『Ry Cooder / The Slide Area』ルーツ・ミュージックの探求者が80年代のポップ・シーンに投じた、スライド・ワークのカッティング・エッジ
前作『Borderline』において、80年代初頭の洗練されたスタジオ・ワークと自身のルーツであるR&B、テックス・メクス・サウンドの融合を見せたライ・クーダー。その翌年である1982年に発表された、ワーナー・ブラザース期を代表する一枚が『The Slide Area(邦題:スライド天国)』である。本作は、前作で構築したタイトなリズム・アプローチをさらに過激に推し進め、タイトル通り彼の代名詞であるスライド・ギターを前面に押し出した、非常にエネルギッシュな意欲作として位置づけられる。
アーティスト詳細:ヴィンテージ・サウンドに新たな命を吹き込む弦の魔術師
ライ・クーダーは、ボトルネックを用いたスライド・ギターの名手であり、アメリカのルーツ・ミュージックを現代に蘇らせる稀代の音の探究者である。ブルース、フォーク、ハワイアン、テックス・メクスなど、あらゆる伝統音楽をどん欲に吸収しながらも、単なる懐古主義に陥ることなく、常に独自の解釈で再構築してきた。
彼の奏でるギターは、完璧にコントロールされたピッチと、独特のざらついたトーンが特徴である。本作においてもその表現力は極限に達しており、時に軽快なリズムを刻み、時に鋭く空間を切り裂くようなスライド・ワークは、ヴォーカル以上の雄弁さで聴き手に迫ってくる。
音楽的特徴:デジタル・レコーディングの黎明期に鳴り響く、重厚なファンク・グルーヴ
本作の最大の聴きどころは、80年代特有のデジタル・レコーディング技術を取り入れながらも、きわめて肉感的で重厚なファンク/R&Bのグルーヴを構築している点にある。ジム・ケルトナーによるタイトで破壊力のあるドラムと、チャック・レイニー、ティム・ドラモンドの地を這うようなベースラインが、強固なボトムを支えている。
ライの無骨なヴォーカルとスライド・ギターが、最高峰のリズム・セクションとぶつかり合うことで、時代性と普遍性が同居した独自のハイブリッドなロックサウンドが生み出されている。
主要楽曲の分析:伝統とモダンが交錯するスライド・ギターの極致
UFOゲットー着陸(UFO Has Landed in the Ghetto)
アルバムの幕開けを飾る、強烈なファンク・ナンバーである。「流行りのファンク・グルーヴという名のUFOが、俺たちの街(ゲットー)にやってきたぞ!」と歌うこの曲では、不穏でヘヴィなベースラインと重量感のあるドラムの上を、ライのディストーションが効いたスライド・ギターが縦横無尽に暴れ回る。80年代の都会的なブラック・ミュージックの意匠を借りながらも、中心にあるのはライの泥臭いスワンプ・ロックの精神であり、その鮮やかなコントラストが素晴らしい効果を上げている。
ジプシー・ウーマン(Gypsy Woman)
インプレッションズ(カーティス・メイフィールド)の名曲のカヴァーである。オリジナルが持つ洗練されたR&Bのフィーリングをベースにしつつも、ライはこれを完全に自身のスライド天国へと引きずり込んでいる。艶やかに歌うボトルネックの音色と、幾重にも重なる重厚なバック・コーラスの絡み合いは、本作のハイライトの一つである。
ブルー・スウェード・シューズ(Blue Suede Shoes)
カール・パーキンスのロカビリー・クラシックを、大胆なスロー・ファンクへと変貌させたカヴァーである。軽快なスピード感で疾走する原曲を、タフで引き締まったグルーヴへと再構築したアレンジには脱帽せざるを得ない。粘り気のあるリズムに乗せて放たれる鋭利なギター・ソロが、新旧の音楽を見事に繋ぐ架け橋となっている。
時代の潮流と交錯する、強靭なルーツ・ミュージックの現在地
『The Slide Area』は、シンセ・ポップや洗練されたニュー・ウェイヴが勢いを増していた80年代初頭の音楽シーンにおいて、ライ・クーダーが自身の原点であるスライド・ギターを武器に、ポップ・ミュージックのフィールドへ真っ向から切り込んだ意欲作だと思う。
デジタルな音響アプローチやファンキーなリズムを取り入れながらも、決して時代の波に呑まれることなく、むしろそれらをサラッと吸収し、自らのスライド・ワークをより際立たせるための滋養としている。「ルーツミュージックの伝道師」と「モダンな表現者」という二つの顔が最も刺激的に融合した瞬間を捉えたライの長いキャリアの中でも重要な一作と言えるのではないか。

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