CDが売れなくなったとよく言われる。
それでも日本ではまだまだ主力メディアで、2012年度はついに日本が世界で一番CDを生産している国になったのだそうだ。
まあ、おおかたAKB48の選挙権販売戦略の結果だろうが、業界では、紙ジャケのおかげだとか、高音質CD開発が奏功したと言っている。
確かにそういう側面も無視できないと思う。
CDの音は確かによくなっている。
少なくとも僕の周りにはAKBのCDは買わないが、ペット・サウンズやレイラ、レット・イット・ブリードなどのロックの名盤を何回も買い直す、リマスタージャンキーがたくさんいる。もちろんワタシもその一員だ。
CDの技術革新は、SuperAudioCD(SACD)に始まった。
これはDVD並みの容量のメディアに解像度の高い(比喩です)音を記録したもので、容れ物も中身も従来のCDとは違うため、音質が良くて当然だが、一般のCDプレーヤーでは再生できず、一定の投資が必要であるところがネックだ。
結果を見れば、既存のCDを塗り替えていくような勢力になったとは言いがたい。
それでその後、普通のCDプレーヤーでかけられる規格でより高音質を模索していくことになる。
その一派がSuper High Material CD(SHM-CD)である。これは通常のCDに使われているものよりも透明度や流動性、転写性に優れた液晶パネル用ポリカーボネート樹脂を素材として採用したもので、信号の読み取り精度を高め、ビット形成をより正確に行うことを狙っている。
問題はそんなことをしても音質は良くならないということだ。
CD再生ではまずCDに刻まれた信号をピックアップで読み取る。
その時に少なからぬ読み取りエラーが出る。エラーをそのままにしておくとデータが欠損して音質が損なわれる。
しかし黎明期のプレーヤーならいざしらず、現代の機器は、優れた新世代のエラー訂正ソフトウェアを搭載しているし、総てのデータを読み取るまで何度でも読み返しを行い、完全なデータをバッファしてから再生を始める。
SHM-CDが有効なのは、古くなって読み取りが甘くなったピックアップを搭載したプレーヤーを使っている時のみ有効ということになる。
意外とそういうケースが多いことは承知している。
だからSHMのメリットは「音が良くなっている」のではなく(整備の行き届かない機器でも聴けるという意味で)「長く聴ける」というところにあるのだ。
しかし、だからといってSHM-CDには意味が無いと言っているのではない。
こういう新しい商品を出すときにミックスは見直され、リマスタリングされた結果確実に音質は良くなっている。
中身自体が良くなっているのだ。
それでいいではないか。
だが、業界はSHM路線を一歩進めて今度は「プラチナSHM」という規格を打ち出してきた。CD表面に非常に安定した物質であるプラチナ膜を採用したという。
今回は気合が入っていて、9月10月に発売する20タイトルから一曲90秒ずつを収録したサンプラーを1500枚無料送付するというキャンペーンをやっていた。
ネットで簡単に申し込める仕様になっていたので、一応登録しておいたら、今日になって届いた。
さて先程から書いているように、問題は中身なのである。
幸いほとんどの収録曲は直近のリマスタを持っているので、とっかえひっかえ聴いてみた。画期的なリマスタがあればもちろん買い直すつもりで。
一聴比較してわかるのは、全体にレベルが低く設定されている。
これは歓迎すべきことで、近年のラウドネス・ウォーは音楽のダイナミズムをすっかり殺してしまった。安心して聴けるが毒気もスリルもゼロ。そんなのロックじゃない。
低いレベルだと音が悪くなったと感じてしまうのは正常な感覚だ。
そのためにアンプにボリューム・ノブがついているのだよ。ここで使わずにいつ使うのだ、と呟いてグッとボリュームを上げるのだ。
うん、チューブラー・ベルズのギターのアタック音がよく出ている。
Ajaのドラムのイキイキとした音もいいね。
だが・・・
あくまでも私見として結果だけ申し上げる。
もし2006年以降のリマスターで持っている盤があれば買い替え不要と思う。今までいい音の盤がなかったダイアー・ストレイツ、ウィッシュボーン・アッシュはファンであれば持っている価値があると思う。
逆に買ってはいけないのは「レイラ」で、作為のないフラット・トランスファーが裏目に出ている。
クラプトンの最初のソロアルバムのブラムレット・ミックスとトム・ダウド・ミックスを聴き比べたことがある人はわかると思うが、彼はレコーディングの時に完成形をイメージして録音してはいない。
ミックスの作為を含めて作品を作るタイプのアーティストなのだ。
しかもボーカルにまだ自信を持てていなかった時代のレコーディングで、ボーカルはオフマイクで録られている。
しかし、歌っているうちに気持ちが入ってきて熱くなる。
そこが聴きどころなのに、オフマイクのままミックスされてはこの盤の魅力が伝わってこないじゃないか。
ラウドネス・ウォーから一歩距離を置いた今回の音作りに関して、よくぞと賛意を示したいが、それはルディ・ヴァン・ゲルダーご本人による平板なリマスターが普及してしまったジャズにおいてこそ効果的なのであって、今回20曲すべてロックで占めたサンプラーを作ってしまったことは戦略的にちぐはぐだと思う。
それに、今回3,800円という値付けをした価値の一方に全く新しいタイプの紙ジャケ&紙ボックスという装丁仕様があると思うが、送られてきたのは薄型CDケース。その価値をサンプリングしなかった今回のキャンペーンもちょっとピンずれだな、と思う。
装丁はいいだろう、と思えるほどの高音質だと思ったのだろうか。
だとすると、かの業界には今本当のプロフェッショナルがいなくなってしまったのかと少し悲しくなる。
あとはラインナップの問題。
ストーンズ、フー、クラプトン、クイーン、スティーリー・ダン、スティーヴィー・ワンダー。
この新しい規格を買ってくれそうな人は、間違いなく何枚も持っている盤ばかり。
いい加減、「またやっちゃいました」なんて笑って買ってくれる時代は終わったと気付くべきではないか。
発掘されるのを待っている音楽は沢山ありますよ。
僕らが欲しいのは、新しい規格じゃなくて、いい音楽を伝えたい、いい音楽でみんなを笑顔にしたいっていう「ココロザシ」なんだよ。
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