ロックの女王が挑んだ、あまりにも大胆な「原点回帰」
ベスト盤『ヒロイン』によって、70年代ウエストコースト・ロックの頂点を極めたリンダ・ロンシュタット。次なる80年代、彼女が向かったのは、さらなるスタジアム・ロックの狂熱ではなく、誰もが予想だにしなかった「古き良きアメリカのスタンダード・ポップス」の世界であった。
1983年発表の『What's New』を皮切りに、映画音楽やフランク・シナトラとの仕事で知られる巨匠ネルソン・リドル(Nelson Riddle)とタッグを組んで制作されたアルバム3部作(『What's New』『Lush Life』『For Sentimental Reasons』)。
当時、キャリアの絶頂にあったロック・シンガーが往年のジャズ・スタンダードを歌うことは、周囲から「商業的な自殺行為」とまで危惧された。しかし、結果としてこのプロジェクトは世界的な大ヒットを記録し、彼女のシンガーとしての格を決定づけることとなる。
ネルソン・リドルの魔術と、剥き出しになる「声」の芸術
この3部作の最大の聴きどころは、ポップスを知り尽くしたピーター・アッシャーのプロデュースのもと、ネルソン・リドルが施した極上のオーケストラ・アレンジメント、そして何よりもリンダの「生々しいまでの歌唱力」である。
エレクトリックな楽器が主流となりつつあった80年代初頭において、贅沢なフル・オーケストラの生演奏をバックに歌うことは、小細工の一切通じないボーカリストとしての真剣勝負を意味していた。
『What's New』(1983年):タイトル曲や「I've Got a Crush on You」に聴く、抑制されつつも内に情熱を秘めたボーカル。彼女の最大の特徴である「声の説得力」が、ドライなLAロックの響きから、豊潤なアコースティック空間へと見事に移植されている。
『Lush Life』(1984年):より深みを増した表現力で、ジャズの難曲に挑んだ第2弾。ネルソン・リドルのストリングスはどこまでも優美で、リンダの歌声に寄り添うようにドラマチックな空間を作り出している。
巨匠リドルは1985年にこの世を去るが、1986年の『For Sentimental Reasons』まで続いたこの3部作は、彼にとっても生涯の掉尾を飾る見事な仕事となった。
ジャンルの壁を溶かす「解釈力」の極み
前作『Living in the USA』で見せたウォーレン・ジヴォンやエルヴィス・コステロの解釈も見事であったが、このスタンダード達を前にしたリンダの解釈力はもはや神懸かっている。
彼女は決して「ジャズ・スタイル」を模倣しようとはしなかった。あくまでストレートに、メロディと言葉が持つ美しさを信じ、自らの豊かな声量と素直なフレージングで歌い上げている。
それまでのアルバム群が素晴らしかったからこそ、80年代を生きる瑞々しい「リンダ・ロンシュタットの音楽」として、ロック世代の若者たちの耳にも鮮烈に届いたんだと思う。
高音質CD or レコードでこそ味わいたい、至高のダイナミックレンジ
そして現在このアルバムをはじめとするネルソン・リドルとの3部作は、極めて優秀なリファレンス・ディスク(優秀録音盤)として、オーディオマニア界隈では知らない者のない有名録音となっている。
伝統的なマイク配置で録音された空気の振動をそのまま捉えたかのようなオーケストラのダイナミズム。そして、その中央に毅然と定位するリンダの温かいボーカル。
『Living in the USA』のタイトなエッジとはまた異なる、人間の声と生楽器が織りなす「最高の音響空間」がそこには広がっている。

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