村上春樹の新作予約がスタートしましたね。
いくつかの作品について、その時々の気持ちを記録してきた当ブログ。ここで一度、これまでのレビューを振り返って、村上作品が問いかけてきたものを整理してみたいと思います。
1. 運命への冷徹な視線と、その「相剋」
初期の短編「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」や『国境の南、太陽の西』において、運命というものに対してきわめて冷徹な視線を注いでいました。人はすれ違い、運命は成就しない。
しかし、その冷徹さは『1Q84』において大きな転換を迎えます。独立した一人称が自分自身の強さで時間と戦い、勝利する。近作においても繰り返し語られる「運命に抗うこと」がどう描かれるのか、注目したいところです。
2. 「父性」と「歴史」の継承
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』や『騎士団長殺し』の考察で重視してきたのが「父性」というテーマです。
- 多崎つくる: 経済成長を驀進した父の世代から、息子たちが何を引き継ぎ、何を「なかったこと」にしようとしているのか。
- 騎士団長殺し: 現代の父親が何を犠牲に捧げ、どのような未来を手に入れるのか。
村上作品が描く「父の視点」は、単なる家族の物語ではなく、日本の戦後史や暴力の記憶と密接に結びついています。
3. 21世紀的な「暴力」と「恐怖」
『1Q84』のレビューで触れた通り、オーウェルが描いた国家的な「ビッグ・ブラザー」に対し、物語は個人と地下世界を結ぶ「リトル・ピープル」を対置させました。これは誰しもの内側に潜む不可解な恐怖や暴力のメタファーでしょう。 『騎士団長殺し』での南京大虐殺や震災への言及も、フィクションという武器で現実と向き合おうとする試みなのかもしれません。
4. 喪失のあとの「希望」
短編集『女のいない男たち』や、映画化された『トニー滝谷』に通底していたのは、激しい喪失のあとに残るわずかな「希望」の光です。 「人生には、たまにはいいことだって起こっていいんじゃないか」という<祈り>にも似た通奏低音が、村上作品を追いかけ続けるモチーフになっています。
結びに代えて:新しい「巡礼」へ
村上作品を読むことは、私たち自身の心に棲む「リトル・ピープル」と対峙し、自分自身の「巡礼の年」を歩むことでもあります。
新作では、どのような「企み」で、この世界を書き換えようとするのか。心静かに待ちたいと思います。
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