2012年10月13日土曜日

予備校の湿っぽい廊下で、僕が見つけたものは。

ずっと後になって、浜田省吾のアルバムJ-BOY収録の「19のままさ」を聴いた時、冒頭の、「予備校の湿っぽい廊下で、あの娘を見つけた」というフレーズにドキッとした。


最初の年の受験に失敗し、釧路を出て札幌の予備校に通わせてもらった。
はじめて親元を離れて予備校の近くの寮に暮らした。
この新しい生活の中で、僕は本当にたくさんのものに出会った。

浪人することがほぼ確実になってから高校の進路指導室とは名ばかりの資料置き場に置いてあった予備校生のための学生寮「桑和学生ハイツ」のリーフレットを見つけた。
小学校時代からの友達でもあった剣道部の同期の主将と一緒にそこに入ろうと決めた。
ベッドと机以外何もない狭い部屋で、調理器具などは持ち込み禁止ですと書かれていた。


入寮したその夜、こんな壁だらけの場所で本当に勉強なんてできるんだろうかと心配しながらも予備校の資料を眺めていると、部屋のドアがノックされた。
お、一緒に入寮した剣道部のヤツか、と思いドアを開けると見たことのない大柄の男がインスタントラーメンの入った鍋を片手に持って立っていた。

まったく何の挨拶もなく「ラーメン食べる?」と言う。
いかにも人のよさそうな笑顔につい「お、おう」と答えると、じゃ隣来て、と。
ああ、隣の部屋の住人だったか、と後について彼の部屋に入った。

何も置いてはいけないはずの部屋にはカセットコンロの他に、レコード・プレーヤーまで備えた簡易ステレオが置いてあり、壁には大きなカセットテープのラックが設置され100本近いテープが並んでいた。

二人でインスタントラーメンを食べながら自然と音楽の話になって、そのままずっと話し込んだ。何年も昔から友達だったような気がした。


彼は留萌の出身で、同じ高校からやはりこの寮に入っている友人がいて、これがまた相当な音楽バカだという。
さっそくその友人の部屋を急襲することにした。
予想に反して歓待を受け、音楽談義は続いた。
その彼が「無名なんだけど、これだけは絶対聴いておいたほうがいいよ」と二本のカセットテープを貸してくれた。
鈴木雄大のファースト「フライデイ・ナイト」とセカンドの「YUDAI」だった。


これは本当にぶっ飛んだなあ。
鈴木茂みたいなソリッドなギタープレイに、甘くて高い声。
小学生の僕を音楽の世界に引きずり込んだローラーズみたいに心を震わせて切なくなっちゃうようなポップセンス。
ある種の諦念観の中をあくまでも軽やかに泳ぎきるような独特の歌詞がその時の気分にものすごくマッチしてあっという間に大ファンになってしまった。


隣の部屋の友人とは今でも続く長い付き合いになった。
お互い雑な性格をしているせいで、住むところや職場が変わるたびに何度も音信不通になるのだが、その度奇跡的に再会して絆が切れない。

僕が札幌に帰ってきた時も、偶然そういえばあいつどうしてるかなあ、と気まぐれにGoogleで彼の名前を検索したら札幌の某専門学校にいることがわかって、学校に電話して再会したのだ。
その後彼は転職するため関東に移ったが、その時にあの懐かしい予備校時代から大事にしてきたLPレコードのコレクションを僕の家に置いていった。半分くらいもともと自分のものであったような気がするくらい懐かしいレコードたちと今、暮らしている。



予備校の寮で生涯の親友を見つけたのと同じ頃、僕は予備校の廊下で見覚えのある女の子の横顔を見つけていた。

高校の時、休み時間に廊下で、周りの人よりも一段も二段も白くて透明で儚げなのに強い光を放っているような女の子の横顔を見かけて、あれは一体誰なんだろうと思っていて、いつの間に転校でもしたのか見かけなくなった女の子がそこにいた。

高校の時はなんとなく気になっていただけだし、いつの間にか忘れていたのだが、札幌の予備校で突然再会してしまうと、どうにも気になってしまって、でも話しかける勇気はなかった。
同じ教室にいるだけで僕は充分幸せだった。


だから灰色のはずの予備校生活は、完璧な薔薇色をしていた。
毎日予備校に通うのが楽しいし、帰れば話しても話しても尽きず音楽の話をする友がいる。

しかし、予備校の日々などしょせん、このまま続けばいいと願うたぐいのものではない。

春が来て、僕と彼女は同じ大学の同じ学部に合格し、友だちは郷里に帰ってもう一年頑張って進学を目指すことになった。

時間はいろんなものを変えていく。
二年後僕は結局フォークソング研究会というサークルで知り合った人とお付き合いしていた。
その頃サークルの先輩に紹介してもらった貸しレコード店でバイトをしていた。
そのお付き合いしていた人は浜田省吾が大好きだったので、新譜で入ってきた「J-BOY」を僕はよく店でかけていた。
そして「19のままさ」が流れる度に予備校の教室でいつも見ていたあの横顔のことをこっそり思い出していたのだ。

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