2015年4月9日木曜日

フォーシーズンズの光と影~「ジャージー・ボーイズ」クリント・イーストウッド

フォーシーズンズの名前を初めて知ったのは小学校4年生の時だった。

当時学校ではベイ・シティ・ローラーズが流行っていた。
クラスメイトのお姉さんが持っていた3枚のアルバムを録音してもらって、自分のラジカセで何度も聴いて歌っていた。そのうち自分でもあの大きなジャケットに収納された丸いレコード盤が欲しくなって母におねだりした。
とはいえ、当時我が家の音響機器はナショナルのラジカセだけで、レコードプレーヤーはなかったのだ。

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父はあまり音楽に興味がない人だったが、翌日東芝のモジュラーステレオを買ってきてくれた。肝心のレコードは、母と一緒に当時釧路で一番大きな百貨店だった丸三鶴屋のレコード売り場に買いに行った。
そこで買ってもらった「ニュー・ベスト」というベスト盤の最終曲として収録されたバイ・バイ・ベイビーのオリジナルがフォーシーズンズだったのだ。

その後、例の「君の瞳に恋してる」を何度もラジオで聴いて、フランキー・ヴァリの名前も聞き知ってはいたが、その人がフォーシーズンズのリード・ヴォーカルだとはずいぶん後になってから知った。

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そのフォーシーズンズの伝記的ミュージカルをあのクリント・イーストウッドが映画化すると聞いては黙ってはいられない、と言うわりには結局劇場には行かずDVDでの鑑賞となった。

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しかしまあ、クリストファー・ウォーケンが出てくるだけで、画面の中の人間関係に奥行きが出てくるのはどういう仕掛けなんだろう。映画によってさして演技を変えているようには見えない。
彼自身の人柄のなせる技なのでしょう。いつもどんな役をやっても彼自身はクリストファー・ウォーケンにしか見えないのだから。
「ディア・ハンター」以外では、「ヘアスプレー」や「25年目の弦楽四重奏」といずれも音楽系の映画でお逢いすることになったので、何か音楽とのご縁があるのかなと思って調べたらもともとミュージカル俳優だったのですね。

BCRがカバーしたバイ・バイ・ベイビーと君の瞳に恋してるしか知らなかったが、ボブ・ゴーディオという才能あふれる作曲家の音楽をこれまで聞き逃していたことが残念になるくらい、映画は素晴らしかった。
ある意味優等生(ベビーフェイス)的な音楽だが、映画で描かれた彼らの人生は順風満帆とは対極の壮絶さだった。
マフィアとの繋がり。多額の借金。不法侵入。窃盗。逮捕、収監。
クリント・イーストウッド作品に共通して流れる、善悪の二分法を拒絶する雰囲気が彼らの音楽そのものにもあるのだ。

許されざる者、グラン・トリノ、ミスティック・リヴァー、トゥルー・クライム。
善悪という相対の中に揺れる自我と、それを錨のように繋ぎ止める「家」という存在が、イーストウッドの映画にはいつも描かれている。
その意味で、このジャージー・ボーイズという作品を、これほど「正しく」映画化できる監督も、クリント・イーストウッドしかいなかっただろうと思うのだ。


2015年4月8日水曜日

もうひとつのゴースト・オブ・トム・ジョード~「インターステラ-」クリストファー・ノーラン

クリストファー・ノーラン監督の最新作「インターステラー」が早くもDVDになったので早速レンタルしてきた。
逸る心でプレーヤーにディスクをセットすると冒頭の砂まみれのシーンから、「怒りの葡萄」の印象的な導入部が想起された。

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怒りの葡萄は、文豪スタインベックの代表作。
1931年から1939年に実際に起きた「ダストボウル」と呼ぼれるグレートプレーンズを断続的に襲った砂嵐を題材に採っている。
ダストボウルは、作物以外の草木を根こそぎ刈り取ってしまう効率重視の大規模農法が、剥き出しになった肥沃な土壌を乾燥した砂に変え、それが風に乗って砂嵐になる現象だ。
オクラホマ州の多くの農民は、その苛烈な砂嵐に作物をやられ、土地を捨てざるを得ず、果樹園での働き手を探していたカリフォルニア西部に移民していった。
怒りの葡萄は、エジプト王の圧政に耐えかねて約束の地カナンへ旅立つ旧約聖書の「出エジプト記」にその構造を借りている。
クリストファー・ノーランも、インターステラ-を「出“地球”記」として描いたのかもしれない。


約束の地カナンを探す宇宙への旅。
この旅の途中で人類は次元認識の異なる異種族とのファーストコンタクトを果たすが、これはまるでカール・セーガンの原作をジョディ・フォスター主演で映画化した「コンタクト」のようだ。

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そういえば、「コンタクト」にもマシュー・マコノヒー出てますね。


ワームホールや、異次元の認識に「時間」を使うなど道具立てがよく似ているからそう感じるのだが、映像の表現力はやはりクリストファー・ノーランに軍配が上がる。
 「インセプション」の夢の世界も素晴らしかったが、今度の宇宙も凄いよ。
特に「時間」という我々の目に見えないモノを可視化した映像技法には本当に感心した。
もし時間を視る目があるとしたらきっとあんな感じなんだろうと思わせる。


「出エジプト記」や「怒りの葡萄」のような、権力に虐げられる民衆とその中から立ち上がる導き手の物語は、西欧圏のコミュニティに深く根付いている。
ブルース・スプリングスティーンは、1995年のアルバム「ゴースト・オブ・トム・ジョード」で、アメリカは未だ怒りの葡萄の問題を解決してはいない、と語りかけている。
怒りの葡萄の問題意識は、今やグローバルに拡大された。
経済圏を拡大すれば国家の問題も世界の問題となる。

インターステラ-で描かれる未来世界も、疫病で主要な農作物が次々と地球規模で全滅し、食糧戦争で疲弊しきっている。
もはや最後に残されたトウモロコシの絶滅を目の前にして、人類の命運も風前の灯火となった。
しかし、教師までが「アポロ計画」はソ連を破産させるためのプロパガンダ。宇宙計画は二十世紀という贅沢と浪費の徒花で、だから科学教育などは無駄だと言い、未来を切り拓く力をもった子どもたちは生まれようがない社会になってしまっていた。

今を生きる我々に、それをまるっきりの絵空事と笑うことは出来まい。
爆発的に増え続ける人口は現実の問題だ。
それを養うために、遺伝子を操作して人間に都合よく作り替えられた動物や植物たち。
温暖化をいいながら、二酸化炭素の排出量をカネで取引する国際社会。
役に立つか立たないかを基準に、子供の教育を考える人たち。
何が起きてもおかしくない。
その時、導き手は現れるのだろうか。

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2015年4月6日月曜日

【映画考察】少女ヒーローの系譜を継ぐもの~実写映画版「Another」

筋金入りの少女ヒーローヲタク早見慎司氏が語り尽くす「つみきみほ」


福田沙紀主演のテレビドラマ「メイド刑事」は、スケバン刑事の流れを正統的に引き継いで、00年代を代表する少女ヒーローものの傑作と思うが、それもそのはず。原作者の早見慎司氏は筋金入りの少女ヒーローヲタクなのである。


そんな筆者が新刊「少女ヒーロー読本」で本領を発揮している。

角川映画が作った若年向け邦画マーケットの中から生まれた傑作「セーラー服と機関銃」を嚆矢に、不良少女とよばれて、ポニーテールはふり向かない、スケバン刑事と続いていく「少女が戦う」ことの商品価値を語り抜く。

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現在入手できないマニアックな番組も含め、詳細に語りおろしていくが、なぜかこの「少女が戦う」ドラマにはバカバカしい演出が頻発し、そのバカバカしさを大真面目にひとつひとつバカバカしいと断罪していく筆致が実に痛快な傑作評論だ。

その最終章をまるまる使って「つみきみほ」という女優について語られている。
懐かしい名前だが、実は近年も実写映画版の「Another」に出演していると聞き、原作も読み、アニメ版も清原紘版のコミックも、オリジナルアニメ付きの予約限定版コミックも入手したというのに、実写版だけは観ていなかったことを思い出して、借りてきた。

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実写映画版「Another」の諸々の問題


実際に観るまでは見崎鳴を演じる橋本愛がミスキャストではないか、と懸念していたが実にVery Goodで、ミステリアスな造形から、後半素顔を見せていくところがあるのだが、この性格描写は実写版が一番よく描けているかもしれない。

物語の成立にも関わる「赤沢さん」問題

問題は「赤沢さん」だ。
Anotherという物語は、見崎鳴と赤沢泉美の対立軸が背骨になっている。
重要な役なのである。
漫画版でもアニメ版でも入念なキャラクターデザインが施されている。



なのに実写版ではクライマックスの合宿シーンまで、ほとんど赤沢さんの出番はないのだ。




これはマズイ。
俳優さんに責任はない。

物語の冒頭から「現象」の対策に責任を持つ立場としての赤沢泉美を描いていないから対立構造が生まれないのだ。
食堂でのイザコザなんかでそれを表現しようとしているからいかにも軽い。


この対立がないと、「死」と距離を置きたい見崎鳴が、その気持ちを押し切ってどうしてもこの「現象」の解決を自分の手で、という決意が生まれてこない。

案の定「もう誰も死んでほしくないの」などという実に彼女らしくない台詞で動機を説明することになってしまっている。

緻密な骨格を持つ作品だけに細かい改変が随所に影響を及ぼす。
残念だ。

原作既読者は、「死者」に関するある叙述的なトリックが映像作品でどう処理されているか気になっている方もいらっしゃるだろう。
漫画版もアニメ版もうまく処理していたが、人間が演じる実写ではどちらの手も使えない。そこで脚本をうまく変更して対応していた。
まるで違和感はなく、現実的。
この処理は原作よりも優れていると思う。

「つみきみほ」の無駄遣い


で、肝心の「つみきみほ」だが、本当にワンシーンのみの登場で、きっとあらかじめ意識していなければ「つみきみほ」だとは気づかなかっただろう。
若い時の顔が思い出せなかった。

「時をかける少女」でも、細田守アニメ版にも、仲里依紗版にも、成長した芳山和子が出てくるように、かつて花のあすか組などで、少女ヒーローの時代の終焉を看取ったつみきみほが、どちらかというと過保護な親類を演じるというところに意味があったのだろう。

しかし脚本も演技もそのコンセプトを表現できていたとは言いがたい。
Anotherという作品を二次的に表現し尽くしたのはアニメ作品の方だった。
よりカネの集まるアニメの世界の方に人材が育ってきた、ということなのかも知れない。


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2015年4月2日木曜日

Watch Out!今度の物語は「速い」よ。〜「プランタンの優雅な退屈」大森葉音

大森滋樹名義でミステリ評論を手がける筆者、大森葉音(はのん)の第二長編「プランタンの優雅な退屈」が出版された。
第一長編「果てしなく流れる砂の歌」のレヴューで僕は「作家は処女作に収斂する」と書いたが、早くも撤回しなくてはならないようだ。

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そもそもキャリアの長い評論家である筆者にとっては、実作が初めてであっても、一般的にいう「処女作」とはずいぶん事情が違う。記念すべき処女作ですら数多あるエンタテインメント的引き出しのごく一部を開陳したに過ぎなかったようだ。
そういえば、ミステリ評論家なのに処女作がハイ・ファンタジーだったのだから、そうと気付くべきだった。
二作目の本作では、そのファンタジー世界をそのまま舞台として、今度は脱力系ミステリをぶち込んできた!

ついに本丸のミステリに殴りこみ、なはずなのに、もうビックリするほどいい感じに肩の力が抜けているではないか。
あの奥泉光ですら、脱力ミステリ桑潟幸一シリーズを書くためには、「モーダルな事象」という極めて本格的なミステリの狂言回しとして登場させるというステップを必要としたというのに。


しかしこの種の作品は扱いが難しい。
作中人物が脱力している分、物語は強い骨格を必要とし、作者に相当な筆力を要求するからだ。

筆者は今回、この物語を成立させるために、極めて斬新な「読者への挑戦状」を用意した。
「基本問題」編を用意して、本編の推理の道筋を予め開示してあるのだ。
しかし、現実の社会でもクリティカルな政治的テーマである「エネルギー問題」が絡んできたり、そのエネルギー問題に、先端科学の中でも概念把握の難しい「空間と空間の間」という問題を絡めたりして、容易にその全貌を掴ませない。
シリアスな話題は、読者に一定の読み応えを提供しながら、ファンタジー設定にくるまれて脱力系のムードを損なわない。

そして王道の密室トリックで、読者への挑戦状を回収した後、著者の真骨頂がスタートする。
物語の加速である。
大森滋樹名義で、創元推理評論賞を受賞した論考「物語のジェット・マシーン」で、物語がどのように加速され読者を巻き込んでいくのかという心理的背景を分析している。
また、母校北海道大学の出版局から出た「日本探偵小説を読む」という評論集で、サスペンスの構造について読み解いている。

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いわば筆者は物語の加速装置を知り抜いた男なのである。
そして満を持して、その加速装置を自らの作品に持ち込んだ。

Watch out!
速いよ。
加速されるのは物語じゃなくて、こっちの気分なんだと気づいた時には、二行おきくらいに飛ばしながら読んでいる自分を発見して急ブレーキをかけることになる。

必ずしも理論的背景がわからないと楽しめないということはない。
どのようにボールを握っているか知らなくても桑田真澄のチェンジアップが凄かったのはわかる。
むしろそんな裏側を見せないのがプロのエンターテイナーだともいえる。
評論家でありながら実作を書くということは、絶えず種明かしをしながらもマジックでお客さんを驚かせるようなものだろう。
しかし文学にはそういう楽しみ方も許されている、と僕は思う。

シェリーのフランケンシュタインには「批評理論入門~フランケンシュタイン解剖講義」という優れたガイドブックがあり、併読すれば芳醇な作品世界をより楽しめるし、奥泉光がいとうせいこうと書いた「小説の聖典」も、読めば一見難解な奥泉作品の世界に通奏低音として響く「鍵」のようなものを感じ取れるようになる。

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Pixerの傑作「レミーのおいしいレストラン」では、料理評論家イーゴの独白を以って評論のある種の虚しさが語られるが、だからこそ真の評論とは、実作者を凌ぐ覚悟をもつ者でなくてはできないと僕は思うのだ。
そして評論と実作は必ずしも相克するばかりではない。文学の世界で実現した、評論と実作の幸せな共演を是非ご体感いただきたいと思う。

2015年3月30日月曜日

異文化の衝突が悲劇を加速する〜キャプテン・フューチャー第五巻「太陽系七つの秘宝」

キャプテン・フューチャーの第五巻はいよいよウル・クォルン登場の「太陽系七つの秘宝」

カーティスの仇敵といえば、この男ウル・クォルンだ。
なにしろ、この男の父はヴィクター・コルボ。
そうカーティスの両親を殺した男だ。

しかしその時、グラッグにヴィクター・コルボも殺されている。
だからウル・クォルンにすれば、フューチャーメンも親の仇ということになる。

我々の常識で考えれば、ニュートン博士の研究を盗もうとして博士を殺害したヴィクター・コルボに同情の余地はなく自業自得なわけだが、物語では火星人は肉親を殺された恨みを晴らすことが最も重要な道徳観念なのだと設定されており、いわば物語は異文化の衝突としての性格を持っている。

実際、我々の歴史でも古くからこのような衝突は見られたし、社会秩序の形成が格段に進んだ現代でも同様の問題は絶えず起きている。
ハミルトンの社会を見つめる慧眼はどこまで鋭いのだろう。

と同時に元祖サブカルとしての魅力も発揮されている。
小悪魔キャラ、ヌララの登場だ。
翻訳を手がけた野田宇宙軍大元帥もこのキャラがお気に入りで、ご自身が書かれた「風前の灯!冥王星ドーム都市」でもヌララをfeaturingしておられる。
イラストの鶴田謙二さんも亡くなった野田氏への手向けか、こんな素敵なイラストを寄せている。


いいなあ、これ。

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朝のレコードに夜のジャズ〜ソニー・ロリンズ「Sonny Rollins And The Contemporary Leaders」

ジャズというのは夜の音楽だと思う。
マイルズやソニー・ロリンズのレコードに針を落とすと、それが何時のことであってもあたりに夜の空気が満ちる。
だから朝にわざわざジャズを聴くことは滅多にないが、昨日買ったこのレコードがあまりにも素晴らしいので今日も朝から聴いている。



ソニー・ロリンズの「コンテンポラリー・リーダーズ」
ロサンゼルスのコンテンポラリー・レーベルに憧れる気持ちは、このレーベル・デザインの素晴らしさに負うところが大きい。


まだオーディオ誌を熱心に買っていた頃、カッコいいデザインのプレーヤーの写真にはたいていコイツが載っていた。様になるんだよね。

個人的には、ロイ・デュナンというレコーディング・エンジニアがAKGのマイクを愛用しているという事実が、自分の愛用機と重なって親近感を感じるということもある。



さて肝心の音楽の方だが、実はソニー・ロリンズの音楽にはあまり興味がなかった。大名盤と言われる「サキソフォン・コロッサス」も含め、なにか求道的な厳しさが音色に満ちていて繰り返し聴こうと思えないことが多かった。ピアニストさえも従えず、和声楽器を持たない編成でまるで何かに挑むようにライブを続けた姿勢がそのような孤高感を生むのだろうか。
ところが、西海岸にわたって録ったこのレコードには、どこかリラックスしたムードがある。名手バーニー・ケッセルのギターとハンプトン・ホーズのピアノに音楽の骨格を委ね、ヴィクター・フェルドマンとソロの交換を楽しむ。

いいレコードだ。
さすがのロイ・デュナン録音。ルディ・ヴァン・ゲルダーのようにラジオを意識してどこかを誇張することなく、楽器の音を中央に集めてストレートに「音楽」として録音する。
その真っ直ぐさが一日分のエネルギーを補充してくれる。

同時期の録音の有名盤「ウェイ・アウト・ウェスト」も探してみようか。


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※Amazonにもアナログ盤の出品がありましたが、現在コンテンポラリー・レーベルはありませんので、レーベルデザインはずいぶん変わってしまっているようです。

2015年3月24日火曜日

名盤ばかり聴いてもいられないのさ~トミー・ボーリン(富墓林w)「魔性の目 Private Eyes」

今朝は、トミー・ボーリンの「魔性の目」をターンテーブルに。
2006年に札幌に帰ってきた頃、デパートでやっていた山野楽器の中古レコード市で見つけた。
引き抜いて思わず「おお」と声が漏れたが、それを見ていた店員さんが「名盤ですよね・・」と、にっこり応えたのが忘れられない。
だって、これは誰もが名盤と認めるようなレコードじゃないんだ。
だから余計にシンパシーを感じた。



原題は「Private Eyes」でこれは私立探偵を表すPrivate Investigatorの頭文字のIの部分を綴り直したもの。
複数形にすることで、本来の目の意味を強めて僕の目で監視している、つまり見つめているよ、というニュアンスを付加しているわけですね。

トミー・ボーリンと聞くと、やはりディープ・パープルのラスト・ギタリストというイメージが強い。
しかしこのアルバムを聴けば、彼が天性のシンガーソングライターだとわかる。
ハードロッカーの作るバラードにはどこか定型的なものがあって、まるでアルバムに緩急をつけるために 作っているように感じることがあるが、トミー・ボーリンのバラードは美しさではなく侘び寂び的な枯れた渋さに通じる
メロディを持っている。
古いジャズへの憧憬さえ感じさせるブラスアレンジ。
ソロのフレージングもカッコいいロックリックに混じって、時折ジプシー風のモードが覗く。

それに何より歌がいい。
ピーター・フランプトンにも似た中庸の歌声に、時折デヴィッド・カヴァーデイルのような器用な荒れ声を使い分ける。
うまいね。

問題は演奏の方だ。
特にドラムスはうまくこのセッションの意図を理解できていないように感じる。
やんちゃ坊主で知られるトミー・ボーリンには、バンドマスターの役割は向いていないのだろう。
カーマイン・アピスが参加したSomeday Will Bring Our Love Homeの演奏だけが妙にシックなのはそういうことだと思う。
重鎮がスタジオに入り、バンドの支柱になる。方向が示され、音楽が調和する。

大物ミュージシャンがこぞって参加した前作「ティーザー」の堂々とした名盤っぷりはそういう効果で出来上がったものなのだろうと思う。
しかし、不思議と聴きたくなるのはこのデコボコでゴツゴツした手触りの「魔性の目」で、それはきっとトミー・ボーリンというアーティストが心底楽しんで作ったレコードだからだと思う。
ジャケットも含めて、遊んでるよね。
富墓林ってw

追記
この記事を読んだ友人の指摘で気が付いたのですが、ジャケットにある文字は「当」の旧字体の「當」で、これではトミーと読めません。したがってこれは「富」の誤記と見るべきですね。

2015年3月23日月曜日

政治への不信こそが頭脳犯罪の温床なのだ〜キャプテン・フューチャー第四巻「脅威!不死密売団」

キャプテン・フューチャーの第四巻は「脅威!不死密売団」

本作での敵役は「生命王(ライフロード)」
飲むだけで若返りを果たす秘薬だが、一定期間を過ぎると急速な老化が始まりすぐに命を落とす恐ろしい毒薬である。

太陽系政府も事態を把握しており、全惑星、衛星に通達を出しているのだが、セールスマンに「ああ、それは政府の嘘なんですよ」と言われるとコロッと信じてしまう。
もちろん、人は信じたいものを信じる生き物であり、どうしても若い肉体を手に入れたい事情がある者は騙されやすいということもあるだろう。

しかし近代以降、政府は嘘を吐くものである、という疑いが民衆の心のなかに拭い難く巣食っていることが根底にあることは否定出来ないと思う。
マックス・ウェーバーも、官僚制的行政は知識によって大衆を支配し、専門的知識と実務知識を秘匿することで優越性を確保するのだと言っている。
いかに正当な理由があっても秘匿された知識が露見すれば、政府は嘘を吐いたと思われるのに、政治家個人の利益のために権利が濫用された結果であることがほとんどなわけだから、民衆を責めるわけにもいくまい。

そしてこのような不実な政治と民衆との間にある軋轢の間隙を縫って、頭脳犯罪は横行する。
我々の社会は本当に進化しているのだろうか。


それにしてもジョオン。


なぜ貴方はいつもいつも、事件が起きる度に敵の手に落ちるのか!
しかし、貴方が敵の手に落ちてくれないと、カーティスが本気にならないってとこはあるよね。
そう考えると意外と事件解決に貢献してるってことになるんだろうか。
いずれにせよ敵の手に落ちる美女が活劇的ヒロインの類型であることは間違いない。


さて、スペースオペラの中に本格ミステリの構図を持ち込むのもキャプテン・フューチャーの十八番だが、巻を追うごとに洗練されてくる。
伏線も巧みに張ってあるし、今回もけっこう犯人は意外な人ですよ。


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若さなんて、棒に振るもの〜小山卓治「Passing」

今朝は久しぶりに小山卓治の「PASSING」をターンテーブルに載せた。
このレコードは、貸しレコード屋でバイトしてた頃新譜で出た盤で、一緒にカウンターに立ってたギター弾きの先輩と、これはすごい!と興奮して何度もお店でかけた記憶がある。
特にA面ラストのPassing Bellには何度も泣かされた。

古い友人の死を知らせる電話が鳴り、郷里に多くの友人たちが戻ってきて故人の死を悼む歌。
Passing Bellは弔いの鐘という意味だ。
それぞれの人生が語られ、敵と犠牲者しかいないこの街で、死に急いだほうがましだと思うような目に遭いながら、それでも逃げることさえできないとしたら、先に死んでいった者と生き残った者のどちらが幸せなのかと問う。
問われてはじめて、その問いには答えが出せないと知る。問うこと自体に意味がある。そういう曲だ。

あんまり気に入ったので、フォークソング研究会の同期でアコースティックの弾き語りが上手いAくんに薦めたらステージでやってくれた。
最後に印象的なコーラスが入るのだが、誘われて一緒にステージで歌った。
忘れられない曲だ。



会社に入って何年かして、ふいに会社に電話が入った。
アコースティックギターのデュオを組んで、優しい声で歌っていた先輩が亡くなったと聞かされた。いつもライブで歌う自作曲の決まったところで歌いながら涙ぐんでしまうような繊細な人で、僕は先輩の音楽も人柄も大好きだった。
もちろんお通夜に足を運んだ。
連絡がつく限りの人に電話が回り、お通夜には多くの古い友人や先輩が集まった。
お通夜が終わって、皆で近くの居酒屋に入った。
乾杯をしながら僕はPassing Bellのことを思い出していた。
やっぱり先に死んでいった者と、傷つき続けながら生き残っていく者のどちらが幸せなのかはわからなかった。

聴き直す度に先輩のことを考える。
あの日居酒屋で、みんなといつもより少し静かに乾杯を交わした光景がありありと思い出される。
「若さなんて、棒に振るもの」という歌詞が、今はただ胸に痛い。

2015年3月21日土曜日

平成のエラリー・クイーンとサブカルチャーの賞味期限~「体育館の殺人」青崎有吾

それまでSF読みだった僕が、島田荘司先生の「占星術殺人事件」に出会ってミステリファンに転向した頃は「新本格」と呼ばれるムーブメントが花盛りだった。
中でも綾辻行人の「十角館の殺人」はその衝撃度において群を抜いていたと思う。

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そこから遡って、海外の有名ミステリもいくつか読んでみた。
島田荘司先生が、一番好きなミステリはと問われれば若干の気恥ずかしさを感じながらも「Yの悲劇」と答えるだろう、とニュアンスに富んだ表現で賞賛したエラリー・クイーンも。

綾辻行人氏もエラリー・クイーンに心酔していると聞いた時には、とても意外に感じた。
緻密な消去法で推理を積み上げて「思考」を読ませるエラリー・クイーンと、作品全体の構成力で最終行の驚きを演出する綾辻作品では、その読み味がずいぶん違っていたからだ。


東京創元社のミステリ長編の公募型新人賞である鮎川哲也賞を受賞した青崎有吾さんについた通名は「平成のエラリー・クイーン」しかもタイトルは「体育館の殺人」

面白いじゃないか。
エラリー・クイーンに心酔しながらエラリー風でなく、エラリー風でないのに館ものの「十角館の殺人」 をある意味茶化してるのでは、とさえ思えるタイトルで平成のエラリー・クイーンが世に出てくるという。
これ読んでみないわけにはいかないよね。


読んでみると、謎解きの作法はまさにエラリー・クイーンだった。
伏線をそうと知られぬように張り巡らすには、相応の技術が要る。
熟練の読者には、伏線の部分にわざわざ書いているという違和感を感じて判別できるという。
最終章の怒涛の謎解き部分では、記述されていたほぼすべての客観的描写が伏線であったということが判明し、なるほど違和感を感じないはずだと感心してしまった。

これなら時代おくれの「読者への挑戦状」を挟みたくなっても無理はない。
平成のエラリー・クイーンの名に恥じない「謎」の構築力に加え、物語としても脱力と緊迫の抑揚を持っていて、「挑戦状」に応じるための再読に堪える作品と思う。

これは書くべきではないことかも知れないが、十角館の殺人という作品は驚愕のラスト一行に向かってすべての記述が収斂していく作品である。
それを踏まえて、本作品の最後の一行を心して噛み締めて欲しい。
この痛烈な皮肉は、筆者のどのような意識を反映したものか。
実に味わい深い。


しかしだからこそ残念に思うところもある。
この作品は10年の再読に堪えるものには成り得ない宿命的な欠点があるのだ。

それは探偵がアニオタで、それは別にいいのだが、古典化しないことが確定的なヲタネタが要所要所に差し挟まれていることだ。
「あえてそっち」的なニュアンスを醸し出し、探偵の個性を際立たせ、最終章での印象の逆転に寄与するこの仕掛けが時代とともに古びていくものであるのは作品に無用な「賞味期限」を設けるもので、同じ作品を何度も読む性向がある僕にはなんとも残念だ。

僕はこの作品を文庫化のタイミングで読んでいるから3年ほどのタイムラグがあるが、この程度でもかなり古びている。
古典化したか否かで断絶的な差が出てしまうサブカルチャーの賞味期限が、この物語のアキレス腱だ。ご賞味はお早めに。

体育館の殺人 (創元推理文庫)
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2015年3月18日水曜日

星間グローバリズム~キャプテン・フューチャー第三巻「挑戦!嵐の海底都市」

キャプテン・フューチャー・シリーズの第三作は、「挑戦!嵐の海底都市」
これも1940年の作。

おそらくハミルトンはこの作品を書くにあたって、SF作品をシリーズ化していくことは、作品の中に架空の未来史を構築することだと気づいたのではないだろうか。
前作「暗黒星大接近!」の中で、宇宙のサルガッソーに囚われた時、宇宙開拓時代の先駆者マーク・カルーの船を発見するが、今作においてそのマーク・カルーの冒険を1971年とあらためて規定して、さらにその旅でカルーが発見したグラヴィウムという鉱石が、太陽系に地球人が覇権を築くキー・ファクターになったという設定を加えている。

グラヴィウムという鉱石は、電気を流すとその極性によってプラス、マイナスの両方向に重力制御ができるというまるで魔法の石だ。
発見者のマーク・カルーが、この鉱石を使って「重力等化機」という機械を考案する。
質量の異なる惑星でも母星と同じように活動できるようになるこの機械を身につけて、地球人は太陽系内のすべての惑星を探査した。
そして、各惑星に住んでいる先住民にもこの技術を提供して太陽系をひとつの経済圏に束ねていくのである。


物語は、このグラヴィウム鉱山の利益を独占しようと目論む「破壊王」とフューチャーメンとの死闘を描く。
太陽系各地で起こるグラヴィウム鉱山でのテロ。
謎の首謀者「破壊王」と、その現場に現れるなぜか言葉や動きのぎこちない手下たち。
そこに海の惑星に伝わる「シー・デヴィル」の伝説が絡んできて・・
という、シリーズに共通した謎解きの面白さも楽しめる。

またジョオンとカーティスの恋もゆっくりとだが前進しているのが見て取れる。
ラストでカーティスが、太陽系連合崩壊の危機を免れて喜ぶ恋人たちを街でみかけて、オレにはこういう幸せはなかった、としみじみ思い起こすシーンはもしかしたら二人の恋の進展を示す最重要シーンかもしれない。


この物語が書かれたのが1940年であることを考えると、ひとつの経済圏になった太陽系連合が、リベラルで進歩的な調和の世界を実現したように見えながらも、やはり愚かしい植民地政策の傷跡を、地球人漁師に扮装して海王星の盛り場に乗り込んだアンドロイドのオットーが、「なるべく地球人らしく横柄な態度で振る舞」ったりするようなところに残していて興味深い。

さらにそのような現実のメタファーに「グラヴィウム」という一体化した各惑星の経済を支える基盤を設定することで、夢の様な惑星間貿易の世界が、まるでグローバリズムに翻弄される現代のようにも見えてくるところなどは非常に予言的だ。
これぞSF!

カーティス・ニュートンは、各惑星が地球の優れた科学技術の恩恵を受ける世界を、生命をかけて守る価値のあるものと捉えて死闘に挑んだが、本の向こうの現実からそれを見ている僕には、もし地球人が宇宙進出などせずに自分が生まれた星の資源で足ることを知って暮らしていてくれたら、海王星の水棲人や冥王星の月に住むステュクス人などの生活は、あれほどに波瀾万丈なものにならなかったのではないか、と想像せずにはいられず、複雑な気持ちになる。

事実、薔薇色の未来を描き続けてきたSFの世界も、この後ディストピア小説が主流になっていくのである。

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【Anthologies #1】心に澱が積もる夜には|大貫妙子『ライブラリー』

 還暦を過ぎ、いつの間にか貪欲に新しい音楽を探すことはなくなった。 それでも、日々を生きていれば音楽に頼りたくなることはあるものだ。そんなとき聴きたくなるのは、アーティストたちの人生が垣間見える<アンソロジー>で、いくつか愛聴盤がある。 誰かの心無い言葉や、諍いに心に澱が募るよう...