この解錠師という作品は、本国ではMWA賞の最優秀長篇賞とCWA賞のスティール・ダガー賞を獲り、翻訳でも、このミスと文春の海外ミステリ・ベストテンで1位を獲得した作品だが、評価どおりの見事な出来だと思う。
原題は「Lock Artist」。
鍵の芸術家、とは洒落てるよね。
この小説は、金庫破りの天才少年の手記の形で語られる。
18歳の誕生日を目前にした寡黙な少年。
抜群の解錠技術に加え、その寡黙さゆえに絶大な信頼を得る少年犯罪者。
しかし彼は喋(しゃべ)らないのではなく、喋れないのだ。
手記は二層の時間に分かれ、それを交互に配する形をとる。
一は彼の現在、二はロック・アーティストとして修業を積んだ苦難の日々。
「声を喪(うしな)う」にいたった酸鼻な過去が明かされるのは、末尾近く。
そして、手記が誰に向かって書かれるのかも、そこで明らかになる。
彼は鍵を解錠するように、過去の封印を解除することに成功した。
犯罪小説であり、恋愛小説であり、闇に閉じこめられた少年の解放の物語でもある。
ジャンル的にはクライム・サスペンスなんだけど、全編なんとも甘酸っぱくて。
ラストも、え、今時そんな素直で素敵な終わり方でいいんだあって感じで、越前敏弥さんのスムースな訳も手伝って、それはそれは楽しい読書だった。
だから、これについては、なんだかいつものように色々分析とかしたくない。
これはそういう物語。
そう、これは人間社会がどん詰まりに近づいてしまったからこそ必要とされているお伽話なんだな。
この本はどんなことがあっても、シーリア・フレムリンの「泣き声は聞こえない」と一緒にそっと本棚の奥にしまっておこう。
それがここにあるとわかっているだけで、心が少し強くなるから。
シーリア フレムリン
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