1970年代後半から1980年代初頭にかけて、世界のロックシーンに強烈なインパクトを残したイギリスのバンド「JAPAN(ジャパン)」。彼らが解散直前の1982年に行ったラストツアーの模様を収めたライブアルバムが、1983年に発表された『Oil on Canvas(オイル・オン・キャンヴァス)』である。
単なる「ライブ盤」という枠には収まらない本作は、彼らのキャリアの掉尾を飾る記録であり、ベスト盤としても機能する究極の芸術作品だ。この記事では、JAPANとフロントマンであるデヴィッド・シルヴィアンのキャリアを振り返りつつ、本作の基本情報や主要楽曲の見どころを深く掘り下げていく。
グラムロックからニューウェーヴの先駆者へ:JAPANとデヴィッド・シルヴィアンの軌跡
JAPANを紐解く上で、バンドの核であるデヴィッド・シルヴィアン(David Sylvian)の存在は欠かせない。
初期:グラムロックの影響とビジュアルの衝撃
JAPANは1974年、デヴィッド・シルヴィアン(ボーカル・キーボード)、その実弟であるスティーヴ・ジャンセン(ドラム)、ミック・カーン(ベース)、リチャード・バルビエリ(キーボード)らを中心に結成された。 デビュー当初はデヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージック、ニューヨーク・ドールズといったグラムロックの強い影響下にあり、華やかなメイクと派手な衣装で注目を集めた。しかし、当時のイギリスの音楽メディアからは冷遇され、むしろルックスの美しさから日本で先行して爆発的な人気を獲得することになる。
中期~後期:独自のニューウェーヴ・サウンドの確立
バンドの転機となったのは、3作目のアルバム『Quiet Life』(1979年)である。プロデューサーにジョルジオ・モロダーらを迎え、シンセサイザーを大胆に取り入れたエレクトロ・ポップ、ニューウェーヴへと急接近した。デヴィッド・シルヴィアンの低く艶やかなバリトンボイス、ミック・カーンの唯一無二のうねるフレットレスベース、スティーヴ・ジャンセンのアジアンテイストを孕んだ精緻なドラミングが融合し、独自のオリエンタリズムと静謐な美学を確立させていく。
続く『Gentlemen Take Polaroids(孤独な影)』(1980年)、そして最高傑作と評される『Tin Drum(錻力の太鼓)』(1981年)では、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)などとも共鳴する、革新的なシンセ・ポップ/シンセ・フォークを展開。音楽的な評価も世界的に決定づけられたが、メンバー間の芸術的音楽性の乖離や人間関係の悪化により、人気の絶頂期であった1982年に解散を発表した。
ライブ盤『Oil on Canvas』の基本情報と特徴
『Oil on Canvas』は、JAPANのラストツアーより、1982年11月のロンドン・ハマースミス・オデオン公演を素材として収録された2枚組のアルバムである。
最大の特徴は、これが単なるライブの記録にとどまらない「ハイブリッドな芸術作品」である点だ。 実際には、完全な一発録りのライブ音源ではなく、スタジオでの緻密なオーバーダビング(追加録音)や再編集が施されている。さらに、デヴィッド・シルヴィアンや他のメンバーによる書き下ろしのスタジオ録音インストゥルメンタル曲が随所に挿入されており、アルバム全体がひとつの展覧会(Canvas)のような美意識で統率されている。
また、このラストツアーには、日本人ギタリストの土屋昌巳(一風堂)がサポートミュージシャンとして参加しており、彼のシャープなギターワークがバンドのアンサンブルに絶妙な緊張感と「熱」をもたらしている点も見逃せない。
『Oil on Canvas』の主要楽曲解説
スタジオテイクの精緻さを保ちながら、ライブならではのダイナミズムが融合した本作から、特に重要な主要楽曲を紹介する。
Oil on Canvas
アルバムのオープニングを飾る、デヴィッド・シルヴィアンが手がけたスタジオ録音のインストゥルメンタル曲である。ピアノとストリングスが織りなすアンビエントで静謐な空気感が、聴き手を一気にJAPANの後期特有の美学的な世界へと引きずり込んでいく。
Sons of Pioneers
実質的なライブ演奏のスタートを告げる楽曲である。ミック・カーンの代名詞とも言える地を這うようなフレットレスベースと、スティーヴ・ジャンセンのプリミティブでありながら正確無比なドラムが絡み合い、妖艶で呪術的なグルーヴを作り出している。
Ghosts
アルバム『Tin Drum』からのシングルカットであり、全英チャート5位を記録したバンド最大のヒット曲である。ポップソングの常識を覆すような、リズム楽器をほぼ排除した実験的なエレクトロ・ミニマリズムが特徴。暗闇に揺らめくようなデヴィッドのボーカルが、ライブ空間で見事な緊張感をもって再現されている。
Nightporter
エリック・サティの楽曲を思わせるクラシカルなピアノの旋律が印象的な名曲。本作に収録されているバージョンは、単なるライブ録音ではなく、スタジオでリ・レコーディング(再録音)されたテイクがベースになっている。バンドの持つ耽美主義が極限まで高められた極上のバラードである。
Quiet Life
バンドの音楽的転換点となった、初期から中期を代表するダンサブルなニューウェーヴ・アンセムである。シンセサイザーのきらびやかなシーケンスと、土屋昌巳のギターが加わったエッジの効いたライブ演奏により、スタジオ盤以上に躍動感とモダンな熱量を感じさせるテイクに仕上がっている。
The Art of Parties
ファンク要素をJAPAN流のアヴァンギャルドなポップスへと昇華させた楽曲である。全編を通して炸裂するパーカッション、うねるベース、そしてアグレッシブな演奏は、彼らが決して「静寂」だけのバンドではなく、強靭なグルーヴを持ったライブバンドであったことを証明している。
JAPANというアートの美しい結晶
美しきフロントマン、デヴィッド・シルヴィアン率いるJAPANは、そのビジュアルの華やかさで時代を席巻しただけでなく、極めて独創的で高彩度な音楽性を提示した唯一無二のバンドであった。
その終着点となった『Oil on Canvas』は、彼らが駆け抜けた歴史を総括するベスト盤的価値を持ちながら、一枚の絵画(キャンヴァス)のように完成された美しさを放ち続けている。YMOなどのテクノポップ、ニューウェーヴ、あるいはアンビエント・ミュージックのファンであれば、絶対に素通りできない歴史的名盤である。

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