映画「Ray」ではレイ・チャールズを演じたジェイミー・フォックスとビヨンセ・ノウルズが主演した映画「ドリームガールズ」には、黒人音楽がミュージック・ビジネスとして大きくなっていく過程の悲喜こもごもが、モータウンの歴史に仮託して描かれている。
シュープリームスの一員メアリーの自伝「Dream girl : My Life As a Supreme」を元に制作されたミュージカルの映画化である。
映画のどのエピソードも実話がもとになっているのだが、ここでは主要なエピソードだけ抜き出してみよう。
ジェイミー・フォックス演じるカーティス・テイラー・ジュニアのモデルは、モータウン・レコーズの創始者ベリー・ゴーディ・ジュニアだが、彼は所属していたブランズウィックという弱小レーベルから、自らが作曲した「ロンリー・ティアドロップス」という曲で、ヒットに恵まれなかったジャッキー・ウィルソンという天才を一躍スターダムに押し上げる。
このジャッキーが、エディー・マーフィー演じるデビュー直後のジェームス・アーリーだ。
この成功で、ベリー・ゴーディー・ジュニアは独立し、モータウン・レコーズを設立するが、実際のジャッキーは一緒にモータウンに移籍しなかった。
モータウンはモーター・タウン、つまりデトロイトのことで黒人労働者の多い街から離れずにポップチャートにチャレンジしていくことで人種の壁を破っていくという強い意思の表れなのである。
しかし、その後その理想は「ヒットすることがすべて」という思想に置き換わっていく。
そのきっかけの一つとして描かれるのが、ジェームス・アーリーのヒット曲が白人のサーフバンドに「奪われて」アーリーの曲がラジオから消えていくシーンだ。
このエピソードは、チャック・ベリーの名曲「スウィート・リトル・シックスティーン」が、ビーチボーイズによって歌詞だけ変えられ「サーフィンUSA」として大ヒットしたことを描いている。
しかしこの事自体は当時の業界では「卑怯」ではあっても「告発」はされないのが通例だった。当のチャック・ベリーだって、出世作となったのはカントリーの「アイダ・レッド」を焼き直した「メイベリーン」だったのだし、そもそもシンガーソングライターのマーケットの基盤は、50年代にボブ・ディランが膨大なトラッドソングのレパートリーに自作の詩を載せて歌ったことで大きくなったとも言える。
とはいえ確かに黒人音楽は白人によって搾取される傾向にあったのだ。
映画でのジェームス・アーリーは、それでもしぶとく自分の音楽を追求していく。
そして、社長であるカーティスに内緒で社会性の高い新しいソウル・ミュージックを作って聴かせるが、「そういうのは売れない」と一蹴されてしまう。
これはまさに、マーヴィン・ゲイの「What's Goin' On」そのものだ。
ベリー・ゴーディーに「今まで聴いた中で最悪のレコード」と言われながらもリリースを強行し、5週間全米チャートの一位を獲得した、時代を変えたレコード。
スティービー・ワンダーの諸作とともに、黒人音楽のオリジナリティをぐっと高めた功績は大きい。
しかし、そんなことができたのはほんの一部のアーティストだけ。
ベリー・ゴーディーが、新しい音楽の潮流を見立てる力が無くなっていたことが、その後のソウル色を薄れさせた「ブラック・コンテンポラリー」というある種のムードミュージックがヒットチャートを席巻する結果になってしまうのだ。
それでも初期のモータウンには優秀なソングライティング・スタッフという武器があった。だからこそ、あそこまでの成功を得られたのだ。
映画ではC.Cという名で描かれているが、初期モータウンではスモーキー・ロビンソン、そしてその後のホランド=ドジャー=ホランドというソングライティング・チームがそれにあたる。
映画では少しタイミングが違うが、このホランド=ドジャー=ホランドの快進撃と、映画でのドリーメッツ、実際はシュープリームスのメインボーカリスト交代劇が始まる。
ベリー・ゴーディー・ジュニアはヒットに恵まれなかったシュープリームスのメインボーカルを恋人だったダイアナ・ロスに交代させ、売り込みに来た才能あるソングライティング・チーム、ホランド=ドジャー=ホランドにキャッチーな楽曲を書かせて1965年からの三年間で10曲もの全米ナンバー1ソングを送り出す。
このダイアナ・ロスが、ビヨンセ演じるディーナ・ジョーンズだ。
それまでリーダーだったフローレンス・バラードは、(映画ではエフィとして描かれている)失意の中でグループを去り、アルコールに溺れ若くして亡くなってしまう。
そしてこのヒットで巨万の富と自信を得たベリー・ゴーディー・ジュニアは、あろうことか会社をロサンゼルスに移して、何を考えていたのかダイアナ・ロスを主演女優に立てて映画産業に進出する。
一作目の「ビリー・ホリディ物語」こそアカデミー主演女優賞にノミネートされるほどのヒットを記録するが、その後は厳しい展開。
ブロードウェイのヒット・ミュージカル「ウィズ」の映画化で、34歳のダイアナを少女役として投入する無理がたたってか大失敗。資金の大半を失う。
マーヴィン・ゲイの成功を予見できなくなっていたベリー・ゴーディーは、モータウンを支えていきた優れたスタッフの信頼も失っており、その上経営に行き詰まったとあってはスタッフの流出も止めることが出来なかった。
1988年、ついにモータウン・レーベルそのものをMCAに売却することとなる。
偉大なるモータウン・レコーズの伝説の終焉だ。
音楽は成功すれば巨万の富をもたらすビジネスだ。
しかし、富そのものを目的にすれば、成功も逃げていく。
良い音楽を世に問うことを忘れてはならない。
純粋に音楽の力を信じられなくなったら舞台から降りるべきなのだ。
あらゆるビジネスに通底する基本原則が、この映画には描かれている。
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