レコード屋のエサ箱を漁っているとき、思わず手が止まってしまう瞬間があります。それは、何の前情報もなくても「このジャケット、絶対にいい音が鳴る」と直感が告げるときです。
今回は、そんな「ジャケ買い」の醍醐味をこれでもかと味あわせてくれる音楽家、橋本一子(はしもといちこ)氏の1980年代の名盤『Beauty』と『Vivant』をご紹介します。アートワークの美しさはもちろん、そこに収められた音世界のギャップについて紐解いていきましょう。
麗しきモノクロームの衝撃:1985作『Beauty』の魅力
1枚目は、1985年にポリドールからリリースされたソロアルバム『Beauty』。
視線を釘付けにする「ジャケ買い」アートワーク
何と言っても目を引くのが、フロントを飾る橋本一子氏本人のモノクローム写真です。静謐でありながらどこか強い意志を秘めたその佇まいは、まさに「Beauty(美)」というタイトルそのもの。飾っておくだけで部屋の空気をガラリと変えてしまうような、圧倒的なポートレイトの力があります。
渡辺香津美プロデュース、先入観を裏切るロックサウンド
本作はギタリスト・渡辺香津美氏がプロデュースを手掛けており、聴く前は「スタイリッシュなフュージョンやジャズかな?」という先入観を抱きがちです。
しかし、いざターンテーブルに針を落とすと、その予想は見事に裏切られます。スピーカーから飛び出してくるのは、想像以上に威勢が良くエネルギッシュなロック・サウンド。ジャズやクラシックの素養に裏打ちされた緻密な構成でありながら、アグレッシブに攻めてくるその音のギャップに、聴き手は一気に目を覚まさせられます。
息をのむ美しさ:1986作『Vivant』が魅せる耽美な世界
『Beauty』の熱が冷めやらぬまま、次にエサ箱の手を進めて出会うのが、翌1986年にリリースされた『Vivant(ヴィヴァン)』です。
さらに深まるジャケットの芸術性
『Beauty』が静かな佇まいだとしたら、『Vivant』はより映画的で、耽美なストーリー性を感じさせるジャケットに仕上がっています。モノクロの階調の中に漂うミステリアスな空気感。この2枚を部屋に並べるだけでも、所有欲が完全に満たされるほどの美しさを持っています。
オーディオの天啓を呼び込む、真に鳴らしたい音楽
オーディオのセッティングに悩み、「なんだか音像が曖昧だな……」とスピーカーの位置をあれこれ動かしているときに、これら橋本一子氏のレコードを鳴らしたとたん、劇的な変化が起こったことがありました。
強烈な動機(不純であればあるほど強い、美ジャケへの執着)で手に入れたレコードだからこそ、「この音楽を最高の音で鳴らしたい」というオーディオリスニングの原点を思い出させてくれたのでしょう。
スピーカーの幅をギリギリまで狭め、少し開き気味にセッティングした瞬間に、スピーカーの存在が消えて目の前に立体的な音像が浮かび上がる——そんな「天啓」をもたらしてくれるだけのエネルギーが、この時代の彼女の音には宿っていたのだと思います。
あわせて聴きたい!橋本一子氏を知るためのおすすめ他作品
『Beauty』『Vivant』の2作で彼女の多才さに魅了されたなら、ぜひ以下の作品もレコード棚やCDラックから探してみてください。
Colored Music 『Colored Music』(1981年)
藤本敦夫氏とのユニット「Colored Music」名義で発表された初期の傑作です。近年、国内外のニューウェイヴ/環境音楽/シティポップの再評価クレイズの中で「和レア・グルーヴの最高峰」として世界中から指名手配されている1枚。エスニックで実験的、かつ極めて洗練されたポップネスが同居しています。
カラード・ミュージック
橋本一子 『Miles Away 〜トリビュート・トゥ・マイルス』(1999年)
1980年代にYMOのサポート(テクノポリス2000-20)や渡辺香津美氏との共演でシーンを駆け抜けた彼女が、1990年代の終わりに突如として発表したピアノ・トリオ作品です。マイルス・デイヴィスへのオマージュでありながら、彼女の持ち味である浮遊感と、声(ヴォイス)を楽器として扱う唯一無二のパフォーマンスがジャズの枠組みを大きく広げています。
Miles Away~トリビュート・トゥ・マイルス
まとめ:不純な動機こそ、新しい音楽の扉を開く
「ジャケ買い」は、時に最高の音楽体験、そしてオーディオの覚醒へと繋がる最短ルートになります。橋本一子氏の『Beauty』や『Vivant』が放つビジュアルの引力は、ただの飾りではありません。その美しいジャケットの奥には、リスナーのオーディオ環境をも変えてしまうほどの、強烈で濃密な音楽世界が広がっています。
もし中古レコード店や街のワゴンで見かけることがあれば、少し値が張っても迷わず手に入れてみてください。あなたのスピーカーが、本当のポテンシャルを発揮する瞬間が訪れるかもしれません。



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