1974年にリリースされたボブ・ディランの14枚目のスタジオアルバム『プラネット・ウェイヴズ(PLANET WAVES)』は、ディランのキャリアにおいて極めて重要な転換点となった作品である。本作の最大の聴きどころは、かつてディランのバックを務め、共に一世を風靡した伝説的グループ「ザ・バンド(The Band)」との本格的な共同作業がスタジオレコーディングとして結実した点にある。
親友の詩人アレン・ギンズバーグの詩集『Planet News』から着想を得たとも言われる本作は、一見すると素朴でありながら、聴き込むほどに彼らの強固な絆と音楽的マジックが伝わってくる至高の一枚である。

アーティストプロファイル:ボブ・ディランとザ・バンドの特別な絆
1960年代半ば、フォークからロックへの転向(エレキ化)を敢行したディランは、激しいバッシングに晒されていた。その過酷なツアーをバックで支えたのが、ザ・バンドの前身であるザ・ホークスだった。
その後、ディランのバイク事故を経て、彼らはウッドストックの隠れ家(ビッグ・ピンク)の地下室に集まり、数々のセッションを重ねる。この伝説的な「地下室(ザ・ベースメント・テープス)」の時代を経て、互いの音楽性を完全に手の内に入れた両者が、満を持してスタジオで公式に録音したのがこの『プラネット・ウェイヴズ』である。
ディランの楽曲は、時にその難解さや独特の表現ゆえに、聴衆の理解を拒むような高い壁を感じさせることがある。
かつてはザ・バーズ(The Byrds)のような表現者がディランの曲をポップに「通訳」することで、大衆はその真意を理解することもあった。
しかし、ザ・バンドという媒介者は異なる。
彼らはディランを世間に翻訳して引き落とすのではなく、ザ・バンドらしさ以外を一切排除した純度の高い演奏によって、ディランの生々しい息遣いや感情をそのまま包み込み、ダイレクトにリスナーへと届けてくれる。これこそが、彼らだけが起こせる唯一無二の「魔法」と言える。
『プラネット・ウェイヴズ』の音楽的特徴
本作のサウンドは、過度な装飾を排した極めてオーガニックなルーツ・ロックである。ロビー・ロバートソンのエッジの効いたギターワーク、ガース・ハドソンの色彩豊かなオルガン、リチャード・マニュエルの温かみのあるピアノ、そしてリヴォン・ヘルムとリック・ダンコによる、うねるような極上のグルーヴ。これらがディランのアーシーなボーカルと完璧に噛み合っている。
一発録りに近い緊張感とリラックスした雰囲気が同居しており、スタジオに流れる空気感そのものがパッケージされたような瑞々しさが特徴である。
主要楽曲の分析:二つの「Forever Young」が示す多元性
本作を語る上で欠かせないのが、アルバムの核となっている名曲「Forever Young(悲しきあこがれ)」である。このアルバムには、この曲の異なる2つのバージョンが収録されている。
Forever Young(スロー・バージョン)
我が子への祈りや祝福を込めたとされるこのバージョンは、讃美歌のような荘厳さと深い慈愛に満ちている。ディランの切々とした歌声にザ・バンドの繊細なアンサンブルが寄り添い、タイムレスな輝きを放つ。
Forever Young(ファスト・バージョン)
一転してニューオーリンズ・マナーを彷彿とさせるアップテンポなアレンジへと変貌を遂げる。軽快なリズムと弾むようなグルーヴが心地よく、同じメロディと言葉でありながら、全く異なる躍動感とポジティブなエネルギーを放つ。
この2つのバージョンが共存している事実こそが、ボブ・ディランというアーティストの持つ多元性を証明している。そしてその多元性を違和感なく一枚のアルバムに内包できたのは、ザ・バンドの包容力豊かな演奏があったからに他ならない。
他にも、アルバムの幕開けを飾る力強い「Going, Going, Gone」や、どこか哀愁を帯びた「On a Night Like This(こんな夜に)」など、ディランのソングライティングとザ・バンドのアンサンブルの黄金比が堪能できる楽曲が揃っている。
『プラネット・ウェイヴズ』は、ディランのディスコグラフィの中で時に見落とされがちだが、ロック史に残る幸福なコラボレーションの瞬間を捉えた、文字通りの傑作である。
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