ジョン・グリシャムが放つ異色の文芸ミステリ『「グレート・ギャツビー」を追え』(原題:Camino Island)の文庫版を手に取った。
「リーガル・サスペンスの巨匠」と「日本を代表する世界的作家」という、一見すると意外な組み合わせが生み出した本作は、本を愛するすべての者に捧げられた極上のエンターテインメントである。単行本発刊時から注目していたが、文庫化によってその魅力はさらに手に取りやすいものとなった。
巨匠グリシャムの新たな一面と、村上春樹の翻訳マジックが融合した本作の魅力を、背景知識とともに紐解いていく。
リーガル・サスペンスの巨匠ジョン・グリシャムの「新境地」
弁護士からベストセラー作家への経歴と代表作
著者であるジョン・グリシャムは、元弁護士でありミシシッピ州の下院議員も務めた異色の経歴を持つ。1989年に『評決のとき』でデビューし、続く第2作『法律事務所』が世界的ベストセラーとなって映画化(トム・クルーズ主演)されたことで、一躍スター作家の地位を確立した。
その後も『ペリカン文書』や『依頼人』など、自身の法律知識をフルに活かした「リーガル・サスペンス」の傑作を連発し、1990年代には全米1位のベストセラー作家として君臨し続けた。
法廷を飛び出し「書物の世界」を描いた本作
いつもは重厚な法廷闘争や巨大な陰謀を描くグリシャムだが、本作『「グレート・ギャツビー」を追え』では、法廷を完全に飛び出している。
舞台は、プリンストン大学の図書館からF・スコット・フィッツジェラルドの直筆原稿(時価数十億円)が盗まれるという大胆な犯行から始まる。物語の軸となるのは、フロリダの美しいリゾート地「カミーノ・アイランド」で独自のコミュニティを築く書店経営者と、スランプに陥った若き女性作家である。
書店経営者の羨ましすぎる生き方、才能はあるが運に恵まれない作家、書き割りのような悪者たち、そして例によって無能ゆえに高飛車になる役人たち――。すべての登場人物が正しく役割を果たして、物語は大団円へと向かう。グリシャムの一級品のストーリーテリングは、法廷の外でも健在である。
翻訳者・村上春樹がもたらした「ハルキズム」の魔法
レイモンド・カーヴァーやフィッツジェラルドを日本に紹介した実績
訳者を務めた村上春樹は、自身の創作活動と並行して、精力的に海外文学の翻訳を行ってきた。レイモンド・カーヴァーの全訳や、J・D・サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の新訳、そして何より本作のタイトルにもなっているF・スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』の翻訳など、日本の翻訳文学界に多大な貢献を果たしている。
村上自身、ポーランドの書店で偶然この本に出会い、読み出したら止まらなくなったという。彼を惹きつけたのは、物語の根底にある「本と作家への愛」に他ならない。
本作で機能する「村上春樹独特の空気感」
村上訳であることが、この作品の価値を一段と高めている。読者や書評の多くが指摘するように、訳文のテンポには心地よい「ハルキズム」が感じられる。
特に、ファンならお馴染みの「独特な性描写や男女の機微」は、本作でも良い塩梅で機能している。男前のオーナーである書店主ブルース・ケーブルと、スランプ中の作家マーサー・マンとの間で交わされるスパイ物語らしい色っぽいやりとりは、村上の筆によってよりゴージャスで艶っぽい大人の雰囲気に仕上がっている。
世評と読者の反応:本を愛する人々への賛歌
本作に対する世間の評価は非常に高いようだ。読書メーターなどの書評コミュニティでは、以下のような声が多く寄せられている。
「久しぶりにページをめくる手が止まらない、極上のページターナー小説を味わった」
「泥臭い犯罪小説のはずなのに、全体にユーモアとお洒落な空気が漂っている」
「古本集め、本屋、作家――とにかく本にまつわることが好きな人にはたまらない設定」
単なる犯人探しのミステリとして見ると、後半の展開に「もっとスリリングなサスペンスを期待していた」という声も一部にはある。しかし、本作の本質はそこではない。ブック・コレクターの世界、アメリカならではの都市の孤独、そして本を愛する風変わりな人々が織りなす「空気感」を楽しむ文芸小説なのである。
まさに「途中でやめられない」極上の読書体験
『「グレート・ギャツビー」を追え』は、ジョン・グリシャムの緻密なプロット構築力と、村上春樹の理知的でノリの良い文体が完璧に噛み合った傑作である。
「本」というお宝を巡るハラハラ感と、リゾート地に流れる優雅で少し退屈な時間が同居する世界観は、一度ページを開けば途中でやめることは困難である。読書の秋、あるいは週末の贅沢な時間に、ぜひじっくりとページをたぐってみてほしい。
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