2016年7月11日月曜日

クリント・イーストウッド『J・エドガー』~歪んだ司法のカタチ

クリント・イーストウッド監督の『J・エドガー』を観た。

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監督としてのクリント・イーストウッドは、アメリカの過ちに意識的な監督だと思う。

アメリカは、ベトナム戦争でベトコンの変幻自在なゲリラ戦に手を焼き、同胞を攻撃させるためにラオスのモン族を雇った。
そして戦争終結後祖国にいられなくなったモン族をデトロイト湖畔のグラス・ポイントに移住させるのだが、その街を舞台にモン族への贖罪を描いた作品が「グラン・トリノ」だった。

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本作でのJ・エドガー・フーヴァーは、FBIの設立に尽力し、長期にわたって長官職を務めた。
彼が頭角をあらわしたのは1930年代のギャング掃討だが、そもそもギャングとはどのようにして国を脅かすような力をつけたのか。

1910年代、ニューヨークの株への投機熱は過度にヒートアップしていた。
現在の中国やBRICsのように「世界の(いや当時は欧州の、か)工場」として機能したアメリカは、その時期どの企業の業績も大きく伸びていったからだ。
街には遊民があふれ、皮肉なことに彼らの富を作り出していた労働人口は年を追うごとに減っていった。
ニューヨーカーは世界の王となり、農村の貧困を尻目に、欲しいものは全て手に入れた。

そして1914年、欧州は大きな戦火への火蓋を切った。
アメリカも17年4月にドイツに宣戦布告、大戦に参加した。国中から男たちがいなくなり、ニューヨークにはますます労働人口が不足して、州政府はセントラルパークの北に大々的な居住施設群を用意して、南部から大量の黒人労働力を誘致した。

さらに19年、信心深い婦人たちによって、男たちが留守の間に「禁酒法」がルーズヴェルトの拒否権発動にもかかわらず、議会を通過した。
ギャングたちは密造酒製造工場を各地に造り、軒並み億万長者になった。(ギャツビーのように)彼らは、農村で食い詰めていた人たちをこの非合法の工場に吸収し、おびただしい数の犯罪者予備軍とした。
そして粗悪酒の大量摂取はおびただしい廃人を作り出した。
ギャングは豊富な資金力で一国の軍隊並みの兵器と機動力を得て、多くの警官を殺した。

そして29年、金融大恐慌が起こる。
幻想の価格は無に帰し、恐慌の業火はウォール街を発し世界中を焼きつくした。

世界の王だったニューヨーカーの多くが無一文となり、路上に放り出された。
失意と悪酒に沈んだ彼らは高層ビルの乱立で陽光を失った冷たい路上で凍死した。
そしてそこはギャングの王国となったのだ。

むろんギャングたちはならず者だが、政治がそれを作ったとも言える。
そしてフーヴァーは、政治の責任は横に措き、司法の形を悪の進化に適合させていくことでギャングたちを掃討していくのである。
この後、毒を以って毒を制すスタイルは、簡単にエスカレートして、予算確保のため政治家のスキャンダルまで収集するようになる。


ブルース・スプリングスティーンは『ゴースト・オブ・トム・ジョード』で、スタインベックが『怒りの葡萄』で喝破したアメリカの問題はまだ解決していないぜ、と歌った。

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日本では自虐史観などと言われてしまうのだろうか。
クリント・イーストウッドも、アメリカの司法の形は今も歪んでいるのではないか、と問いかけているような気がする。
今もまた、アメリカでは警察権力と黒人の深刻な対立が再燃し、鎮火の緒(いとぐち)は見えない。

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