隠れ名盤徹底解剖|ビリー・ジョエル『ストリートライフ・セレナーデ』の音楽的真価と時代背景

1970年代のポップス・ロック界において、稀代のメロディメーカーとして君臨したビリー・ジョエル。彼のディスコグラフィにおいて、1974年に発表されたサード・アルバム『ストリートライフ・セレナーデ(Streetlife Serenade)』は、ブレイク前夜の過渡期に生まれた「隠れた名盤」として語られることが多い。


しかし、本作は単なる「ストレンジャーへの踏み台」ではない。当時のミュージックシーンの潮流と、ビリーが抱えていた葛藤が見事に結晶化した、極めてコンセプチュアルな作品なのである。


『ストレンジャー』の陰に隠れた日本盤発売の歪み

日本において本作を聴く際、ある種の「タイムラグ」による違和感を覚えるリスナーは少なくない。

本作のオリジナル・リリースは1974年である。しかし、日本盤が本格的にレコード棚に並んだのは、大ヒット作『ストレンジャー』(1977年)の成功を受けた1978年のことであった。前作『ピアノ・マン』のスマッシュヒットだけでは、当時の日本のレコード会社は国内展開への確信を持てなかったのだろう。

この「後追い」の構図が、本作を初期のマイナーな実験作のように錯覚させる要因となったが、その中身は驚くほど先進的である。


1970年代中期の音楽シーンと「シンセサイザー」の導入

本作の音楽的特徴を語る上で欠かせないのが、モーグ(Moog)・シンセサイザーの積極的な導入である。

1970年代中期、プログレッシブ・ロックの隆盛やシンセサイザーの技術革新により、ポップス界でも電子楽器を取り入れる動きが加速していた。ビリー・ジョエルもまた、この時代の空気を敏感に察知していた一人である。

本作の幕開けを飾る「ストリートライフ・サヴァイヴァー」や、シングルヒットした「エンターテイナー」では、印象的なシンセサイザーの音色が楽曲を駆動する。ピアノ・マンとしてのアイデンティティを持ちながらも、新しい時代のサウンドへ挑戦しようとするビリーの野心的なアプローチが、アルバム全体にモダンな色彩を添えている。


成功の悲哀を歌った名曲「エンターテイナー」の皮肉

本国アメリカでヒットを記録した「エンターテイナー」は、一聴すると陽気なポップ・チューンだが、その歌詞には売れてナンボの「ミュージシャン稼業」に対する強烈な風刺と悲哀が込められている。

「僕のレコードなんて、豆の缶詰みたいに、すぐディスカウントの棚に入っちまうさ」

前作『ピアノ・マン』の成功によって業界の裏表を目の当たりにしたビリーのフラストレーションが、皮肉たっぷりな名リリックとして昇華されている。ヒット曲を求められるポップ・スターとしてのプレッシャーと、自身の芸術性の狭間で揺れ動くビリーの人間臭さが、この曲の最大の魅力と言える。


インストゥルメンタル曲がもたらす高いコンセプチュアル性

ビリー・ジョエルのアルバム制作は常にコンセプチュアルだが、本作はその色がとりわけ濃い。特筆すべきは、アルバム内に2曲のインスト曲が含まれている点である。

シンセサイザーと生楽器が絶妙に融合した「ロート・シガレット(Root Beer Rag)」で見せる圧倒的な鍵盤テクニック、そしてアルバムの幕引きを飾る「メキシカン・コネクション」。

特に、のちに長くライブの締めくくりとして愛されることになる短い名曲「スーベニア」から、インストの「メキシカン・コネクション」へとシームレスに流れて幕を下ろす構成は、アルバムを一枚のトータル・ワーク(総合芸術)として聴く体験を特別なものにしている。


ロスからニューヨークへ:次なる時代への架け橋

「ヒット曲がナンボのもんじゃい」と言わんばかりのビリーのフラストレーションは、結果として彼に活動の拠点をロサンゼルスから故郷ニューヨークへと移す決意をさせる。

本作における音楽的な実験と、商業主義への反発というエネルギーがあったからこそ、次作『ターンスタイル(ニューヨーク物語)』以降の「ニューヨーク時代」の黄金期が幕を開けることとなった。

『ストリートライフ・セレナーデ』は、偉大な天才がスーパースターへと脱皮する直前の、最も瑞々しく、最も尖っていた瞬間を閉じ込めた名盤だと思う。


Streetlife Serenade
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