『Ry Cooder / Pull Up Some Dust And Sit Down』ルーツ・ミュージックの巨匠が21世紀の格差社会に放った、痛快なプロテスト・アルバム

 

アーティスト詳細:ルーツ・ミュージックを現代の武器へと変貌させる音の探求者

ライ・クーダーは、ボトルネックを用いたスライド・ギターの名手であり、アメリカの伝統音楽を掘り起こし続ける稀代の音の探究者である。ブルース、フォーク、テックス・メクス、ハワイアンなど、多様なルーツ・ミュージックを単なる懐古主義に留めることなく、常に時代と呼応する形で再構築してきた。
2000年代以降の彼は、カルフォルニアの歴史に光を当てた「カリフォルニア三部作」をはじめ、音楽を通じて明確な社会的メッセージを発信する批評性を研ぎ澄ませている。卓越した弦楽器の演奏技術はそのままに、独自のざらついたトーンと乾いたヴォーカルを用いて、時代の不条理を鋭く撃ち抜く表現者としての立ち位置を確立している。

音楽的特徴:アコースティックな温もりと、怒れるテックス・メクス・グルーヴの融合

2011年に発表された『Pull Up Some Dust And Sit Down』の最大の音楽的特徴は、前年のリーマン・ショックに端を発する経済格差や政治的混乱に対する強い怒りが、極めて開放的で軽妙なルーツ・サウンドと共存している点にある。

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サウンドの核を成すのは、ライ自身が演奏するマンドリン、バンジョー、ベース、そして十八番であるスライド・ギターが織りなす乾いたアコースティック・アンサンブルである。そこに息子のヨアヒム・クーダーによるタフなドラムと、アコーディオンが先導するテックス・メクス(コンフント)の陽気なリズムが絡み合う。一見すると土着的でリラックスしたジャム・セッションのようでありながら、その実、強固なボトムと痛烈な風刺スピリットが同居した、極めて現代的で強靭なロック・サウンドが構築されている。

主要楽曲の分析:現代の不条理を鋭く撃ち抜くルーツ・ミュージックの真髄

No Banker Left Behind

アルバムの幕開けを飾る、痛烈なバンジョー・ナンバーである。金融危機を引き起こしながらも公的資金で救済された銀行家たちを、「一人も残さず(救済して)連れていく」と皮肉たっぷりに歌い上げる。軽快なアコースティックのリズムとは裏腹に、富裕層への怒りが満ちており、ライのシニカルなユーモアが冴え渡るオープニング・トラックである。

Quick Sand

メキシコ国境を越えようとする移民たちの過酷な現実を描いた、哀愁漂うテックス・メクス・ナンバーである。哀切なアコーディオンの音色と、乾いたアコースティック・ギターのストロークが、砂漠を彷徨う人々の絶望と哀しみを浮き彫りにする。ライが長年培ってきたクロスオーバーな音楽性が、最も映画的なストーリーテリングとして結実した名演である。

John Lee Hooker for President

もしも伝説的なブルースマン、ジョン・リー・フッカーが大統領に立候補したら、という奇想天外な設定のブギ・ウギ・ブルースである。ライはジョン・リー特有の地を這うようなヴォーカル・スタイルと足踏みのリズムを完全に再現し、ホワイトハウスを「ブギ・ハウス」に変えてやると歌う。過去のブルースの巨人へのリスペクトを捧げつつ、現代の腐敗した政治劇を笑い飛ばす、本作のハイライト。トランプ劇場に翻弄されながら現代を生きる我々にこそ響く一曲だ。

時代の潮流と交錯する、強靭なルーツ・ミュージックの現在地

『Pull Up Some Dust And Sit Down』は、21世紀の混迷する社会において、ライ・クーダーが自身の原点であるアコースティックなルーツ・ミュージックを最大の武器として、現代のポップ・シーンへと真っ向から提示した意欲作である。
「椅子を引いて座りなよ、積もった砂埃でも払いながら」というアルバム・タイトルが示す通り、日常を生きる市井の人々の視点に立ち、アコーディオンやバンジョーの響きをそのまま現代のプロテスト・ソングへと昇華させている。デジタル音響が主流となった時代において、あえて肉体的で土着的なアンサンブルを選択し、自らのメッセージをより際立たせるためのエッセンスとした手口は、いかにも熟練の技。音楽の歴史を背負う表現者としての覚悟と、鋭い時代感覚が最も刺激的に融合した瞬間を捉えた名匠の名作なんである。


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