ボズ・スキャッグス(Boz Scaggs)といえば、1976年の世界的大ヒット作『シルク・ディグリーズ(Silk Degrees)』によって「AORの帝王」としての地位を確立したことで知られる。しかし、その洗練された都会的ポップスへの扉を開いた重要な転換点と言える作品が、1974年にリリースされた6thアルバム『スロー・ダンサー(Slow Dancer)』である。
本作は、それまでのスワンプ・ロックやサザン・ソウルといった泥臭い路線から、ソフィスティケイトされたソウル・ミュージックへと舵を切った、過渡期ならではの熱量と気品が同居する傑作だ。
スロー・ダンサー(特典なし)
アルバム誕生の背景:物議を醸したジャケットと「変化」
本作を語る上で外せないのが、そのアートワークにまつわるエピソードである。
オリジナル・リリース時のジャケットは、水着姿のボズ・スキャッグスが砂浜を歩いているという、ファンにとってもいささか困惑を禁じ得ないデザインであった。
しかし、後にタキシード姿の男女がチークダンスを踊るシックなデザインへと改められた。このジャケット変更こそが、本作が持つ音楽的な「夜のムード」や「大人の洗練」を正しく表現しており、作品の評価をより確かなものにしている。
音楽的特徴:ジョニー・ブリストルによるモータウンの魔法
前作『マイ・タイム』で見せた南部志向の豊穣なサウンドに、都会的な洗練を付け加えた立役者が、プロデューサーのジョニー・ブリストルである。
モータウン・レコードで数々のヒットを飛ばした彼を起用したことにより、アルバム全体に引き締まったソウルフルなエッセンスが注入された。
モータウン譲りの洗練されたストリングスや、弾むようなリズムセクションがボズのハスキーな歌声と絡み合い、ブルー・アイド・ソウル(白人が歌うソウル・ミュージック)の枠に収まらない、独自のブラック・コンテンポラリー・サウンドを構築している。
主要楽曲の分析
「Hercules(ヘラクレス)」
ニューオリンズの重鎮であるアラン・トゥーサンが手がけた楽曲。前作の南部志向を継承しつつも、本作においては突出してファンキーな仕上がりを見せる。重厚なカッティングギターとグルーヴィーなベースラインが異彩を放っており、アルバムに強烈なアクセントを与えている。
「Slow Dancer(スロー・ダンサー)」
アルバムのハイライトであり、堂々たる風格を備えたタイトルトラック。哀愁を帯びたメロディと、エモーショナルに高揚していくボズのボーカルが圧倒的な感動を呼ぶ名曲である。
この楽曲の完成度の高さは、後にリタ・クーリッジがアルバム『LOVE ME AGAIN』でカバーしたバージョンからも証明されている。彼女の絶品とも言えるカバーは、この楽曲が持つメロディの美しさをさらに引き立て、時代を超えるスタンダードナンバーとしての価値を決定づけた。
まとめ:『シルク・ディグリーズ』へと続く架け橋
『スロー・ダンサー』は、次作『シルク・ディグリーズ』のような完全なる洗練には至っていないかもしれない。しかし、南部ルーツの泥臭さと、モータウンがもたらした洗練が奇跡的なバランスで融合した本作は、ボズ・スキャッグスのキャリアにおいて最も豊潤な音楽性を湛えた一枚である。
0 件のコメント:
コメントを投稿