2013年6月6日木曜日

ブルース・スプリングスティーンと「怒りの葡萄」

大学時代の友人が、家庭教師の英語の教材にスタインベックを使っているのだと言っていた。
スタインベックとは懐かしい名前を聞いたものだ。
反射的に代表作「怒りの葡萄」の名前が浮かぶアメリカの作家だが、しかし、はて。
怒りの葡萄ってどんな作品だったっけか。

もちろんそれはテストに出るから作家と書名を覚えただけの記憶。
こういう「名作」は多い。

文学部を出てこれでは恥ずかしいぞと思い立ち「怒りの葡萄」を買い求め読み始めた。


怒りの葡萄 (上巻) (新潮文庫)
スタインベック
新潮社
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オクラホマの厳しい農村での生活を美しいほどの虚無感をたたえた文章で描写していく導入部にすっかり引き込まれてしまい、以前だったら退屈で気取った文章だと思ったにちがいない、そして以前だったら斜めに読んで飛ばしてしまう部分を繰り返して読んで、いよいよ主人公が登場。
刑務所から仮釈放で出てきて故郷に帰るトム・ジョードという男が...
ちょっと待て、トム・ジョードとはまたどこかで聞いたことのある名が出てきたぞ。

ブルース・スプリングスティーンの1995年のアルバム「ゴースト・オブ・トム・ジョード」
正直、2回くらい聞いてCD棚に入りっぱなしの、大好きなスプリングスティーンの中では最も聞いていないアルバム。


ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード
ブルース・スプリングスティーン
ソニー・ミュージックレコーズ (1995-11-23)
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それでもこのアルバムは、僕にとって忘れられないアルバムで、このアルバム発売に合わせて行ったワールド・ツアーの東京公演を、僕はなんとか仕事の都合がついて東京国際フォーラムで観ることが出来たのだ。
憧れのブルース・スプリングスティーンを初めて観る興奮と期待で胸をいっぱいにして、仕事先から、ちょっと時間に遅れていたので急ぎ足で会場に向かった。

この時のツアーはスプリングスティーンが一人でギター弾き語りで最新作「ゴースト・オブ・トム・ジョード」を歌うというものだった。
この作品は弾き語りのみの実に地味な作品で、それをそのまま再現したコンサートもそのままの地味さだった。
ハングリーハートもなし。Born in the U.S.Aもなし。
アンコールの最後の最後にBorn To Runの弾き語りがあったのが唯一の救いだった。

恥ずかしいことだが、その時の僕は「ゴースト・オブ・トム・ジョード」が、スタインベックの怒りの葡萄を題材にしていることも知らなかったし、そもそも怒りの葡萄の内容すらも知らなかった。
だからそのライブはただ地味なだけだった。


BGMを輸入盤で買ったゴースト・オブ・トム・ジョードに替えて、怒りの葡萄を読み進めていく。
1930年代のアメリカで、商業主義の台頭から農業が大規模化、機械化されて行き小作農たちは土地を追われる。
仕事も住む場所も失った農民たちは、広告に誘われてカリフォルニアの果実農園に職を求めるが、そこも広告通りの楽園ではなかった。
人が溢れ賃金は下がり、やがて暴動が起こる。
そして労働争議に対する赤狩りの嵐が吹く。

あまりにも悲劇的なジョード一家の運命に引き込まれるように上下二巻を一気に読んだ。
そしてあまりにも衝撃的なラストシーンにたちのぼる、あくまでも力強い人間の「生きていく」という力。

親しい友人がずっと秘密にしていた長い打ち明け話を聞かせてくれた時のように、本を閉じて、しばらくアタマが痺れて動けずにいた。


現在の日本でも深刻化する格差の構造の源泉が、ここに見て取れる。
スプリングスティーンは、現在のアメリカに今も残る経済格差の問題の源流を、この「怒りの葡萄」に見て、トム・ジョードの亡霊はまだアメリカに生きているぞと語りかけていたのだ。

思えば一貫してブルース・スプリングスティーンは、労働階級の傍らに立って歌を書き続けてきた作家だ。

彼の代表作のひとつである、Born in the U.S.Aでは、このように歌われている。


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救いのない街に生まれた
生まれ落ちたその日から、蹴飛ばされ続けた
そして殴られ通しの犬のように人生を終えるのさ
なかば身を守ることだけに追われるように

俺はアメリカに生まれた
俺はこんな国アメリカに生まれてしまった
それがアメリカに生まれるということなんだ
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ポジティブで力強いサウンドで、スプリングスティーンの力いっぱいの叫び声で歌われるこの歌は、この印象的なリフレインの部分だけ聞けば偉大なアメリカ国家を礼賛する歌にも聴こえてしまうが、実際にはアメリカの労働階級の代弁者として声を荒げているのだ。


スタインベックは「怒りの葡萄」の中で、ジョード一家と社会の過酷な闘いを描いた。
しかしそこには、家族という、人間相互の連帯性の最後の砦があるのだ、と。
その希望の砦があるから、明日も歩き出せるのだ、と。

スプリングスティーンも、きっとそう信じているからこそ、折れずに今も叫び続けているのだろうと思う。
そう思う。

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