2013年6月24日月曜日

フェリーニ「甘い生活」でマルチェッロが失わなかったもの

イタリアという国の不思議な魅力に取り憑かれて、若いころ長期休みが取れると決まってイタリアに出かけた。
フェイレンツェの郊外で、マルチェッロという若い元ビジネスマンが営む小さなアグリツーリズモの宿を定宿にしていた。

マルチェッロは英語が達者だったから、比較的複雑な話題(どうして、小渕みたいな地味な人が首相になれるんだ?とか)でもコミュニケートできたが、彼以外の家族はまるで英語が話せなかったから、簡単なイタリア語で話をしているうちにだんだん喋れるようになった。
一応街のカルチャーセンターでイタリア語の基礎を習ってはいたが、やはり現地で過ごすことが一番勉強になる。


将来、現役を引退したらイタリアに、定住とまではいかなくても、ある程度長い期間イタリアに住もうと思っている。
だが、カフェの経営なんぞをやっているとおいそれと休んで海外に行くことなどはできず、気付くとイタリア語もあらかた忘れてしまっていた。

学校に行くより実践がいい、と知っていたので何か適当なイタリア映画のDVDを買って時々観ることにしようと考え、以前から気になっていたフェデリコ・フェリーニ監督の「甘い生活」を買ってみた。


甘い生活 プレミアムHDマスター版 ブルーレイ [Blu-ray]
IVC,Ltd.(VC)(D) (2012-05-25)
売り上げランキング: 19,222

「甘い生活」の主人公、マルチェッロ(なんと定宿の主人と同じ名前ではないか)は、作家になりたくて郊外の小さな村からローマに出てきたものの、今はしがないゴシップ記者に身をやつし、相棒のパパラッツォ(この見境無くセレブの写真を撮りたがる男の名を複数形にして、現在のゴシップカメラマンたちをパパラッチと呼ぶようになったのだ)と有名人のスキャンダルを追いかける日々だ。

が、一見暮らし向きは派手で、豪華なナイトクラブから富豪の娘マッダレーナを連れ出し、深夜のローマを疾走したり、ハリウッド女優を取材すれば、野外で狂騒し、トレビの泉で戯れる。

乱痴気と頽廃に支配された街ローマ。
キリスト像はヘリコプターでバチカンの真上を運ばれ、子どもたちは、「聖母」を見たと言わされ、テレビ・ドキュメンタリーの素材になる。
ナイトクラブでは、インドの踊りを喜び、民衆はイタリアの土着信仰を捨てないまま、キリスト教徒のふりをしている。
同棲中のエンマは彼の言動を嘆き自殺未遂をしてしまう。


そんなある日、田舎から突然父親が訪れて、一緒にローマの夜を楽しむ。
父親の年季の入った遊びように、自分の今までの生活にふと疑問を覚えたマルチェッロは、再び作家の道を目指すべく、タイプライターを抱えてローマの外れの海沿いのカフェに隠遁し、そこで天使のような少女パオラ(ヴァレリア・チャンゴッティーニ)に出会い、束の間充実した日々を送るが、やがて自分の才能に絶望し退廃の都ローマに戻ってしまう。

古くからの友人スタイナー一家を訪れ、自分の将来について話を聞きたいマルチェッロ。その知的で落ち着いた暮らしぶりを羨むが、可愛い二人の子どもも、教養も、カネも、友人も持っているのに、意外にもスタイナーの心には希望の炎はなく、彼の時は止まっていた。
彼にも「将来」などはなかったのだ。
そして突然、子連れの無理心中で突然死んでしまう。
残されたのは救いのない絶望だけだ。


いよいよ狂乱の生活に没入するマルチェロは海に近い別荘で仲間と淫らに遊び耽る。
彼らが享楽に疲れ果てた体を海風にさらす朝、マルチェッロは波打ち際に打ち上げられた怪魚(巨大なエイだ)の、悪臭を放って腐り果てるさまを凝視した。

海岸に出来た大きな水たまりの向こうで、あのローマ郊外で再び小説家を目指したカフェで知り合った可憐な少女ヴァレリアが何事かマルチェッロに伝えようとしているが、波音に消されて聞こえない。
マルチェッロは、彼女の顔さえも思い出せない。
マルチェッロは立ち去り、享楽と退廃の日々に戻っていく。

残されたヴァレリアの物言いたげな微笑みのアップで映画は幕を下ろす。
その微笑みこそが、彼の最後の救いだったはずだ。

フェリーニは、慎重にたくさんのエピソードを折り重ねて、マルチェッロの周辺にいるローマの人々の「救い」を一つ一つ潰している。
そして最後に、遣わした天使に気付かない、という不幸でマルチェッロの救いを粉砕した。


それでも。
僕はその先にもうひとつの救いがあると思っている。
少なくともマルチェッロの時間は止まっていない。
マルチェッロの父親のあの姿が、マルチェッロに時間を与えていると思いたいのだ。

人は誰も親になってはじめて、生まれてきた意味を知る。
この子の「犠牲」になりたいと心から思う時、本当の幸せの意味を識る。

たぶんスタイナーとマルチェッロの最大の違いは父性の喪失の有無だと思う。
「甘い生活」もまた、現代を彩る数多の名作と同様、父性を巡る物語だったのだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿