前作『Working Class Dog』で全米No.1を獲得し、俳優とロックスターという二つの頂点を極めたリック・スプリングフィールド。彼が爆発的な人気を獲得した1980年代半ば、その熱狂の裏でリリースされたもう一つの重要なアルバムが存在する。それが1984年に発表された『Beautiful Feelings(邦題:ビューティフル・フィーリングズ)』である。


本作は、リックが世界的な大スターへと駆け上がる直前、1970年代後半に録音されていた未発表音源をベースに、当時の最新鋭の80sサウンドをオーバーダビングして完成させられたという特殊な経緯を持つ。ヒット作の影に隠れがちではあるが、彼のメロディメーカーとしての原点と、80年代ポップ・ロックの過渡期を同時に目撃できる極めて興味深い一作である。
アイドルからの脱却とソングライティングへの執念
リック・スプリングフィールドは、オーストラリアで活動した後に渡米し、1972年にソロデビューを果たした。当初は端正なルックスからティーン向けのアイドルとして売り出されたが、本人はあくまで骨太なロック・ミュージシャン志向であり、理想と現実のギャップに長年苦悩することとなる。
不遇の70年代後半、彼は音楽活動の傍ら役者としてのキャリアをスタートさせ、これが後の大ブレイクへと繋がる。しかし、彼の素晴らしいところは、光の当たらない下積み時代であってもソングライティングの手を緩めなかった点にある。その時期に書き溜められ、磨き上げられた楽曲たちのストックこそが、後のメガヒットの原動力であり、本作『Beautiful Feelings』に収録された瑞々しい楽曲群の正体なのである。
音楽的特徴:70年代のルーツ・ロックと80年代エレクトロの奇妙な融合
本作の音楽的な最大の特徴は、その「制作プロセスのタイムラグ」が生んだ独特のサウンドスケープにある。
ベースとなっているのは、1978年前後に録音されたシンプルでストレートなパワーポップやルーツ・ロック調のテイクである。そこに1984年という、シンセポップやニューウェイヴが全盛を迎えた時代の音響(きらびやかなシンセサイザー、エフェクトの効いたドラムサウンド)が文字通り「お色直し」として重ねられた。結果として、リックの持ち味である哀愁を帯びたエモーショナルなボーカルとギターリフの背後で、80年代特有のポップな電子音が弾けるという、この時代でしか成立し得なかったハイブリッドなポップ・ロック・サウンドが完成している。
主要楽曲の分析:原点の輝きと時代性の交錯
「Bruce」
アルバムの冒頭を飾るにふさわしい、本作を象徴するキャッチーなナンバーである。当時、「スプリングフィールド」とよく似た姓を持つブルース・スプリングスティーンと度々間違えられたという、リック自身の自虐的かつユーモラスな実体験をベースに書かれている。軽快なカッティングギターとポップなキーボードの絡みが心地よく、彼の卓越したストーリーテリングの才能が光る名曲である。
「Beautiful Feelings」
アルバムのタイトルチューンであり、リックのソングライティングの核心である「美しいメロディセンス」が凝縮されたミディアムテンポの楽曲である。甘く切ないボーカルと、どこかノスタルジックなメロディラインは、70年代のシンガーソングライター的な情緒を残しつつも、80年代の洗練された音響によって見事なポップスへと昇華されている。
「Brand New Heart」
ハードロック譲りのエッジの効いたギターと、疾走感のあるビートが特徴的なトラックである。前作『Working Class Dog』で見せたパワーポップの熱量をそのまま引き継いだようなエネルギーに満ちており、ライブ映えするであろう骨太なアンセムに仕上がっている。
時代に翻弄されたからこそ輝く、愛すべきポップ・アルバム
レコード会社による商業的な思惑から生まれた側面もあるアルバムだが、そこに収められた楽曲のクオリティは一級品である。リック・スプリングフィールドというポップの天才が、ブレイク前夜にどれほど純粋で強力なメロディを紡いでいたか、そして80年代という時代がいかにその才能を増幅させたかを証明する生々しい記録と言える。
きらびやかなシンセの奥から聴こえてくる、若き日のリックのハスキーで情熱的な歌声。それこそが、本作『Beautiful Feelings』の、単なる企画盤にとどまらない、時代を超えた魅力だと思う。
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