現在、早川書房で村上春樹による全作品の新訳が進行中で、この「大いなる眠り」は、その第四弾ということになる。
レイモンド チャンドラー
早川書房
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マルセル・プルーストの筆致が、あらゆる抽象を文字に定着するのに対して、チャンドラーのそれは、あらゆる具象を活写する。
あるときは、それは完全に新しい比喩によって語られ、あるときは印象的な「つよがり」によって語られる。
隙のない文体だ。
あまりにも見事にものごと(のみ)が語られるので、それを読んでいる僕らは、マーロウが何に気付いているのかに気付けない。
語られていることだけを読んでいても、事件の真相に気付くことはできない。
これは、ミステリの作法としてはいささか型破りな方法論だ。
確かに読んでいて、あれ、これどうしてわかったんだろうと思うところもある。
しかしそのような<詮索>が無粋に思えるほど、この語り口は冷ややかで美しい。
心配しなくても、最後にすべてマーロウが教えてくれる。
それでいいのだ。
マーロウは犯罪捜査をしているのではなく、人の「助けて欲しい」という声に応えているのだから。
だからマーロウの物語は、法や警察組織といったものが、人の世にあるいくつもの理不尽に対していかに無力であるか、また生か死かの判断を迫られるような局面では、結局のところ頼れるのは<人間>という存在だけなのだという、日常の中で僕らが知らん振りをしている事実をそっと目の前に差し出してくる。
そして僕らの電話帳に<フィリップ・マーロウ>の名前は載っていない。
今はその事実が、どうしようもなく胸に重い。
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