その秘密は「調性感」というものにある。
学校でおなじみのピアノによる「起立」-「礼」-「着席」の音楽は、ドドミソ-ソシレソ-ドドミソと鳴らしている。大雑把に言えば頭ではドーソードと聴こえている。
ハ長調では、ドの音が「ルート」。
またも大雑把に言えば、ドの音を何回かピアノで鳴らして、他の音を鳴らすとドの音に戻りたくなる。この本能的な「気持ち」を調性感という。
ハ長調の中でソの音は音列の真ん中にあり、物理的に最も遠くにある音ということになる。
音楽理論では、このもっとも基本の音から遠くにある音を基音に持つ和音を、特別な和音として「ドミナント」と呼んでいる。
「 起立」-「礼」-「着席」 の「礼」にあたる和音だ。
基本の音(ここではド)を中心にした和音をトニックといって、楽曲を聴くとき、我々は知らないうちにトニックの響きを感じ取り、そこに落ち着きたいと思って音楽を聴いている。
そこにドミナントコードが出て来た時の、心の拠り所から遠く離れた頼りない気持ち。
この感じが音楽を聴いているときの心の震えの正体なのだ。
そしてこのドミナントからトニックに戻っていく進行を「ケーデンス」といい、すべての作曲作業は、このケーデンスをさまざまに演出を尽くし、表現することであるといっても過言ではない。
それもこれも、「和音」のシステムが合理的で扱いやすい体系になっているので、一部の高度な音楽教育を受けた人間でなくてもパッと直感的にコントロールできるようになっていることが大きい。
この和音のシステムはどこから来たのか。
古来、世界のそれぞれの場所で独自に発達した楽器と音階で、自らの民族性も含めて表現されてきた音楽という芸術は、キリスト教の布教のツールとして組織的に分化していった後、17世紀後半バッハの時代に再統合されて確立された「12音階平均律」(つまりピアノの黒鍵と白鍵が1オクターブの中に12個あるということ。)が西欧社会のスタンダードになった。
さらにその西欧文化の世界標準化によって、ワールドスタンダードになっていく。
その後、20世紀初頭にこの「12音階平均律」をもっと平易に、そして自由に活用できるシステムが発明される。
コードシンボルという。
ギターの弾き語り雑誌などで、歌詞の上に書いてある、CとかAmとかG7とか書いてあるあれだ。
これは、ドミソを略記しているのとは根本的に考え方が違う。
それまでの譜面はドミソと書いたら、ドミソとしか弾けない(当たり前だ)。
しかしコードシンボルで、「C」と書いたら、枠組みさえ合っていればどんなふうに弾いてもいいのだ。
そこには表現者の自由があり、そこから「アドリブ」が生まれた。
ジャズという音楽は、この枠組みを使って独自の発展を遂げていった音楽ジャンルなのである。
こういう考え方自体は、バッハのバロック期から存在していた。
バロック音楽のオーケストラ譜にはたいてい「通奏低音」部というパートがあるが、ここには一般的に音符は書かれていない。
その調の何番目の音を「弾いていいのか」、数字で指示されているだけだ。
演奏者は(一般的にこのパートは指揮も受け持つチェンバロ奏者が担当した)自分なりの表現で、曲の和声の動きをサポートしていくのだ。
しかし、このアイディアを楽曲の基底部を支えていく以上の役割を得ることはなかった。
これによく似てはいるが、一層洗練されて、メロディそのものをスポンテニアスに組み上げていくことを可能にしたコードシンボルシステムは、ロシアからの亡命音楽家ヨーゼフ・シリンガーによって確立された。
その死後弟子のローレンス・バークによって教育体系化され、アメリカのボストンにバークリー音楽院が設立される。
このバークリー音楽院で学んだ人たちが世界中にこのシステムを持ち帰り、あっという間に世界を席巻していくことになったのだ。
私もボストンにバークリーを見学に行ったことがある。
この世界の音楽教育を担うという伝統は今でも生きていて、積極的に留学生を集めていた。
ジャズもまた、ブルーズと同様にアメリカで文化の衝突によって生まれた音楽といえる。
ジャズの発生母胎は、アメリカ南部ニューオーリンズの黒人ブラスバンドだった。
19世紀末ニューオーリンズには二つの黒人階層が存在していた。
クレオールと呼ばれるフランス・スペイン系の白人と黒人との混血族と、奴隷階級の黒人。
クレオールは白人と同等の身分を保障されていて、一般の黒人たちとは交流がなかったが、南北戦争の結果、クレオールと一般の黒人は同等に扱うという条例が出て、この二つの階級は音楽シーンの中で交流するようになる。
ヨーロッパの音楽教育を受けたクレオールの繊細で優雅な演奏力と、読符に頼らない故に即興性にすぐれ力強い演奏力を持つ黒人音楽が「ブラスバンド」で融合し、新しいニューオーリンズ流の音楽が生まれた。
クレオールが吹いたメロディを黒人が即興で装飾していく「コール&レスポンス」という音楽スタイル。
これこそがジャズの源流なのだ。
僕は長い間、ジャズという音楽には興味を持てずにいたのだが、どの部分が「コール」でどこが「レスポンス」なんだろうという興味で聴いていくと、ジャズという音楽が、とても人間的で親しみやすい音楽に感じられるようになった。
そのきっかけを与えてくれたのが、キャノンボール・アダレイの「Somethin' Else」収録の「枯葉」だった。
マイルズ・デイヴィスのミュート・トランペットが奏でる「卵の殻の上を歩くような」と評される繊細なテーマメロディに押しかぶせるように、キャノンボール・アダレイの、パーカーの再来ともいわれた畳み掛けるようなフレーズが滑りこむように入ってくる。
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繊細さと豪快さ。
二人のまるで異なっていて譲らない主張が、見事にこのシャンソンの名曲にジャズの輪郭を与えていた。
この演奏が、シャンソンの名曲だった枯葉を、代表的なジャズ・スタンダードに変えたと聞いたが、確かにこの曲を演奏しているジャズ・ミュージシャンは多い。
ビル・エヴァンスも人気盤「Portrait In Jazz」で、「枯葉」を演奏している。
これはピアノとベースとドラムスの三人だけで全編の演奏をしているトリオ盤だが、ここでの不世出とまで言われたベーシストスコット・ラファロとエヴァンスのコール&レスポンスは、実に複雑で精妙。わかりやすいブレイクからの突っ込みもあるのだが、エヴァンスの隙のない「かっこいい」メロディの裏で、そのかっこよさがカッコいいだけで終わらないように、起伏のあるフレーズで支えているのである。
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コール&レスポンスを鍵にしてジャズを読み解くことの面白さを、奇しくも二曲の「枯葉」が教えてくれたのだ。
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