北海道新聞の書評論に背中を押されて『シナモンとガンパウダー』を読んでみた。
2022年12月14日水曜日
経験と敬虔の差分:『シナモンとガンパウダー』
2022年12月4日日曜日
高中正義のストラトとSG:『TAKANAKA SUPER LIVE 2022』
高中正義さんのライブに行ってきた。
81年の『虹伝説』は本当に素晴らしいプロダクトだと今でも思う。
当時何度も何度も繰り返し聴いた。
YAMAHAのSGというギターにも憧れた。
関心を持っていると頻繁に目に入るものだが、ボブ・マーリーが日本公演の際ヤマハから受け取ったSGを弾くモノクロ写真は、最も印象に残るSGの勇姿だ。
他にもカルロス・サンタナのブッダSGや、もちろん我らがイースタン・ユース吉野氏のSG-1000など、時々検索してはうっとりしている。
だから、今回は日本の代表的なSG奏者である高中氏の生SGを堪能するつもりで出かけた。
ところが、圧倒的な主役はブラウンサンバーストのストラトだった。
レコーディングのメイン器として知られる六文銭原茂から譲り受けた58年のストラトなのか、後に同仕様でカスタムメイドされたモデルなのかはわからなかったが、とにかくなんて凄い音!
これぞストラトという枯れたトーンが適切な歪みを伴って空間を切り裂いていく。
後半は写真にも掲げたSGの高中モデルが登場。この辺りから観客の熱狂もピークに達し、いつもの有名曲たちが登場すると、いいおっさんたちがタオルを振り回して会場に強い一体感を作り出していた。
バンドも最高で、生AMAZONSにも感激したし、生斉藤ノブ観れてよかった!
2022年11月27日日曜日
「ジャケ買い」の誘惑|小泉今日子のアルバムを彩る80年代ポップアート
レコードやCDを選ぶとき、針を落とす前から「これは絶対に名盤だ」と確信させてくれるジャケットに出会うことがある。
いわゆる「ジャケ買い」。
あらかじめアーティストの魅力を知っている場合、それを「純粋なジャケ買い」と呼んでいいのかは些か議論の余地があるかもしれない。しかし、そんな理屈がどうでも良くなる作品が、1980年代の小泉今日子のアルバムには存在する。
同時代のアイドル作品群の中でも一味違う輝きを放つ、小泉今日子さんの秀逸なジャケット2品をご紹介してみる。
1. 時代の空気をハダカにする快作『HIPPIES』
まず外せないのが、1987年にリリースされたアルバム『HIPPIES』。
サイケデリックでありながらどこか洗練された、この『HIPPIES』のジャケット。一度目にしただけで網膜に焼き付くようなポップさと、80年代後半の尖ったストリートの空気感が絶妙に同居しています。
なぜ、キョンキョンのジャケットは「一味違う」のか?
当時の女性アイドルのジャケットといえば、本人のバストアップ写真に綺麗なフォントでタイトルを添えるような、いわゆる「タレント写真」としての側面が強いものが主流だったと思う。
この『HIPPIES』は、小泉にとって初のハーフ・セルフプロデュース作品。そしてジャケットデザインは、当時新鋭の最先端音楽カルチャー誌だった『PATi PATi』(CBS・ソニー出版)のデザイナーチームへ直々に依頼されたものだった。
アイドルという枠組みを自ら飛び越え、第一線のクリエイターたちと「おもしろいアートを作ろう」と企むタフな姿勢。それこそが、単なるアイドル歌謡の枠に収まらない、時代をリードするエッジの効いたデザインを生み出した理由なのだろう。
Hippies +2(紙ジャケット仕様)

2. 有名作家たちをも魅了した、静謐な名ジャケット『Ballad Classics』
もう一枚、小泉今日子さんのジャケットデザインの卓越性を語る上で外せないのが、1987年のバラードベストアルバム『Ballad Classics』。
シックで絵画のような陰影、そして大人の女性へと変貌していく小泉の表情を捉えたこのジャケットは、まさに「飾っておきたくなるアート」そのもの。この美意識に射抜かれたのは、市井のファンだけではなかった。
村上龍と村上春樹を繋いだカセットテープのエピソード
1980年代半ば、作家の村上龍さんが、イタリア・ローマに滞在していた村上春樹さんを訪ねる際のこと。春樹さんから「日本語の歌のカセットテープを持ってきてほしい」と頼まれた龍さんが、お土産として選んだのがまさにこの小泉今日子さんの作品だったそうだ。
村上龍という日本の文学界を代表する知性が選ぶ記号的魅力とクオリティが、このジャケットと音楽には確かに宿っていたんだろう。
つまりジャケ買いだったんだよね、きっと。
2022年11月25日金曜日
ジャケ買いレコード『go man! it's "sonny criss" and modern jazz』
Sonny Rollins、Sonny Stittと来て、本日はSonny Crissでございます。
あくまでも偶然です。
なんと見事なジャケット!
ジャケ買いレコードに相応しい美女の登場だ。

Sonny
Stittと同時期に、やはりチャーリー・パーカーの亡霊に苦しめられたアルト奏者だが、やはりプレイもちゃんと似ていると思う。Sonny
Crissのアルトに「哀愁」があるかないかで、Amazonのレビュー欄で論争があったが、僕も哀愁ではなく、軽妙な洒脱さが身上のプレイヤーと見た。
確かに必殺の『Memories Of You』(ベニー・グッドマン!)では哀愁たっぷりのプレイを見せてはいるが。
ピアノはSonny Clark(またSonnyだ!)で、この人の『COOL STRUTTIN'』こそはジャズにおける元祖ジャケ買いレコードだろう。
そして、このアルバムでのSonny Clarkのプレイは実に抑えめなのに、気がつくと耳はピアノを追っている。
ジャケ買いレコード『Sonny Stitt Plays Arrangements From The Pen Of Quincy Jones』
よく行く中古レコード店でいつものようにレコードを漁っていると、見知らぬジャケットにクインシー・ジョーンズの名前を見つけて手に取った。

なんてことはないモノクロームのジャケットだが、なぜかサキソフォンを吹く顔にただならぬ迫力のようなものを感じて、連れ帰った。
クインシー・ジョーンズの完成度の高いスコアに乗せて、変幻自在に飛び回るサキソフォンには、そのスピードに似合わぬ安心感があった。
そのジェットコースターに乗っているのに、ちっとも怖くない感じがチャーリー・パーカーによく似ているな、と思った。
ソニー・スティットの名前は知らなかった。
調べてみると昔のジャズミュージシャンには珍しい事ではないものの、彼も壮絶な薬物との戦いをギリギリのところで潜り抜け、最後の最後までステージに立ち続けた人だった。
薬物使用の過去のために、なかなか入国できなかった日本で、旭川のファンで一曲だけ吹いたのが最後の演奏になったという。
ここまでの覚悟と気迫があってこその、あの演奏だったのだな、とレコードを聴きながら感じて、音楽というものの不思議さを思った。
2022年11月14日月曜日
ジャケ買いレコード『Sonny Rollins and the Contemporary Leaders』
ソニー・ロリンズと言えば、『サキソフォン・コロッサス』でもちろん間違いないが、ことジャケットに関しては本盤に軍配を上げざるを得ない。
何と言っても凛々しいロリンズの表情と立ち姿に痺れるね。

そして美ジャケが取り柄のこのアルバムには、なぜか別バージョンのジャケットがいくつか存在する。この盤が一番だと思うのだが・・
そしてコンテンポラリー盤は、何と言ってもレーベル面がカッコいいのである!

まあ、とは言え、内容に関しては『サキソフォン・コロッサス』が一枚も二枚も上手ということで、(なにしろピアノがトミー・フラナガンで、ドラムスがマックス・ローチというんだから!)大方異論はないだろうが、本盤にも、Contemporary
Leadersのタイトル通り、大物演奏家が揃っている。
殊にギタリストのバーニー・ケッセルが参加しているのが大きい。サキソフォンとギターが絡んで、どちらかと言うと緩やかだが芳醇な音空間が広がる。味わい深いのだ。
ジャケ買いレコード『A NEW CONCEPTION/Sam Rivers』
純粋にジャケットに惹かれてレコードを買ってしまうことがある。
このサム・リヴァースのアルバムもそうだった。
陰影だけで表現されたモノクロームの美しさ。
見事なタイポグラフィ。
BLUE NOTEレーベルらしいこのデザインが、音楽の確かさを保証しているような気がした。
サム・リヴァースといえばフリージャズの人で、少し敷居が高いが、このアルバムはスタンダード集なので、聴き覚えのあるメロディが、優しくリスナーを導入してくれる。
そしてそれがまったく異なる旋律に置換され続け、調性も破壊されかけているなと思うと、またもとのメロディに戻ってくる。
ここで調性は破壊されたのではなく、拡大されたのだ、と認識させられる。
よくできたアルバムだと思う。
しかし、このアルバム。サム・リヴァースの諸作の中では決して評価の高い作品ではなく、CD化は2014年までかかっている。
こんなにいいジャケットなのになあ。
冷たさと真摯さの物語:米澤穂信『王とサーカス』
妙なことだが、自分で自分のここが嫌いだと思っていることについて言及している小説に出会った時、僕はとても慰められる。
2022年11月12日土曜日
或る<喪失>の物語:『すずめの戸締まり』
2022年11月11日、『天気の子』と同じように封切りの日に『すずめの戸締まり』を観にいった。
本作では、封切り前にノベライズが発売されていた。僕は読まずに映画を観た方がいいだろうと判断したが、観終わった時、その判断は間違っていなかったと思った。
この物語は一言でいうなら<喪失>についての物語だ。その<喪失>の要因が、物語後半に明かされる。その時自分自身の中に生じた深い喪失感で、僕はこの映画の中に飲み込まれた。映画の一部になって駆け抜けた。そして映画は自身の<経験>となった。
その「要因」こそが、新海監督にこの映画を作らせたものであるから、 この映画を語るときに避けることはできないのだろう。家に帰って広げた夕刊に掲載された新海監督のインタビューに、その「要因」がデカデカと見出しになっていたから、本当に封切り日に観て良かったと思う。
そして何より、この映画は音楽が素晴らしい。
『君の名は。』で始まったRADWINPSとのコラボレーションも、最初はミュージカル的不自然さを感じることもあったが、陣内一真氏の参戦で極めて完成度の高い劇伴になっているし、主題歌を歌う十明(とあか)さんの声が本当に素晴らしい。
2022年10月27日木曜日
俺とMcIntosh
1975年、私が小学四年生の時、学校にローラー・ハリケーンが吹き荒れた、と言っても今の人たちにはわからないだろうが、スコットランドのBay City Rollersというロックバンドが大人気だったのだ。
友達の家で聴いたBay City Rollersの音楽も素晴らしかったが、レコードがくるくる回って音楽を奏でる、まるで魔法のような佇まいにヤラレた。
家にはレコードを聴くための環境がそもそもなかったのだが、ある日父は、息子の願いに応えて東芝のモジュラー・ステレオを買って帰ってきた。
友達から借りたレコードをモジュラーステレオで再生し、スピーカーの真前にラジカセを置いて、その上に毛布を被せて録音しては何度も聴いた。
そのように私のオーディオ遍歴は始まって、ONKYO、パイオニア、DENONといくつかのアンプを使ってきたが、 こいつとは一生添い遂げたいと思うのは2006年に購入したMcIntoshのアンプたちだ。
プリアンプのC2200とパワーアンプのMC275。ともに真空管アンプである。
ヒューズが飛んだり、真空管が飛んだり、いろいろあったが、今でも良い音を鳴らしている。最近換えた『PSVAN』という中国製の真空管も絶好調だ。以前は中国製なんて、と思っていたが、いろいろと認識を改めるべき時期に来ているようだ。
原音再生ではないのかもしれない。でもなぜかコンサート会場で聴く、ある種の「熱さ」を帯びた音が、このアンプからは出てくる。
何より、ルックスがいい。
たぶんこのアンプのルックスのせいで、音の印象も狂っているのかもしれないが、それで構わないと思う。
【Anthologies #1】心に澱が積もる夜には|大貫妙子『ライブラリー』
還暦を過ぎ、いつの間にか貪欲に新しい音楽を探すことはなくなった。 それでも、日々を生きていれば音楽に頼りたくなることはあるものだ。そんなとき聴きたくなるのは、アーティストたちの人生が垣間見える<アンソロジー>で、いくつか愛聴盤がある。 誰かの心無い言葉や、諍いに心に澱が募るよう...
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