ビリー・ジョエル『ニューヨーク物語(Turnstiles)』再評価|名曲「さよならハリウッド」が描いた、NYへの回帰とポップス史の転換点

ロスからニューヨークへ、キャリアの転換点となった4thアルバム

ビリー・ジョエルが1976年に発表した4作目のスタジオ・アルバム『ニューヨーク物語(原題:Turnstiles)』。本作は、彼のキャリアにおける最大の転換点として位置づけられる重要な作品である。

商業的な成功を求めて西海岸(ロサンゼルス)へと移住したビリーであったが、ハリウッドの商業主義や自身の音楽性とのギャップに苦悩することとなる。結果として彼は再び故郷であるニューヨークへと戻り、自らのルーツを再確認する中で本作を書き上げた。邦題が示す通り、アルバム全体に「地元の街(NY)への愛着と、そこへ生きる人々へのまなざし」が色濃く反映されている。



アルバムタイトル『Turnstiles』とジャケットに隠された「吟遊詩人」の視点

原題の『Turnstiles』とは、駅の改札やスタジアムの入場口などに見られる「回転式の改札ゲート」を意味する。

ニューヨークの地下鉄駅で撮影されたアルバムジャケットには、ビリーの周囲に多様な人々が佇んでいる。実は、ここに写っている人物たちはアルバムの収録曲に登場するキャラクター(キャラクターのイメージに合わせたモデル)である。これは、ビリー・ジョエルが単なるシンガーソングライターではなく、街の人間模様を切り取る「吟遊詩人(ストーリーテラー)」としてのスタンスを明確に打ち出した、極めてコンセプチュアルな演出と言える。


音楽的特徴:フィル・スペクターへのオマージュと多彩なジャンルの融合

本作の音楽的な最大の特徴は、ビリーのルーツであるポップス黄金期へのリスペクトと、ジャンルに縛られない多様なアプローチにある。

「さよならハリウッド」にみるウォール・オブ・サウンドの継承

アルバムのオープニングを飾る「さよならハリウッド(Say Goodbye to Hollywood)」は、ビリー自身が公言している通り、ザ・ロネッツの「ビー・マイ・ベイビー(Be My Baby)」に代表されるフィル・スペクターの「ウォール・オブ・サウンド(音の壁)」へのストレートなオマージュである。 ドラマチックなドラムのビートと重厚なアレンジは、後にフィル・スペクター自身が率いるバンドで同曲をカバーしたことからも、そのクオリティの高さが証明されている。

多彩な音楽性のミクスチャー

その他にも、珠玉のバラード「シーズ・ガット・ア・ウェイ(She's Got a Way)」に見られる繊細なピアノ弾き語りから、ドゥーワップ、レゲエ調のリズムを取り入れた楽曲、さらにはプログレッシブ・ロック的な壮大さを持つ「ニューヨークの想い(New York State of Mind)」まで、ビリーの圧倒的な引き出しの多さが1枚に凝縮されている。


当時のミュージックシーンへの影響と、「売れなかった」理由

今日でこそ「誰もが認める名盤」として語り継がれる本作だが、発売当時のチャート成績は全米122位と、決して商業的に大ヒットしたわけではなかった。

当時の音楽シーンは、ディスコ・ミュージックの台頭や、西海岸発のイーグルスに代表されるウエストコースト・ロックが全盛を迎えていた時代である。その中で、東海岸の泥臭さと普遍的なポップス・メロディを追求した本作は、時代のトレンドとは一線を画していた。

しかし、日本国内においては早くからそのメロディセンスが注目されており、後にサザンオールスターズの桑田佳祐が「嘉門雄三」名義のライブで「さよならハリウッド」をカバーするなど、ミュージシャンズ・ミュージシャンとしての高い評価を確立していく。


ライブ盤での「正当な評価」と、最高傑作『ストレンジャー』への架け橋

不思議なことに、本作の楽曲たちが大衆に正当に評価されるまでには少しの時間を要した。決定打となったのは、後にリリースされるライブ・アルバム『ソングズ・イン・ザ・アティック(Songs in the Attic)』(1981年)である。

ビリー自身、インタビューで「当時は良いアルバムを作ること(スタジオワーク)に心血を注いでおり、演奏活動は生活のためという側面もあった」と回想している。しかし、皮肉にも彼の真骨頂はライブステージにあった。ピアノの上に登り、汗を流しながら熱唱するエネルギッシュで説得力のあるパフォーマンスによって、オーディエンスは『Turnstiles』の楽曲が持つ本当の熱量に気づかされることとなる。

本作で自身の音楽的アイデンティティ(NYのバンドサウンド)を完全に確立したビリー・ジョエルは、この翌年、世界的出世作となる次作『ストレンジャー(The Stranger)』(1977年)を世に送り出し、ポップス界の頂点へと駆け上がっていくのである。


ニューヨーク物語 - ビリー・ジョエル
B000EGCZSA

コメント

人気の投稿