだったんだろうけど、昔はもう少しその時代らしさのようなものが、音楽にも文学にも映画にもあったような気がしてる。
70年代と80年代のロックなら、音を聴けばはっきり違うってわかるでしょう。
音楽の話でいえば90年代以降は、それまでのトレンドを繰り返したりクロスオーバーしながら、多極化していったような気がする。
それでも多分後から振り返って、今年の音楽シーンには80年代回帰のムードが一部に確かにあったと総括されるんじゃないだろうか。

ブルーノ・マーズやDA PUMPのヒットなんかがその例だけど、この間久しぶりにタワーレコードをひやかしてたら、こんなアルバムを見つけて、直感で即買いしちゃった。


POSITIVE FORCEというバンドのセルフタイトル・アルバム。
オリジナルのLPは83年の発売で、 たった一枚自主制作で作られた盤というから、けっこうなレア盤だ。

これが聴いてみるとすごくいい!!
エレピのかっちょいいシンコペーションが、マイケル・マクドナルド期のドゥービーとかスティーリー・ダンあたりの音を思わせるし、ブラスが入ってくると、あの頃よく聴いたフュージョンのサウンドを思い出してちょっと懐かしい気分になる。

とにかくどの曲も楽曲の出来が良く、正直フューチャリングされている女性ヴォーカルが最初頼りなく感じられたりもしたが、逆に各楽器の細部の音がバランスよく聴こえて、聴き進めていくとこれはこれでいいな、と思えるようになって、途中から男性ボーカルも入ってきて、こうなると俄然サウンドもマッシブになってきて、まるでどんどん調子が出てくるライブを聴いているような気持ちになった。
最後はもう思わず拍手したくなるような見事な構成。

AORファンには必聴のレア復刻ですよ、これは。
手に入るうちに買っておくしかないと思う。


ポジティヴ・フォース・フィーチャリング・デニス・ヴァリン
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2018年3月7日水曜日

島田荘司『ゴーグル男の怪』に原子力政策の落とし穴を見る

島田荘司先生の新刊はハードカバーで買うことにしてるんだが、なぜか『ゴーグル男の怪』だけは、刊行に気付かず、書店で見つけた時は、たまたまカバーに傷がついていて買いそびれてしまった。
表紙のイラストにもちょっと食指が動かず、これは文庫化を待つかな、と思っていた。

ゴーグル男の怪
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島田 荘司
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文庫版が出たので買いましたよ。


表紙、よくなってますね。

札幌は、新刊の到着日が発売日の二日後だが、大きな書店なら前日に到着した本を並べているだろうとジュンク堂書店に行ってみたら、ちょうどワゴンに載った新潮文庫を並べ始めるところだった。
店員さんにお願いして、並べる前の一冊をもらってレジに。

別の本を読んでいたのだが、それを中断して読み始め、二日で読了。
相変わらずのページ・ターナー。

が、ちょっと読後感に不完全燃焼感がある。
複数の事件と偶然が錯綜して、ありえない謎が出来上がるのはいつもの島田節だが、あれ、全部解けてるかな、と思ってしまうのは、きっと<探偵>がいないからだろう。
やはり謎を優れた物語にするのは<探偵>の役割なのだ。


しかし国の原子力政策に関する考察はまさに<探偵>的で、どんな専門家、評論家のそれよりも明快で説得力がある。
科学をどう見るかという視点の提供が本書の真のモチーフだろう。
ぜひ文庫版155ページから165ページまでに書かれた、起こるべくして起こる原発事故の真因についてお読みいただきたい。

僕はここを読んで、今までたくさん読んできた原子力関係の両論には、そこに「人間が扱う」という視点はあっても、<人間>そのものを見る視点が抜け落ちていたのだと感じた。
<人間>の、どこまで行っても利己の軛から逃れられない弱さは、あるべき姿を求めて何かを「論ずる」ときにいつも抜け落ちてしまう。

何を言ってるのかわからないかもしれない。
だからこそ読んでみていただきたい。
原子力を我々が使いこなす日はきっと来ないのだろうと、確信のようなものを僕は抱いた。


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2018年2月27日火曜日

そうと見せずに現代社会の本質的な問題に切り込んで見せた傑作SFサスペンス『アルテミス』

火星に一人置き去られた宇宙飛行士が、ありあわせの道具で地球への帰還を試みる『火星の人』で大評判をとったアンディー・ウィアーの新作『アルテミス』を読んだ。


これまた面白い!
せっかく、こんなに面白いのに、帯の「今度は月だ!」ってなんだ!
そもそも火星と月じゃ、火星のほうがプレミアム感高いじゃないですか!
こんなんだから『火星の人』のほうが面白かった的なレビューが並んじゃうんですよ。
ま、『火星の人』もムチャクチャ面白かったわけだが。

話はいきなり逸れるが、昨年出会った最高の小説『未必のマクベス』を買ったのは、帯の惹句、
この本を読んで早川書房に転職しました
に、動揺を覚えるほど感じるところがあったからだった。
このコピー、最強すぎ。
こんなのと比べるのは酷だけどね。

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確かに本作は、月の6分の1の重力や、真空という環境を最大限に活かしたSFアクションサスペンス。
しかし同時に本作は、その背景に今の世界が抱えている構造的な問題についての問題提起と、画期的で同時に痛快な解決策を提示している問題作だと思うんだな。


西欧社会が発展していく過程で生み出した<植民地>というシステム。
こいつが現代に根深く横たわる<格差>の根本原因だし、その最大の被害者は奴隷貿易の狩場でもあったアフリカだろう。
そのアフリカの一国であるケニアが、宇宙産業を軸に世界企業を再編し、月に産業拠点を作り出すという痛快。

それもただの妄想ではなく、ケニアが赤道上にあるという事実がその起点になっている。
宇宙ロケットの打ち上げには地球の遠心力を最大に利用できる赤道がもっとも有利、というのはマイケル・E・ポーターの『国の競争優位』で一章割かれてもいいくらいの見事な<資源>の事例ではないだろうか。

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打ち上げには赤道、というフレーズがなんだかどこかで読んだ気がしていたら、これだった。
野尻抱介の『ロケット・ガール』
こちらはソロモン諸島だったが。

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さらにそこで使われる経済媒体が、通貨ではない「スラグ」という新しいクレジット。
これが今流行りの暗号通貨(仮想通貨ではなく)であるBitcoin系の発展形ではなく、商行為の合理から生じたサービスクレジットである本来的な仮想通貨の応用概念であるところも注目すべきだ。

そしてこの新しいコミュニティでも儲ける手段がありそうだ、となると西欧組が猛然と割り込んできて陰謀を巡らせるあたり世界の愚かしさを象徴しているし、新しいコミュニティにも新しい問題があることを描くあたりも抜け目ない。

ウィアーの軽妙な語り口と映画然としたスピーディーな展開に目を奪われ、つい『火星の人』との比較に終始してしまうが、実は現代の社会問題を背景にどっしりと置いた社会派エンターテイメント大作。
読むしかないと思う。

2018年2月26日月曜日

浜田省吾さんのライブ・ビューイング『旅するソングライター』を観てきたよ

ちょっと時間が経ってしまったが、浜田省吾さんのライブ・ビューイング『旅するソングライター』を観てきたのでご報告を。

2015年と2016年のライブ映像の映画化。
2015年のライブは、その年、10年ぶりに発売されたアルバム『Journey of a Songwriter 〜 旅するソングライター』の楽曲を全曲演奏するという意欲的なツアーだったそうだ。

観客も久しぶりのツアーで気合が入っていた。
キャリアの長い彼らしく、観客にも子供連れが目立った。
カメラは、ヒット曲を口ずさむ子どもたちを捉えていた。
理由はわからないけど、なんだかそこに感動してしまった。

感動のあまり帰りにパンフレットを買った。
なんとLPジャケットサイズで、専用の袋に入っていた。


2500円もしたので、楽しみにして家で開けた。
入っていたのは二枚のライナーノーツとピンナップポスターが一枚とちょっと寂しかった。
2016年のツアーパンフ表紙だろうか

その裏側。

2015ツアーパンフの表紙?

その裏側

メンバー一覧

裏側はスタッフリスト

ピンナップポスター

LPジャケットサイズという企画と専用袋の質感が高いので、袋ごとポスターのように部屋に飾ったよ。

新しいアルバムの曲は映画で聴いたのがはじめてだったけど、特に変わりない安定のハマショー節で違和感なく楽しめた。
途中、女性ボーカルをフィーチャーした曲があって、そのシンガーの声がとてもよかったので、パンフレットを頼りに探した。
中嶋ユキノさんというシンガー・ソングライターで、浜田省吾プロデュースでメジャーデビューした人だそうだ。

YouTubeにこんな動画を見つけた。
なかなかいいじゃないか。


蛇足だけど、このMV、サムネが本人の絵じゃない。
イマドキ、YouTube動画の再生回数伸ばすのはサムネ命ってのは常識なわけで、SonyMusicの担当者はきっとあんまりYouTube観ない人なのかもね。
こういうところでヒットするかどうかが決まってくる時代なんだけどね。
閑話休題。

感動が冷めやらぬまま過ごした数日に、高校生の頃、何度も聴いた『ON THE ROAD』というライブアルバムを懐かしく聴いた。

ON THE ROAD
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愛奴から一緒の盟友、町支寛二さんは、30年以上前のこのライブアルバムでも、本ライブ・ビューイングでもギターを弾いて、コーラスを歌っている。スゴいね。

このライブ・ビューイング、完全版的なブルーレイも発売されるようです。

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2018年2月17日土曜日

『ウルフガイシリーズ』を読むと人類ダメじゃんってなるけど、やっぱホントダメじゃんね

個人的な読書遍歴を紐解けば、僕にとっての高校時代は間違いなく「平井和正の時代」であった。
小学校の図書室で出会ったレンズマンでSF道に入った僕にとっては、宇宙を二分する<善>と<悪>の代理戦争を描いた『幻魔大戦』にハマるのは必然。
そして平井中毒になった僕は、まことに自然な成り行きとして『ウルフガイ』『アダルト・ウルフガイ』シリーズにも読みふけることになる。

今回、生頼範義展の開催記念ということで、ハヤカワ版権のウルフガイ二作が復刊された。


簡単にまとめてしまえば、文明や文化といった洗練の<副作用>として時に立ち現れる人類の残忍さと愚かさを、狼が表象する自然のシンプルな摂理と対照して描き出すというのが本シリーズのテーマだろう。
初期傑作群に共通して描かれる、この「人類ダメじゃん」感こそが平井作品の魅力だと思う。
読者だって当然、人類の一員なわけで、「人類ダメじゃん」と言われれば気を悪くしそうなものだが、実際には巧みに自分だけをその集団から切り離し、「こういうのが愚かだと感じることが出来るから、自分だけは愚かじゃないもんね」という不思議な優越感を得るのである。

フランス文学者の鹿島茂が、吉本隆明の思想が持つ現代的普遍性を解説した名著『吉本隆明1968』では、このような優越感を持つ心の性質について「自己疎外と自己投入の社会ビジョン」として解説されている。
オルセー美術館を埋め尽くす日本人観光客にうんざりする日本人(自己疎外)と、パリのマクドナルドで日本流のファーストフードマナーで振る舞い、冷たくあしらわれることを憤慨する日本人(自己投入)が、ふたつながら自分の中に存在して、どんな人も折にふれ、その二つの心的モードを無自覚に使い分けているものだ、と。

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しかしこのようなロジックをテクニックとして使った作家本人だけが、そのロジックに逃げられない。
人類がダメなのはそのとおりとして、じゃあいったいどうすりゃいいのか。

そのあたりに、平井和正がGLA(God Light Association、旧大宇宙神光会)という新興宗教に接近していった理由があるのかもしれない。
教祖高橋信次が亡くなって、娘の佳子に教団が引き継がれた際、佳子が書いたとされる『真創世紀』が実際には平井和正のペンによるものであることはよく知られているが、その時の経験が後に書かれる小説版『幻魔大戦』に大きな影響を与えていることは間違いないだろう。

角川版『幻魔大戦』は、後半どんどん宗教色が強くなっていき、ファンが離れていったと聞くが、僕はむしろそこが面白かった。
主人公東丈は、来るべき幻魔との戦いのために高校の文芸部を超常現象研究会=GENKEN(じつは幻魔研究会)にしてしまうが、魅力的なリーダー東丈に惹かれて寄ってきた大人たちの手で、イケメン高校生教祖の新興宗教に変貌していき、そこから小説は、金のことや組織での地位に汲々とする大人たち、メンバーたちの勝手な振る舞いや不和を延々と描くことになる。
そう。
結局やっぱりダメな人類を描いているのである。

むしろ21世紀の戦争は、政治ではなく宗教が引き起こしている。
それを考えれば何も意外なことではないんだよね。

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2018年1月23日火曜日

映画『ちょっと今から仕事やめてくる』と『君の名は。』で考える「タイトルの挿入位置問題」について

昨夜『ちょっと今から仕事やめてくる』という映画を観た。

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衒いなく泣かせにくる映画は少し苦手だし、思ったほどコメディ要素もなかったが、 黒木華さんの名演とエンドロールのバヌアツの美しさは確かにこの映画の見どころだったように思う。

しかし、エンドロールの直前にタイトルが出る演出は最近の流行りなのか、本作でも採用されていて、ここには大いに違和感があったと表明せざるを得ない。

タイトル『ちょっと今から仕事やめてくる』は、主人公のセリフとしてこの物語のクライマックスに登場するが、それがラストではなく中盤の転換部に現れるところが美点だと思う。
そこまでの鬱屈がいったん晴らされて、その後の人生の意味を探していくラストシーンが続く。
それが綺麗なバヌアツの映像が流れるエンドロールとともに余韻となって、観ている自分の人生にも思いを馳せていくという、まさにイーストウッドの『グラン・トリノ』ばりの名演出となるはずだった。
ああそれなのに、すでに役割を終えたはずのタイトルがなぜ途中に挟まれるのか。
せっかくの余韻が台無しではないか。


映画『イニシエーション・ラブ』でも、ラストシーン、前田敦子の<テヘペロ>的笑顔にオーバーラップして、あのタイトルが出てきてなるほどー、となるわけで、効果的に使わている例はいくつもある。

新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』でも物語の終わりにタイトルを大書する演出が使われている。
僕は何度目かの鑑賞の時、なぜタイトルが最後に来なくてはならないかにハタと気付いた。
あの映画ではラストシーンから恋が始まるからなのだ。
どうしてもその人でなくてはならないと、すでに知っているのに、名前を訊かなくてはならない恋なのだ。

ろくに話もしたことがないのに、好きになって、その人でなければと思い込む。
僕もそういう恋をしたことがある。
だから、最後に大書されたタイトルの意味に気づいた時、心が震えたんだ。

2018年1月5日金曜日

片岡義男『日本語と英語 その違いを楽しむ』

正月に片岡義男の『日本語と英語 その違いを楽しむ』という新書を読んだ。

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大学生くらいの頃、片岡義男をよく読んだ。
赤い背の角川文庫。
古本屋に何冊もあったから、片っ端から買った。
女性の一人称がわたし、ではなくて「あたし」だったことがなぜがその小説群を特別なものに見せていた。

自伝的連作短編集『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』は趣味のレコードへの興味から手に取ったが、英語を母国語として育ったという出自がわかり、文章から感じられる独特のバタ臭さの理由がわかったような気がした。

コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。
片岡 義男
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だからだろう。何かの記事で『日本語と英語 その違いを楽しむ』という本の存在を知って読んでみたい、と思った。
近所の本屋には置いてなくて、出かけたついでに大きな書店に寄って買い求めた。

予想通りではあるが、文法も学習ノウハウも出てこない。
英語ネイティブの日本人が感じる、英語と日本語の<感覚>の違いについて書かれている。

ひとつだけ本書に書かれている例を引用してみる。
日常会話で特に意味のない合いの手として使われる「まさか」という言葉についてだ。
本気で相手の言っていることが「ありえないこと」だとは思っていなくても、その話にちょっと驚いているよ、という意思表示として使われる言葉なんだろう。
片岡はその訳語として、「オレの聞き間違いだよね」と意訳して、
I must have heard you wrong.
と当てていた。
その心は「you」の存在で、「まさか」には、オレが驚いている、という状態は表現されても、相手の存在は考慮されていないというのだ。
英語では「あなたが言った」と明示されている。
この他にも多くの例をあげて、日本語には、「you」の影が希薄だ、という論旨を展開している。

そのような時、自分なら「まじか」「まじで?」、目上の人になら「本当ですか」、と言うだろう。どちらも「本気で言ってますか」や「あなたが知っている本当のこととして話していますか」という意味が含まれていて、立派に「you」が存在していると僕には感じられるが、それを指し示す言葉は確かに日本語の中には明示されない。
なるほど。

まして現代の(一部の)若者たちは、「まさか」も「まじで」も言わず、ただ「ま?」と言う。
会話も
「~なんだって」
「ま?」
「うん、だから明日行こうよ」
「りょ」(了解の意)
で終わる。


言葉の変化の速い時代だ。
本書のように、文法ではなく、言葉そのものを考察した資料はいずれ貴重なものになるだろう。