1970年代後半の音楽シーンを席巻したAOR(Adult Oriented Rock)ブーム。その決定打であり、今なお金字塔として輝き続けるのがボズ・スキャッグスの名盤『ミドル・マン』(1980年)である。都会的で洗練されたサウンドで一世を風靡したボズだが、その後の音楽人生は決して一筋縄ではいかない、実にスリリングで理想的な変遷をたどっている。
長いブランクを経た1988年、ボビー・コールドウェルが手がけた「ハート・オブ・マイン」を携え、再びAOR路線の『OTHER ROADS』で鮮烈な復活を遂げた。しかし、ボズの探求心はそこにとどまらなかった。1994年には突如としてブルースやジャズの要素を色濃く反映した『SOME CHANGE』をリリース。商業的な大ヒットにこそ至らなかったものの、今剛のソロアルバムでもカバーされた「Sierra」などの佳曲を収録した、極めて質の高い隠れた名盤として音楽ファンに記憶されている。
そして1997年、ボズが自身のルーツを見つめ、ブルーズおよびソウルミュージックへとストレートに向き合ったマスターピースが、本作『COME ON HOME』である。
Come on Home
『COME ON HOME』の音楽的特徴:都会的なセンスと黒人音楽ルーツの融合
本作の最大の魅力は、ボズ・スキャッグスというアーティストの本質である「R&Bやブルーズへの深い敬意」が全面に押し出されている点にある。単なる懐古趣味のカバーアルバムではなく、洗練されたモダンなAORの手触りを残しつつ、泥臭くも美しい黒人音楽のダイナミズムを完璧に消化している。
レコーディングの一部はソウルミュージックの聖地であるメンフィスの「ロイヤル・レコーディング・スタジオ」で行われ、伝説的なウィリー・ミッチェル・ホーンズが参加している点も見逃せない。タイトで脈打つグルーヴを支えるドラムのジム・ケルトナーやリッキー・ファター、そしてベースのフレディ・ワシントンといった最高峰のミュージシャンが集結し、オーガニックでありながら一音の隙もない、極上のルーツ・ロック・サウンドを構築している。
主要楽曲の分析:ルーツへの愛が炸裂する至高の名演
本作は、往年のブルーズ・ソウルの名曲カバーと、ボズ自身の書き下ろしによるオリジナル楽曲が絶妙なバランスで配置されている。
「It All Went Down The Drain」
アルバムの幕開けを飾る、アール・キングのカバー。キレのあるホーンセクションとボズの鋭いギターソロが炸裂するアップテンポなブルーズナンバーである。AOR時代のエレガントなボーカルとは一味違う、エモーショナルで力強い歌声が聴き手を一気にアルバムの世界観へと引き込む。
「Come On Home」
アルバムタイトルにもなったこの楽曲は、ウィリー・ミッチェルらが手がけたメンフィス・ソウルの薫り高いミディアムバラードである。アンソニー・ブリーによる繊細なバイオリンの音色と、ボズのハスキーで艶のあるボーカルが絡み合い、胸を締め付けるような切なさと温かさを醸し出している。
「Picture Of A Broken Heart」
ボズ・スキャッグスとデニス・ウォーカーの共作によるオリジナル楽曲。伝統的なブルーズのフォーマットを踏襲しながらも、ボズ特有の都会的で洗練されたメロディセンスが光る。哀愁を帯びたサックスの音色と、抑制の効いた大人のグルーヴが心地よい名曲である。
「Your Good Thing (Is About To End)」
アイザック・ヘイズとデヴィッド・ポーターが放ったサザン・ソウルの傑作カバー。7分を超える熱演の中で、ボズは焦燥感と情熱を孕んだボーカルを聴かせる。じわじわと熱量を帯びていくバンドのアンサンブルは圧巻の一言に尽きる。
アナログレコードで聴く『COME ON HOME』の真価
本作の魅力を語る上で外せないのが、オーディオファイル向けのプロダクトとしての価値である。2011年頃にFriday Musicからリリースされた重量盤LP(2枚組仕様)は、音質を最優先した贅沢なカッティングが施されている。
33回転の2枚組であるため、レコードの盤面交換は少々せわしない。しかし、スピーカーから放たれる音響はCDのそれとは一線を画す。
高音域の抜けの良さ、中低音のふくよかな鳴り、そして目の前でバンドが演奏しているかのような圧倒的な臨場感。これこそがアナログレコードの真価であり、ルーツミュージックを愛するボズのこだわりがダイレクトに伝わってくる仕様となっている。
本作の後、ボズはジャズのエッセンスを昇華した『But Beautiful』や、さらにディープなブルーズ路線を突き詰めた『メンフィス』へと突き進んでいく。自身のルーツである海の深さを自在に泳ぎ回るその姿は、一人の音楽家としてあまりにも理想的で、羨望の念を禁じ得ない。

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