2017年6月17日土曜日

『映画 聲の形』に刻まれた音の形

TSUTAYAさんが、新作も100円という信じられないバーゲンをやってくれてたので、『聲の形』を借りてみました。

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原作は大今良時さんの少年漫画『聲の形』。
そのオリジナル版は、第80回週刊少年マガジン新人漫画賞の入選作でした。
しかし入選はしたものの、聴覚障害者へのいじめというきわどいテーマのため、入賞の副賞としての雑誌掲載は見送り。
デビュー作は、あのマルドゥック・スクランブルのコミカライズとなりました。
その後、編集者の尽力で、『聲の形』は、全日本ろうあ連盟などとの協議を重ね、リメイクしての連載の運びとなります。

それでもやはりデリケートなテーマです。
不安を拭い切れない編集部が様子を見ようと、読み切り版のリメイクを作らせ、それを先行掲載したところ、批判的な意見もあったようですが、それをはるかに上回る歓迎の声が寄せられ、長期連載となったものです。


アニメーション制作は京都アニメーションが担当し、けいおん!の山田尚子さんが監督。
開始早々、主人公らしき男の子が、大金を母親らしき女性の枕元に置き、最終日と書かれた日以降を破り取った意味深なカレンダーを持って大きな橋の欄干の上に立つという展開。


川辺で少年たちが遊ぶ花火にを見て、自殺を思いとどまるシーンのあと、少年時代に時間を巻き戻してオープニングへ。
音楽はTHE WHOの『マイ・ジェネレーション』


とくれば、カンのいい人はすぐあれか!とお思いのことでしょう。
そう。モッズ映画の大傑作『さらば青春の光』です。
旗まで持ってるしね。

さらば青春の光 [Blu-ray]
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タイトルロゴにそっくりなTシャツもこっそり着せたりしてますね。


映画『さらば青春の光』では、ラストシーンで海岸からスクーターを乗り捨てさせ、青春時代の終わりを暗示させています。
このラストシーンは山田監督の手がけた『劇場版 けいおん!』にも引用されています。
大好きなんでしょうね。
そしてこのラスト、自殺を示唆してはいるものの、映像だけ観ていると結局男がどうなったのかは描かれてないんですね。



で、もう一度観ると、冒頭に、夕日の中、男がこちらに向かって歩いてくるというシーンがカットインされていることに気付くんです。


この冒頭部とラストを繋いで、死と再生の円環を示唆する表現こそは、 青春時代は終わったが、ここから本当の意味での彼の人生が始まるという暗示であり、これを引用した『聲の形』では、物語全体の構造を提示する重要なパートと言えます。
山田監督は、テレビ放送されるアニメ番組の「歌付きのオープニング」という形式を最大限効果的に利用するべく、多少の唐突感を承知の上でロック・クラシック『マイ・ジェネレーション』を投入したのでしょう。
まるでオペラの序曲のように。


そして劇伴を手がけているのは、今や日本のエレクトロニック・ミュージックを代表するアーティストの一人であるagraphこと牛尾憲輔。
電気グルーヴや石野卓球との仕事で有名ですよね、と言えば、だいたいどんな音の感じかお分かりいただけるかと思います。
この映画、このエレクトロニック・ミュージックの劇伴が決定的にイイんですよ!

メロディではなく、ノイズが織り成すテクスチャーという感じ。
補聴器を通して聴く世界の音がどんななのか、僕にはわからないけど、小さなアンプで増幅された帯域の狭い実音とノイズが混じったフィルターを通して感じられる世界を、きっと表現しているんだと思うんですね。
なにしろ耳の中に音源を直接挿れているわけだから、当然繊細なボリューム・コントロールになるわけで、劇中、少女の耳から補聴器が引き抜かれた時に血が滴り落ちるシーンと相まって、音楽が繊細で壊れやすいもののように丁寧に、慎重に配置されているという印象を受けました。

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そのような音の演出の中で、言葉では伝わりきれないそれぞれの壊れやすい心が、無意識の反応や、ふとこぼれる言葉に、どうしようもなく食い違っていく。
人間ってホントにいろいろで、本音をぶつけ合ったくらいでは分かり合えない。
それにしたってあんまりだろ、という人々の中で、食い違いの振幅は大きくなり続け、やがて振り子の糸が切れてしまう。
悲劇が起こっても明日はやってくる。
壊れたからこそ再生できるものがある。
そして『マイ・ジェネレーション』によって暗示されていたとおり、物語にも再生のときがやってくるのです。

そしてラスト、すべてのドラマが終わって流れてくるaikoさんの歌。



 
ロック・クラシックから、エレクトロニック・ミュージック。
そして鉄板のラブソングへ。
この落着点がなかったら、この危うい物語を吸い込み続けた僕らは過呼吸でどうにかなってしまったでしょう。
このまったく性質の異なる音楽を乗り継ぐことで物語を成立させた山田尚子監督のセンスは、アニメ文化というある意味閉鎖的なマーケットで磨かれてきた様式美の、ひとつの到達点といえるのではないでしょうか。
素晴らしい。

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