今年もCAVIN大阪屋主催の『北海道オーディオショウ』に行ってきました。
いつもいいなあと思うスピーカーが、今回も素晴らしい音を奏でていましたが、全体にDEMO自体は低調という印象で、これ誰のためのやってんの?と思うこと数度。
今年は、それぞれのブースのレヴューというよりは、オーディオショウ全体について改めて考えてみたいと思います。
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札幌で行われる試聴会には、視聴即売会的なものと、普通では手の届かないハイエンド機器の音を聴かせるものの二系統があります。
視聴即売会の狙いは今更論じるまでもなく、オーディオ機器を売るためのもの。
売れ筋ラインの新製品が出れば、その機種を聴かせる試聴会が開かれ、そこに購入を検討している人たちが来ます。
だいたい機種が決まっていれば、その機種が得意としているジャンルのファンが集まるわけで、デモの素材選びなども自ずと決まってきます。
そのまま商談に入るお客さまもたくさんいらっしゃるようでした。
難しいのはハイエンド・タイプの試聴会で、高いものになると数千万にもなるオーディオ機器を買える人は限られていますし、そのような商品では、自分の使っている機種に近いものと接続して、個別に試聴をさせてもらうのが普通です。
では何故やるのか。
どんな効果があるのか。
思うに、ハイエンド機の別次元の音を聴くことによって、ユーザーさんたちの「もっといい音を聴きたい」という心の<温度>を上げておく効果が重要なのではないでしょうか。
そのような<経験>が潜在的な買い替え需要を作り出していると思うのです。
私などは、まんまとその罠にハマった一人で、まだ「ハイエンド試聴会」という名前だった頃から毎年欠かさず足を運んでは、頭のなかで数年後に宝くじにでも当たってお金持ちになった自分を空想して、架空の夢のシステムを組み立ててはうっとりしているのです。
もう少し現実的な効果もあります。
試聴会でいいプログラムを聴くと、自分のシステムのどこをステップアップすべきかがわかるのです。
二年ほど前のトライオード山崎順一さんのデモで、「これはあまり現実的な選択肢じゃないけど」と前置きして聴かせてくれたゴールドムンドの二千万円もするDACを聴いた時、あまりの変化に驚嘆したことがあります。
デジタル再生の肝はDACという信念が僕の中に根ざした瞬間でした。
そんな僕に今回その実感を再び聴かせてくれたのが輸入商社「アクシス」のブースで、MSBテクノロジーズの新製品「リファレンスDAC」でした。
→アクシスのリファレンスDACの商品ページ
石田衣良さんが使っていて、これがなかなかアンプを選ぶスピーカーで、とおっしゃってましたから、それをこれほどまでに朗々と鳴らす
AyreのRシリーズのアンプの実力も相当なものだな、と思わせて、結果的に全体が素晴らしいデモになっていました。
聴かせどころのコアになる商品を決めて、それを表現できるシステムを組んでこそ、デモも成功できるのです。
そういう意味では残念ながら、 タンノイ・ユーザーとして非常に楽しみにしていたアーデン、チェビオット、イートンの三兄弟の復刻モデルのデモは成功だったとは言い難い。
→「タンノイ・レガシー・シリーズ」
シリーズで最も大きい「アーデン」でのデモは、一曲目、デイブ・ブルーベックの『テイク・ファイブ』の出だしから「おっ」と思わせる鮮烈な音が出て、好印象。
少し低音が重い気がするが、セッティングで補正できる範囲内かな。
近頃流行りの密閉型には無い、自然な金物の音にも好感が持てました。
しかし問題は接続したアンプ。
デモ主のエソテリックの新製品であるプリメインアンプとSACDプレーヤー、そしてネットワークプレーヤーのセットで鳴らされていた。
聴き進めていくうちにプリメインアンプの分解能の低さがだんだん気になってくる。
特に大音量になった時の歪感には閉口してしまった。
アーデンの実力を活かしているとは思えない。
それに、アーデンを今から買おうというユーザーは、往年のタンノイファンなのであり、そのような機材は使わないでしょう。
エソテリック扱いの新製品を無理やり組み合わせた今回のシステムは、機器の組み合わせの妙を楽しむオーディオという趣味の本質を捉え損なっています。
もうひとつ厳しいデモとなったのが「ステラ」社のブース。
今回は新製品のオーシャンウェイのパワードモニタースピーカーが核に据えられていました。
このスピーカーの音がなんとも荒々しいもので、録音スタジオでロックのモニタリングをするにはいいのかな、と思う音ですが、これに自社製の高級レコードプレーヤを繋いで、レコード演奏の「ノイズフロアーの低さ」をプレゼンする、という支離滅裂な展開。
静寂とは縁遠いパワードモニターに、古いジャズのレコードはスクラッチノイズ満載。最後の曲は美空ひばりさんの復刻LP。
なんだか本当に何をしたいのかわかりません。
あんた、お金持ってたらこの組み合わせでシステム組む?と訊きたくなりました。
もちろん今回もいいデモはいくつもありました。
なかでもやはりB&Wにハズレ無し。今年も最高の音を聴かせてくれたのは、トップエンドモデルの800D3でした。
デモ自体は新しくでた700シリーズの売り込みだったのですが、さすがにB&Wはわかってらっしゃる。
それだけではもちろん終わりませんよ、とばかりに800D3に繋ぎ変えて、シニア・サウンド・ディレクター澤田氏の秘蔵音源をたっぷりと聴かせてくれました。
これがまたいちいちいい音で。
ビートルズのホワイトアルバム収録曲のリハーサル音源には魂消ました。
なんて生々しいジョンのシャウト。コレ聴いただけで、今日来た甲斐があったと言いたいくらい。
他にも曰く有りげな録音多数。
その度に「秘密のSACDで」と紹介を付け加えるのです。
おそらく、スタジオ界隈では、せっかくいい音で録音したものは窮屈なCDフォーマットではなく、SACDフォーマットに焼いて関係者に配るのでしょう。
スタジオで使われていた2インチのアナログマルチに76cm/sのテープスピードで録音した音ってのは、もうこれはとうてい家で再現できるような音量では商品化できないようなダイナミックレンジになっているんだそうですから。
巷では、SACDとかハイレゾとかあんまり変わらんだろ、という声をよく聞きますが、多くの商品ではその通りなんだと思います。
一回商品用のマスタにしたものをいくら良い器に入れ替えてもたかが知れている。
源流のほうから、それ用にマスタリングしたホンモノはこんなに凄いんだよ、というのを聴かせてもらえたのが収穫でした。