2014年9月24日水曜日

「RENT」:徹頭徹尾、音楽によって描かれた青春群像

10年ほど前に仕事でニューヨークに行ったとき、お客様が現地で「オペラ座の怪人」のチケットを手配してくださって、ブロードウェイに出かけた。
まだ日本では公開されていなかった「RENT」のポスターが街中に貼られていた。
RENTは、おそらくFOR RENT、つまり貸家に関することだろうと見当がついたが、今回DVDで観て「家賃」のことだとわかった。
なるほど。

RENT/レント [DVD]
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パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン (2013-11-22)
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ニューヨークのイースト・ヴィレッジで毎月の家賃も払えない若きアーティストたち。
それがこのミュージカルの主人公だ。

で、冒頭からとにかく歌がいちいち凄い。
このミュージカルの台本を書き、すべての楽曲の作詞作曲をしているジョナサン・ラーソンの作り出すメロディは全曲において素晴らしく、それを唄うキャストの歌声も単に上手いとか心がこもっているという次元を超えて、声の力だけでこちらの心がビリビリ痺れてくる。

映画青年マークを演じるアンソニー・ラップの声はまるでエルヴィス・コステロみたいにB級的な魅力を放っていて、それなのに、どの共演者と歌っても見事なハーモニーになる。
見事な歌唱だ。

マークのルームメイトでロックミュージシャンのロジャーを演じるアダム・パスカルの声は、時にスティーブン・タイラーのようにシャウトする。ラーソンは非常に器用な作曲者で、ロジャーのパートはどの楽曲の中でも、そこだけロック調になるように調整されている。ドラッグ中毒から脱したもののHIVに感染した自分を呪うロジャーの孤独な心を、そしてその孤独から救おうとする仲間のメロディとの呼応が、非常に音楽的に表現されているのだ。

ジョアンヌというエリート弁護士のレズビアンを演じるのはトレーシー・トムズ。ブルース・ブラザーズのアレサ・フランクリンを彷彿させる凄い歌声だ。
アフリカン・アメリカンのウルトラ・ソウルフルな彼女の歌声に、マークのちょっと英国っぽい皮肉の利いたハスキーボイスが絡んでいく演出は何度観てもぞくぞくする。


構造上、ストーリーをドライブするのは、カネのないアーティストたちと、彼らが家賃(RENT)を払わずに居座るアパートメントのオーナーとの対立、であるはずだが、冒頭からこの対立は意外なほど深刻化せず、権力者であるはずのオーナーサイドはびっくりするほど消極的な手しか打ってこない。
むしろ彼らを深刻なピンチに追い込むのは「エイズ」である。

検査で陽性と診断されれば、いつ発症するかわからない恐怖に怯える日々がはじまる。
登場人物の半数近くがHIV感染者として描かれているが、実際のところはどうなのだろう。
彼らは「ライフ・サポート」と呼ばれる「集会」に参加している。
車座になって、日々の恐怖や周囲の無理解などについて語り合う。
まず、自分がHIV感染者であることを「認める」ことがなにより重要なのだという。
そして認め合った者同士で語り合うことで少しでもその恐怖を癒やす。

昔読んだ、ローレンス・ブロックのマッド・スカダー・シリーズで、アル中患者が同じように車座になって 「自分はアル中だ」と認める集会の存在を知った。最近も、シュガー・ラッシュというディズニーの子供向け3DCGアニメに、ゲーム内の悪役が車座になって「自分は悪役だ」と認め合う集会が出てきた。
そしてRENTではHIV感染者が、同じような集会を行っている。

なにもしないでいるとどんどん自分の中で膨らんでいく不安を、言葉に置き換えて外部化する、というノウハウなのだろうか。
アパートに閉じこもり発症に怯えながら、それでも人生最高の曲を書くという望みを支えに生きるロジャーと、不安そのものをわかちあいながら日常に織り込んで生きる彼らの生き方のどちらが、より人間らしいのか、僕には判断がつかない。
ただ、その不安に怯える自分を外部化してまでして認めなければ生きていけないような日々が、あくまでも自分らしい存在であろうとし、創造的な日々を生きようとした結果であるというところに何とも言えない虚しさを感じてしまうのだ。

彼らの精神的支柱であったエンジェルというゲイがエイズを発症、ほどなく亡くなって、物語は終息に向かう。
ラストシーンで映像作家志望のマークの渾身の映画と、ロジャーがとうとう書いた<最後の>一曲が披露されるが、これがもうひとつ心動かされない出来なのは何故なのか。
思うに、この楽劇を書いたジョナサン・ラーソン自身が、アメリカン・ロック的なサウンドにシンパシーを感じていなかったのではないか。
振り返れば、ロジャーの歌のシーンはテイストの違う歌に<異物>として挿入されている感覚をおぼえる。

ラーソンは、オペラで言う、ライトモチーフのように、ニューヨークという街の多様さを音楽の<交わらなさ>で表現しようとしているのではないだろうか。
そしてエンドロールが始まったとき、全体としてこの楽劇を貫く音楽の記憶が、まるで織り上げられたシンフォニーのように響いてくる。
徹頭徹尾、音楽によって描かれた青春群像。それがこのRENTという作品だと思う。

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