2013年9月16日月曜日

コニー・ウィリス「航路」:心と体はやはりどうしようもなく不可分なんだよ

現代アメリカSF界を代表するストーリー・テラー、コニー・ウィリスの大傑作「航路」は、それがヴィレッジ・ブックスから出版されていたという不幸から、広く知られていたとはいえない。

ヴィレッジ・ブックスは、2001年のソニー・マガジンズのメディア事業撤退に際して作られた後継レーベルであったが、2006年のソニー系列会社大規模リストラで会社ごと売却されてしまった。
そのような事情で、この世紀の大傑作は永い間重版されず、僕も手にとる機会がなかった。

商業出版なんだから、こういうこともあるだろう。しかし、そういう事情の犠牲になるべきでない作品というものもあるのだ。
出版という事業には「ココロザシ」が必要だ。

で、その志ある出版社のひとつである早川書房が、メインレーベルのハヤカワSF文庫から「航路」を再出版してくださった。
発売日を待ちに待って、入手。

上下巻にわたる大作で、しかもコニー・ウィリス作品なんだから、どうせ読み始めたら他のことはできなくなる。
用事のない休日を待っていてなかなか読み始められなかったが、昨日、雨の日曜日。
「今日だな」と思い定め、ページを開いた。

まったくの予想通り、夜の11時までほぼぶっ通しで読み続け読了した。


傑作なのである。
この作品に関してだけは、あらすじを書くような野暮はやめるが、これはSFのフォーマットでなければ書けなかった「心」の物語なんだと思う。

村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の世界の終わり側の物語を医学的考証に基づいて書いた、とでもいえばイメージしてもらえるのではないか。

言うまでもなく、心は体と一体だ。
そんな身体のメカニズムが「意志」を帯びるということの不思議を、この物語は人格の形成プロセスに仮託して描いているのだと思う。
人間が他者とともに時間の中を生きている、ということ自体が「心」の一部なのだと。

ひたすらに実験データにしがみつき、脳内物質の濃度に囚われて人間を見ることがなかった科学者と、自分の人生を足を使って振り返り、多くの人と再会し、話を聴き続けた実験助手がたどり着いた場所がどれだけ隔たっていたか!

そしてこの隔たりを文学の奇跡で埋めてしまわなかった作者の英断にも拍手を贈りたい。
そんなことをしたら、文学史にきっと残る、あの最後の一文が生まれなかっただろうから。

この一文が指し示す心のありようこそ、僕が「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」のラスト・シーンに欠けていると感じていたものだ。
それまでの記憶や、関わった者たちの想いを背負ってひとつの世界となった「心」が消えて行く時に必要なものは、運命への諦念ではないはずだ。
そして僕にも、「その時」は来る。
その時、彼女のように力強い「祈り」の言葉が僕の中からも出てくるといいと思う。

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