2022年12月27日火曜日

【決定版】アラン・パーソンズ・プロジェクト『VULTURE CULTURE』レビュー:80年代ポップスと完璧主義が融合した隠れた名盤

1980年代半ば、プログレッシブ・ロックの枠を超え、洗練されたポップ・サウンドへと進化したTHE ALAN PARSONS PROJECT(アラン・パーソンズ・プロジェクト)。その8作目となるアルバム『VULTURE CULTURE(ヴァルチャー・カルチャー)』は、過度なスタジオワークを削ぎ落とした、端正で明快なシンセ・ロックが魅力の一枚です。



本記事では、本作の音楽的背景や、プロデューサー主導のプロジェクトとしての重要性を深掘りします。


1. 『VULTURE CULTURE』とは?:ポップ路線の極致

前作『Ammonia Avenue』の流れを汲み、1985年にリリースされた本作。APP最大の特徴である「コンセプト・アルバム」としての深みを保ちつつも、シングルカットを意識したキャッチーなメロディが際立っています。


  • リリース年: 1985年

  • 特徴: 従来の壮大なオーケストレーションを抑え、エレクトロニックな質感を重視したサウンド。

  • 聴きどころ: 職人的なエンジニアリング技術による、濁りのないクリアな音像。


2. プロデューサーが「主役」の時代:天辰保文氏の考察から

音楽評論家の天辰保文氏がライナーノーツで指摘するように、アラン・パーソンズは単なるエンジニアではなく、「プロデューサー主導のプロジェクト」の先駆者です。


  • クロスオーバーの体現: トレヴァー・ホーンやジョルジオ・モロダー、ブライアン・イーノらと並び、録音技術そのものを「表現」へと昇華させました。
  • 時代との合致: 1980年代のニュー・ウェイヴやビデオ・ミュージックの台頭という文脈において、彼らの緻密な音作りは、新しいポップ音楽のコンセプトを提示していました。
  • Point: プロデューサーの職人的手腕から「新しいコンセプト」を感じ取れるか。それは聴き手の感性に委ねられた、音楽的な挑戦でもありました。


3. アルバムを彩る名曲たち

本作を象徴するトラックをいくつか紹介します。


  • 「Let’s Talk About Me」: 現代社会の自己中心的な側面を揶揄したようなテーマと、軽快なビートが融合した名曲。
  • 「Days Are Numbers (The Traveller)」: APPらしい哀愁漂うメロディが美しいバラード。
  • 「Vulture Culture」: アルバムタイトル曲。当時の消費社会への鋭い視線を感じさせます。


まとめ:今こそ聴き直したいシンセ・ロックの結晶

『VULTURE CULTURE』は、アラン・パーソンズとエリック・ウルフソンの黄金コンビが生み出した、極めて完成度の高いポップ・アルバムです。


「凝ったスタジオワーク」というレッテルを超えて、今聴いても古びない「端正で明快なロック」がここにはあります。レコード棚からこの一枚を取り出し、当時の空気感と、計算し尽くされた音の美学に浸ってみてはいかがでしょうか。

Vulture Culture
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2022年12月26日月曜日

村上春樹訳で、艶っぽく仕上がった文芸ミステリの傑作『「グレート・ギャツビー」を追え』

ジョン・グリシャムが放つ異色の文芸ミステリ『「グレート・ギャツビー」を追え』(原題:Camino Island)の文庫版を手に取った。

「リーガル・サスペンスの巨匠」と「日本を代表する世界的作家」という、一見すると意外な組み合わせが生み出した本作は、本を愛するすべての者に捧げられた極上のエンターテインメントである。単行本発刊時から注目していたが、文庫化によってその魅力はさらに手に取りやすいものとなった。

巨匠グリシャムの新たな一面と、村上春樹の翻訳マジックが融合した本作の魅力を、背景知識とともに紐解いていく。

 


リーガル・サスペンスの巨匠ジョン・グリシャムの「新境地」

弁護士からベストセラー作家への経歴と代表作

著者であるジョン・グリシャムは、元弁護士でありミシシッピ州の下院議員も務めた異色の経歴を持つ。1989年に『評決のとき』でデビューし、続く第2作『法律事務所』が世界的ベストセラーとなって映画化(トム・クルーズ主演)されたことで、一躍スター作家の地位を確立した。

その後も『ペリカン文書』や『依頼人』など、自身の法律知識をフルに活かした「リーガル・サスペンス」の傑作を連発し、1990年代には全米1位のベストセラー作家として君臨し続けた。

法廷を飛び出し「書物の世界」を描いた本作

いつもは重厚な法廷闘争や巨大な陰謀を描くグリシャムだが、本作『「グレート・ギャツビー」を追え』では、法廷を完全に飛び出している。

舞台は、プリンストン大学の図書館からF・スコット・フィッツジェラルドの直筆原稿(時価数十億円)が盗まれるという大胆な犯行から始まる。物語の軸となるのは、フロリダの美しいリゾート地「カミーノ・アイランド」で独自のコミュニティを築く書店経営者と、スランプに陥った若き女性作家である。

書店経営者の羨ましすぎる生き方、才能はあるが運に恵まれない作家、書き割りのような悪者たち、そして例によって無能ゆえに高飛車になる役人たち――。すべての登場人物が正しく役割を果たして、物語は大団円へと向かう。グリシャムの一級品のストーリーテリングは、法廷の外でも健在である。


翻訳者・村上春樹がもたらした「ハルキズム」の魔法

レイモンド・カーヴァーやフィッツジェラルドを日本に紹介した実績

訳者を務めた村上春樹は、自身の創作活動と並行して、精力的に海外文学の翻訳を行ってきた。レイモンド・カーヴァーの全訳や、J・D・サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の新訳、そして何より本作のタイトルにもなっているF・スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』の翻訳など、日本の翻訳文学界に多大な貢献を果たしている。

村上自身、ポーランドの書店で偶然この本に出会い、読み出したら止まらなくなったという。彼を惹きつけたのは、物語の根底にある「本と作家への愛」に他ならない。

本作で機能する「村上春樹独特の空気感」

村上訳であることが、この作品の価値を一段と高めている。読者や書評の多くが指摘するように、訳文のテンポには心地よい「ハルキズム」が感じられる。

特に、ファンならお馴染みの「独特な性描写や男女の機微」は、本作でも良い塩梅で機能している。男前のオーナーである書店主ブルース・ケーブルと、スランプ中の作家マーサー・マンとの間で交わされるスパイ物語らしい色っぽいやりとりは、村上の筆によってよりゴージャスで艶っぽい大人の雰囲気に仕上がっている。


世評と読者の反応:本を愛する人々への賛歌

本作に対する世間の評価は非常に高いようだ。読書メーターなどの書評コミュニティでは、以下のような声が多く寄せられている。

「久しぶりにページをめくる手が止まらない、極上のページターナー小説を味わった」

「泥臭い犯罪小説のはずなのに、全体にユーモアとお洒落な空気が漂っている」

「古本集め、本屋、作家――とにかく本にまつわることが好きな人にはたまらない設定」

単なる犯人探しのミステリとして見ると、後半の展開に「もっとスリリングなサスペンスを期待していた」という声も一部にはある。しかし、本作の本質はそこではない。ブック・コレクターの世界、アメリカならではの都市の孤独、そして本を愛する風変わりな人々が織りなす「空気感」を楽しむ文芸小説なのである。


まさに「途中でやめられない」極上の読書体験

『「グレート・ギャツビー」を追え』は、ジョン・グリシャムの緻密なプロット構築力と、村上春樹の理知的でノリの良い文体が完璧に噛み合った傑作である。

「本」というお宝を巡るハラハラ感と、リゾート地に流れる優雅で少し退屈な時間が同居する世界観は、一度ページを開けば途中でやめることは困難である。読書の秋、あるいは週末の贅沢な時間に、ぜひじっくりとページをたぐってみてほしい。


「グレート・ギャツビー」を追え (中公文庫 む 4-13)
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2022年12月20日火曜日

【名盤レビュー】アラン・パーソンズ・プロジェクト『アンモニア・アヴェニュー』:YOASOBIのルーツを探るポップなコンセプト盤

アビイ・ロード・スタジオのエンジニアとして、ビートルズ(The Beatles)の『Abbey Road』やピンク・フロイド(Pink Floyd)の『狂気』を手掛けた伝説的エンジニア、アラン・パーソンズ。

彼とエリック・ウールフソンによるユニット「アラン・パーソンズ・プロジェクト(The Alan Parsons Project / APP)」の代表作といえば、1984年リリースの『アンモニア・アヴェニュー(Ammonia Avenue)』は外せません。今回は、プログレッシブ・ロックの緻密さと、極上のポップ・センスが融合した本作の魅力を深掘りします。



1. プログレの枠を超えた「YOASOBI」的アプローチ

APPの活動の原点は、エドガー・アラン・ポーをテーマにした『怪奇と幻想の物語』にあります。「物語を音楽にする」というその手法は、現代でいえばYOASOBIのようなプロジェクトの遠い祖先と言えるかもしれません。

本作『アンモニア・アヴェニュー』もまた、産業社会や科学への皮肉を込めたコンセプト・アルバムですが、その内容は決して難解ではありません。むしろ、コンセプトを「音の聴きやすさ」へと見事に昇華させています。

 

2. 珠玉の名曲ピックアップ

「Don't Answer Me」— フィル・スペクターへの完璧な回答

本作のハイライトは、なんといっても「Don't Answer Me」でしょう。 この曲は、かつてのフィル・スペクターが確立した「ウォール・オブ・サウンド(音の壁)」を80年代の技術で再構築したような、極上のポップ・チューンです。一度聴けば耳を離れないメロディと、厚みのあるサウンド・レイヤーは、ポップス史に残る名曲と言っても過言ではありません。

「Since The Last Goodbye」— ビートルズの香りを纏って

アルバムの流れの中でハッとさせられるのが、この曲。イントロから漂うビートルズのエッセンスは、アラン・パーソンズが実際に彼らと同じスタジオで空気を吸っていたからこそ表現できる「本物」の質感です。

3. オーディオ・ファイルとしての楽しみ

エンジニア出身のプロジェクトだけあって、アナログレコードで聴くそのサウンドは非常にクリアで立体的です。

  • 低域の解像度:80年代特有のタイトなドラム。
  • 空間表現:シンセサイザーと生楽器が混ざり合う、奥行きのあるステージ感。

特にタイトルトラックの「Ammonia Avenue」における壮大な展開は、オーディオ・システムのチェックにも最適なクオリティを誇ります。

まとめ:今こそ聴き直したい80'sポップスの傑作

『アンモニア・アヴェニュー』は、難解なプログレのイメージを覆し、誰の耳にも心地よく届く「究極のポップ・アルバム」です。

ビートルズ・ファン、良質な80年代ポップスを探している方、そしてサウンド・プロダクションの細部までこだわりたいオーディオ・ファンまで。レコード棚の奥から引っ張り出す、あるいはサブスクのプレイリストに加える価値のある一枚です。


Ammonia Avenue
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2022年12月19日月曜日

『LOST IN LOVE』前夜の輝き | エア・サプライ、豪州デビュー盤の意外な横顔

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「エア・サプライ」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、あのどこまでも突き抜けるようなハイトーンボイスと、甘く切ないバラードの世界だろう。1980年に「Lost in Love」が全米で大ヒットし、一躍AOR界の頂点へと駆け上がった彼らだが、その成功の影には、母国オーストラリアで育まれた「もうひとつの原点」があった。


手元にあるのは、彼らが1976年に発表したセルフタイトルのデビューアルバム『AIR SUPPLY』(邦題:ストレンジャーズ・イン・ラヴ)。80年の全米進出後に再発された盤ということもあり、ファンにとっても興味深い一枚だろう。


爽やかなイメージを覆す「ディスコ」と「躍動感」

針を落として驚いたのは、後年の「バラードの貴公子」という固定観念を心地よく裏切ってくれる、その音楽性の幅広さだ。

  • 意外なディスコ・グルーヴ

80年代の彼らからは想像もつかないような、当時流行の兆しを見せていたディスコ・ビートを取り入れた楽曲。

  • グラハム・ラッセルの音楽的野心

今もなおバンドを支え続ける中心人物、グラハム・ラッセルの若き日の才気が溢れている。甘さの中にも、どこかロックのダイナミズムや、豪州の開放的な空気感が混ざり合っているのが新鮮だ。

 邦題と推し曲のミステリー

アルバムの邦題は『ストレンジャーズ・イン・ラヴ』。ジャケットにも大きくそのタイトルが冠されているため、てっきりこの曲がメインなのかと思いきや、当時のシングルカットは別の曲だったというのも面白いエピソードだ。

そのシングル曲「Love and Other Bruises」を聴いてみると、これがなかなかの佳曲。

後年の洗練されたAORスタイルへと繋がる瑞々しいメロディラインが、すでにこの時点で完成されていたことを物語っている。


結びとして:名盤のルーツを辿る旅

現在は残念ながらCDでの入手は難しいようだが、レコードの溝から流れてくる1976年の彼らの歌声は、決して古びてはいない。

小4でベイ・シティ・ローラーズに熱狂し、中1で甲斐バンドや佐野元春に出会ってきた自分にとって、こうした「名盤のルーツ」を辿る時間は、まさに至福のひとときであった。

「Lost in Love」で世界を席巻する4年前、オーストラリアの海風を感じさせるような彼らの初期衝動、大好物でございます。

2022年12月18日日曜日

一筋縄でいかない恋の行方に翻弄されたい:『十二月の辞書 / 早瀬耕』

早瀬耕の新作『十二月の辞書』が出た。
 
 
『未必のマクベス』という作品が大好きで、SNSでベタ褒めしてたら、それがご縁で筆者と繋がり、同年代で予備校が一緒だとわかった。
それ以来追いかけるように著書を読んでいる。
 
本作はデビュー作『グリフォンズ・ガーデン』の世界の物語。
続編『プラネタリウムの外側』を読んでいた方が作中の人間関係が理解しやすいだろう。
 
 
 
早瀬作品の常だが、日常生活では滅多にお目にかからない難解な言葉が頻出するので、度々ネット検索しながら読むことになる。
 
そして、そのような読み方そのものが本書のメインギミックに直結していて、読者は筆者の掌で弄ばれるが、もちろんそれは主題ではない。
 
そんなことがまったく厭わしくないほど、一筋縄でいかない恋の行方に、おいおいと思ったり、こらこらと思ったりで翻弄される。
 
その翻弄がとても楽しい、不思議な読書体験だ。

『オメガ城の惨劇』が炙り出す、森ミステリ最大の「ミッシング・リンク」|S&MとV、交錯する血脈の系譜

森博嗣の伝説的デビュー作『すべてがFになる』から始まった「S&Mシリーズ」。そして、その過去の時代を描く「Vシリーズ」。この2つの世界線が、「同じ世界の話」というレベルを超え、驚愕の人間関係(血縁・因縁)で結ばれていることは、コアなファンの間ではもはや周知の事実であり、同時に最大のエンターテインメントでもあります。

2022年に発表された『オメガ城の惨劇 SAIKAWA Sohei's Last Case』の帯には、往年のファンを震わせる「『F』の衝撃、再び。」という文字が躍りました。



しかし、実際に本作を読んだ者が味わう真の「衝撃」の在処は、単なる密室トリックの再現ではなく、「S&MとVシリーズの登場人物の人間関係について、極めて踏み込んだ情報(答え合わせ)を提示してくれている点」にこそあります。

今回は、この『オメガ城の惨劇』のレビューを交えつつ、読者を五里霧中に陥れる「S&M×Vシリーズ」の意外すぎる人間関係の核に迫ります。


1. 露骨に明示されないからこそ狂おしい「血脈のリンク」

森ミステリの真骨頂は、作中で「AとBは実は親子である」といった解説がほとんどなされない点にあります。作中の登場人物たちの年齢、仕草、名前のアナグラム、あるいはふと漏らした一言といった「無数の断片」を、読者自身がパズルのように組み立てて初めて、その異常な関係性が浮かび上がるシステムになっているのです。

その最たる例が、Vシリーズの主人公・瀬在丸紅子(せざいまる べにこ)を取り巻く血縁です。

瀬在丸紅子と「あの天才」の影

Vシリーズを読み解いていくと、瀬在丸紅子と元夫・保呂草潤平(ほろくさ じゅんぺい)、そしてその周辺の人間関係から、S&Mシリーズに登場する「世紀の天才・真賀田四季(まがた しき)」や「西之園萌絵(にしのその もえ)」へと繋がる、あまりにも濃密な血の繋がりが示唆されます。

誰と誰が結ばれ、誰が誰の親なのか――。タイムラインを整理してマニアたちの考察サイトを覗いたとき、私たちは鳥肌を立てることになります。「あの時、紅子が抱いていた赤ん坊は、のちの……」と気付いた瞬間、作品の風景は一変します。


2. 『オメガ城の惨劇』がもたらした「答え合わせ」の衝撃

長年、ファンは作品に散りばめられたヒントから「おそらくこういう関係だろう」と推測(考察)するしかありませんでした。しかし、犀川創平の「最後の事件」と銘打たれた『オメガ城の惨劇』は、その霧を鮮やかに、そして残酷なほど美しく晴らしてみせました。

本作は、孤島に建つ「オメガ城」に集められた人々が、かつて『すべてがFになる』で起きた事件を模したかのような惨劇に巻き込まれていく物語です。

「F」の衝撃とは違う、人間関係のダイナミズム

本作における最大のカタルシスは、トリックそのものよりも、「かつてVシリーズやS&Mシリーズの背後にいた『あの人物たち』が、今どのような関係性で、どう生きているか」が犀川創平の視点(あるいは物語の構造)を通して浮き彫りになる点にあります。

読者たちが「困ったもんだ・・ここに来てこんなの読まされたら、あの膨大なシリーズをもう一回読んじゃうじゃないか」と悶絶してしまうのは、まさにこのためです。

『オメガ城』での事実を知った上で、もう一度『すべてがFになる』やVシリーズの第1作『黒猫の三角』に戻ると、登場人物たちの何気ない会話の重みが全く変わってしまうのです。


3. 再読で変わる、森ミステリという「巨大な迷宮」の面白さ

森博嗣作品は、1度目は「優れた理系ミステリ」として楽しめます。しかし、2度目は「張り巡らされた人間関係の伏線を回収する年代記(クロニクル)」として、全く別の興奮を味わうことができます。

1周目: 犀川と萌絵の小気味いい掛け合いや、紅子たちのスタイリッシュな謎解きに魅了される。

2周目(『オメガ城』以降): 「この時、このキャラクターが裏で動いていた理由はこれか!」「この二人の会話は、実の親子(あるいは兄妹)としてのスタンスだったのか」という、裏のドラマに涙する。

『オメガ城の惨劇』は、まさにその膨大な迷宮の「出口」であり、同時に「入り口」へと読者を送り返す永久機関のような傑作です。

オメガ城の惨劇 SAIKAWA Sohei’s Last Case (講談社ノベルス)
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キャラクター・ミステリの枠を遥かに超え、数十年規模の時間をかけて紡がれた登場人物たちの「意外な関係性」。その全貌を知るための鍵は、すべてこのオメガ城に眠っています。未読の方はもちろん、かつてシリーズを追っていた方も、今こそこの「甘美な底なし沼」へ再び足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。

 

 


パンクの嵐と、崩壊寸前の美学 | 1977年のエアロスミス『Draw The Line』

1977年。今振り返れば、この年はロック史における大きな「分水嶺」だった。

イギリスではセックス・ピストルズが『勝手にしやがれ』を叩きつけ、パンク・ロックの嵐が吹き荒れていた。それまでのスタジアム・ロックを「オールド・ウェーブ」と切り捨てるような、殺伐とした、けれど刺激的な時代の空気。

当時、小学6年生だった僕の周りでも、その熱気は形を変えて存在していた。クラスは「BCR(ベイ・シティ・ローラーズ)派」、「QUEEN派」、そして「AEROSMITH派」の三つ巴。

僕はといえば、ゴリゴリのBCR派。エアロかクイーンかと問われれば、迷わずクイーンの端正な美しさを選ぶような子供だった。

アメリカの頂点に立った「トキシック・ツインズ」

当時のAEROSMITH(エアロスミス)は、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

ボストンから現れた彼らは、1975年の『Toys in the Attic(闇夜のヘヴィ・ロック)』と翌年の傑作『Rocks』で、アメリカにおけるハードロックの覇権を完全に掌握していた。

スティーヴン・タイラーとジョー・ペリー。この「トキシック・ツインズ(毒なふたり)」が放つワイルドで退廃的なオーラは、当時の日本でも不良っぽさに憧れる少年たちの心を強く捉えていたように思う。


一線を踏み越える瞬間の「危うさ」

そんな彼らが、バンド内の不和や薬物問題という深刻なトラブルに直面しながら作り上げたのが、5枚目のアルバム『Draw The Line』だ。



正直に言えば、大ヒット曲「Walk This Way」のような明快なキャッチーさを求めて聴くと、少し戸惑うかもしれない。しかし、このアルバムを特別なものにしているのは、スティーヴン・タイラーの圧倒的な存在感だ。

喉を掻き切るようなシャウト、地を這うようなグルーヴ。崩壊寸前のバンドが放つ、ヒリヒリとした緊張感が盤面に刻まれている。


凡百のバンドではない証明:名曲「Kings and Queens」

中でも、B面の1曲目を飾る「Kings and Queens」を聴いてほしい。

ここで彼らが見せる叙情的な世界観はどうだろう。中世の騎士道を思わせる壮大なスケール感は、ハードロックの枠を超え、どこかLed ZeppelinやQUEENの持つドラマチックな美学に通じている。

この曲の存在こそが、エアロが単なる凡百のロックンロール・バンドではないことの証明なんだと、改めて今、レコードに針を落として確信する。

当時の僕がクイーンに感じていたような「格式」や、プログレッシブな実験精神が、ここには確かに宿っている。


時代を越えて響く「一線」

アルバムタイトル『Draw The Line』は、直訳すれば「一線を引く」。

パンクという新しい波に飲み込まれるのか、それとも自らの内側から崩壊するのか。そんな極限状態の中で彼らが引いた「一線」は、45年以上経った今もなお、凄まじい熱量を持ってスピーカーから溢れ出してくる。

かつてクラスメイトと競い合った「派閥」は思懐かしい思い出だが、今はただスティーヴンの叫びを聴きながら、あの1977年の熱い空気に思いを馳せる時間が、今はたまらなく愛おしい。



ドロー・ザ・ライン (限定盤)(SHM-CD)
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2022年12月17日土曜日

【名盤レビュー】ハードロックからアーバンAORへ|『Sweet Vendetta』が今なお色褪せない理由

「このギタリストが、まさかこんな音を鳴らすなんて」

レコードをターンテーブルに乗せた瞬間、そんな心地よい裏切りに遭うことがある。今回棚から取り出したのは、エイドリアン・ガーヴィッツが1979年に放ったソロ名作、『Sweet Vendetta(甘い復讐)』だ。



 ハードロックの猛者が辿り着いた「洗練」

エイドリアン・ガーヴィッツの名を聞いて、伝説のドラマー、ジンジャー・ベイカー率いる「ベイカー・ガーヴィッツ・アーミー」を思い出す人は、筋金入りのロック・ファンだろう。

プログレ系ハードロックの荒波にいた彼が、一転してアーバンなAORの世界へ舵を切ったのが本作である。1978年にローリング・ストーンズが『女たち(Some Girls)』でディスコへの回答を示したが、本作はそれとはまた違う、「ディスコとAORの最大公約数」を鮮やかに射抜いたサウンドが特徴だ。

TOTOの精鋭たちが創り出した「鉄壁のグルーヴ」

このアルバムのクオリティを担保しているのは、バックを固める超豪華なミュージシャンたちだ。

  • ジェフ・ポーカロ / スティーヴ・ポーカロ(Drums / Keyboards)
  • デヴィッド・ペイチ(Keyboards)
  • デヴィッド・ハンゲイト(Bass)


まさに全盛期のTOTOの面々である。

エイドリアン自身も、ここでは技巧派リードギターをあえて封印気味にし、ファルセットを多用したボーカリストとして振る舞っている。彼らが生み出すタイトで粘り気のあるリズムは、今聴いても全く色褪せることがない。

舞台裏の記憶

余談だが、本作のライナーノーツを担当された湯川れい子先生とは、かつて仕事でロサンゼルスやラスベガスをご一緒したことがある。当時、外界との接触を絶っていたセリーヌ・ディオンの楽屋をさらりと訪問される先生の姿を見て、大物ミュージシャンたちとの絆の深さを肌で感じたものだ。そんな先生が「ジェフ・ポーカロと電話で話した」と記すライナーを読み返すと、当時のシーンの熱量が伝わってくる。

【音楽理論的考察】AOR的な「甘い罠」の構造

本作のタイトル曲やリード曲に見られるのは、緻密に計算されたコード・ヴォイシングだ。

  • テンション・コードの多用

ハードロック時代のストレートなパワーコード($1$度と$5$度)から脱却し、メジャーセブンス($M7$)やナインス($9th$)を多用することで、都会的な「翳り」と「余裕」を演出している。

  • 対旋律としてのベースライン

デヴィッド・ハンゲイトによるベースは、単にルートを支えるだけでなく、歌のメロディと対比させるような流麗なラインを描く。これが、ディスコ・ビートに上品な奥行きを与えている。 

終わりに

エイドリアンはこの後も計6枚のアルバムをリリースするが、本作で見せた「ロック・ギタリストによるディスコへの完璧な適応」は、AOR史においても特筆すべき瞬間だったと言える。

「甘い復讐」というタイトル通り、過去のパブリックイメージを鮮やかに塗り替えてみせた1枚。夜の静寂の中で、ポーカロのドラムとエイドリアンのファルセットに身を委ねる時間は、何物にも代えがたい贅沢だ。



スウィート・ヴェンデッタ(甘い復讐)
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2022年12月16日金曜日

世界を揺るがしたディスコセオリー:なぜ『Dancing Queen』は時代も国境も超えるのか|『ABBA / ARRIVAL』

年末の恒例行事、レコード棚の整理。

洋楽はABC順、邦楽は五十音順。並べ替えるたびに「買ったきり眠っていた盤」に再会し、自分の移り気さを反省する。そんな中、「A」の棚の筆頭を飾るのが、スウェーデンが生んだ至宝、ABBA(アバ)の3rdアルバム『Arrival』だ。

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世界を席巻したポップ・マシーン、ABBA

ABBAは、アグネッタ、ビョルン、ベニー、フリーダの4人による、ポップス史上最も成功したグループの一つだ。1974年のユーロビジョン・ソング・コンテストでの優勝を皮切りに、彼らは「流行歌手」の枠を超え、緻密なアレンジと完璧なメロディを量産するポップ・マシーンとして世界を熱狂させた。

その彼らが1976年に発表したのが、この『Arrival』である。ヘリコプターのコックピットに座る4人のジャケットが象徴するように、彼らが音楽シーンの頂点へと「到着」したことを告げる記念碑的な作品だ。

「Dancing Queen」が世界に与えたインパクト

このアルバムを語る上で欠かせないのが、言わずと知れた名曲「Dancing Queen」だ。

この曲は、当時のディスコ・ブームに対するスウェーデンからの回答であり、全米・全英を含む世界数カ国のチャートで1位を記録。単なるダンス・ミュージックに留まらず、時代や国境を超えて愛される「ポップスの教科書」となった。

当時、スウェーデン国王カール16世グスタフの結婚披露宴でも演奏されたこの曲は、まさに「国民的、そして世界的なお祝いの歌」としての地位を確立したのである。

【音楽理論的考察】なぜ私たちは「Dancing Queen」に魔法をかけられるのか

改めてこの曲を聴き直すと、その構成の妙に驚かされる。

  • <不安定>から始まる物語

イントロでは華やかなサビのメロディが奏でられるが、歌い出しの瞬間、曲はドミナントコードへと展開する。実はこれ、曲の中で最も不安定なポイントから歌が始まることを意味している。


  • <解放>の瞬間

聴き手は無意識に「安定」を求める。その渇望がピークに達した瞬間、あの伝説のフレーズ “Dig in the Dancing Queen” が放たれる。ここでコードが解決し、圧倒的な多幸感と安定が訪れるのだ。


  • <魔法>の完成

“Friday night and the lights are low...” と物語が本格的に動き出す頃には、私たちはすでにABBAが仕掛けた完璧なコード進行の魔法に絡め取られている。

終わりに

先輩から譲り受けたこの1枚。一緒に入手したベスト盤も素晴らしいが、アルバム『Arrival』として通して聴くと、当時の彼らの勢いと、ポップスに対する異常なまでの執着と愛情が伝わってくる。 

アライヴァル+2(SHM-CD) - アバ
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2022年12月14日水曜日

経験と敬虔の差分:『シナモンとガンパウダー』

北海道新聞の書評論に背中を押されて『シナモンとガンパウダー』を読んでみた。



大英帝国の三角貿易を主題に採り、アヘン貿易を阻止しようと奮闘する女海賊と、彼女が拉致した貿易会社会長付きの料理人とのドラマには、最後までハラハラさせられ通しだった。
しかし、それだけではない。

2022年、大英帝国のコロニアリズムが生み出した様々な歪みは、またしても幾度目かの臨界を迎えつつあるように思われる。

そんな年の終わりに読んだ本作は、今我々が置かれている状況が、対症療法でなんとかなるようなものでないことを教えてくれた。
そしてこの歴史的悲劇を見事に描き切った本作の美点は、経験と本能に忠実な海賊と敬虔なキリスト教徒である料理人の「視点の差分」なのだろう。
その差分を超えていく「人間」という存在に愛おしさを感じずにはいられない。
大傑作。

2022年12月4日日曜日

高中正義のストラトとSG:『TAKANAKA SUPER LIVE 2022』

高中正義さんのライブに行ってきた。



 

81年の『虹伝説』は本当に素晴らしいプロダクトだと今でも思う。

 

当時何度も何度も繰り返し聴いた。

YAMAHAのSGというギターにも憧れた。

関心を持っていると頻繁に目に入るものだが、ボブ・マーリーが日本公演の際ヤマハから受け取ったSGを弾くモノクロ写真は、最も印象に残るSGの勇姿だ。

他にもカルロス・サンタナのブッダSGや、もちろん我らがイースタン・ユース吉野氏のSG-1000など、時々検索してはうっとりしている。

だから、今回は日本の代表的なSG奏者である高中氏の生SGを堪能するつもりで出かけた。

ところが、圧倒的な主役はブラウンサンバーストのストラトだった。

レコーディングのメイン器として知られる六文銭原茂から譲り受けた58年のストラトなのか、後に同仕様でカスタムメイドされたモデルなのかはわからなかったが、とにかくなんて凄い音!

これぞストラトという枯れたトーンが適切な歪みを伴って空間を切り裂いていく。

後半は写真にも掲げたSGの高中モデルが登場。この辺りから観客の熱狂もピークに達し、いつもの有名曲たちが登場すると、いいおっさんたちがタオルを振り回して会場に強い一体感を作り出していた。

バンドも最高で、生AMAZONSにも感激したし、生斉藤ノブ観れてよかった!

【Anthologies #1】心に澱が積もる夜には|大貫妙子『ライブラリー』

 還暦を過ぎ、いつの間にか貪欲に新しい音楽を探すことはなくなった。 それでも、日々を生きていれば音楽に頼りたくなることはあるものだ。そんなとき聴きたくなるのは、アーティストたちの人生が垣間見える<アンソロジー>で、いくつか愛聴盤がある。 誰かの心無い言葉や、諍いに心に澱が募るよう...