2012年6月22日金曜日

コクリコ坂から part-2

吾郎氏の前作「ゲド戦記」は世評に言われるほど悪い作品ではなかったと思う。
あれは、父である駿氏への壮絶なラブレターだった。
駿氏が世に問うた名作へのオマージュに溢れていた。
そして彼は長大なル=グウィン原作の小説「ゲド戦記」の中から特に父と子の物語を抽出して描きさえした。


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しかしだからこそなのだろうか、試写会で観た自分へのラブレターに父は酷評をもって応えた。
その評価のコトバは「大人になっていない」だった。
両者の気持ちを思うに今でも胸が痛い。


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その後の駿氏の作品には、その経験が色濃く反映されている。

ポニョは、海底世界の父から逃れてはじめて自己を実現する物語であった。
アリエッティは、尊敬するパパエッティとの借り暮らしの枠を自ら打ち破って拡大することで種族の未来そのものを切り開いた。

作品を通じて会話する親子。
なんという不器用な関係か。

そして前作から5年。またしても吾郎氏は「父なる存在」に振り回されるものたちの物語を描くこととなったわけだ。
しかも今回は脚本をその父自身が書いた作品の演出を行うこととなったのだから、これはもう試練というしかない。
しかしその駿氏の脚本こそが進化していた。

ポニョやアリエッティでは、いわば「ステレオタイプな父性からの逃避」を描ききって見せた。
その成果として描かれた「コクリコ坂から」の世界は、そこにあるのは父性とか母性ではなく、連綿とした命の連鎖そのものなのだという地平に到達している。
そしてそれは血ではなく、心で紡いでいくのだというメッセージに結実しているのだ。

風間くんは、カルチェラタンの取り壊しの是非を話し合う学生集会で、「古いものを壊していかなければ、新しい時代はこない」と主張する多数派に対し、「古いものを壊すことは過去の記憶を捨てることと同じだ。人が生きて死んでいった記憶をないがしろにすることだ。」と叫ぶ。
この台詞は、主人公たちの複雑な生い立ちと相まって観ている我々の心に大事なことを問いかける、この映画の真のクライマックスである。

善と悪、美と醜を二分法で語る未熟。
自分の中にある言葉でしか、他者を斟酌することのできない人間の知性の不調法。
人とはなんと不器用な存在か。


吾郎氏は、再度の監督起用に反対だった駿氏を、自身で描いたコクリコ坂のイメージイラスト一枚で黙らせたほどの才能のある人だ。
それでもやはり監督としてはまだ二作目。
業界での経験も浅い彼は、この深みのある脚本にはずいぶん手を焼いたようで、その苦悩の様子やその結果生まれた駿氏との真剣勝負とも言える交流がNHKの制作した「ふたり」というドキュメンタリーに描かれている。
その中で、行き詰まる息子を見かねてやはりこちらも自身で描いたイラスト一枚でスタッフのモティベーションを一気に盛り返してあげたりする。
やっぱ親子なんだね。

でもこの様子をテレビ放送で観たとき、吾郎氏は自分自身の本当に才能に気付いていないように思えた。


ゲド戦記のハイライトシーンは、と聞けば、多くの人が「テルーの唄」と答えるだろう。
あれは本当に凄かった。広い映画館の空気が一瞬で変わってしまった。


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僕にとってコクリコ坂で最も印象的なシーンは徳丸理事長のカルチェラタン視察だが、あの大きな心のゆらぎを作り出すきっかけになったのも、カルチェラタンの住人たちの合唱による「紺色のうねりが」だ。
特に冒頭4小節の女学生によるソロパートの美しさには完全に心をもっていかれた(って前も書きましたね)。

宮崎吾郎の「声」の演出は凄いと思う。手嶋葵という奇跡の声を発掘し世に出した功績は大きい。そしてだからこそ声の登場に関する彼の演出はいつも完璧だ。
いわば感性の演出。

父駿氏の脚本はいつも宗教観や文学や哲学の素養を下敷きにしたもので、言ってみれば知性の演出だったりする。
それをなぞろうとして苦労しているということなのだろうが、そんな必要あるのだろうか。
人間の声の力、その一発でこれだけ心を動かす作品を作る力を持っているのだ。


コクリコ坂は、紆余曲折を経て結果的に二人の素晴らしいコラボレーション作となったと思う。
まさに父子鷹。
素直に拍手を送りたいと思う。

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