2013年6月29日土曜日

リスベット、という女- スティーグ・ラーソンが「ミレニアム」で戦った本当の相手

ミステリ評論も手がける友人が大絶賛していた「ミレニアム」シリーズを、文庫化を待って手にとった。

その友人は、ハードボイルド小説が嫌いだと言っていた。
探偵がふと立ち寄った場所に何故か手がかりを持った人がいたり、何気なく開いた雑誌に犯人の過去が書かれていたりといった、不自然なご都合主義が散見されるからだという。

その点このミレニアムでは、「ジャーナリストが過去に起きた事件を解決する」というアプローチが実に自然に機能していて、もしかしてジャーナリスト探偵ってのは、現代ミステリーにおいてそもそも不自然なところのある「探偵役」をどうするか、という問題の、ひとつの有力な解なんじゃないだろうか。


そしてなにより、複雑に入り組んだ物語そのものがかなり面白い。

40年前のハリエット失踪事件。
ヴァンゲル家のお家騒動。
経済ジャーナリスト、ミカエルと極悪実業家ヴァンネルストレムのペンと権力の闘い。

これらの単独でも充分読み応えのあるエピソードが、あざなえる縄のようにからみ合って一つの大きな奔流を作り出している。
逆に言えば、ちょっと複雑。
外国名の多く出てくる小説が苦手な人には、なじみのない北欧名が多いのでちょっとつらいかもしれない。

でも大丈夫。

極めて個性的で魅力的なキャラクターたちが、物語を強力に先導してくれる。
なかでも「ドラゴン・タトゥーの女」ことリスベット・サランデルの魅力に抗うのは難しいだろう。

そして、このリスベットの存在こそが、この長大な小説世界の主題である。

著者スティーグ・ラーソンは、15歳のころ一人の女性が輪姦されているところを目撃するが、何もせずその場を逃げ去ってしまう。
そしてその翌日、被害者の女性に許しを請うが拒絶されてしまうのだ。
その時以降、自らの臆病さに対する罪悪感と女性暴力に対する怒りが生涯つきまとうようになる。
その被害者の女性の名前こそ「リスベット」。

15歳の時に持っていなかった勇気。
理不尽な暴力に立ち向かう力。
しなくちゃいけないことを、どんな犠牲を払ってでも実現する強固な意志。

それらすべてを体現したアンチヒロインがリスベット・サランデルなのである。
スティーグ・ラーソンの無念を、魂を、存分にこめて造形されたヒロインなのである。

そこに、純度の高い正義をたっぷり詰め込んだ主人公ミカエル・ブルムクヴィストを配置しての物語構成は実に見事で、このシリーズさえも完結させずに世を去ってしまったことが本当に悔やまれる。


この物語が世界中で大きな共感を呼ぶのは、我々が誰も自分の過去と「戦い」ながら生きているからだと思う。
そしてこの戦いは絶望的に不利だ。
なぜなら過去は変えられないからだ。

それでもこの戦いを勝手に放棄することができないことは、深夜、夢の中まで追いかけてくる身悶えするほどの後悔の念に目を醒ましたことのある人にはわかると思う。

だから、せめてリスベットとミカエルに気持ちを託しながら、物語の世界に身を任せて、ほんの束の間その絶望的な戦いから解放されるのだ。
そして、彼らの運命を見届けて本を置いた時、ほんの少し自分の気持ちが軽くなったのを感じる。
これはそういう本だと思う。


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