2026年3月21日の「ナイアガラ・デイ」、大滝詠一のナイアガラレーベルから企画アルバム、50周年記念盤『NIAGARA TRIANGLE Vol.1 50th Anniversary Edition』が発売された。
自ら作詞・作曲・編曲・プロデュースを手がける3人の若き才能が、ジャンルや常識に縛られない「自由なポップス作り」に挑んだ、まさに “スーパーセッションアルバム” 。
大瀧詠一プロデュースの大名盤、渡辺満里奈『Ring-a-Bell』のデラックスエディションも同日発売で、必然的に一日中大瀧漬けとなったが、今回は、『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』の奇跡のトライアングルを形成した3人のメンバーに焦点を当て、当時の立ち位置やその後の活躍を振り返る。
奇跡のトライアングル:3人の若き天才たち
1. 山下達郎 ── シュガー・ベイブ解散直前、ソロ始動前夜のきらめき
1976年当時の立ち位置:
当時は伝説のバンド「シュガー・ベイブ」の一員だったが、アルバム発売の直前(1976年3月末)にバンドは解散。まさにソロアーティストとして本格的に漕ぎ出す直前の「夜明け前」の時期だった。
本作での存在感:
本作には、後に代名詞的な名曲となる「パレード」や「ドリーミング・デイ」を提供。弾けるようなキャッチーさと、緻密なコーラスワーク、そして圧倒的なヴォーカルセンスは、すでに風格十分。
その後の活躍:
日本の「シティポップ」の王座に君臨し、「クリスマス・イブ」をはじめとする数々のメガヒットを連発。半世紀が過ぎた現在でも、現役のライブアーティストとして、また日本のポップス界の至宝としてトップランナーであり続けている。
2. 伊藤銀次 ── ココナツ・バンクを経て、メロディメーカーとしての覚醒
1976年当時の立ち位置:
大滝詠一に見出されたバンド「ココナツ・バンク」のリーダーとして活動した後、シュガー・ベイブにも一時加入。当時はバンドマンからソロのソングライター・編曲家へと脱皮を図る過渡期。
本作での存在感:
山下達郎、大滝詠一と3人で歌い繋ぐシングル曲「幸せにさよなら」のほか、「日射病」や「ココナツ・ホリデイ'76」などを提供。
ビートルズ直系のキャッチーなメロディラインと、瑞々しくフォーキーなロック感覚をアルバムに吹き込み、トライアングルに絶妙な軽快さをもたらした。
その後の活躍:
ソロアーティストとして名盤を残す一方、プロデューサー・アレンジャーとして大活躍。佐野元春のプロデュースや、沢田研二への「おまえにチェックイン」などの楽曲提供、さらにはイカ天(『イカすバンド天国』)の審査員など、80年代以降の日本のロック・ポップスシーンを裏から、表から支え続ける重要人物となった。
3. 大滝詠一 ── ナイアガラ・レコードを率いる、不世出のポップス音響監督
1976年当時の立ち位置:
「はっぴいえんど」解散後、自身の理想郷である「ナイアガラ・レコード」を設立。福生(45スタジオ)を拠点に、プロデューサー・エンジニア(変名:笛吹銅次)としても全権を握り、日本のポップスを次の次元へ進めようと実験を繰り返していたプロデューサー的立ち位置であった。
本作での存在感:
若き2人の才能をフックアップしつつ、自身は「夜明け前の浜辺」でロマンチックな世界観を描き、一方で「ナイアガラ音頭」(歌:布谷文夫)という、ポップスと音頭を融合させた前衛的すぎるノベルティ・ソングをぶち込むなど、アルバム全体のトリックスターであり、絶対的な羅針盤として活動を続けた。
その後の活躍:
1981年にアルバム『A LONG VACATION』を発表し、ミリオンセラーを記録。日本のポップス史における最高峰のメロディメーカーとして不動の地位を築く。2013年に急逝したが、彼が蒔いた「ナイアガライズム」の種は、現在の国内外におけるシティポップ・ブームの源流として、今もなお脈々と受け継がれている。
50年経っても色褪せない「自由なポップスの実験室」
『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』は、単なるオムニバスアルバムではなく、3人の異能がそれぞれの持ち味をぶつけ合い、化学反応を起こした「実験室」のような作品と言えるだろう。
今回のデラックス・エディションでその瑞々しい音に触れると、彼らが50年前に鳴らした「誰も聴いたことのないポップスを作ろう」という初期衝動が、今の時代にも全く色褪せていないことに驚かされる。
NIAGARA TRIANGLE Vol.1 50th Anniversary Edition CD (通常盤) (CD) - NIAGARA TRIANGLE (特典なし)