エリック・クラプトンという「孤高のギタリスト」の軌跡
1960年代、ヤードバーズやクリーム、デレク・アンド・ザ・ドミノスといった伝説的バンドを渡り歩き、「ギターの神」と称されたエリック・クラプトン。しかし、1970年代前半の彼は、重度の薬物依存による数年間の隠遁生活を余儀なくされていた。
1974年の『461 Ocean Boulevard』での劇的なカムバック以降、クラプトンはかつての「ハードに弾きまくるギタリスト」のイメージから脱却を図る。ボブ・マーリーのカバー「I Shot the Sheriff」のヒットに代表されるように、レゲエやレイドバックしたサザン・ロックのエッセンスを取り入れ、シンガーソングライターとしての成熟を模索していた時期の系譜に、本作『No Reason To Cry』は位置する。
『No Reason To Cry』の音楽的特徴:ザ・バンドによる「乗っ取り」とルーツへの回帰
1976年にリリースされた本作の最大の特徴は、レコーディングがザ・バンドのプライベートスタジオ「シャングリラ・スタジオ」で行われ、彼らが全面バックアップしている点にある。ボブ・ディラン、ロニー・ウッド、ジョージ・ハリスンといった豪華ゲストも名をつらねているが、アルバムの基調を決定づけたのは間違いなくザ・バンドである。
前作『安息の地を求めて』で見せたレゲエ調のアプローチから一転し、本作では泥臭いアメリカン・ルーツ・ロック、ブルース、カントリーの色彩が濃厚となった。しかし、これがクラプトン自身の主導によるものかといえば、一概にそうとは言えない。アルバム全体に漂うのは、クラプトンのソロ作というよりも「ザ・バンドのセッションにクラプトンがゲスト参加した」かのような奇妙な空気感である。良く言えばリラックスしたレイドバック、批評的に見れば主客が転倒した曖昧なパワーバランスが、本作の音楽的構造をユニークなものにしている。
主要楽曲の分析
1. 「Beautiful Thing」
ザ・バンドのリック・ダンコとリチャード・マニュエルがソングライティングを手掛けた楽曲。リック・ダンコ特有の、哀愁を帯びつつも力強いヴォーカル・スタイルとソングライティングの個性が前面に出ており、クラプトンの影は薄い。ザ・バンドの音楽性に深く私淑するリスナーにとっては極めてクオリティの高いルーツ・ロックとして響くが、クラプトンのソロとしてのエッジを期待すると肩透かしを食う構成と言える。
2. 「Sign Language」
ボブ・ディランが書き下ろし、ヴォーカル・デュエットとしても参加した話題曲。ディランの持つ独特の言葉のグルーヴと変則的なメロディラインに対し、クラプトンが丁寧に寄り添う形をとっている。クラプトンのギタリストとしてのエゴは抑え込まれており、ディランという巨大な個性の前で、彼がいかに優れた「触媒」であり「サポーター」であるかを証明する楽曲となっている。
3. 「Double Trouble」
オーティス・ラッシュのカバーであるブルース・ナンバー。豪華なゲスト陣に囲まれ、ルーツ・ミュージックの迷宮に迷い込みかけていた本作において、クラプトンが明確に「己の出自」を示した瞬間である。ここでのギターソロとヴォーカルには、自身のルーツであるブルースに対する確固たる自信とエモーショナルな熱量が宿っており、アルバム全体の散漫な印象を引き締める役割を果たしている。
本作の批評的評価:『スローハンド』へと繋がる過渡期の記録
『No Reason To Cry』は、傑作としての評価を確立している次作『Slowhand』(1977年)へと繋がる重要な過渡期の盤である。
本作において、ザ・バンドやディランといったアメリカの豊潤なルーツ・ミュージックの洗礼を徹底的に浴びたことは、クラプトンから「全英的なブルース・ロック・スター」の虚飾を完全に剥ぎ取る結果となった。ここで他者の個性にまみれながら模索した「大人のレイドバック・サウンド」は、次作においてクラプトン自身のポップ・センスと融合し、より洗練された形で結実することになる。

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