2026年5月30日土曜日

【徹底分析】エリック・クラプトン『I Still Do』が示す、名匠グリン・ジョンズとの円熟と伝統回帰という名の進化

アルバム『I Still Do』について

2016年にリリースされたエリック・クラプトンの通算23作目となるスタジオ・アルバム『I Still Do』。



本作は、1970年代のクラプトンの黄金期を支えたプロデューサー、グリン・ジョンズ(Glyn Johns)と約40年ぶりにタッグを組んだ作品であり、彼のアナログ・レコーディングへのこだわりと、ルーツ音楽への原点回帰が色濃く反映された重要作である。

ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド』のジャケットを手がけたピーター・ブレイク(Peter Blake)の手による印象的な肖像画のジャケットに包まれた本作は、2枚組のアナログ盤としてもリリースされ、コアなオーディオファンやレコードコレクターの間でも高い評価を得た。


エリック・クラプトンという「巨人」のルーツ

エリック・クラプトンは、1960年代のヤードバーズ、ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ、クリーム、デレク・アンド・ザ・ドミノスといった伝説的バンドを経て、ソロへと転向した。80年代から90年代にかけては、よりポップで洗練されたブルース・ロックを展開し商業的成功を収める一方、2000年代以降は自身のルーツであるブルースやフォーク、カントリーといったアメリカン・ルーツ・ミュージックへの傾倒を強め、パーソナルで成熟した作風へとシフトしていった。

本作『I Still Do』は、そうした00年代以降の成熟の延長線上にありながらも、グリン・ジョンズの手腕によって、より生々しく、無駄を削ぎ落としたオーガニックなサウンドへと昇華されている。


抑制されたトーンとアナログの質感

本作の最大の音楽的特徴は、「引き算の美学」と「スタジオの空気感」である。 デジタル編集に頼らない一発録りを基本としたレコーディングスタイルにより、各楽器の分離感と、アンサンブルが持つ自然なダイナミクスが担保されている。

クラプトンのボーカルとしなやかなギターワークは、かつてのような爆発的なエネルギーではないものの、枯淡の境地を感じさせる深い味わいを持つ。ヴィンテージなアコースティック・ブルースから、レゲエ調の軽快なリズム、アーシーなロックまで、ジャンルを横断しながらも一貫した「大人のレイドバック・サウンド」が構築されている。


主要楽曲

1. 『I Will Be There』:ハリスン風味の哀愁とミステリー

本作の中で最も話題を呼んだ楽曲の一つが、J.J.ケイルのカバーなどではなく、ポール・ブレイディのカヴァーである『I Will Be There』だ。 イントロから炸裂するスライド・ギターのアプローチは、かつての盟友ジョージ・ハリスンを強く彷彿とさせる。クレジットに「Angelo Mysterioso」(過去にハリスンがクラプトンの作品に参加した際に使用した変名)という名が記載されていたことから、生前の未発表音源のサンプリング、あるいは追悼の意を込めた演出として、楽曲に深い哀愁と多層的な文脈を与えている。

2. ボブ・ディランのカバー:『I Confound You』

ボブ・ディランの楽曲『I Confound You』のカバーでは、クラプトンのルーツであるアメリカン・フォーク/ロックへの敬意がストレートに表現されている。原曲の持つザラついた詩の世界観を、クラプトンは自身の抑制されたスモーキーなボーカルで解釈し、過度な装飾を排した渋いブルース・ナンバーへと仕立て上げている。

3. 伝統的ブルースの再解釈:『Spiral』やカヴァー群

アルバムの幕を開けるリロイ・カーの『Alabama Woman Blues』や、オリジナル曲の『Spiral』では、彼が人生を捧げてきたブルースへの忠誠が示されている。全盛期のようなマシンガンのごとき速弾きはない。しかし、1音のタメ、ビブラートの深さ、チョーキングのタイミングといったディテールに、半世紀以上のキャリアが凝縮されている。


総評:分析的視点から見る『I Still Do』

『I Still Do』は、エリック・クラプトンというギタリストが「今なお(I Still Do)」ブルースやルーツ・ミュージックに対して現役であり、自らの音楽的アイデンティティを更新し続けていることを証明した作品である。

グリン・ジョンズとの邂逅がもたらした緊迫感のあるアナログ・サウンドと、細部までコントロールされたアンサンブルを精聴すれば、本作が彼の2010年代のキャリアにおいて極めて高い完成度を誇る名盤であると言わざるを得まい。

 

I STILL DO
B01D42GJUA

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