2014年2月18日火曜日

場違いな場所に立つ歌

ホイットニー・ヒューストンが、映画「ボディガード」で歌った、I Will Always Love Youという名唱がある。

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静かな歌い出しの後、優しく伸びるファルセットで、And I,I,I I always love you.と歌われる。
切々とした情感を維持した美しい間奏の後、つかの間のブレイクが入り、スネアドラムの一閃とともに転調されたサビが、ホイットニーの絶唱によって歌われる。
再びのAnd I,I,I I always love you.が、今度は万感の愛のメッセージとして届けられる。

このダイナミックな展開は、結婚式の披露宴でカップルが登場するのにぴったりだ。
だから、その後「日本においては」無数の結婚式でこの曲が使われたと思う。

この曲は、カントリー系のシンガー・ソング・ライター、ドリー・パートンの作品でアルバム「ジョリーン」に収録されている。

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そう、あのオリヴィア・ニュートン・ジョンの「ジョリーン」もこの人の作品なのである。

そしてこの「I Will Always Love You」こそは、ジョリーンに対置され、このアルバムのもう一方のコアとなるべく書かれた楽曲なのであった。

ジョリーンは、主人の浮気相手に、「わたしは美しさであなたには敵わないけど、主人はわたしにとっては一生の恋なの。どうか面白半分に奪わないで」と切実に訴えかける歌で、歌詞全文を読むと、もうわかったわよ、となりそうな誠意に溢れている。

そして「I Will Always Love You」は、このように歌い出される


If I should stay, I'll only be in your way
So I'll go, but I know I'll think of you every step of the way

これ以上一緒にいたら足手まといになる
だからもう行くわ
でもわかってる。
きっと一足ごとに貴方を想うってこと


そう、この曲は、条件の良い結婚話が持ち上がった年来の彼氏のもとから、愛ゆえにそっと身を引く女の心情を歌ったものなのだ。


「ジョリーン」に描かれた心情も、「I Will Always Love You」に描かれた心情も女性の愛の表現として、どちらも心に迫るものだ。
ドリー・パートンは、このふたつの曲をコアにアルバムを構成することで、アメリカの女性の恋を立体的に描いたのだ。

しかし、だ。
「I Will Always Love You」は、歌詞の意味がわかってしまうと、これほど結婚式の披露宴に似つかわしくない曲もない。

でもいいのだ。
音楽には、歌詞とメロディとアレンジがあり、その全体でひとつの「表現」を構成しているから、このような場違いな場所に、奇妙な存在感を持って成立してしまう時がある。


似たような不思議な成立を見せる楽曲にブルース・スプリングスティーンの「Born in the U.S.A」がある。

この案件は、村上春樹がステレオサウンド誌に書いていて、今は文春文庫にも収録されているので、お読みになった方もいらっしゃるかもしれない。

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この歌はアルバム「Born in the U.S.A」のタイトルトラックで、大きな星条旗をあしらったジャケットのイメージと相まってアメリカへの愛国心みたいなものを想起させる。

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ロナルド・レーガンの選挙スタッフもそう思ったのだろう。
この曲を大統領選挙のキャンペーンソングに使わせてほしいとオファーした。
結果的に、この曲を使った選挙キャンペーンは成功し、「Born in the U.S.A」はアメリカを讃える歌として機能した。

スプリングスティーンはおおいに戸惑っただろう。
何しろ、この曲はこういう歌詞を持っているのだ。


Born down in a dead man town
The first kick I took was when I hit the ground
You end up like a dog that's been beat too much
Till you spend half your life just covering up

Born in the u.s.a., I was born in the u.s.a.
I was born in the u.s.a., born in the u.s.a.

救いのない街に生まれ、蹴飛ばされながら生きてきた
殴られどおしの犬のように、一生は終わる
身を守ることだけに汲々としながら

僕はそんな国アメリカに生まれてしまった。
それがアメリカに生きるってことなんだ


どこから見ても愛国的な歌詞ではない。
ホイットニーのラブソングを日本の結婚式に使うのは、まあそういうこともあるか、という感じだが、スプリングスティーンの場合には自分の国の国民が、まったく自分の意図と違う楽曲の捉え方をされたのだから、本当に驚き戸惑ったと思う。


ビリー・ジョエルもキャリアの上り坂でこのような案件に出会った。
それはアルバム「ストレンジャー」に収録された「Only The Good Die young」という曲だ。

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その曲はこのように始まる。

Come out Virginia, don't let me wait.
You Catholic girls start much too late.

こっちにおいでよ、ヴァージニア(この女性が処女であることを示唆している、もちろん)僕を待たせるなよ
君たちカトリックの女の子たちって、もったいぶるよね


つまり、ある種の教条主義に縛られがちな品行方正な淑女を、もっと楽しまないと、と説得する歌なのである。Only the good die young、つまり善人ばかりが早く死ぬっていうじゃないか、と。

この曲はカトリック協会の強い反発を招き、ラジオ局には圧力がかかった。
そしてかの国には何曲もある放送禁止曲の仲間入りをしたのである。
しかし、この曲が伝えたかったのは、カトリックが大切にしている清貧で禁欲的な生活への揶揄ではなかった。


They say there's a heaven for those who will wait.
Some say it's better, but I say it ain't.
I'd rather laugh with the sinners than cry with the saints,
the sinners are much more fun.


天国はそれを望む者のためにあるという
それが素晴らしいとは、僕には言えない
聖人と泣くのなら、罪人と笑いたい

 ビリー・ジョエルが伝えたかったことはここにある。
聖人と泣く、には自分とは考え方の違う人達を否定して生きていくことの虚しさが、
罪人と笑う、には何より大切な「自分らしく」生きていく、ということにつきまとう責任のことが歌い込まれている。


普段なにげなく口ずさんでいる歌詞の中には、時に驚くほど大きな意思が込められていることがある。
それは最初からそこにあるのに、メロディの甘美さに隠されて、長い時間見つけられないまま、僕らと一緒にいたりする。

(それがたとえカラオケであっても)歌を歌う者のひとりとして、いつも肝に命じていたいと思う。

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