1970年代後半のプログレッシブ・ロックやジャズ・フュージョン・シーンを語る上で、決して無視できない名盤が存在する。それが、イギリスの至高のテクニカル集団「Brand X(ブランドX)」が1976年に発表したデビュー・アルバム『UNORTHODOX BEHAVIOUR(邦題:異常行為)』である。
ポップ・スターとしての顔しか知らないリスナーにとって、本作で聴けるドラミングは「これが本来の彼の姿だったのか」と驚愕を禁じ得ない、凄まじいエネルギーに満ちている。
Unorthodox Behavior
Brand X(ブランドX)とは? フィル・コリンズもう一つの「本性」
Brand Xは、1970年代中頃にロンドンで結成されたジャズ・ロック/フュージョン・バンドである。
当時、プログレッシブ・ロック・バンド「Genesis(ジェネシス)」のドラマー兼ボーカリストとしてすでに多忙を極めていたフィル・コリンズが、自身の音楽的ルーツであるジャズやファンクへの衝動を解放する「サイド・プロジェクト」としてスタートした。
しかし、その演奏クオリティはサイド・プロジェクトの域を完全に超越していた。メンバーには、以下の天才的なミュージシャンたちが集結している。
ジョン・グッドソール(Guitar):
正確無比なカッティングと、叙情的なメロディ・センスを兼ね備えたギタリスト。
パーシー・ジョーンズ(Bass):
フレットレス・ベースを駆使し、うねるような独特のベースラインを生み出す奇才。
ロビン・ラムリー(Keyboards):
色彩豊かなエレピ(フェンダー・ローズ)やシンセサイザーでバンドの空間を支配する鍵盤奏者。
彼らが繰り出す緻密なアンサンブルは、アメリカの「Weather Report」や「Return to Forever」といった巨頭たちへのイギリスからの鮮烈な回答となった。
『UNORTHODOX BEHAVIOUR』の音楽的特徴:テクニカルと叙情の融合
本作『UNORTHODOX BEHAVIOUR』の最大の魅力は、「超絶技巧の応酬」と「極上のメロディ」が奇跡的なバランスで同居している点にある。
全編インストゥルメンタル(歌なし)で構成され、変拍子や超高速のキメが目白押しである。聴き手は「こんな演奏ができたらどれほど楽しいだろう」という圧倒的な愉悦に浸ることができる。
その一方で、決して難解な自己満足には陥らない。ギタリストのジョン・グッドソールをはじめ、メンバー全員が優れたメロディ感覚を持っているため、複雑な展開の先には必ず聴衆を惹きつける美しいテーマやキャッチーなリフが用意されている。これが、本作をジャズ・ロックの入門書でありながら最高峰たらしめている理由である。
主要楽曲を徹底分析
アルバムの息を呑むような世界観を象徴する、主要な3曲を分析する。
1. Nuclear Burn(ニュークリア・バーン)
アルバムの幕開けを飾る、バンドの代表曲。フィル・コリンズの超高速かつタイトなドラミングと、パーシー・ジョーンズのウネウネと動き回るフレットレス・ベースが完璧にシンクロし、圧倒的な推進力を生み出している。中盤でのジョン・グッドソールの流麗なギターソロへの展開は圧巻の一言に尽きる。
2. Euthanasia Waltz(安楽死のワルツ)
変拍子(主に7拍子)を用いながらも、非常に軽快で美しく、どこか哀愁を帯びたメロディが印象的な楽曲。ロビン・ラムリーによるエレピの柔らかな音色が心地よく、複雑なリズム構造を感じさせないポップさすら漂う名曲である。
3. Smacks of Euphoric Hysteria(歓喜のヒステリー)
ファンキーなカッティングギターと、変幻自在のリズム隊が絡み合う、グルーヴ感溢れるナンバー。即興演奏(ジャム)の要素が強く、各プレイヤーが火花を散らすようなソロの応酬を堪能できる。
結論:時代を超越するジャズ・ロックの名盤
『UNORTHODOX BEHAVIOUR(異常行為)』は、フィル・コリンズがポップ・スターとして大成功を収める前に残した、純粋なドラマーとしての到達点の一つであった。
超絶技巧がもたらすスリルと、英国風の高雅なメロディ・センス。この二つが火花を散らした本作は、1970年代クロスオーバー・シーンの奇跡であり、今なお色褪せない輝きを放ち続けている。
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