2018年2月27日火曜日

そうと見せずに現代社会の本質的な問題に切り込んで見せた傑作SFサスペンス『アルテミス』

火星に一人置き去られた宇宙飛行士が、ありあわせの道具で地球への帰還を試みる『火星の人』で大評判をとったアンディー・ウィアーの新作『アルテミス』を読んだ。


これまた面白い!
せっかく、こんなに面白いのに、帯の「今度は月だ!」ってなんだ!
そもそも火星と月じゃ、火星のほうがプレミアム感高いじゃないですか!
こんなんだから『火星の人』のほうが面白かった的なレビューが並んじゃうんですよ。
ま、『火星の人』もムチャクチャ面白かったわけだが。

話はいきなり逸れるが、昨年出会った最高の小説『未必のマクベス』を買ったのは、帯の惹句、
この本を読んで早川書房に転職しました
に、動揺を覚えるほど感じるところがあったからだった。
このコピー、最強すぎ。
こんなのと比べるのは酷だけどね。

アルテミス 上 (ハヤカワ文庫SF)
早川書房 (2018-01-31)
売り上げランキング: 729

アルテミス 下 (ハヤカワ文庫SF)
早川書房 (2018-01-31)
売り上げランキング: 705

確かに本作は、月の6分の1の重力や、真空という環境を最大限に活かしたSFアクションサスペンス。
しかし同時に本作は、その背景に今の世界が抱えている構造的な問題についての問題提起と、画期的で同時に痛快な解決策を提示している問題作だと思うんだな。


西欧社会が発展していく過程で生み出した<植民地>というシステム。
こいつが現代に根深く横たわる<格差>の根本原因だし、その最大の被害者は奴隷貿易の狩場でもあったアフリカだろう。
そのアフリカの一国であるケニアが、宇宙産業を軸に世界企業を再編し、月に産業拠点を作り出すという痛快。

それもただの妄想ではなく、ケニアが赤道上にあるという事実がその起点になっている。
宇宙ロケットの打ち上げには地球の遠心力を最大に利用できる赤道がもっとも有利、というのはマイケル・E・ポーターの『国の競争優位』で一章割かれてもいいくらいの見事な<資源>の事例ではないだろうか。

国の競争優位〈上〉
国の競争優位〈上〉
posted with amazlet at 18.02.27
マイケル・E. ポーター
ダイヤモンド社
売り上げランキング: 237,109

国の競争優位〈下〉
国の競争優位〈下〉
posted with amazlet at 18.02.27
マイケル・E. ポーター
ダイヤモンド社
売り上げランキング: 314,430

打ち上げには赤道、というフレーズがなんだかどこかで読んだ気がしていたら、これだった。
野尻抱介の『ロケット・ガール』
こちらはソロモン諸島だったが。

女子高生、リフトオフ! (ロケットガール1)
野尻 抱介
早川書房
売り上げランキング: 387,005

さらにそこで使われる経済媒体が、通貨ではない「スラグ」という新しいクレジット。
これが今流行りの暗号通貨(仮想通貨ではなく)であるBitcoin系の発展形ではなく、商行為の合理から生じたサービスクレジットである本来的な仮想通貨の応用概念であるところも注目すべきだ。

そしてこの新しいコミュニティでも儲ける手段がありそうだ、となると西欧組が猛然と割り込んできて陰謀を巡らせるあたり世界の愚かしさを象徴しているし、新しいコミュニティにも新しい問題があることを描くあたりも抜け目ない。

ウィアーの軽妙な語り口と映画然としたスピーディーな展開に目を奪われ、つい『火星の人』との比較に終始してしまうが、実は現代の社会問題を背景にどっしりと置いた社会派エンターテイメント大作。
読むしかないと思う。

2018年2月26日月曜日

浜田省吾さんのライブ・ビューイング『旅するソングライター』を観てきたよ

ちょっと時間が経ってしまったが、浜田省吾さんのライブ・ビューイング『旅するソングライター』を観てきたのでご報告を。

2015年と2016年のライブ映像の映画化。
2015年のライブは、その年、10年ぶりに発売されたアルバム『Journey of a Songwriter 〜 旅するソングライター』の楽曲を全曲演奏するという意欲的なツアーだったそうだ。

観客も久しぶりのツアーで気合が入っていた。
キャリアの長い彼らしく、観客にも子供連れが目立った。
カメラは、ヒット曲を口ずさむ子どもたちを捉えていた。
理由はわからないけど、なんだかそこに感動してしまった。

感動のあまり帰りにパンフレットを買った。
なんとLPジャケットサイズで、専用の袋に入っていた。


2500円もしたので、楽しみにして家で開けた。
入っていたのは二枚のライナーノーツとピンナップポスターが一枚とちょっと寂しかった。
2016年のツアーパンフ表紙だろうか

その裏側。

2015ツアーパンフの表紙?

その裏側

メンバー一覧

裏側はスタッフリスト

ピンナップポスター

LPジャケットサイズという企画と専用袋の質感が高いので、袋ごとポスターのように部屋に飾ったよ。

新しいアルバムの曲は映画で聴いたのがはじめてだったけど、特に変わりない安定のハマショー節で違和感なく楽しめた。
途中、女性ボーカルをフィーチャーした曲があって、そのシンガーの声がとてもよかったので、パンフレットを頼りに探した。
中嶋ユキノさんというシンガー・ソングライターで、浜田省吾プロデュースでメジャーデビューした人だそうだ。

YouTubeにこんな動画を見つけた。
なかなかいいじゃないか。


蛇足だけど、このMV、サムネが本人の絵じゃない。
イマドキ、YouTube動画の再生回数伸ばすのはサムネ命ってのは常識なわけで、SonyMusicの担当者はきっとあんまりYouTube観ない人なのかもね。
こういうところでヒットするかどうかが決まってくる時代なんだけどね。
閑話休題。

感動が冷めやらぬまま過ごした数日に、高校生の頃、何度も聴いた『ON THE ROAD』というライブアルバムを懐かしく聴いた。

ON THE ROAD
ON THE ROAD
posted with amazlet at 18.02.26
浜田省吾
ソニー・ミュージックレコーズ (1990-06-21)
売り上げランキング: 17,815

愛奴から一緒の盟友、町支寛二さんは、30年以上前のこのライブアルバムでも、本ライブ・ビューイングでもギターを弾いて、コーラスを歌っている。スゴいね。

このライブ・ビューイング、完全版的なブルーレイも発売されるようです。

SHOGO HAMADA ON THE ROAD 2015-2016“Journey of a Songwriter” [Blu-ray]
SME Records (2018-04-25)
売り上げランキング: 3






2018年2月17日土曜日

『ウルフガイシリーズ』を読むと人類ダメじゃんってなるけど、やっぱホントダメじゃんね

個人的な読書遍歴を紐解けば、僕にとっての高校時代は間違いなく「平井和正の時代」であった。
小学校の図書室で出会ったレンズマンでSF道に入った僕にとっては、宇宙を二分する<善>と<悪>の代理戦争を描いた『幻魔大戦』にハマるのは必然。
そして平井中毒になった僕は、まことに自然な成り行きとして『ウルフガイ』『アダルト・ウルフガイ』シリーズにも読みふけることになる。

今回、生頼範義展の開催記念ということで、ハヤカワ版権のウルフガイ二作が復刊された。


簡単にまとめてしまえば、文明や文化といった洗練の<副作用>として時に立ち現れる人類の残忍さと愚かさを、狼が表象する自然のシンプルな摂理と対照して描き出すというのが本シリーズのテーマだろう。
初期傑作群に共通して描かれる、この「人類ダメじゃん」感こそが平井作品の魅力だと思う。
読者だって当然、人類の一員なわけで、「人類ダメじゃん」と言われれば気を悪くしそうなものだが、実際には巧みに自分だけをその集団から切り離し、「こういうのが愚かだと感じることが出来るから、自分だけは愚かじゃないもんね」という不思議な優越感を得るのである。

フランス文学者の鹿島茂が、吉本隆明の思想が持つ現代的普遍性を解説した名著『吉本隆明1968』では、このような優越感を持つ心の性質について「自己疎外と自己投入の社会ビジョン」として解説されている。
オルセー美術館を埋め尽くす日本人観光客にうんざりする日本人(自己疎外)と、パリのマクドナルドで日本流のファーストフードマナーで振る舞い、冷たくあしらわれることを憤慨する日本人(自己投入)が、ふたつながら自分の中に存在して、どんな人も折にふれ、その二つの心的モードを無自覚に使い分けているものだ、と。

新版 吉本隆明 1968 (平凡社ライブラリー)
鹿島 茂
平凡社
売り上げランキング: 330,993

しかしこのようなロジックをテクニックとして使った作家本人だけが、そのロジックに逃げられない。
人類がダメなのはそのとおりとして、じゃあいったいどうすりゃいいのか。

そのあたりに、平井和正がGLA(God Light Association、旧大宇宙神光会)という新興宗教に接近していった理由があるのかもしれない。
教祖高橋信次が亡くなって、娘の佳子に教団が引き継がれた際、佳子が書いたとされる『真創世紀』が実際には平井和正のペンによるものであることはよく知られているが、その時の経験が後に書かれる小説版『幻魔大戦』に大きな影響を与えていることは間違いないだろう。

角川版『幻魔大戦』は、後半どんどん宗教色が強くなっていき、ファンが離れていったと聞くが、僕はむしろそこが面白かった。
主人公東丈は、来るべき幻魔との戦いのために高校の文芸部を超常現象研究会=GENKEN(じつは幻魔研究会)にしてしまうが、魅力的なリーダー東丈に惹かれて寄ってきた大人たちの手で、イケメン高校生教祖の新興宗教に変貌していき、そこから小説は、金のことや組織での地位に汲々とする大人たち、メンバーたちの勝手な振る舞いや不和を延々と描くことになる。
そう。
結局やっぱりダメな人類を描いているのである。

むしろ21世紀の戦争は、政治ではなく宗教が引き起こしている。
それを考えれば何も意外なことではないんだよね。

狼の紋章【エンブレム】〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)
平井 和正
早川書房
売り上げランキング: 39,024

狼の怨歌【レクイエム】〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)
平井 和正
早川書房
売り上げランキング: 24,328

2018年1月23日火曜日

映画『ちょっと今から仕事やめてくる』と『君の名は。』で考える「タイトルの挿入位置問題」について

昨夜『ちょっと今から仕事やめてくる』という映画を観た。

ちょっと今から仕事やめてくる 通常版 [DVD]
KADOKAWA / 角川書店 (2017-12-08)
売り上げランキング: 1,300

衒いなく泣かせにくる映画は少し苦手だし、思ったほどコメディ要素もなかったが、 黒木華さんの名演とエンドロールのバヌアツの美しさは確かにこの映画の見どころだったように思う。

しかし、エンドロールの直前にタイトルが出る演出は最近の流行りなのか、本作でも採用されていて、ここには大いに違和感があったと表明せざるを得ない。

タイトル『ちょっと今から仕事やめてくる』は、主人公のセリフとしてこの物語のクライマックスに登場するが、それがラストではなく中盤の転換部に現れるところが美点だと思う。
そこまでの鬱屈がいったん晴らされて、その後の人生の意味を探していくラストシーンが続く。
それが綺麗なバヌアツの映像が流れるエンドロールとともに余韻となって、観ている自分の人生にも思いを馳せていくという、まさにイーストウッドの『グラン・トリノ』ばりの名演出となるはずだった。
ああそれなのに、すでに役割を終えたはずのタイトルがなぜ途中に挟まれるのか。
せっかくの余韻が台無しではないか。


映画『イニシエーション・ラブ』でも、ラストシーン、前田敦子の<テヘペロ>的笑顔にオーバーラップして、あのタイトルが出てきてなるほどー、となるわけで、効果的に使わている例はいくつもある。

新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』でも物語の終わりにタイトルを大書する演出が使われている。
僕は何度目かの鑑賞の時、なぜタイトルが最後に来なくてはならないかにハタと気付いた。
あの映画ではラストシーンから恋が始まるからなのだ。
どうしてもその人でなくてはならないと、すでに知っているのに、名前を訊かなくてはならない恋なのだ。

ろくに話もしたことがないのに、好きになって、その人でなければと思い込む。
僕もそういう恋をしたことがある。
だから、最後に大書されたタイトルの意味に気づいた時、心が震えたんだ。

2018年1月5日金曜日

片岡義男『日本語と英語 その違いを楽しむ』

正月に片岡義男の『日本語と英語 その違いを楽しむ』という新書を読んだ。

日本語と英語 その違いを楽しむ (NHK出版新書)
片岡 義男
NHK出版
売り上げランキング: 131,415

大学生くらいの頃、片岡義男をよく読んだ。
赤い背の角川文庫。
古本屋に何冊もあったから、片っ端から買った。
女性の一人称がわたし、ではなくて「あたし」だったことがなぜがその小説群を特別なものに見せていた。

自伝的連作短編集『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』は趣味のレコードへの興味から手に取ったが、英語を母国語として育ったという出自がわかり、文章から感じられる独特のバタ臭さの理由がわかったような気がした。

コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。
片岡 義男
光文社
売り上げランキング: 304,736

だからだろう。何かの記事で『日本語と英語 その違いを楽しむ』という本の存在を知って読んでみたい、と思った。
近所の本屋には置いてなくて、出かけたついでに大きな書店に寄って買い求めた。

予想通りではあるが、文法も学習ノウハウも出てこない。
英語ネイティブの日本人が感じる、英語と日本語の<感覚>の違いについて書かれている。

ひとつだけ本書に書かれている例を引用してみる。
日常会話で特に意味のない合いの手として使われる「まさか」という言葉についてだ。
本気で相手の言っていることが「ありえないこと」だとは思っていなくても、その話にちょっと驚いているよ、という意思表示として使われる言葉なんだろう。
片岡はその訳語として、「オレの聞き間違いだよね」と意訳して、
I must have heard you wrong.
と当てていた。
その心は「you」の存在で、「まさか」には、オレが驚いている、という状態は表現されても、相手の存在は考慮されていないというのだ。
英語では「あなたが言った」と明示されている。
この他にも多くの例をあげて、日本語には、「you」の影が希薄だ、という論旨を展開している。

そのような時、自分なら「まじか」「まじで?」、目上の人になら「本当ですか」、と言うだろう。どちらも「本気で言ってますか」や「あなたが知っている本当のこととして話していますか」という意味が含まれていて、立派に「you」が存在していると僕には感じられるが、それを指し示す言葉は確かに日本語の中には明示されない。
なるほど。

まして現代の(一部の)若者たちは、「まさか」も「まじで」も言わず、ただ「ま?」と言う。
会話も
「~なんだって」
「ま?」
「うん、だから明日行こうよ」
「りょ」(了解の意)
で終わる。


言葉の変化の速い時代だ。
本書のように、文法ではなく、言葉そのものを考察した資料はいずれ貴重なものになるだろう。

2017年12月16日土曜日

映画『追憶』を観て、安藤サクラの異常な存在感にビビる。

DVDで映画『追憶』を鑑賞。
と言ってもバーブラ・ストライサンドのアレではなく、2017年公開の岡田准一主演作である。

なにしろ観るDVDのほとんどにこの映画の予告編が入っていて、その度岡田准一が小栗旬に
お前は、一体何を守ろうとしているんだ
と問い詰めるので、本当に一体を何を守ろうとしているのか、それが気になって気になってDVDを借りてきた次第だ。

その意味でこの予告編は大成功している。

しかし実際に観てみると、一番心が動くのは、その謎が解けた時ではなかった。

篤をめぐる二人の女、安藤サクラ演じる「涼子」と長澤まさみ演じる「美那子」のそれぞれに流される涙が、この映画を読み解く鍵だ。


篤の妻美那子は、自分に心を開かない夫との関係が子どもを産むことで変わることを期待していたが、流産しその機会を奪われる。関係の修復を諦めた美那子は別居してしまうが、義母の自殺未遂をきっかけに、「自分も寂しかった」と涙を流すことができ、少しだけお互いの心を溶かすことに成功する。
<人>の愛を表現した、長澤まさみのこの落涙のシーン。
それは奇跡のように美しかった。

そしてそれに対置するかのように置かれた安藤サクラの<聖>の涙がある。


劇中、
今日も無事終わりました。ありがとうございました
というセリフとともにこの涙は流される。


涼子は、自分の経営する「ゆきわりそう」という喫茶店に、ワケありの子どもたちを預かり共同生活をしている。

まあ聖母なのである。
そして自分自身も過去の荒んだ生活から逃げている。
今日も一日逃げおおせました、が<無事>というセリフの意味だろう。
親に見捨てられた子どもたちの無事もその中に含まれていたと思う。

そしてある日突然その<無事>は破られ、子どもたちは聖母を災厄から守ろうと罪を犯すが、結局聖母自身がそれを引き受けることになる。
不幸は重なり、記憶は失われ、彼女は<無垢>の存在となり、本当の意味での聖女となる。
そしてラストシーン。

聖女となった彼女から再び発せられる
今日も無事終わりました。ありがとうございました
のセリフ。

なんという存在感。
圧巻である。
安藤サクラは見事<聖女>を演じてみせた。


涼子(=安藤サクラ)の胸の中で安堵の表情を見せる岡田准一。
その時彼の中にあった忌まわしい記憶は「追憶」になったのだろう。


追憶 DVD 通常版
追憶 DVD 通常版
posted with amazlet at 17.12.16
東宝 (2017-11-03)
売り上げランキング: 17,962

2017年11月21日火曜日

2017 北海道オーディオショウに行ってきました -試聴会再考~ 誰がためにその音を鳴らすのか-

今年もCAVIN大阪屋主催の『北海道オーディオショウ』に行ってきました。
いつもいいなあと思うスピーカーが、今回も素晴らしい音を奏でていましたが、全体にDEMO自体は低調という印象で、これ誰のためのやってんの?と思うこと数度。

今年は、それぞれのブースのレヴューというよりは、オーディオショウ全体について改めて考えてみたいと思います。

---------------------------

札幌で行われる試聴会には、視聴即売会的なものと、普通では手の届かないハイエンド機器の音を聴かせるものの二系統があります。
視聴即売会の狙いは今更論じるまでもなく、オーディオ機器を売るためのもの。
売れ筋ラインの新製品が出れば、その機種を聴かせる試聴会が開かれ、そこに購入を検討している人たちが来ます。
だいたい機種が決まっていれば、その機種が得意としているジャンルのファンが集まるわけで、デモの素材選びなども自ずと決まってきます。

そのまま商談に入るお客さまもたくさんいらっしゃるようでした。

難しいのはハイエンド・タイプの試聴会で、高いものになると数千万にもなるオーディオ機器を買える人は限られていますし、そのような商品では、自分の使っている機種に近いものと接続して、個別に試聴をさせてもらうのが普通です。
では何故やるのか。
どんな効果があるのか。

思うに、ハイエンド機の別次元の音を聴くことによって、ユーザーさんたちの「もっといい音を聴きたい」という心の<温度>を上げておく効果が重要なのではないでしょうか。
そのような<経験>が潜在的な買い替え需要を作り出していると思うのです。

私などは、まんまとその罠にハマった一人で、まだ「ハイエンド試聴会」という名前だった頃から毎年欠かさず足を運んでは、頭のなかで数年後に宝くじにでも当たってお金持ちになった自分を空想して、架空の夢のシステムを組み立ててはうっとりしているのです。

もう少し現実的な効果もあります。
試聴会でいいプログラムを聴くと、自分のシステムのどこをステップアップすべきかがわかるのです。

二年ほど前のトライオード山崎順一さんのデモで、「これはあまり現実的な選択肢じゃないけど」と前置きして聴かせてくれたゴールドムンドの二千万円もするDACを聴いた時、あまりの変化に驚嘆したことがあります。
デジタル再生の肝はDACという信念が僕の中に根ざした瞬間でした。

そんな僕に今回その実感を再び聴かせてくれたのが輸入商社「アクシス」のブースで、MSBテクノロジーズの新製品「リファレンスDAC」でした。
→アクシスのリファレンスDACの商品ページ

スピーカーには、ルーメンホワイトの改良復刻のスピーカー「white light anniversary」が組まれていました。
石田衣良さんが使っていて、これがなかなかアンプを選ぶスピーカーで、とおっしゃってましたから、それをこれほどまでに朗々と鳴らすAyreのRシリーズのアンプの実力も相当なものだな、と思わせて、結果的に全体が素晴らしいデモになっていました。

聴かせどころのコアになる商品を決めて、それを表現できるシステムを組んでこそ、デモも成功できるのです。

そういう意味では残念ながら、 タンノイ・ユーザーとして非常に楽しみにしていたアーデン、チェビオット、イートンの三兄弟の復刻モデルのデモは成功だったとは言い難い。
→「タンノイ・レガシー・シリーズ」

シリーズで最も大きい「アーデン」でのデモは、一曲目、デイブ・ブルーベックの『テイク・ファイブ』の出だしから「おっ」と思わせる鮮烈な音が出て、好印象。
少し低音が重い気がするが、セッティングで補正できる範囲内かな。
近頃流行りの密閉型には無い、自然な金物の音にも好感が持てました。

しかし問題は接続したアンプ。
デモ主のエソテリックの新製品であるプリメインアンプとSACDプレーヤー、そしてネットワークプレーヤーのセットで鳴らされていた。
聴き進めていくうちにプリメインアンプの分解能の低さがだんだん気になってくる。
特に大音量になった時の歪感には閉口してしまった。
アーデンの実力を活かしているとは思えない。

それに、アーデンを今から買おうというユーザーは、往年のタンノイファンなのであり、そのような機材は使わないでしょう。
エソテリック扱いの新製品を無理やり組み合わせた今回のシステムは、機器の組み合わせの妙を楽しむオーディオという趣味の本質を捉え損なっています。

もうひとつ厳しいデモとなったのが「ステラ」社のブース。
今回は新製品のオーシャンウェイのパワードモニタースピーカーが核に据えられていました。

このスピーカーの音がなんとも荒々しいもので、録音スタジオでロックのモニタリングをするにはいいのかな、と思う音ですが、これに自社製の高級レコードプレーヤを繋いで、レコード演奏の「ノイズフロアーの低さ」をプレゼンする、という支離滅裂な展開。
静寂とは縁遠いパワードモニターに、古いジャズのレコードはスクラッチノイズ満載。最後の曲は美空ひばりさんの復刻LP。
なんだか本当に何をしたいのかわかりません。
あんた、お金持ってたらこの組み合わせでシステム組む?と訊きたくなりました。


もちろん今回もいいデモはいくつもありました。
なかでもやはりB&Wにハズレ無し。今年も最高の音を聴かせてくれたのは、トップエンドモデルの800D3でした。
デモ自体は新しくでた700シリーズの売り込みだったのですが、さすがにB&Wはわかってらっしゃる。
それだけではもちろん終わりませんよ、とばかりに800D3に繋ぎ変えて、シニア・サウンド・ディレクター澤田氏の秘蔵音源をたっぷりと聴かせてくれました。
これがまたいちいちいい音で。

ビートルズのホワイトアルバム収録曲のリハーサル音源には魂消ました。
なんて生々しいジョンのシャウト。コレ聴いただけで、今日来た甲斐があったと言いたいくらい。
他にも曰く有りげな録音多数。
その度に「秘密のSACDで」と紹介を付け加えるのです。
おそらく、スタジオ界隈では、せっかくいい音で録音したものは窮屈なCDフォーマットではなく、SACDフォーマットに焼いて関係者に配るのでしょう。
スタジオで使われていた2インチのアナログマルチに76cm/sのテープスピードで録音した音ってのは、もうこれはとうてい家で再現できるような音量では商品化できないようなダイナミックレンジになっているんだそうですから。

巷では、SACDとかハイレゾとかあんまり変わらんだろ、という声をよく聞きますが、多くの商品ではその通りなんだと思います。
一回商品用のマスタにしたものをいくら良い器に入れ替えてもたかが知れている。
源流のほうから、それ用にマスタリングしたホンモノはこんなに凄いんだよ、というのを聴かせてもらえたのが収穫でした。

2017年11月20日月曜日

プリアンプの真空管が死んだ〜真空管交換顛末記

毎朝レコードを磨いて聴くのを習慣にしている。
その日は、『風』というグループの4thアルバム『海風』を聴いていたら、B面あたりで、ボンッという嫌な音がして、左チャンネルから音が出なくなった。

この音には聞き覚えがある。
7年ほど前、パワーアンプのMC275の整流管が飛んだ時、まったく同じ音がした。

うちのシステムの場合、プリにもパワーにも整流管が使われている。
プリアンプを見ると、片側だけメーターが振れていないので、原因はプリアンプではないかと疑われた。

接続を外し、蓋を開けてみると、8本の整流管が並んでいた。



二つのグループに別れているようで、これがLRの各チャンネルのグループだろうとアタリをつけて、4本ずつそっくり入れ替えてみると、動かないメーターが右に移動したので、ここが故障の原因と特定できた。
あとは、どの真空管かを特定できれば、交換でもとに戻るだろう。

MC275から12AX7と12AT7を一本づつ抜いて、それを一つづつ交換しながらCDから信号を入れて確認をしていった。
5本目に差し掛かった時、刺さっている真空管に触れると他のものと較べて格段に熱くなっていた。
この12AT7が犯人だな、と直感しながら差し替えてみると、見事に信号が通った。


交換する真空管を発注するにしても、このままプリアンプを開腹したままにしておくのも良くないだろうから、テストに使った管を挿したままにして閉じて、結線まで復元した。

これで新しい管が届いたら剥き出し構造のMC275に挿す、というほうが合理的だろう。

さっそく12AT7をネットで探す。
探すのはGolden Dragon。
と、書くと、古参のオーディオファイルは顔を顰めるだろうが、McIntoshの純正管はGolden Dragon製なのである。

検索すると、送料無料のヨドバシにあった。発注すると、在庫を確認するとメールが来た。
その二日後、納品日が決まりましたと知らせがあったが、なんと二ヶ月も先の日付だった。

こりゃタマランとキャンセルして、いつも発注しているテクソルを探すと、送料がバカ高になっていて、そうだそういう時代になったんだと改めて気付く。
一応見積もりを取ると、こちらもやはり納期は二ヶ月先だという。

仕方がないので、在庫優先。
在庫表示の精度の高いAmazon先生にお願いすることにした。
12AT7の在庫のある中で、最安のエレハモを発注。
ギターアンプ用としてポピュラーなもので、そこそこ信頼性もあるだろう。

こっちは表示された到着日の一日前に届いた。


さっそく挿して音出し。
今までと変わらない音がでましたよ。メデタシメデタシ。


って、あれ?
今調べたらこんなのも出てる。

PM 12AT7A ミニチュア/mT 双3極管 TPM12AT7A
PM
売り上げランキング: 908,585

Golden Dragonは英国PMコンポーネント社の製品ですからね。
こっちのほうが近いじゃん。
安いし。

真空管、だいぶ入手しやすくなってるけど、商社側はまだまだBtoBの気分で個人ユーザーが買いにくい。
ユーザー向けの販売チャンネルは「趣味が嵩じて」系の人が多くて、UIがイマイチ。
やっぱAmazonに頑張ってもらうしかないんでしょうな。そりゃ一人勝ちになるわけだ。

2017年11月11日土曜日

Nikon D5100を購入!不滅のFマウントはZoom Nikkor 43-86mmをデジタルの世界に迎え入れるのか

ブログなどの記録用にはコンデジ、趣味としてのカメラはフィルムカメラのNikomat ELで通してきたのですが、正直ブログやSNSの写真にも一眼のクオリティが欲しいな、とは思っていました。
で、この度Nikon D5100というデジタル一眼レフを購入しました。
わーい。


でも買ったのは本体のみ。
家族がNikon D5300という二世代新しいモデルを使っていて4本ほどレンズがあるので、それを借りて使ってます。
今ついているのは、写真の35mm f1.8の単焦点。

しかし、わざわざ人のレンズを借りんでも、自分のレンズがあるわけですよ。
ワタクシのメインカメラNikomat ELに普段付けている43-86の標準ズームがね。


なにしろニコンは不滅のFマウント。
このレンズも付くことは付くはず。
さっそく不滅のFマウントの実力ってヤツを確かめてみようと思います。


ま被写体ですが、手近なところで部屋の真空管アンプを撮ってみます。
まずは、いつもブログ用に使っているライカのコンデジで。


これを新しく買ったD5100+35mm f1.8で撮るとこうなります。


撮像素子の大きさもレンズのf値もまったく違いますから、一概にどちらが、とはいえませんが明らかに違う写り方しますね。
ボケが欲しいときはやはりこのレンズ。
しかし意外にライカも健闘しています。
コンデジとは言え、ライカはライカか。

さて肝心の43-86の方はどうでしょうか。


うーむ。
なにしろ最短撮影距離が1.2mというスペックなので、まったく寄れません。この被写体では実力が発揮できませんでしたが、それなりに雰囲気は出てるのかな。
こんな時は接写リング。


 これをレンズと本体の間に噛ますと、最短撮影距離が変わって「寄れる」ようになります。露出が少し暗くなるので、補正が必要ですが便利なシロモノです。

ところが一番浅いPK-11を噛ましても、今度はさきほどの構図が維持できないような位置まで寄らないとピントが合いません。
しかたがないので別ショットを撮ってみましょう。


あ、普通に、写りますね。
しかし、あえてフルマニュアルでしか撮れないクラシックレンズを使うほどの「味」は、このような室内撮影の物撮りでは出てこないのかもしれません。

しかし例えば、以前Nikomatに43-86を付けて撮ったこのような被写体なら・・と以下の写真をあらためて見てみると、いやいやこういう写真ならフィルムで撮ればいい、と思うわけで、やはり今後もフィルムカメラとの併用になるのかな、と。


というわけで、不滅のFマウントは、機能はするが、やはり適材適所、ということになるかと思います。
それを超えて味を出していく技術はまだ僕にはないようです。
まことに当たり前の結論で申し訳ありません。

2017年11月10日金曜日

稲垣潤一『Personally』〜これも青春のサウンドトラックだった

稲垣潤一の4thアルバム『Personally』を聴いている。


83年発売の3rdアルバム『J.I』は僕にとって特別なアルバムで、色んな意味で転機となった予備校時代を支えてくれた一枚だ。
→「僕のSoundtrack of Lifeに刻まれた音」

予備校にいる間に発売された次作『Personally』は大学に入ってからレンタルレコードで聴いた。カセット資産を処分した時に買い直さなかったアルバムの一枚だが、こうして30年以上の時を経て当時のままの音で再会できるのだから本当にLPレコードというメディアはすごい。

オープニングは林哲司作の軽快でオールド・スクールなポップソングで、『J.I.』の路線を継承しているように思えるが、『J.I.』が夏歌のイメージならこちらは少し冬の匂いがする。
それを形にするのがユーミン作(したがってアレンジも正隆氏)のA2『オーシャン・ブルー』 だ。タイトルで夏を装うが、サウンドは冬のユーミン。松原正樹のギターが華を添える。

A面ラストの名曲『誰がために・・』を聴き終え、B面に進むと、少し様子が変わってくる。
B1『レイニー・ロンリネス』とB3『ジェラシーズ・ナイト』で秋元康&筒美京平先生のモロ歌謡曲フレイバーを放つ。
後にカバーシンガーとして開花し直す稲垣潤一を予感させる録音。

秋元康は、A3で『振り向いた時そこに見える階段を数えたことがあるだろうか』という、当時としては見慣れない長いタイトルの曲を作詞していて、これが後に長いタイトルのライトノベルが量産されるキッカケになり、ぐるりと廻ってご自身のAKB48『鈴懸の木の道で「君の微笑みを夢に見る」と言ってしまったら僕たちの関係はどう変わってしまうのか、僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの 』に繋がっていく、などということはありません。嘘です。言ってみたかっただけです。スミマセン。

僕にとってのハイライトは最終曲『もう一度熱く』で、バラードのメロディでは一番好きな作家安部恭弘の作曲。来生えつこの粘つかない歌詞もいい。

Personally
Personally
posted with amazlet at 17.11.09
稲垣潤一
ユニバーサルミュージック (2009-03-11)
売り上げランキング: 27,253

【Anthologies #1】心に澱が積もる夜には|大貫妙子『ライブラリー』

 還暦を過ぎ、いつの間にか貪欲に新しい音楽を探すことはなくなった。 それでも、日々を生きていれば音楽に頼りたくなることはあるものだ。そんなとき聴きたくなるのは、アーティストたちの人生が垣間見える<アンソロジー>で、いくつか愛聴盤がある。 誰かの心無い言葉や、諍いに心に澱が募るよう...