2016年7月12日火曜日

映画『イニシエーション・ラブ』~痛みに満ちた青春へのタイムトリップ

この映画は、内容だけ見れば純粋な恋愛小説であり、それでも原作も含め「ミステリー」の範疇に分類されているのは、偏(ひとえ)にラストのどんでん返しが叙述トリック的であるためだ。
そのどんでん返し自体も、煽り文句にあるほど驚愕の仕掛けではなく、むしろ全編に散りばめられた精妙な整合性をこそ楽しむ作品と言えるだろう。

突然話は変わるようで変わらないのだが、子供の頃NHKのアニメで「キャプテン・フューチャー」を観ていた人には、主人公「鈴木夕樹(ゆうき)」の名前に既視感があっただろう。主題歌の「夢の船乗り」を唄っていた歌手が「ヒデ夕樹(ゆうき)」というちょっと変わった名前だった。
苗字のヒデがカタカナなので、名前のほうの夕(ゆう)をカタカナのタと誤認して、ながいこと「ヒデタ」までが苗字で、名前は樹、一文字で「いつき」とでも読むのだろうと思っていた。

鈴木夕樹のあだ名が「たっくん」に決まっていくプロセスを観ていて、案外作者も同じような経験があるのではないか、と思ったりしたがこれはまあ、どうでもいい話である。

で、さらに蛇足だが、大野雄二作の傑作曲「夢の船乗り」は当初タケカワユキヒデの歌唱の予定で書かれたもので、レコーディングもされていたのに、制作側の都合(というのがどういうものだったのかはわからない)でヒデ夕樹に変更された。
しかしヒデ夕樹が1979年に麻薬所持で逮捕されたこともあり、大野雄二自身の抗議でタケカワユキヒデ版に再度変更されたという経緯がある。
ヒデ夕樹氏はあの「この木なんの木」の最初のバージョンを歌った人でもあって、2005年放送のCMまではヒデバージョンだったそうだから、こちらには逮捕の影響が及ばなかったようだ。


さて本題に戻ろう。
個人的にはラストのどんでん返しは肩すかし。
むしろこの映画の見どころは女優としての前田敦子の開眼にあるのではないか。


AKBにさして興味のない僕は、前田敦子がどうしてあんなに人気があるのかさっぱりわからない人間であったが、この映画で見せる「媚」の演技は実にツボだった。
映画内で多用される下から見上げる仕草がこの映画のキラーコンテンツ。
それは「ケルベロスの肖像」で桐谷美玲が見せる「手を振る」仕草と双璧の必殺技だ。

思春期の男の子の頭のなかにだけ存在する女の子の理想像を、それらは象徴している。
その象徴さえあれば、ぼくらは何度でもあの青春の痛みに満ちた瞬間に舞い戻ることができる。
映画を見ているぼくらの頭のなかには、前田敦子ではなく、それぞれの思い出の中にある女の子の笑顔が浮かんでいるはずだ。

そう、この物語は青春へのタイムトリップのための物語だ。
映画(小説)を彩る80年代のヒット曲や黒電話は、その旅の道連れなのだ。

別に叙述トリックの整合性確認のために何度も観る気にはならないが、その素敵な青春へのタイムトリップのためになら何度でも観る価値があると思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿