2013年8月30日金曜日

シューベルト弦楽四重奏「死と乙女」聴き比べ

ようやく涼しくなってきて、真空管アンプに灯を入れようかという気になる。
以前からお借りしていたレコードで、私所有のアルバンベルク四重奏団の「死と乙女」との聴き比べをやってみよう。

まずは、アマデウス四重奏団がグラモフォン・レーベルに残した録音。

なかなかセンスのよいジャケット。
このあたりはグラモフォンの仕事だな、という気がする。

ところが針を落としてみると、非常に残響の少ない目の前で演奏されている感じが落ち着かない。
どんな美しい曲にも、どこか神経質で小刻みな律動を付け加えるシューベルトの音楽の細部が目の前に提示される。
そして演奏に「揺れ」がない。
気持ちの変化を予兆無く貼りあわせていくシューベルト的展開が、どこまでも忠実に「唐突さ」を表現していく演奏。
だから確かにこれはシューベルトの音楽そのものなのだが、正直に言えばちょっとツラい。

いつも聴いているEMIのアルバンベルク盤(CD)は、豊かな残響の中で音量の増減もたっぷり使って、シューベルトの悲壮感を少し人間的に化粧直しして演奏しているように感じられ、落ち着けるが、これはおそらくシューベルトの意図した演奏ではないのだろうな、とも思うのだ。

どちらの演奏がいいのだろうな、と考えながらもう一枚お借りしているレコードをターンテーブルに載せる。

ハンガリー四重奏団が、VOXというレーベルに残した録音。

モノラル録音なのだが、そんな感じがまったくしない見事な空気感が再現されている。
どのくらいの時期の録音なのだろうと、裏を見て驚いた。

そう、ジャズの世界で数々の名録音を残したあのルディ・ヴァン・ゲルダーがマスタリングを担当している。
調べてみると、VOXレーベルでルディが仕事をしていたのは50年代の前半とのことなので、彼のキャリアの最初期の録音ということになる。

自らの手で、過去の名録音をリマスターしてのっぺらぼうな音にしてしまうまでの彼の録音は、なんというか実に居心地の良い空間を演出する録音だった。尖っていないのに存在感のあるその録音の方法は秘密のヴェールの向こうで、もちろんこの「死と乙女」の録音の秘密も公開されていない。

しかし、このレコードに針を落とした後、僕は結局最後まで聴き比べるためのプリアンプのセレクタにに手をのばすのを忘れたまま、最後まで聴き通してしまった。

そしてこの録音で僕ははじめて「死と乙女」の二楽章に隠れていた、悲しさとか怒りの感情の隙間に見え隠れする希望の光りのようなものを見た。確かに見た。
で、だからこその四楽章の、苛まれたまま生きていく決意のようなものがリアルに息づいているのを感じたのだ。

これはルディのマジックか。
それともシューベルトの情念か。

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