アメリカン・ロックの歴史に燦然と輝くバンド、ザ・ドゥービー・ブラザーズ(The Doobie Brothers)。彼らの激動の前半生を締めくくった伝説のライヴ盤が、1983年にリリースされた『Farewell Tour(フェアウェル・ツアー・ライヴ)』である。
本作は、バンドの一時活動休止に伴い、新旧のメンバーが奇跡的な融合を果たしたドゥービー・ブラザーズ史上初の公式ライヴ・アルバムだ。初期の豪快なサザン・ロックと、後期の洗練されたAOR、そしてブルーアイドソウルが見事なグラデーションを描く、ロック史に残る傑作の魅力を徹底的に紐解いていく。
前史:二つの顔を持つバンド、ザ・ドゥービー・ブラザーズの歩み
ザ・ドゥービー・ブラザーズの音楽性は、フロントマンの交代によって劇的な変化を遂げたことで知られている。
トム・ジョンストン期(初期:サザン・ロック/ウエストコースト・ロック)
1970年代前半、トム・ジョンストン(Tom Johnston)のパワフルなボーカルとカッティングギターを中心に、骨太なアコースティック・グルーヴとツイン・ドラムによる豪快なサウンドで人気を博した。バイカーたちに愛されるような泥臭さと、キャッチーなメロディが同居したこの時期は、アメリカン・ロックの王道を突き進んでいた。
マイケル・マクドナルド期(後期:AOR/ソウルフル・ロック)
1970年代半ば、トム・ジョンストンが体調不良で戦線離脱を余儀なくされる。バンドはキーボード奏者であり卓越したソウル・シンガーでもあったマイケル・マクドナルド(Michael McDonald)を迎え入れた。これにより、バンドの音楽性は180度シフトする。洗練された都会的なコード進行、R&Bのグルーヴ、シンセサイザーを多用した知的でメロウなAORサウンドへと変貌を遂げ、1978年のアルバム『Minute by Minute』とシングル「What a Fool Believes」でグラミー賞を総なめにするなど、商業的・批評的な頂点を極めた。
『Farewell Tour』の背景:唯一のオリジナルメンバー、パトリック・シモンズの決断
1980年代に入ると、各メンバーのソロ活動が活発化し、バンドとしてのまとまりを維持することが困難になっていく。その中で、結成時から唯一バンドに残り続けていたギタリスト、パトリック・シモンズ(Patrick Simmons)が活動休止を提案した。
こうして1982年、バンドは大規模な「フェアウェル・ツアー」を敢行することとなる。しかし、このツアーは悲壮感に満ちたものではなかった。当時のメンバーに加え、かつてバンドを支えた旧メンバーたちも客演し合うという、非常に風通しが良く、ファミリー感に溢れた雰囲気の中でステージが進行したのである。その奇跡的なツアーの模様を記録したのが、本作『Farewell Tour』だ。
一聴するとまったく異なる音楽性を持つ「トムのドゥービーズ」と「マイケルのドゥービーズ」だが、このライヴ盤を聴くと驚くほど違和感がない。それどころか、互いの良さを引き立て合う見事なケミストリーが生まれている。
アルバムの音楽的特徴と主要楽曲の分析
本作の最大の魅力は、マイケル・マクドナルドによる洗練されたグルーヴと、トム・ジョンストンがもたらす野生的なロック・スピリットが、見事な構成で配置されている点にある。
「リッスン・トゥ・ザ・ミュージック(Listen to the Music)」
もともとはトム・ジョンストンが書き下ろした初期の大ヒット曲であるが、本作ではマイケル・マクドナルドがフロントに立ち、彼特有のソウルフルで都会的なアレンジによって歌われている。原曲の持つカラッとした爽快感に、都会的なメロウネスが加わったこのバージョンは、バンドの「懐の深さ」を象徴する名演である。
「ロング・トレイン・ランニン(Long Train Runnin')」
コンサートの最終盤、ステージにトム・ジョンストンが紹介されて登場すると、会場のボルテージは最高潮に達する。そこで披露されるのが、ドゥービー・ブラザーズの代名詞とも言えるこの曲だ。お馴染みの強烈なギターカッティングが響き渡り、ジョンストン節が炸裂する。サザン・ロックそのものの長尺なギターソロへと雪崩れ込んでいく展開は、鳥肌モノの興奮を聴き手に与える。
「チャイナ・グローヴ(China Grove)」
「ロング・トレイン・ランニン」からの流れで演奏される、初期を代表するハードなロック・ナンバーだ。ドライブ感あふれるリフと、新旧メンバーが一体となって生み出す圧倒的な音圧は、まさに彼らがアメリカを代表する最高のライヴ・バンドであることを証明している。ファンとバンドがこれまでの歴史を総括し、すべてを出し尽くすような一体感がここにある。
総評:バンドとファンが共有した「懐の広さ」を示す大傑作
『Farewell Tour』は、ドゥービー・ブラザーズというバンドが持つ、音楽的な多様性と寛容さを1枚に凝縮した、至高のライヴ・エンターテインメントである。
泥臭いロックも、洗練されたAORも、すべては「ドゥービー・ブラザーズ」というひとつの大きな木から伸びた果実として、新旧のファンを等しく満足させ、バンドの歴史を美しく締めくくった。

0 件のコメント:
コメントを投稿