1976年に発表されたマンフレッド・マンズ・アース・バンド(Manfred Mann's Earth Band)の7作目のスタジオ・アルバム『The Roaring Silence(邦題:静かなる叫び)』は、難解になりがちだったプログレッシブ・ロックのダイナミズムを、極上のポップ・センスと洗練されたシンフォニック・アレンジで見事に高水準へと昇華した歴史的名盤である。
ブルース・スプリングスティーンのカヴァー曲「光に目もくらみ(Blinded by the Light)」のシングル・カットが全米ナンバーワンへと輝いたことで知られる本作は、バンドの商業的、そして芸術的な黄金期を象徴している。
The Roaring Silence [Analog]
マンフレッド・マンズ・アース・バンドの歩みと本作の位相
南アフリカ出身の鍵盤奏者マンフレッド・マンは、1960年代に自身の名を冠したビート・グループで「ドゥ・ワ・ディディ・ディディ」などの大ヒットを連発した。その後、ジャズ・ロックを追究したマンフレッド・マン・チャプター・スリーを経て、1971年に結成したのがマンフレッド・マンズ・アース・バンドである。
彼らの最大の特徴は、クラシックやジャズの素養に裏打ちされたシンセサイザーの構築美と、他者の優れた楽曲を完全に自分たちの色へと染め上げる卓越したアレンジ能力にあった。
本作『The Roaring Silence』の制作直前、バンドは長年フロントマンを務めたミック・ロジャースの脱退という危機に直面する。しかし、マンフレッド・マンは新たにギタリストのデイヴ・フレットと、圧倒的な声量と表現力を備えたリード・ボーカリストのクリス・トンプソンを迎え入れた。この独創的なツイン・キーボード調の鍵盤ワークと、新メンバーによる都会的で鋭利なロック・サウンドの融合が、バンドに過去最高の化学反応をもたらすこととなった。
アルバム『静かなる叫び』の音楽的特徴
本作の完成度を決定づけている音楽的特徴は、主に以下の3点に集約される。
クラシックと現代ロックの精緻な融合
ストラヴィンスキーのバレエ組曲『火の鳥』やフランツ・シューベルトの『即興曲』といったクラシックのメロディをモチーフとして大胆に導入。プログレッシブ・ロック特有のシンフォニックなスケール感を保ちながらも、決して難解に陥らないモダンなロック・サウンドを構築している。
クリス・トンプソンのソウルフルなボーカル
新加入のクリス・トンプソンによる、ハスキーでありながら艶のあるエモーショナルなボーカルが、サウンドのコアとして機能している。彼の歌声が加わったことで、インストゥルメンタル偏重になりがちだったバンドの楽曲に強力なポップ・アイデンティティが注入された。
変幻自在のキーボード・ワークと洗練されたポップネス
マンフレッド・マンが操るミニ・モーグを中心としたシンセサイザーは、時にスペーシーに、時に鋭く楽曲を彩る。ポップスとしてのキャッチーなメロディ・ラインと、変拍子や複雑な展開が、一寸の無駄もなく同居している。
主要楽曲の分析
1. 光に目もくらみ(Blinded by the Light)
ブルース・スプリングスティーンのデビュー・アルバムに収録されていた原曲を、大胆なチョップ&ビルドによって全米1位へと押し上げた、ロック史に残るカヴァー・トラックである。冒頭のキャッチーなコーラス、クリス・トンプソンのダイナミックな歌唱、そして中盤で展開されるマンフレッド・マンの変拍子を交えたモーグ・シンセサイザーのソロが絶妙に絡み合い、7分を超える大作ながら一切の退屈を感じさせない。
2. イルカの歌(Singing the Dolphin Through)
インクレディブル・ストリング・バンドのマイク・ヘロンが手がけた楽曲のカヴァー。8分を超える本作最長のナンバーであり、静謐なアンビエント感と、徐々に熱を帯びていくドラマチックなシンフォニック・ロックの展開が美しい。バーバラ・トンプソンによるエモーショナルなサックス・ソロが、夜の帳を感じさせる神秘的な世界観を決定づけている。
3. スターバード(Starbird)
ストラヴィンスキーの『火の鳥』の旋律をメイン・モチーフに据えた、バンドのインストゥルメンタル精神が爆発する痛快なハード・プログレ・ナンバーである。目まぐるしく変わる展開の中で、デイヴ・フレットのソリッドなギター・ワークと、マンフレッド・マンの変幻自在なキーボードがスリリングなバトルを繰り広げる。
4. クエスチョンズ(Questions)
シューベルトの『即興曲 変ト長調(D899-3)』を美しく現代ロックへとアダプティブした名曲。クラシックの持つ哀愁と気品あるメロディ・ラインにクリス・トンプソンの切ない歌声が重なり、アルバムの終盤を飾るにふさわしい深い余韻を残す。
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